裏腹なリアリスト

篠原皐月

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20.実家からの問い合わせ

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「もしもし? 淳、ちゃんとご飯を食べてる?」
 固定電話の受話器を取り上げて耳に当てるなり、聞こえて来た姉の台詞に、淳は思わずうんざりした声を出した。
「縁……。十八で家を出て以来、俺の一人暮らし歴が何年だと思ってるんだよ。食生活が乱れまくってるならとっくにくたばってるし、自己管理ができない弁護士に、依頼したいと思う人間なんか居るわけ無いだろう?」
 わざわざ小言を言う為に、このタイミングで電話をかけてきたのかと、淳が少々気が重くなっていると、明らかに気分を害した声で縁が言い返してきた。

「相変わらず憎まれ口ばっかりね。偶には『心配かけて悪い』位は言えないの?」
「普段大して心配なんかしていないだろ。滅多に電話なんかしてこないくせに、嫌味を言う為にわざわざ電話してきたのか? よほど暇なんだな」
「本当にムカつくわね。用事があるから、電話したのに決まってるでしょう?」
「一体、どんな用事だよ?」
「あんた、少し前に『結婚しようと思うから、そのつもりでいてくれ』って言ってきた後、全然連絡を寄越さないんだもの。そこの所、どうなってるのよ?」
 非難する口調でのその指摘に、淳は瞬時に神妙な口調になって押し黙った。

「……ああ、そうだったな」
 すると電話の向こうで、縁が苛立ったように声を上げた。
「ちょっと、何黙ってるの? 『そうだったな』じゃないわよ。披露宴とかの具体的な日時が決まったら、早めに教えてくれないと困るのよ。どうせ東京でするんでしょう? 繁忙期の土日や連休中だったりしたら、一家揃って出席するのは無理だろうし」
「その事なんだが……。結婚は無期限延期だ。縁から親父とお袋に、そう言っておいてくれ」
「ちょっと淳! 無期限延期ってどういう事? あんた何かヘマしたわけ?」
 言い難そうに淳が口にした内容を聞いて、慌てて問い返してきた縁に向かって、淳は少々八つ当たりめいた愚痴を漏らした。

「確かに、俺がヘマをしたと言えばそうなんだが……。美実と揉める事になったのは、お袋と縁のせいでもあるんだぞ?」
「はぁ? 私とお母さんが、何をしたって言うのよ?」
 寝耳に水の事を聞かされて困惑する縁に、淳は溜め息を吐いてから話を続けた。

「去年、美実をそっちに連れて行った時に、奥の部屋で色々言ってたそうじゃないか。満足に挨拶もできないで、躾がなってないとか、手土産の一つも持ってこないなんて常識が無いとか」
「言ってたかしら?」
「他人事だと思って……。それこそ『言ってたかしら』じゃ無いぞ。大体、人の悪口なんて言った方は忘れても、言われた方はしっかり覚えているものだろ?」
「だってさすがに面と向かって、そんな事言ったりしないわよ?」
「だから親父と俺達が話してる時に、トイレを借りた美実が、通りすがりに聞いたんだよ」
 少々恨みがましく淳が口にすると、縁が怪訝な口調で問い返した。

「何? その子、私とお母さんの話を立ち聞きしてたわけ?」
 その物言いに、淳は僅かに声を荒げた。
「だから、通りすがりって言ったろ! そもそも悪口を言うなら、せめて相手が帰ってからにするのが、常識とか最低限の礼儀って物じゃないのか!? そのせいで美実は、俺の実家とは上手くいきそうに無いって、結構落ち込んでたんだからな?」
「怒鳴らないでよ。第一、今頃そんな事を言われても。文句があるなら、その時にきちんと言いなさいよ」
 縁としてみれば当然の主張だったのだが、淳は疲れた様に溜め息を吐いてから続けた。

「美実が、今まで黙ってたんだよ。自分の家族に言ったら怒ると思って。第一、あの時はあいつに実家に連れて行く事は、全然言って無かったんだ。本当にスキーに行ったついでに、ちょっと顔を見せるだけのつもりで寄ったし」
「そうなの? だって淳が家に彼女を連れて来たのは初めてだったから、本気で結婚を考えてると思ったんだけど」
「勿論、そうだよ」
「だけど、かなり年下っぽいから凄く驚いたし、なんか落ち着きの無い子だなぁって思ったのよね」
「普段は落ち着いてるし、躾に厳しい良い家の娘なんだよ! それなのに今回、躾がなってない云々言われた事が明るみに出て、彼女の一番上の姉さんが激怒していて!」
 思わず声を荒げた淳だったが、すぐに閉口したらしい縁が言い返してきた。

「分かったから、電話で喚かないで! じゃあその美実さんの、自宅の住所と電話番号を教えて頂戴」
「何でだよ?」
 予想外の事を言われた淳が困惑しながら問い返すと、縁は若干疲れた様に提案してきた。

「お父さんとお母さんと相談して、先方に詫び状の一通でも送るわよ。その美実さんに、不快な思いをさせた事は間違い無いみたいだし」
「それはそうだが……。今更じゃないのか?」
「勿論そうでしょうけど、何もしないよりはましでしょう? それにあんたの話だと、あんた自身の問題もあるみたいだし、根本的な所は自分で何とかしなさいよ?」
 尤もな意見に淳は真顔で頷き、その提案に乗る事にした。

「それは分かってる。じゃあ美実の住所と電話番号は、後から縁のアドレスにメールで送るから」
「そうして頂戴。あんたの結婚に関しては、今の所は未定だって、私からお母さん達に伝えておくけど、目処が付いたら本当に早めに連絡を寄越しなさいよ?」
「ああ、分かってる。他に話は無いなら、切るからな」
「ええ。それじゃあね」
 そんな風に、最後はいつも通りの口調で会話を終わらせた淳だったが、受話器を元に戻しながら低い声で呟く。

「全く……。縁相手に、愚痴っても仕方が無いだろう。本当に今更だよな」
 淳にしてみればその些細な出来事が、とんでもない騒動の幕開けだったとは、現時点では微塵も想像できなかった。
 一方で、弟と久しぶりの通話を終わらせた縁は、その足で両親が揃って寛いでいる筈の居間に出向いた。

「縁、淳は何て言ってたの?」
 顔を出すなり、座卓を囲んでお茶を飲んでいた母の良子が見上げながら尋ねてきた為、縁は母の反対側に座りながら正直に述べた。

「それが……、結婚話は無期限延期だそうよ」
「あら、どういう事?」
「何か、淳がヘマしたみたいで。それと、うちも原因の一つみたい」
「は? 何よ、それ?」
「どういう事だ?」
 良子とは直角の位置に座っていた父親の潔も、読んでいた新聞を畳みながら尋ねてきた為、縁は二人に向かって詳細について語り出した。

「去年、淳が彼女を連れて来たじゃない? その時の事が、原因の一つらしいわ。何でも淳は実家に寄るって事を彼女に全く言わずに、不意打ちで連れて来たらしいの」
 それを聞いた潔は、少々申し訳なさそうな顔付きになった。

「そうだったのか? それは緊張させてしまって、悪い事をしたな。確かに最後の方は、ちょっと様子が変だったし」
「ひょっとしてそれって、トイレに中座した後じゃない? 私とお母さんが、今時の子は躾がなってないとか、手土産の一つも寄越さないなんて常識知らずだとか言ってるのを聞いちゃったみたいで、うちとは上手く付き合えそうに無いとか、思ったみたいなのよ」
「そんな事があったのか?」
 潔は驚いて良子と縁の顔を交互に見やったが、良子は平然とお茶を飲みながら述べた。

「あら、怖じ気づいたってわけ? それは確かに年がら年中着物を着てるような生活、ああいう子には馴染みは無いと思うし、いきなり実家がここだと言われて旅館を見せられれば、圧倒されるのは分かるけどね」
「確かに驚いて動揺はしていたが、別に怖じ気づいたとかでは無いんじゃないか? あの子、正座して話している時の姿勢は良かったし、言葉遣いもおかしくは無かったし、良い所のお嬢さんの様に見えたがな」
「あ、それは淳も言ってたわ。それで躾がなって無い云々を言われて、彼女のご家族が激怒してるとか」
 潔がさり気なくフォローし、縁も相槌を打つと、それが微妙に面白くなかったのか、良子が不機嫌そうに尋ね返した。

「でもそれは去年の事なのに、どうして今頃そんな話が出るわけ?」
「彼女が黙ってて、最近それを口にしたらしいのよ」
「それなら別にそれほど、気にしてはいなかったんじゃない? 凄く気に障ったのなら、すぐに抗議すれば良いじゃないの。大方、他の事で淳と揉めて、ついでの様に話題に出ただけよ」
 素っ気なく切り捨てた良子だったが、縁は困った様に両親の顔を見やった。

「確かに淳も、揉めてる理由は他にもあるって言ってたけど……。やっぱりうちとしても不愉快な思いをさせた事に対して、謝罪する姿勢は見せた方が良いと思うのよ。住所と電話番号は淳から教えて貰ったから、謝罪の電話か詫び状の一通でも、お父さんとお母さんから先方に出してくれないかしら?」
 その提案に、潔は難しい顔で少し考えてから、重々しく頷いて見せた。

「それは確かにそうだな。結婚するとなったら親戚付き合いをする事になるし、その前に変なわだかまりは、極力解消しておいた方が良いだろう。私達で何か考えよう」
「そうしてくれる?」
「確かにね。この家と旅館はあんた達夫婦に任せる事にしてるのに、変に恨まれて『自分達にも経営に口を出す権利がある』なんて、相続時に横槍を入れられたらたまらないわ。穏便に纏めて、きちんと結婚前にそこの所をわきまえて貰わないとね」
 突然真顔でそんな事を言い出した良子を、潔が軽く窘めた。

「良子。そんな財産狙いとも取れる様な発言は、止めた方が良いぞ?」
「だってそこの所をはっきりさせておかないと、後々揉めるわよ。せっかく縁に婿養子を取ったんだから、家を出た淳にはきちんと相続放棄をして貰わないとね。良い所のお嬢さんって言ったって、せいぜい都内で一軒家を持っている程度でしょう? たかが知れているわよ。うちを当てにして貰ったら困るわ」
「とにかくお願いね。余計に揉める事にだけはしないでよ?」
 両親の会話を聞いて、微妙に心配になってきた縁だったが、潔と良子はあっさりと話を纏めにかかった。

「分かった。私達の方で、早々になんとかするから心配するな」
「もう休みましょう。明日も早いんだから」
 確かに夜更かしも早々できない客商売に従事している為、縁はそこで全面的に両親に対応を任せる事にした。
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