ハリネズミのジレンマ

篠原 皐月

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第13話 それは所謂意気投合

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「そう言えば……、ああいう事って良くあるのか?」
「ああいう事って?」
「今日、絡まれただろう?」
 そこまで聞いて漸く思い至ったらしい貴子は、素っ気なく事情説明を始めた。

「……ああ、あれね。あの人が担当してるバラエティー番組にレギュラー出演しているんだけど、どうも出演者は自分の言う事を、何でも聞くと勘違いしているみたい。大抵はその通りだし、勘違いしても無理は無いと思うんだけど、こっちはいい迷惑なのよね」
 その口調に、意外な響きを感じた隆也は、確認を入れてみる。

「何が何でもテレビに出たいとか、そういう事は無いのか?」
「別に? 確かに最初は顔を売るのが必要だったから、色々したけど。そろそろ足を洗おうかと思っている位だし」
「なるほど。まあ、考え方は人それぞれだろうな」
 それであっさり納得して食べるのを再開した隆也に、貴子が思わせぶりに言い出した。

「それで……、以前あのディレクターに『君のファンの方が居るから』と言われて、半ば強引に連れて行かれたお座敷があるの」
「ファン、ねぇ……。確かに見た目は結構良いが、こんな性格破綻者に入れ込む野郎の気がしれん」
「あら、失礼ね。因みにその時顔を揃えていたのが、政友党の飯嶋代議士と、リースバンクの高科頭取と、永沢地所の永沢会長と、丸済コーポレーションの新見社長なんだけど」
「……何?」
 常に黒い噂が絶えない人物の名前を列挙され、隆也は瞬時に真顔になって貴子に鋭い視線を向けた。その視線を正面から受け止めた貴子が、思わせぶりな微笑みを見せる。

「面白い話、聞きたいから荷物持ちしてくれたんでしょ? 今の話でどう? 今なら会談時の録音データと、集合写真付き。その他、行きつけの店や、関連会社のリストも付けてあげるわ」
「集合写真って……。お前そんな物、どうやって撮った?」
「それは素直に『こんな有名な方とご一緒する機会なんてなかなか無いので、私と一緒に記念写真を撮って貰えません?』ってお願いしたら、皆嬉々として私を中心に集まってくれたわよ? そこを仲居さんにスマホで撮って貰ったの」
 平然と説明する貴子に、隆也は呆れ果てながら質問を続けた。

「確かに一緒に写真を撮られても、どうこう文句はつけられないと思うがな。色々な意味で警戒されなかったのか?」
「真っ正直に申告したもの。『自分のブログにUpしたいので、どうしてもお顔を出したらまずいなら良いですが』って。それから『先生達とお会いした事、こういう文章で載せても良いですか?』って、誉め言葉てんこ盛りの文章をその場で書いて見せたら快くOK貰って、早速更新したブログ画面を見せたら、全員悦に入ってたわよ?」
「大馬鹿揃いだな」
(この凄腕親父キラーが)
 もう何も言う気がしなくなった隆也に、貴子が笑いを堪える様な口調で話を続けた。

「その時に、私が料理以外に関しては物知らずだと思って、親切ごかして色々教えてくれたのよね。競売物件を安く手に入れる方法とか、当選宝くじを割増購入する人間が居るとか、無駄の無い節税の仕方とか、未公開株を無償で譲渡しようとか」
 それを黙って聞いた隆也は、少し考え込んでから疑わしそうに問いを発した。

「それは、問題が無い様に言い換えてはいるが……、要するに入札や競売妨害やマネーロンダリングや、脱税や詐欺の片棒を担ぐって事だろうが?」
「有り体に言えば、そうなるかもね。御しやすいと思ったら、呆れる位ペラペラ話してくれちゃって。勿論、本人は核心には触れてないから大丈夫だと思ってるけど、バレバレなのよね」
 そう言って若干馬鹿にする様に笑った貴子だったが、隆也は同調せずに眉を寄せた。

「……そこまで詳しい話を聞いてるって事は、会ったのはその時一度きりって訳じゃないな?」
「個別に何回か。皆さんケチに見られるのがお嫌いな上、私の職業が職業なだけに、毎回厳選した会食先を選んでくれて嬉しくて。舌が肥える一方だわ」
「体が肥える前に、火遊びは程々にしておいた方が良いぞ?」
「あら、忠告してくれるわけ?」
「美味い飯の分、それ位はな」
「なるほど、道理だわ」
 貴子がちょっと意外そうに見やると、隆也は持っていた箸で器を軽く叩きながら応じる。取り敢えず料理の腕は誉めて貰ったらしいと苦笑した彼女に、隆也は怪訝な顔で問いを重ねた。

「しかしその話……、俺に話しても構わんのか?」
「はぁ? 聞かれて拙いなら、そもそも話題に出さないけど?」
「そうじゃなくて。親父さんに話して無いのか? お前の父親は、宇田川啓介第十三方面本部長だと思っていたんだが」
 隆也がそう述べた瞬間、貴子の顔は感情が削げ落ちた作り物めいた代物になった。

「……本人から聞いたわけ? 私が娘だって」
 その低い声から敏感に怒りを感じ取った隆也は、下手に弁解せず知っている内容を口にした。

「いや? 宇田川なんて珍しい名字だし、家族構成を調べてみたら子供はニ男一女とあったし、妙に警察組織に詳しそうだったから、ひょっとしたらと思っただけだ」
「……そう」
 すると貴子は如何にも不機嫌に黙り込んでから、何とか気を取り直したように顔を上げて淡々と告げた。

「確かに血縁上は父娘だけど、殆ど赤の他人だから。気にしないで」
「分かった」
(躾云々の話といい……、これは相当確執が有りそうだな。これ以上触れるのは止めておくか)
 不必要に追及する必要性を認めなかった隆也は、その話はそこで終わりにする事にし、それからは時折当たり障りのない会話をしながら、料理を味わう事に専念した。

 その後、食べ終えた隆也はソファーに移動し、貴子が出してきたリストや録音データを確認していたが、一通り聞き終えてからイヤホンを取り外しつつげんなりした声を出す。
「全く……、呆れて物が言えんぞ。何だこれは?」
 それに僅かに咎める響きを感じ取った貴子は、若干拗ねた様に反論した。

「だって、こっちはか弱い女なのよ? いざって言う時の保険はかけておくべきじゃない?」
「か弱いかもしれんが、脅迫のネタを押さえておこうと考える辺り、図太さは相当だぞ?」
「処世術と言ってよ。失礼ね」
 ムッとした顔になった貴子に、どう言い聞かせるべきかと思案しながら視線を動かした隆也はある物に気が付き、取り敢えず説教を後回しにする事にした。

「ところで、随分良い酒を揃えてるじゃないか。好色親父共からの貢ぎ物か?」
「それならここまで趣味が良くないわよ」
「自分のチョイスを趣味が良いと自画自賛か。まあいい、一杯くれ」
 リビングボードの中に並んでいる、幾つかのボトルの中の一つを指差しながら要求すると、貴子は怪訝な顔になった。

「飲酒運転で経歴に傷を付ける気? それとも運転代行サービスを頼むの?」
「はぁ? まさかお前、俺を追い返す気か?」
「…………」
「…………」
 しかし負けず劣らず隆也も当惑した顔付きになり、二人は無言で顔を見合わせたが、そのうちに、どちらからともなく含み笑いが漏れてくる。

「何か、人の事を好き放題言ってた様な気がする上……、ゲテモノ食いの趣味がある様には見えなかったんだけど?」
「安心しろ。俺は選り好みはしないし、食べ残したりしない主義だ。普通の人間より懐が広いからな」
「それは良かったわ。後でろくでもなかったなんて、文句を言われるのは御免だもの」
「食わせて貰って文句を付けるとは、随分狭量な男が居たものだな。もう少し相手を選べ」
「若気の至りって奴よ」
 そこで貴子は、笑いを堪える表情で立ち上がった。

「それならグラスを持って来るから待ってて」
「ついでにつまめる物もな。どうせお前も飲むんだろ?」
「はいはい、少々お待ち下さい」
 結構厚かましい事を言ったにも係わらず、どうやら容認する事にしたらしい貴子に、(想像以上に面白い女だな)との感想を新たにしながら、隆也は渡された物の有効利用を、頭の片隅で冷静に計算し始めていた。
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