夢見る頃を過ぎても

篠原皐月

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第29話 遅れて届いた言葉

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「清香」
「なぁに? お兄ちゃん」
 夕飯を食べながら唐突に声を掛けてきた清人に、清香は箸の動きを止めて問い掛けた。すると清人が僅かに躊躇う素振りを見せてから、静かに口を開く。

「来週末、あの人の誕生日祝いの席に、招かれているんだよな?」
 前日その話を電話で聞いてから、密かにどう切り出そうかと悩んでいた為、清香はこれ幸いと勢い込んで話し出した。

「う、うん……。もぅ~、お兄ちゃんが何も言ってくれなかったから、昨日聡さんに聞いて驚いたのよ? 由紀子さんが一昨日、一人で家に来たんですって?」
「ああ。ただ都合が悪いから丁重にお断りしたし、別にわざわざ言う程の事でも無いと思ってお前には言わなかった。だがせっかく招待を受けたんだから、お前は行ってこい」
「別にって……」
(それは……、確かにわざわざ言う程の事じゃ無いかもしれないけど)
 動揺など微塵も見せず、淡々と述べて食事を再開した清人に、何となく釈然としないものを感じた清香だったが、そんな彼女の様子を見た清人が訝しげに尋ねてきた。

「何だ、行かないのか?」
「い、行きます。行かせて下さい」
「分かった」
 そうして何事も無かったかの様に味噌汁を口に含む清人の様子を盗み見ながら、清香は一人考え込んだ。

(何だろう? あっさりし過ぎてるのよね。由紀子さんが来た事を私に話して無かったから、その事で気分を悪くしたか、ひょっとしたら怒ってるのかもと心配してたのに、そんな気配は全然無いし)
「……ああ、そうだ清香」
「は、はいっ!」
「当日、あの人に何か持って行くのか?」
 考え事の最中、いきなり声を掛けられて声を裏返らせた清香だったが、慌てて考えを巡らせつつ答える。

「え、えぇっと、取り敢えず花束持参で行こうかな~とは考えていたけど……」
「悪いが、何か他の物を考えてくれ」
「それは良いけど、どうして? お花じゃ何か不都合な事でもあるの?」
(お祖父ちゃんの誕生日の時は、あんな立派な花束を持たせてくれたのに)
 総一郎の誕生日に招かれた時の事を思い出し、納得できない気持ちで問い返した清香の耳に、ここで予想外の言葉が飛び込んできた。

「いや、そうじゃない。花は俺が用意するから、それを持って行って欲しいんだ」
「ああ、なるほど私まで準備したら重なるものね。それなら納得…………、はあぁあっ!? お兄ちゃん! 今、『花を持って行って欲しい』とか言った!?」
 叩き付ける様に箸を置き、勢い良くテーブルに両手を付いて立ち上がりつつ絶叫した清香に、清人は不愉快そうに眉をしかめた。

「確かに言ったが……、それがどうかしたのか? 食事中に暴れるな。行儀が悪いぞ」
「う、ご、ごめんなさい」
 些かきつい口調で窘められ、しおしおと元通り椅子に座った清香だったが、すぐに清人の顔色を窺いつつ確認を入れる。

「それで……、お兄ちゃんからって言って、由紀子さんにお花を渡せば良いのね?」
「ああ、頼む」
「分かったわ」
 相変わらず淡々と箸を動かしている清人を見ながら、清香は真顔で頷きつつ安堵の溜め息を漏らした。

(良かった。気分を害してるってわけじゃないし、取り敢えず、一歩前進って事だよね? 由紀子さんに良いプレゼントが出来て良かった。だけど私からの分は、お花じゃ無くて何を用意したら良いかしら?)
 懸念が一つ解消したと思ったのも束の間、新たに発生した懸念の為に清香は密かに考え込んだ。そんな清香の姿を盗み見ながら、清人も密かにある事について考えを巡らせていた。

 ※※※

 小笠原家に招待を受けた土曜日の昼近く、自分を車で迎えに来た聡を、清香は自宅に招き入れた。
「やあ、清香さん。準備はできている?」
 予め告げてあった時間通りに姿を見せた聡だったが、清香は恐縮しながら口を開く。

「聡さん、いらっしゃい。あの、私は準備できてるんですけど、お兄ちゃんがまだで……」
「え!? 母さんから来ないって聞いてたけど、兄さんも来てくれる事になったの?」
 驚いて問い返した聡に、清香が手を振って慌てて否定した。

「いえ、そうじゃなくて、花束を用意するから由紀子さんに持って行ってくれと頼まれたんです。でも一時間位前に『頼んでおいた花を受け取ってくる』って出掛けたきり、まだ帰って来なくて……。聡さんが十一時半に迎えに来るって言ったのに、お兄ちゃんったらどこまで行ってるのよ!」
 最後は八つ当たり気味に清香が叫ぶと、聡は不思議そうに清香に尋ねた。

「近くにあるあそこの花屋に行ったの? 駐車スペースに兄さんの車が無かったけど」
「え? いえ、確かにどこの花屋とは言ってませんでしたけど……、それなら車でどこまで行ったの!?」
 苛々しながら清香が携帯を取り出し清人の携帯にかけるも、『只今運転中の為、電話に出る事ができません』というメッセージが流れ、清香は「聡さんを待たせてるのに!」と、更に憤慨する結果になった。そんな彼女の様子を聡は冷静に眺め、ソファーに向かって歩きながら清香を宥める。

「そんなに怒らないで、清香さん。道が込んでいるとかで遅れてるんだよ。ここで兄さんが帰るのを、少し待たせて貰うから」
「すみません、聡さん」
「良いよ。清香さんに持って行ってくれと言ったなら、絶対兄さんは持って来る筈だから」
「じゃあお茶でも淹れますね」
「ありがとう、今のうちに家に少し遅れると連絡しておくよ」
 そうして清香がお茶を淹れ、家に連絡を入れた聡がそれを飲んでいると、玄関の方から物音がしたと思ったら、足早にやって来た清人がリビングのドアを開けて姿を現した。

「悪い、遅くなった」
「お兄ちゃん、遅い! 聡さんを待たせちゃったわよ?」
 顔を見せた途端噛み付いた清香に、清人が些か気まずそうに視線を清香から聡に移動させる。

「すまん。ちょっと道が混んでいてな」
「いえ、大して待ってはいませんから」
 リビングに入りドアを閉めた清人の手にある物を認め、聡は些か不自然に言葉を途切らせた。しかし一瞬確認が遅れた清香は、更に文句を口にする。

「もう! 本当にどこまで……。あの、お兄ちゃん? 由紀子さんに渡すお花って、それ?」
「ああ、そうだ。持って行ってくれ」
「はい」
 いたって普通の表情で手渡されたそれを受け取った清香は、自分の両手に収まった花束をしげしげと見下ろした。
 それは大輪の濃いピンクの薔薇だけが何本も纏められた、片手で持つにはちょっと重い、割と大きめな花束だった。

(これって……、年配の女性に贈るにはどうかと。と言うかピンク一色ってくどくない? それに、母親への贈り物って観点から見ても……)
 どう反応して良いか分からずに戸惑っていた清香だったが、彼女とほぼ同様の感想を抱いていたものの素早く気持ちを切り替えた聡が、清人に向かって素直に頭を下げた。

「母に祝いの品を頂きまして、ありがとうございます。母に間違いなく渡しますので」
「ああ。ところでそろそろ行った方が良いんじゃないか? 俺の帰りを待っていたせいで、待たせてしまっているだろうし」
 そう促された聡は、再び小さく頭を下げる。

「そうですね。それでは清香さんをお借りします。機会がありましたら兄さんも是非家にいらして下さい」
「機会があったらな」
 素っ気なく言って自分の横を通り過ぎた清人の背中に、聡は小さく笑いかけてから清香に視線を向けた。

「お待ちしてます。……じゃあ清香さん、行こうか」
「は、はい! じゃあお兄ちゃん、行って来ます」
「ああ、失礼の無い様にな」
 そうして慌ただしく荷物を手にして家を出た清香だったが、手の中の物を見ながら自信なさげに聡に問い掛けた。

「聡さん、あの……、これを持って行って良いでしょうか?」
 しかし並んで廊下を歩いている聡は、僅かに首を傾げたものの、傍目には平然とその問いに答える。

「別に拙くは無いよ? どういう考えかは分からないけど綺麗な花だし、花を切り落としたり枯れた物だったり葬儀用の花って訳でも無いから、嫌がらせでは無い筈だし。兄さんがする事だから、何かしら意味がある筈だ」
「それはそうですけど……。何か最近益々、お兄ちゃんの思考パターンが分からなくなってきたわ」
 そう言って密かに落ち込む清香を促してエレベーターに乗り込んだ聡は、(清香さんに分からないなら、俺に分かる筈は無いな)と、密かに諦めの溜め息を吐いた。

 その一方で清香と聡を見送った清人は、踵を返して仕事部屋に行こうとした。しかしそこでやる気を削ぐ様に、絶妙のタイミングでリビングに置かれている電話が着信を告げる。
 思わず舌打ちしたい気持ちを抑えながら清人は受話器を取り上げ、普段の口調で応対した。

「はい、佐竹ですが」
「あら、ちゃんと家に居るのね。良かったわ」
 僅かに笑いを含んだ、予想外過ぎるその声に、清人は思わず目を見開いた。

「真澄さん? どうかしたんですか?」
「大した用じゃ無いんだけど……、この後暫く家に居る?」
「一日居ますが、それが何か?」
「昼食の支度とか、もう始めているかしら?」
「いえ、これからですが……。ひょっとして、近くまで来ているからお昼を食べさせてくれとか、そういうお話ですか?」
 意図が分からない質問を重ねられた清人は、一番有り得そうな推論を導き出したが、真澄は清人の予想の斜め上を行く答えを返してきた。

「良かった。じゃあ昼食は持っていくから準備しないで待ってて。あと三十分位でそっちに着くから、毒味して欲しいの」
「は? 毒味って、真澄さん? 何を持って来るんですか?」
「だ・か・ら、私が作った物を持参するから、一緒に食べてと言ってるのよ。分かった?」
 言い聞かせる様に言われた内容に、清人の思考回路が一瞬停止した。しかし、何とか気合いを振り絞って声を出す。

「あの、ちょっと待って下さい。真澄さん、一体何を作ったんですか?」
「逃げたら承知しないわよ。それじゃあね」
「ちょっ……、真澄さん!」
 しかし再度問い掛けた台詞の途中で向こうから通話を切られ、清人の耳に無機質な信号音しか届かなくなった。しかしそれに気が付かなかった清人は、少ししてから呆然としながら受話器を戻す。

「何なんだ? 来てくれるのは嬉しいが、何が出て来るのか予測不能で不気味過ぎる……」
 そんな事をブツブツと呟きながら仕事部屋へと向かった清人だったが、そのあまりの失調ぶりに殆ど仕事が捗らなかった。

 そして清人が仕事部屋に籠もって何とか仕事を始めた頃、小笠原家に到着した清香は、由紀子と勝から歓迎を受けていた。
「いらっしゃい、清香さん」
「来てくれてありがとう」
「由紀子さん、おじさま、お邪魔します。本日はお招きありがとうございます」
 そう挨拶をしてから、清香は手荷物の紙袋の中から平べったい箱を取り出した。

「あの、宜しかったら使ってみて頂けますか? 中はストールなんです。こういうのは好みがありますから、どうかとも思ったんですが……」
 恐縮気味に清香から差し出された箱を受け取りながら、由紀子が嬉しそうに顔を綻ばせる。

「清香さんが選んでくれたの? ありがとう、大事に使わせて貰うわね?」
「ありがとう清香さん。間違っても聡はこういう物を選んだりしませんから新鮮ですよ」
「……悪かったね」
 わざとらしくブスッと拗ねてみせた聡に、他の三人がクスクスと小さく笑う。そこで勝が、聡が手にしている薔薇の花束に気が付いた。

「聡、その花束はどうした。出掛ける時には持っていなかっただろう。清香さんに渡すのか?」
「あ、いや、これは……、兄さんから預かってきて」
「彼から?」
 戸惑いながら事情を説明した聡に、問い掛けた勝は勿論、由紀子も驚いた顔を向けた。それで我に返った清香が、聡に預かって貰っていた花束を受け取り、由紀子に向かって差し出す。

「あの、お兄ちゃんから由紀子さんにと言付かって来ました。宜しかったら受け取って下さい」
 そう言って差し出された花束に、由紀子が恐る恐る両手を伸ばす。
「本当に、清人から?」
「はい」
 確認を入れてくる由紀子に清香が力強く頷くと、花束を手にして幾分緊張気味の由紀子の顔が、嬉しそうな笑みに変わった。

「ありがとう、嬉しいわ。帰ったらお礼を言って貰えるかしら?」
「勿論です」
 ニコニコと笑顔を交わした女二人だったが、勝は怪訝な表情を隠さず聡に問いかけた。

「それにしても、確かに見事な薔薇だが、ピンク一色の花束とは……。彼は何かピンクの薔薇に、思い入れでも有るのか?」
「それは……、俺にも良く分からないんだ。だけど兄さんのする事だし、何か意味が有るとは思うけど」
 首を捻る親子の会話に、ここで清香が申し訳無さそうに口を挟んできた。

「すみません、どうしてこの花束になったのか、私にも分からなくて……」
 その声に、男二人が慌てて弁解する。
「いや、清香さん、責めている訳ではありませんから」
「うん、これはこれで立派な物だし」
 しかし狼狽する二人をよそに、由紀子は抱えた花束を眺めながらひとりごちた。

「ピンクの薔薇……。そう言えば最近、それに関わる事を何か聞いたような……。何だったかしら?」
 首を傾げ、何やらブツブツと呟き始めた由紀子に、他の三人が怪訝な顔を向けた。すると何やら思い付いたらしい由紀子が、唐突に顔を上げて清香に声をかける。

「清香さん、覚えている? 私があなたに連れられてお家にお邪魔した時、清人があなたのお母様、香澄さんから私に葉書を書くように言われていたって話をしたでしょう?」
「はい、そうですね」
 清香は(どうして今その事を?)と疑問に思いながらも、取り敢えず素直に頷いてみせると、由紀子が真顔で問いを重ねる。

「その時、香澄さんが清人に渡して書かせようとしていたのが、確かピンクの薔薇が描かれたポストカードって言ってなかったかしら?」
 幾分自信なさげに口にした由紀子だったが、言われた清香は瞠目し、思わず両手を打ち合わせて叫んだ。

「そう言えば、確かにそう言ってました!」
「それじゃあこれは、もう当時の現物がないから、その代わりって事か!? 母さんごめん、ちょっと見せて!」
 清香の叫びに呼応する様に聡も声を上げ、素早く由紀子の手から花束を取り上げて周囲を確認し、中を覗き込んだ。

「清香さん、俺は気が付かなかったけど、メッセージカードとか付いていたかな?」
「付いていれば私も気が付くと思うけど、ひょっとして中に入り込んだかも……。まさかとは思うけど、落とした訳じゃ無いわよね?」
 段々心配そうな顔になってきた清香を落ち着かせる様に、聡が言い聞かせる。

「いや、それは無いと思う。落とす様な外側に有ったなら、受け取った時に気付く筈だし……、あれ?」
「どうかしたんですか?」
「……内側に、違う花がある」
「え?」
 真顔で花束を抱えたままテーブルに移動した聡は、その上で花束の包装を慎重に開いていった。そして茎を束ねていた紐を解いてバラバラにすると、大輪のピンクの薔薇に埋もれる様に真ん中に束ねられていた、一輪の紫に近い青い色のカーネーションが姿を現す。

「これじゃあ、分からないわよ。これ一本だけ茎の長さを短くして、完全に薔薇に埋もれて上から見えなくなってるもの」
 がっくりと肩を落とした清香の隣で、聡も疲れた様に溜め息を吐いた。
「ワザとだろうね、これは……。気が付かないならそれで良い、って言う事か?」
「青いカーネーションなんて初めて見たな。確か遺伝子組み換えで品種改良して、市場に出回り始めたのが何年か前からじゃなかったか?」
「だから取り扱ってる店まで、ちょっと遠出して遅れたわけか。しかし何だってこんな手の込んだ真似を」
 思わず納得して呟いた聡の声に、勝の戸惑った声が重なる。

「要するに、これが彼からのメッセージと言う事か? しかしこう言う最近出回り始めた物に、花言葉とか有るんだろうか?」
 それを聞いた途端、聡と清香は弾かれた様に携帯を取り出した。

「ちょっと調べてみる!」
「あ、私も!」
 そうして検索を始めた二人が、「うぅ、青だけ載ってない……」「そもそも無いんじゃないのか?」と何回か空振りらしい呟きを漏らすと、勝が誰に言うともなく呟く。

「だがそもそも……、青色の花は珍しいから、花言葉も『存在しにくい』とか『希少』とか『有り得ない』とかのニュアンスの物が多くなかったか?」
 そんな台詞を耳にして、由紀子が不思議そうに夫を見上げた。

「意外ね。あなたがそんなに、花言葉に詳しいとは思わなかったわ」
「単に、雑学として聞きかじっただけだ。意図して覚えたわけじゃない」
 勝は素っ気なく答えたが、実は結婚したばかりの頃、由紀子に黄色の薔薇を贈った事で親友の湊に爆笑されて以来、密かに花を選ぶ際の手段の一つとして、使用頻度が高い花の花言葉に関しては頭の中に叩き込んでいた。しかし初めてお目にかかる目の前の花に、他の人間同様首を捻っていると、ほぼ同時に二人の声が上がる。

「見つけた! これか。母さん見て」
「えっと……、あった! 多分これで良い筈です」
 そして二人が差し出してきた携帯の画面を、由紀子と勝が顔を寄せて覗き込んで凝視した。

「…………」
 由紀子は信じられない物を見た様な表情で、そのまま画面を眺めて微動だにせず、勝も何回か瞬きをしてからその顔を覗き込み、無言を貫く。そして微妙なその沈黙に耐えきれなかったらしく、清香が思わずこの場に居ない人物に対しての文句を口にした。

「あ、あのっ! 面倒で分かり難いお兄ちゃんですみません! もう、本当に色々、もう少し素直になれないのかしらっ!」
 それを聡が慌てて宥める。

「清香さん、あからさまに見える様に出すのが気恥ずかしかったかもしれないし、これが兄さんの流儀だろうから、あまり文句は言わないでくれるかな?」
「それは、そうかもしれませんけど……」
 疲れた様に溜め息を吐いた清香の目の前で、口元を手で覆っていた由紀子が、目に涙を溜めながら嗚咽を漏らした。

「ふっ、………ぅ、……私、これを受け取る資格……、無い……」
 先程から覗き込んでいた聡の携帯のディスプレイに、俯いていた由紀子の涙が一粒落ち、そこに映し出されていた《永遠の幸福》と言う文字にかかって歪んで見えた。その画面から勝が視線を逸らし、背筋を伸ばして軽い口調で清香に話しかける。

「別に、大した意味は無いんじゃないか? 彼が偶々目にして面白がって薔薇に紛れ込ませておいただけかもしれないし。そう思いませんか? 清香さん」
「そっ、そうですね。お兄ちゃんって気まぐれで、時々困っちゃうな~って思う時もありますし。偶々花屋で綺麗なお姉さんにサービスして貰ったのかも……」
 唐突に話を振られて動揺しながらも、何とか笑顔を浮かべつつ話を合わせた清香に、聡も調子を合わせる。

「そうだね。兄さんは女性にもてるしマメみたいだし。薔薇もいつも美女にそう言うのを贈っているから、つい癖で選んだってところかな? でもそんな適当に選んだ物だとしても、まさか返したりしないよね? 母さん?」
 にこやかに笑いつつ確認を入れた聡に、周囲に気を遣わせてしまったと感じた由紀子は、どうにか涙を抑え、笑顔らしい物をその顔に浮かべた。

「ええ、ありがたく頂くわ」
 その声に、その場全員が安堵の笑みを浮かべた。そして勝が壁際に控えていた家政婦に声をかける。

「塚田さん、この花を活けて食堂に飾ってくれるかな?」
「畏まりました。すぐに準備いたします」
 笑顔で請け負った塚田が手早く、しかし慎重に花を纏めて抱え上げて立ち去るのを見ながら、聡は苦笑して小さく肩を竦めた。

「取り敢えず、帰ったら兄さんにお礼を言ってくれるかな? 勿論後から俺も直接電話を入れるけど、名乗った途端速攻で切られるかもしれないし」
 それを聞いた清香が小さく噴き出す。
「確かに切るかもしれませんね……。分かりました。ちゃんと伝えます」
「頼むよ」
 それから清香が案内された食堂のテーブルの上には、早速大輪のピンクの薔薇が活けられた大ぶりの花瓶と並んで、青いカーネーションが活けられた一輪挿しが飾られており、控え目にその存在を示していた。
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