有能侍女、暗躍す

篠原 皐月

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第4章 何事も程々に

3.デルス御用達

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 ソフィアとサイラスが、無事に職場復帰して数日後。仕事を終えた二人は、一度王宮内に与えられているそれぞれの部屋に戻って私服に着替えてから、通用門で落ち合った。

「お待たせ。じゃあ行きましょうか」
「……ああ」
 普段通りの笑顔を見せたソフィアに、サイラスも多少強張った笑みを浮かべてから、二人で身分証を封じてある指輪を通用門の担当者に確認して貰い、王宮の外へ出て歩き出した。

「ええと、ソフィア? その……、今日はどういう風の吹き回しだ?」
 少しだけ無言で歩いてから、慎重に言葉を選んで話しかけたサイラスだったが、それを聞いたソフィアは少し気分を害した様な顔つきで、並んで歩く彼を見上げた。

「何よ? 幾ら守銭奴な私だって、そんなに傍若無人じゃないわよ? 姫様に言われて手伝ってくれたにしても、本来の業務とはかけ離れた事を色々させてしまった自覚位あるし、ちょっと食事を奢ろうか位は考えるわよ」
「あ、ああ……、すまない」
(やっぱり未だに、俺がシェリルに頼まれて首を突っ込んで来たと思ってるんだな……。それはともかく、俺が一番信じられないのは、ソフィアが『奢る』と言った事なんだが……)
 そこは素直に謝ったものの、今一つ不安を感じているサイラスに、ソフィアが淡々と付け加える。

「もの凄く不味くて安い物を奢るとか、一食分を二人で分けるとか、人間性を疑われる様な事をする気は無いから、安心して頂戴」
「い、いやっ! べ、別に、決してそんな事は思ってないからっ!」
 密かに思っていた事を言い当てられて動揺したサイラスが、慌てて両手と首を振って否定したのを見て、ソフィアは小さく嘆息した。

(絶対思っていたわよね、この反応だと……。まあ、良いけど)
 それからは何とかいつもの調子を取り戻したサイラスと連れ立って歩いて行くうちに、ソフィアは目的の場所に辿り着いた。

「ここよ」
「へえ……、ここら辺の店には、入った事は無いな」
 立ち止って目の前の大き目のドアを指差すと、サイラスは軽く周囲を見回してから呟いた。それにソフィアは苦笑で応じる。

「そうでしょうね。大通りから少し離れていて、人の行き来は少ないし、去年できたばかりだし」
「詳しいんだな」
「知り合いがやっててね。じゃあ、入るわよ」
 確かにそこはちょっと物騒な通りで、勝手を知らない一般人が間違って入り込むと、カモにされて身ぐるみ剥がされかねない場所であり、女一人で出入りするにはかなり問題がある場所ではあった。そして『知り合い』の言葉にサイラスが引っ掛かりを覚えながら彼女の後に続くと、店の奥から陽気な声がかかる。

「いらっしゃい! あら、ソフィアじゃないか。久しぶり! 元気だったかい?」
 ソフィアと比較すると、年齢と横幅がどちらも倍以上に思える恰幅の良い女性が、給仕の合間に挨拶してきた。それにソフィアも笑顔で応じる。

「はい、オリガさんもお元気そうですね」
「おや、今日は男連れかい? 初めてだね。そういえば、最近ここに顔を出した連中が、ソフィアが面倒な奴にまとわり付かれてるって言ってたけど、まさかこいつの事じゃ無いだろうね?」
 ソフィアの背後の自分を見て、オリガと呼ばれた女性が軽く眉根を寄せて睨んできた為、サイラスは(ちょっと待て、連中ってまさか……)と、激しく嫌な予感を覚えた。しかし彼の懸念を余所に、女二人の陽気な会話が続く。

「オリガさん、そっちは片付きましたから。昨日のレノーラ神殿での騒ぎ、耳にしていませんか?」
 そう言われた相手は、何度か瞬きしてから笑いを堪える表情になった。

「え? じゃあ、あれがそうだったのかい!? 耄碌したね。ソフィアの本名をすっかり忘れていたよ」
「ですからそっちはご心配無く。第一、まとわりついている様な男なんて、ここに連れてきませんって」
「それはそうだね! そんなのをここに連れて来たら、うちの人が迷わず唐揚げにしちまうか」
「そんなのにしても、不味くて食べられないと思いますけど」
 そして二人で顔を見合わせ「あははは」と豪快に笑ってから、ソフィアは殊勝な顔付きになって申し出た。

「今日はその件でお世話になったこの人に、お礼をするつもりで連れて来たの。だから、おまけしてくれると嬉しいなぁ……」
 そんな上目遣いの、かなり珍しいソフィアのおねだりモードに、オリガは爆笑してドンと自分の胸を叩きつつ請け負った。

「あはは、ソフィアにそう言われたら、無視するわけにいかないね。今夜は値段も品数も出血大サービスだ。うちの人にも文句は言わせないよ!」
「オリガさん、ありがとう! またお客を連れて来るわね!」
「ああ、待ってるよ。ほら、そっちのテーブルが空いてるから座りな。すぐに酒とグラスを、持って行ってあげるから」
「ありがとう。お願いします」
 そうしてソフィアに促されて、テーブルの一つに落ち着いたサイラスは、微妙に居心地の悪い思いを味わいながら席に着いた。

「あの……、ソフィア? この店ってひょっとして……」
 恐る恐る声をかけてみると、ソフィアはその言外に含んだ物を察知したらしく、率直に説明を始めた。
「あ、やっぱり分かった? ここの御亭主とオリガさんは夫婦で長年デルスに所属していたんだけど、去年一線を退いて、趣味の料理の腕を活かして食堂を始めちゃったの。現役時代は国内をくまなく回ってたから、その時に作り方を学んだ各地の郷土料理をアレンジして作り上げた、創作料理が美味しいわよ?」
 最悪の予想をあっさりと肯定されて、サイラスの顔が微妙に引き攣ったが、何とかいつも通りの表情を心掛けつつ尚も尋ねてみた。

「そう、なんだ……。それは、楽しみだな。因みに……、その関係でこの店にデルスの人間とか、その関係者が出入りしてるとかは……」
「勿論、溜まり場にはなっているけど、仕事で招集がかかっていない時は往来でばったり出くわしても互いに無視する事になっているし、気にしないで」
「……そうか」
 自分にとってはかなり重要な事をサラッと流されて、サイラスは項垂れそうになりながら、先程から感じている視線の意味を理解した。

(やっぱり何か有るとは思ってたが……。テーブル客のうち何組かからの微妙な視線を感じるし、カウンターの向こうの厨房から、時々殺気が漏れ出ている様な気が……。ここで何か揉め事を起こしたら、俺も唐揚げになるんだろうか?)
 そんな埒も無い事を考えていると、向かい合って座っているソフィアが怪訝そうに尋ねてくる。

「どうしたの? サイラス。具合が悪いなら日を改めるけど?」
「いや、何でもないから」
(うん、多分、彼女に悪気は無いんだ、悪気は)
 サイラスが心の中で自分自身にそう言い聞かせていると、オリガが大きなお盆の上に酒瓶と大ぶりのグラス、それに料理の皿を二つ乗せてやって来て、手際良くテーブルの上に並べた。

「はい、お待ちどうさん。他の料理は出来次第、持って来るからね!」
「ありがとうございます」
 そして礼を言ったソフィアが二つのグラスに琥珀色の酒をなみなみと注ぎ、一方をサイラスに手渡してからもう一方を持ち上げて、機嫌良く声を上げた。

「じゃあ、計画の無事終了を祝って、かんぱーい!」
「乾杯」
 そして軽くグラスを打ち合わせた後、ぐいっとグラスの中身を一気に半分ほど飲み干したソフィアが、如何にも満足そうな声を上げる。

「くっはぁ~! 仕事上がりの酒は、また格別よね!」
「……そうだな」
 彼女の豪快な声と飲みっぷりに、控え目に同調して静かに酒を飲んだサイラスだったが、彼が懸念した通り離れた席で飲み食いしていたソフィアも顔なじみのデルスの構成員達は、彼女達に聞こえない様にこっそり囁き合っていた。

「なんだかソフィアの奴、男の前でオヤジ化しているが……」
「大丈夫なのか? 愛想を尽かされるんじゃ無いのか?」
「かと言って、あそこのテーブルに割り込むわけにもいかないだろうし」
「そうだよな、相手の男に誤解されかねないし、第一、俺達の身元を明かすわけにもいかん」
 一体あの男はソフィアの何なんだと、密かに周囲が気を揉む中、ここに至ってサイラスは完全に開き直り、酒と料理を味わう事に専念し始めた。

(あ、本当に美味い。酒も結構良いのを取り扱ってるみたいだし。正直、あまり期待していなかったが、嬉しい誤算だな)
 傍目には分からない程度に顔を緩めつつ、黙々と食べていたサイラスに、同じ様に食べていたソフィアが声をかけた。
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