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第17話 フューラー大司教(2)
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口先で適当にごまかして情報を引き出す作戦だったが、図南たちのお思惑は脆くも崩れ去った。
それでも抗ってみる。
「嫌だなー。冗談ですよ、冗談。ここが島国じゃないことくらい知っていました。ちょっと調子に乗ってフューラー大司教のお話に合わせただけです」
「ほうほう、これは面白いことを言うな」
フューラー大司教は本当に面白そうに図南を見返す。
(やっぱり無理だよなー)
困惑した表情で愛想笑いを浮かべる図南に代わって紗良が頭を下げた。
「申し訳ございません。騙すつもりはありませんでした。私たちにも明かせない事情があることをお察しください。それと、私たちが他の国から来たことは嘘ではありません」
「この国の人間でないことはすぐに分かったよ」
「怒らないのですか?」
紗良が不思議そうに聞くと、当のフューラー大司教は声を上げて笑い出した。そして、椅子から立ち上ると図南と紗良に向かって頭を下げる。
「引っ掛けたのはワシの方だ。すまないことをした」
「いえ、そんな。頭を上げてください」
「いや、こっちも嘘を吐いたのは確かなんだし、やっぱり謝るべきだと思うんだ」
紗良と図南も慌てて立ち上がり、二人揃って深々と頭を下げた。
「では、これでお互いに騙し合いは無し、と言うことで話を進めて構わんかな?」
フューラー大司教は図南と紗良を自分の部下として神聖教会に招きたいと申し出た。対価として、通常の報酬とは別に彼らの保護を提示する。
それはこの世界で生きていくための糧を得るだけでなく、フューラー大司教という後ろ盾を得ることを意味していた。
◇
「どう? 美味しい?」
三十代後半の女性が図南に料理の出来を尋ねる。幼いころから見知った顔、紗良の母親だ。
「とっても美味しいです」
「それね、紗良が作ったのよ」
「へへへへー、見直した?」
母親や同席している妹と弟を気にして紗良がはにかむ。
記憶にある光景。
記憶にある紗良の笑顔。
どれも覚えのあるもの。それは、中学三年生の夏休みの終わり頃のワンシーン。
図南はこれが夢なのだと直感的に理解する。
「うん。見直した。いつの間にこんなに上手になったんだ?」
「夏休みの間の夕食はほとんどお姉ちゃんが作ったんだよ」
紗良とよく似た容貌の少女がクスクスと笑いながら図南の反応を観察する。二歳年下の紗良の妹だ。
「姉ちゃんやめなよ、図南の兄ちゃんが困ってるだろ」
止めたのは小学四年生になる紗良の弟。
紗良の家族の笑顔。
家族と一緒のときか、自分と二人きりのとき以外には、滅多に見せることのない紗良の笑顔がそこにあった。
夢の中でその笑顔を見ると、自分が如何に彼女の笑顔に救われていたのかが分かる。
「となーん、これも食べてー」
紗良がモツの煮込みを差し出す。
まるで店で出てくるような出来映えに驚いた図南が、モツの煮込みと紗良とを見比べた。
「これも紗良が作ったの?」
「そうよー」
春休みに食べたモツの煮込みの味を思いだして、わずかに躊躇する。だが、図南は差し出されたそれを口に運ぶと満面の笑みを紗良に向けた。
「美味しいよ。本当に紗良は努力家だな」
一度集中すると周りが見えなくなるきらいはあったが、それでも熱中する紗良の姿が好きだったし、一生懸命な姿勢も好きだった。
紗良が小首をかしげる。
「努力家?」
「春休みに食べたモツの煮込みとは大違いだったからさ」
「酷ーい」
図南の言葉に紗良がほほ笑みながら口を尖らせる。
その瞬間、ガラスがひび割れるように、図南の目に映った情景が砕け散った。
「うわっ!」
慌てて飛び起きた図南が辺りを見回す。
無意識に身体強化を発動させて視力の強化を図っていた。わずかな灯りにもかかわらず周囲の様子が判別できる。
記憶にない家具や装飾品に図南が思わず身構えた。
「そうか、ここは天幕だった……」
図南と紗良の二人はフューラー大司教の好意により、神聖教会の天幕の一つを貸してもらいっていた。
そのことを思いだして胸をなでおろす。
落ち着くと、天幕を仕切った衝立の向こうから紗良の静かな寝息が聞こえた。
「夢、だよな。やっぱり……」
その寝息に安堵を覚えた瞬間、
「お母さん……」
紗良の寂しそうな声が微かに聞こえた。
幸せそうな紗良の笑顔が脳裏に蘇る。
紗良とその家族……、と自分。
図南は自分たちが戻ることも出来るか分からない異世界に飛ばされたことを改めて思い返していた。
先程の夢と相俟ってその寂しそうな声に胸を抉られるような錯覚を覚える。
気分を変えようと天幕の外に出ると、フューラー大司教の天幕の灯りがまだ燈っていることに気付いた。
時計を見ると夜中の2時を回っている。
一瞬の躊躇。
だが、紗良抜きで話をする好機と捉えた図南は、フューラー大司教の天幕へ向けて踏み出していた。
それでも抗ってみる。
「嫌だなー。冗談ですよ、冗談。ここが島国じゃないことくらい知っていました。ちょっと調子に乗ってフューラー大司教のお話に合わせただけです」
「ほうほう、これは面白いことを言うな」
フューラー大司教は本当に面白そうに図南を見返す。
(やっぱり無理だよなー)
困惑した表情で愛想笑いを浮かべる図南に代わって紗良が頭を下げた。
「申し訳ございません。騙すつもりはありませんでした。私たちにも明かせない事情があることをお察しください。それと、私たちが他の国から来たことは嘘ではありません」
「この国の人間でないことはすぐに分かったよ」
「怒らないのですか?」
紗良が不思議そうに聞くと、当のフューラー大司教は声を上げて笑い出した。そして、椅子から立ち上ると図南と紗良に向かって頭を下げる。
「引っ掛けたのはワシの方だ。すまないことをした」
「いえ、そんな。頭を上げてください」
「いや、こっちも嘘を吐いたのは確かなんだし、やっぱり謝るべきだと思うんだ」
紗良と図南も慌てて立ち上がり、二人揃って深々と頭を下げた。
「では、これでお互いに騙し合いは無し、と言うことで話を進めて構わんかな?」
フューラー大司教は図南と紗良を自分の部下として神聖教会に招きたいと申し出た。対価として、通常の報酬とは別に彼らの保護を提示する。
それはこの世界で生きていくための糧を得るだけでなく、フューラー大司教という後ろ盾を得ることを意味していた。
◇
「どう? 美味しい?」
三十代後半の女性が図南に料理の出来を尋ねる。幼いころから見知った顔、紗良の母親だ。
「とっても美味しいです」
「それね、紗良が作ったのよ」
「へへへへー、見直した?」
母親や同席している妹と弟を気にして紗良がはにかむ。
記憶にある光景。
記憶にある紗良の笑顔。
どれも覚えのあるもの。それは、中学三年生の夏休みの終わり頃のワンシーン。
図南はこれが夢なのだと直感的に理解する。
「うん。見直した。いつの間にこんなに上手になったんだ?」
「夏休みの間の夕食はほとんどお姉ちゃんが作ったんだよ」
紗良とよく似た容貌の少女がクスクスと笑いながら図南の反応を観察する。二歳年下の紗良の妹だ。
「姉ちゃんやめなよ、図南の兄ちゃんが困ってるだろ」
止めたのは小学四年生になる紗良の弟。
紗良の家族の笑顔。
家族と一緒のときか、自分と二人きりのとき以外には、滅多に見せることのない紗良の笑顔がそこにあった。
夢の中でその笑顔を見ると、自分が如何に彼女の笑顔に救われていたのかが分かる。
「となーん、これも食べてー」
紗良がモツの煮込みを差し出す。
まるで店で出てくるような出来映えに驚いた図南が、モツの煮込みと紗良とを見比べた。
「これも紗良が作ったの?」
「そうよー」
春休みに食べたモツの煮込みの味を思いだして、わずかに躊躇する。だが、図南は差し出されたそれを口に運ぶと満面の笑みを紗良に向けた。
「美味しいよ。本当に紗良は努力家だな」
一度集中すると周りが見えなくなるきらいはあったが、それでも熱中する紗良の姿が好きだったし、一生懸命な姿勢も好きだった。
紗良が小首をかしげる。
「努力家?」
「春休みに食べたモツの煮込みとは大違いだったからさ」
「酷ーい」
図南の言葉に紗良がほほ笑みながら口を尖らせる。
その瞬間、ガラスがひび割れるように、図南の目に映った情景が砕け散った。
「うわっ!」
慌てて飛び起きた図南が辺りを見回す。
無意識に身体強化を発動させて視力の強化を図っていた。わずかな灯りにもかかわらず周囲の様子が判別できる。
記憶にない家具や装飾品に図南が思わず身構えた。
「そうか、ここは天幕だった……」
図南と紗良の二人はフューラー大司教の好意により、神聖教会の天幕の一つを貸してもらいっていた。
そのことを思いだして胸をなでおろす。
落ち着くと、天幕を仕切った衝立の向こうから紗良の静かな寝息が聞こえた。
「夢、だよな。やっぱり……」
その寝息に安堵を覚えた瞬間、
「お母さん……」
紗良の寂しそうな声が微かに聞こえた。
幸せそうな紗良の笑顔が脳裏に蘇る。
紗良とその家族……、と自分。
図南は自分たちが戻ることも出来るか分からない異世界に飛ばされたことを改めて思い返していた。
先程の夢と相俟ってその寂しそうな声に胸を抉られるような錯覚を覚える。
気分を変えようと天幕の外に出ると、フューラー大司教の天幕の灯りがまだ燈っていることに気付いた。
時計を見ると夜中の2時を回っている。
一瞬の躊躇。
だが、紗良抜きで話をする好機と捉えた図南は、フューラー大司教の天幕へ向けて踏み出していた。
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