天然クールな騎士団長のアブないマッサージ

うこと

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隊長アダン2

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 アダンはすぐにルネへの想いを恋だと自覚した。

 貴族の家門、それも同性同士ではどうあがいても結ばれる未来はない。
 分かってはいるが、初めて抱いた恋心に浮かれるなと言う方が無理な話だ。

 先のことはさておき、少しずつ親しくなっていきたい――そんな淡い期待を抱きながら職務にあたること、二週間あまりが経過した。
 団員の士気も上々で、ルネを中心に上手くまとまってきていると感じる。

 しかし、ルネとお近づきになる機会はといえば、全くといっていいほど訪れていない。

 ――ジュスト・グラック。
 全ては彼が原因だ。

 ルネと接する態度がこれまでの印象とはかけ離れていて誰もが驚いたが、聞けばルネとは幼馴染だという。

 非常に羨ましいという感情は横に置いておくとして、問題はジュストが職務以外の用件でルネに近づこうとする者をことごとく追い返している点だ。

 不埒な目でルネを見ている者がいるのは確かで、それを追い返すのは理解できる。
 とはいえ、ただのコミュニケーションまで排除するのは明らかに行き過ぎだ。

 訓練後のちょっとした雑談や宿舎での食事など、集団での会話に割って入るような真似はしないが、個人的に話しかけようとする者には容赦がない。

 ルネに怪しまれないよう相手の用件を巧みに聞き出して回答し、用は済んだなと下がらせるのだ。
 恐らくルネは、親切心で対応してくれていると思っているに違いない。

 ジュストの過剰な防衛により、二人は恋人同士なのではないかという噂もある。
 だが仮にそうだったとしても、純粋な交流を邪魔する権利はないはずだ。

 そう思いながらも、アダンはジュストに抗議する勇気を持てないでいた。
 アダンも健康な若者である以上、不埒な感情が全くないとは言い切れないからだ。

 好きだから触れてみたいし、あわよくばそれ以上だって望みたい。
 だが、それはあくまでも付随的な願望だ。

 生理的な欲望の捌け口をルネに求めている者と同列にいるつもりはない。
 ただ、ジュストからすればどちらも大差はないのだろう。

 すっきりしない感情のせいか、アダンはいつもよりも早く目が覚めた。
 起床時刻まで一時間ほどあるが、このままベッドにいても休めそうにない。

 軽く身支度を済ませ、水でも貰おうと宿舎の一階まで下りたところで、ロビーの扉から外に出ていく影が目に入った。

 見間違いでなければ、あの細身のシルエットはルネのものだ。
 アダンは慌てて後を追った。

「団長!」

 後ろ手で宿舎の扉を閉めながら、声を張り上げて呼び止める。
 ルネは特に驚いた様子もなく、ゆっくりとこちらを振り返った。

「アダン。おはよう」
「おはようございます!」

 名を覚えてもらえていることに高揚したアダンは、駆け寄ってルネの隣に並んだ。

「団長、どこかに行かれるんですか?」

 聞いてはみたものの、ルネは白いシャツに黒いズボン、腰に剣を差しただけという軽装で、外出の予定があるようには見えない。

「いや、早く目が覚めたから剣でも振ろうかなと」
「なら、俺もご一緒してよろしいでしょうか!」

 ジュストのいない今がチャンスだ。
 身支度を済ませていた自分に感謝しながら、アダンは前のめりでルネの返答を待った。

「そうだな、相手がいると助かる」
「やった!」

 飛び上がらんばかりに喜ぶアダンに、ルネはきょとんと目を丸くした。
 子どものような反応を晒した自分に羞恥を覚えたが、もう遅い。

「ずいぶん熱心なんだな」
「は、はいッ!」

 あなたに熱心なんですなどと言えるわけもなく、勢いよく返事をすると、ルネは柔らかな笑みを零した。
 王城の壁に飾られている名画のような、品のある美しい笑みだ。
 思わず見とれていると、ルネはアダンに背を向け宿舎の裏手に向かって歩き出した。

 四階建ての宿舎前には広いスペースがあり、日々の訓練のほとんどはここで行う。
 広場で稽古をするものと思い込んでいたアダンは、慌ててルネの後を追った。

「団長、どちらに行かれるんですか?」
「裏庭だ」

 宿舎の裏手は高い城壁に面しており、針葉樹がまばらに植えられている。
 あまり立ち入ることはないが、確かに数人が稽古をする程度のスペースはあったはずだ。

「……中庭だと目立つから、一人の時はいつも裏庭でやっている」
「なるほど」

 美しい造形に美しい剣技が加われば、普段以上に人目を引くのは必然だ。
 早朝でも使用人が慌ただしく行き来している宿舎前の広場は、一人静かに稽古するには向いていない。

 これほどの美貌なら、注目されることに慣れていてもおかしくはないが、これまで社交の場に出ていなかったルネが落ち着かない心地になるのも無理はない。

 アダンは隣を歩くルネをそっと盗み見た。
 いつ見ても彫刻のように美しい横顔だ。

 ガーネットの瞳とそれを縁取る長い睫毛は、上品さと華やかさだけでなく、見る者を虜にする魔性めいた輝きを放っている。

 柔らかそうな薄紅色の唇は、見ているだけで吸い込まれてしまいそうだし、少し長い後ろ髪からちらりと覗く白いうなじが何とも禁欲的だ。

 ああ、あの唇に吸い付き、首筋に顔を埋めることができたなら――。

「――ン、アダン、前!」
「えっ!?」

 前方を向いた瞬間、額に強い衝撃を受け、アダンは思わず呻き声を上げた。

「ってぇ……」

 クラクラする頭を抑えながら顔を上げると、目の前は針葉樹の幹があった。
 不埒なことを考えた罰が当たったに違いない。

「アダン、大丈夫か?」
「は、はい! 平気です! 頑丈が取り柄なので」
「見せて」

 ルネは額を覆っていたアダンの手を掴んで押しやると、頭一つ分よりも小さい背丈を目いっぱい伸ばし、顔を近付けてきた。
 赤く腫れているだろう額を、真剣な顔つきで覗き込んでいる。

「出血はしていないようだな、よかった」

 宝石のような紅い瞳が、吸い付きたいと思っていた唇が、吐息のかかる距離にある。
 アダンは激しく混乱した。
 打った額以上に目元と頬が熱くなり、心臓は狂ったようにバクバクと暴れ出している。

 今すぐキスをしたい衝動と、過ちを犯す前に離れてほしい困惑で身動きできずにいるアダンの感情など知る由もないルネは、ますます顔を寄せてきた。
 ほのかに漂ってくるベルガモットの香りは、整髪油の匂いだろうか。

「顔が赤いな」
「だ、団長……!」
「アダン、少しかがんで」

 意図はわからないが言われるがまま身を縮めると、ルネは自らの額をアダンの額にくっつけた。

「――ッ!?」
「やっぱり、熱い」

 少し動けば唇が触れてしまう距離に、アダンのパニックは最高潮に達した。
 顔どころか全身が熱くなっているし、心臓は今にも飛び出して爆発しそうだ。

「――何をしている!」

 少し離れたところから飛んできた低く鋭い声に、ぱっとルネの身体が離れていく。
 寂しく思う余韻が霧散してしまうほど、怒りに満ちた声だった。

「副団長……」

 大股で近づいて来たジュストはルネの隣で立ち止まると、敵意を隠すことなくアダンを睨みつけた。
 当のルネはその怒りに気付いていないのか、呑気な声で「ジュスト」と幼馴染の名を呼んだ。

「アダンの顔が赤いから熱を測ってた」
「ンなもん、手で触ればいいだろ、手で」
「……あ、そうか。兄上がいつもこうだったから、咄嗟に」
「お前なぁ……」

 ジュストはこれみよがしに大きく嘆息してから、頭を左右に振った。

「勝手に触られるのが嫌な奴だっているだろ。そのやり方はやめとけ」
「そうだな……悪かった、アダン」

 展開について行けずぼんやりと二人の会話を聞いていたアダンだったが、ルネの謝罪にハッと意識を取り戻した。

 ジュストはアダンを気遣っているように見せかけ、ルネが触れてくるのを阻止する気だ。
 そうはさせるものか!

「い、いえ! 団長になら全身どこを触られたって嫌じゃありません!! むしろいつでも触ってください!!」

 叫び終えた途端、アダンは激しい後悔に襲われた。
 いつでも触ってなどと、これではまるで変態ではないか。

 さすがのルネも呆れているに違いない。アダンは逃げるように目線を地面に落とした。

 しかし、一度発してしまった言葉は取り消せない。
 二度と触ってもらえないよりはマシだと己を慰めていると、ふっと息が漏れる音が聞こえ、アダンは顔を上げた。

「……ふふっ、熱を測るのに全身を触る必要はないだろう」

 咄嗟の叫びがツボに入ったのか、アダンの予想とは裏腹にルネは口元を抑えて笑っていた。

 意図が伝わっていないことを喜ぶべきか、それとも落胆すべきなのだろうか。
 分からないが、失態であれ何であれ、自分のことでルネが笑っている喜びが湧き上がってきているのだけは、はっきりと感じられた。

 ――ああ、好きだ。

 無邪気に笑う姿さえ美しいのは反則だろう。
 アダンは、朝の柔らかな光の中で笑みを浮かべるルネを陶然と見つめた。

「ジュスト、アダンって面白いな」
「……ああ、そうだな。まったくもって愉快な奴だ」

 降り注ぐジュストの冷ややかな声と視線に、浮ついていた感情が急速に萎んでいく。

(完全に目を付けられたな……)

 でも、これは不可抗力だ。
 好きな人に触れられて動揺するなという方が無理な話だし、好きなものは好きなのだから仕方ない。

 ジュストの鋭い眼光からは視線を逸らしつつも、腹を括って開き直ったアダンだった。



 ジュストに気持ちを知られてしまった以上――いや、元からばれていたかもしれないが、警戒が厳しくなるのは避けられないと思っていた。

 しかし、予想に反しジュストの態度はこれまでと変わらなかった。
 恐らく、アダンはルネを襲う度胸のない臆病者だと判断されたのだ。

 ジュストの見立ては悲しいかな正しい。
 夜な夜な淫らな妄想をすることはあっても、ルネを前にすると恋を覚えたての少年のように慌てふためいてしまう。
 その情けない姿を目の当たりにし、警戒を強める必要はないと判断したのだろう。

 アダンの他にもルネに心酔している者は多い。より危険度の高い者への警戒を優先するのは当然だ。

 とはいえ、ルネは騎士団のトップであり、その上ヴィレール公爵家という王族に次ぐ高い身分を持ち合わせている。

 どれほど魅力的であろうと、力任せに襲いかかるような愚かな真似をする者は少なくとも騎士団内にはいない。
 騎士の称号を剥奪されるだけでなく、下手をすれば家門にまで罰が及ぶかもしれないからだ。

 だが、互いに合意の上、もしくはアクシデントであったらどうだろうか。

 世間慣れしていないルネをあの手この手で騙せば、ひょっとしたら一晩くらいお相手してもらえるのではないか――そういう期待を抱かせてしまう隙がルネにはある。

 相手の好意にも下心にも気付かないのに、距離感だけは妙に近いのはアダンも経験したとおりだ。

 就任当初はあまりの美しさに近寄りがたく、遠巻きで見ている者が多かったが、ルネの人となりが浸透してきてからは、「あわよくば」を狙う者が後を絶たない。

 貴族の男たちは高位であればあるほど、女遊びに慎重だ。婚外子にも財産の相続権があるため、誤って妊娠させようものなら家門の一大事となってしまう。
 避妊も確実ではないし、ハニートラップも警戒しなければならない。
 
 城下街にある高級娼館は貴族相手に特化しているため信用はできるが、そのぶん値が張る。
 そのため、恋愛の対象は女性だが、欲を発散する相手として同性を選ぶことに抵抗のない者は少なくない。
 閨教育の一環として一通りの作法を習うのも貴族の家庭では一般的だ。
 
 そんな環境にあっては、ジュストが気を揉むのも無理はない。
 
 ――ルネを守る役目が自分のものだったら。
 あり得ない羨望を抱きながら、当然のような顔でルネの隣に立つ男に向け、アダンは密かに嘆息を零した。
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