天然クールな騎士団長のアブないマッサージ

うこと

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翌日2

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 手短に着替えを済ませたルネは、脱衣所を出た。
 隣にある洗濯室の所定の籠に洗濯物を入れ、その足でアダンの部屋へと向かう。

 一度部屋に戻って髪を乾かすべきなのだろうが、男所帯の宿舎で細かなマナーを気にする者はいまい。
 服さえ着ていれば大きな問題はないだろう。

「アダン。少し話したいんだけど、今いいかな」

 ノックと同時に声を掛けると、ドアの向こうからバタバタと慌てたような物音が聞こえてきた。

「だ、団長! どうしました?」

 ドアを開いて出迎えてくれたアダンは、騒々しい足音からイメージした通りの表情をしていた。

 上長が突然訪ねてくれば、何かあったのかと驚くのも無理はない。

「急にごめん。立て込んでるなら出直すけど」
「い、いえ! むさくるしい部屋ですがどうぞ!」
「ありがとう」

 部屋の中に入ったルネは、数歩歩いて一人掛けのソファの手前で足を止めた。

「あっ、どうぞ座ってください!」
「ありがとう。でも、すぐ済むから」
「そ、そうですか……」

 ルネが断ると、なぜだかアダンは目に見えて肩を落としてしまった。

 理由は分からないが悪いことをしてしまった気がして、ルネはアダンに掛ける言葉を探した。

 上長の話など短い方が良いだろうと単純に考えていたが、人懐っこいアダンには冷淡に映ったのかもしれない。
 
「……髪の手入れをしなきゃいけないから」

 ルネはいくつか思いついた理由のうち、もっともシンプルで分かりやすいものを口にした。

 ルネ自身にこだわりはないが、王宮に出入りする身として最低限の身だしなみは整えなければならない。
 風呂上りに髪を梳き、ベルガモットの香油を塗り込むのはルネの日課になっていた。
 
「そ、そうですよね、お風呂上りですもんね! さっきからいい匂いが……って、何を言ってるんだ俺は……!」

 前々から思っていたが、アダンは愉快な人物だ。
 落ち込んだかと思えば顔を赤らめ、今度は自己嫌悪しているのか自身の頭を軽く叩いている。

 ルネは少し背伸びをして、アダンの襟元に鼻を寄せた。

「アダンもいい匂いがする」

 ルネがいい匂いというなら、共用の洗髪剤や石鹸を使っているアダンも同じくいい匂いということになる。

 風呂上りは大抵良い香りがするものであり、自身の頭を叩くほど変なことは言っていない。
 そういうフォローのつもりだったのだが、アダンは再び顔を真っ赤にしてしまった。

 どうやら言葉選びを間違ってしまったらしい。
 人間関係というものは本当に複雑だ。

 これ以上余計なことを言う前に、早く用件を済ませ立ち去るのがアダンのためだろう。

「……アダン。話というのは、一昨日のことなんだけど」

 ルネが用件を切り出すと、アダンは親に叱られる前の子どものように緊張を走らせ、背筋を正した。

「ジュストからマッサージを頼まれたと言っていたけど、ジュストは頼んでいないみたいで」
「――すみませんでした!!」

 アダンはルネの言葉を大声で遮ると、勢いよく頭を下げた。

「アダン?」
「副団長からは、団長を頼むとしか言われていません! 俺がどうしても団長とセッ……いえ、マッサージをしたくて、嘘を吐きました! すみません!」

 腰を九十度より深く曲げて謝罪をするアダンに、ルネは戸惑った。

「アダン、とりあえず顔を上げて。別に怒っているわけじゃない」
「でも……」
「アダン」
「……はい」

 恐る恐る顔を上げたアダンは、刑の執行を待つ罪人のような不安げな面差しをしていた。

 咎めに来たのではないし、嘘を吐いていたとしても別に構わない。

 ルネが気に掛けているのは、アダンがルネの体質を知っているかどうかだ。

「あの日のマッサージは俺も同意したんだから、何も問題はない。それよりも、アダンは俺が一人でマッサージできない体質だと知っていたのかが聞きたくて」
「え……?」

 飴色の瞳をきょとんと丸めているところを見るに、ルネの体質については全く知らないようだ。

 つまりアダンは二人でマッサージをするのを好むタイプで、一昨日は酔っていたため目の前にいたルネを相手にと考えたのだろう。

 疑問は解消された。
 だが、アダンはアダンで、なぜルネがマッサージを受け入れたのかを疑問に思っているかもしれない。

 アダンは信頼に足る人物だ。
 下手に誤魔化して有耶無耶にするよりは、はっきり告げた上で口外しないよう頼む方が誠実な対応だろう。

「今更隠す必要はないからアダンには言うけど、俺は誰かに手伝ってもらわないと一人では上手くマッサージができない体質なんだ」
「た、体質……ですか?」

 アダンは信じられないといった面持ちで、ルネの言葉を繰り返した。

 初めてジュストに告げた時も、同じような反応をしていたことを思い出す。
 それほど珍奇な体質なのだろう。 

 書物の知識ではあるが、多数が少数を排除しようとするのは人間社会では珍しくない行動だ。
 体質に問題はないとしても、世間に知られれば公爵家の不利益に働いてしまうことは想像に難くない。

「……うん。それで、できれば誰にも言わないでくれると助かる。俺自身は何を言われても構わないけど、揶揄されてヴィレールの名を汚すのに利用されたら困るから」

 知らぬ間に床に落ちていた視線を上げると、アダンと目が合った。

 いつになく真摯な眼差しをしたアダンが、ルネの両肩を掴む。

「もちろん誰にも言いません! 俺は団長を心から尊敬してますし、その……俺は団長のことが……本当に大好きですから!!」

 肩に触れている大きな手のひらから、熱が伝わってくる。

 アダンは情けない自分を慰めようとしてくれているのだろう。
 その真っ直ぐな言葉が、純粋に嬉しかった。 
 
「……ありがとう。俺もアダンが好きだよ」
「団長……」

 思ったままを正直に伝えると、アダンは照れくさそうに頬を紅潮させた。

 そんなアダンの姿に、ルネは実の弟であるレナルドを連想した。

 アダンの方が年齢も上だし立派な体格をしている。
 少年であるレナルドとは、見た目は似ても似つかない。

 だが、無邪気に慕ってくれるところや、感情を言葉で伝えてくれるところはそっくりだ。

 誠実で温かな言葉は、胸に安らぎと幸福を与えてくれる。

 ルネは肩に置かれたアダンの手をそっと外すと、包み込むように両手で握りしめた。
 いつだったか、いつでも触ってくださいと興奮気味に言われた時のことを思い出したからだ。

 触れることがアダンの喜びになるかは分からないが、少しでも感謝の気持ちを伝えたい。
 ルネは握った手のひらに願いを込めた。

「……じゃあ、おやすみアダン。色々ありがとう」

 ゆっくり手を離すと、アダンはハッと顔を上げた。

「あっ、あの……! いえ、おやすみなさい」

 アダンは一瞬名残惜しそうな顔を見せたが、すぐに笑みを浮かべてルネのために扉を開けてくれた。

 アダンにもう一度礼を言ってから廊下に出ると、同じタイミングでルネの部屋の一つ手前のドアが開くのが横目から見えた。

 部屋から出てきたのはジュストだ。
 ルネと目が合うなり、ジュストは真っ直ぐこちらへ向かって来た。

「……アダンの部屋に行ってたのか」
「うん。ジュストもアダンに用?」
「いや……食堂に水を貰いに」
「そうか。じゃあ、おやすみ」

 そのまま横を通り過ぎようとすると、強い力で手首を掴まれた。

「アダンと何話してたんだよ」

 ジュストが些細なことにまで気に掛けるのは、自分が頼りないからだ。
 余計なことを言っていないか、妙なことを口走っていないかと、心配してくれている。

 会話の内容を詳らかに話せば、ジュストは的確な助言を返してくれるだろう。
 だが、それではいつまで経っても自立した人間にはなれない。

 アダンへの対応が間違っていたとしたら、アダンの態度に何かしらの変化が見られるはずだ。
 それに自分で気付くことが、父や兄いわく「世間慣れしていない」面の成長に繋がっていくのだろう。

「別に、大したことじゃない」

 そう告げると、ジュストは切れ長の瞳を僅かに見開いた。

「……そう、か」

 隠し通すことではないため、問い詰められたら話そうと思っていたが、意外にもジュストはあっさりと引き下がった。

「うん。じゃあ、おやすみジュスト」
「……ああ、おやすみ」

 ルネはジュストの横を通り過ぎ、廊下の突き当りにある自室へと向かった。

 仕事の面ではジュストに頼らざるを得ないし、滞りなく職責を果たすためむしろ積極的に力を借りるべきだと思っている。
 
 だからこそ、私的な事柄だけは心配をかけないようにしたい。
 それが一番ジュストの負担を減らすことに繋がるはずだ。 

 ルネはそっと後ろを振り返った。
 食堂へと向かうジュストの背中が少しずつ夜の影に消えてゆく。

 ジュストのため、皆のために、騎士団長としても人間としても、成長していかねば。
 ルネは胸中で静かに誓いを立てた。
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