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いざ、初デート1
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アダンは朝から緊張していた。
正確には昨晩から、いや、ルネと出掛ける約束を取り付けた時からずっと落ち着かない心地でいる。
できるだけ長く本の海に入り浸りたいだろうと、朝食後すぐに出発しようと提案すると、案の定ルネは嬉しそうに顔を綻ばせた。
ルネは本に夢中になると食事を忘れてしまうようで、休日になると書庫が閉まる時間まで居座っているのが常だ。
もしくは朝に本をまとめて借りてきて自室に籠もっていることもあるが、その場合も夜まで部屋から出てくることはない。
そんな本の虫を誘った時点で、夜まで図書館に入り浸ることになるのは覚悟している。
ルネと一緒なら、退屈な図書館に一日中いるのは構わない。
多忙なルネと二人で出掛けられること自体が奇跡なのだから。
だが、贅沢を言っていいのなら、少しだけいいから落ち着いて話す時間が欲しい。
図書館から戻って夕食は宿舎で、というのはデート――と思っているのはアダンだけだが――としては少々寂しい。
宿舎の食堂は朝、昼、夜と食事の提供時間がそれぞれ設定されている。
非番の者は門限内であれば外へ食べに行くのは自由だが、食べ損ねた場合は救済措置として置かれている残り物の硬いパンとフルーツで空腹を凌ぐしかない。
つまり夕食の時間が過ぎるまで図書館にいれば、その後自然にレストランに誘うことができるはずだ。
ルネ自身は食事が不要だとしても、アダンの空腹を気遣って了承してくれるだろう。
レストランに入るまでは上手くいくとして、問題はここからだ。
会話を弾ませて楽しんでもらうことは絶対条件だ。
その上で自分をアピールしつつ、ルネ自身のことも色々話してもらいたい。
アダンは口達者でもなければ話題が豊富にあるわけでも、ユーモアのセンスがあるわけでもない。
会話が止まらないようにするだけでも難しいというのに、数少ない機会を生かそうとどうしても気が張ってしまう。
上手くやろうとすると、きっとまた空回って馬鹿をやらかすに決まっている。
そうならないようにと思うほど緊張が増すという悪循環に陥り、大事なデート前だというのにすっかり寝不足だ。
鏡に映った情けない顔を軽く叩き気を引き締めてから、アダンは身支度を整えた。
(覚悟はしてたけど、これは……)
ルネを部屋に迎えに行き、ジュストに出会すこともなく順調に城門をくぐり抜けたアダンが驚いたのは、ルネに送られる人々の視線だった。
注目を浴びるだろうとは思っていたが、その度合いはアダンの想像以上だ。
王城内でも衆目を集めるのは日常的な光景だ。
とはいえ、公爵家の次男であり騎士団長であるルネに対して、あからさまな視線をぶつけることはそうそうない。
だが待ち行く人は、身なりからルネが貴族だということは分かっても、どこの誰かまでは知る由もない。
それゆえ彼らの視線は少々不躾だが、それも仕方ないことだろう。
生活感あふれる朝の城下町の中で、絵画から抜け出したようなルネの存在は明らかに浮いている。
隣を歩くルネを横目で見ながら、アダンは感嘆の息を漏らした。
白いシャツと白いズボン、グレーのベストに黒のロングコートを羽織り、足元はロングブーツというシンプルな服装が、ルネ本人の美しさを一層際立たせている。
派手な装飾品は付いていないものの、よく見ると上質な布地に繊細な刺繍が施されており、身に付けているのはどれも一級品だ。
美人は三日で飽きると言われているが、ルネの美しさは日に日に磨きがかかっていて、見慣れるどころかいつまでたっても翻弄されっぱなしだ。
だから、通行人や露店の店員が我を忘れルネに見入ってしまう気持ちは、アダンにはよく分かる。
当人は過剰に注がれる視線をどう思っているのだろう。
そもそも、自身の美しすぎる容姿をどう捉えているのだろうか。
「……皆、団長を見てますね」
「もの珍しいんだろう。王城でも最初はそうだったから」
涼しい顔で前方を真っ直ぐ見据えているルネは、表情を変えることなく小さく息を吐き出した。
「珍しい、ですか?」
ルネの思考が知りたくて、「あなたが美しいから人目を惹いているんです」という正解を呑み込み、アダンは敢えて不可解そうに問いかけた。
「……初めは顔にゴミでも付いているのかと思ってたんだけど。あまりに頻繁……というか、初対面の人のほぼ全員が同じ反応をするから、考察してみたことがある」
一度言葉を区切ると、ルネは真剣な目付きでアダンを見上げた。
「結果、俺の顔に問題があって、面白半分で見てくるんだろうという結論に達した」
アダンは足を滑らせて転びそうになるのを、寸でのところでどうにか堪えた。
確かに美しすぎるのは問題と言えなくもないが、ルネの結論はあまりに的外れだ。
「……ど、どういうふうに問題があると思ってるんですか?」
「子どもの頃だけど、女みたいで気持ち悪いと言われたことがある。自分では皆と似たような顔だと思ってるけど、恐らく俺の感性がずれているんだろう」
面と向かってそんなことを言う度胸がある者がいたのは驚きだが、十中八九照れ隠しか嫌味のどちらかだろう。
好みかどうかをさて置けば、ルネの容姿が優れているのは百人が百人とも認めるところだ。
自分の顔を人並だと思っているのなら、ルネの感性は自覚通りかなりずれていると言わざるを得ない。
まあ、ルネが自身の美貌を理解していたのなら、あれほど無防備な行動は取らないだろうから、納得と言えば納得だ。
いくら説明したところで、他人の感性を修正するのは不可能に近い。
だからといって、アダンまでがルネの容姿を気持ち悪いと思っていると誤解されることは避けたい。
「他の人がどうだろうと、俺は団長のこと、世界一美しいと思ってます!」
何か早く言わなくては――焦ったアダンの口を衝いて出たのは、年上の女性に憧れた子どもの精一杯の告白ような、大の男が吐くには幼すぎる台詞だった。
正確には昨晩から、いや、ルネと出掛ける約束を取り付けた時からずっと落ち着かない心地でいる。
できるだけ長く本の海に入り浸りたいだろうと、朝食後すぐに出発しようと提案すると、案の定ルネは嬉しそうに顔を綻ばせた。
ルネは本に夢中になると食事を忘れてしまうようで、休日になると書庫が閉まる時間まで居座っているのが常だ。
もしくは朝に本をまとめて借りてきて自室に籠もっていることもあるが、その場合も夜まで部屋から出てくることはない。
そんな本の虫を誘った時点で、夜まで図書館に入り浸ることになるのは覚悟している。
ルネと一緒なら、退屈な図書館に一日中いるのは構わない。
多忙なルネと二人で出掛けられること自体が奇跡なのだから。
だが、贅沢を言っていいのなら、少しだけいいから落ち着いて話す時間が欲しい。
図書館から戻って夕食は宿舎で、というのはデート――と思っているのはアダンだけだが――としては少々寂しい。
宿舎の食堂は朝、昼、夜と食事の提供時間がそれぞれ設定されている。
非番の者は門限内であれば外へ食べに行くのは自由だが、食べ損ねた場合は救済措置として置かれている残り物の硬いパンとフルーツで空腹を凌ぐしかない。
つまり夕食の時間が過ぎるまで図書館にいれば、その後自然にレストランに誘うことができるはずだ。
ルネ自身は食事が不要だとしても、アダンの空腹を気遣って了承してくれるだろう。
レストランに入るまでは上手くいくとして、問題はここからだ。
会話を弾ませて楽しんでもらうことは絶対条件だ。
その上で自分をアピールしつつ、ルネ自身のことも色々話してもらいたい。
アダンは口達者でもなければ話題が豊富にあるわけでも、ユーモアのセンスがあるわけでもない。
会話が止まらないようにするだけでも難しいというのに、数少ない機会を生かそうとどうしても気が張ってしまう。
上手くやろうとすると、きっとまた空回って馬鹿をやらかすに決まっている。
そうならないようにと思うほど緊張が増すという悪循環に陥り、大事なデート前だというのにすっかり寝不足だ。
鏡に映った情けない顔を軽く叩き気を引き締めてから、アダンは身支度を整えた。
(覚悟はしてたけど、これは……)
ルネを部屋に迎えに行き、ジュストに出会すこともなく順調に城門をくぐり抜けたアダンが驚いたのは、ルネに送られる人々の視線だった。
注目を浴びるだろうとは思っていたが、その度合いはアダンの想像以上だ。
王城内でも衆目を集めるのは日常的な光景だ。
とはいえ、公爵家の次男であり騎士団長であるルネに対して、あからさまな視線をぶつけることはそうそうない。
だが待ち行く人は、身なりからルネが貴族だということは分かっても、どこの誰かまでは知る由もない。
それゆえ彼らの視線は少々不躾だが、それも仕方ないことだろう。
生活感あふれる朝の城下町の中で、絵画から抜け出したようなルネの存在は明らかに浮いている。
隣を歩くルネを横目で見ながら、アダンは感嘆の息を漏らした。
白いシャツと白いズボン、グレーのベストに黒のロングコートを羽織り、足元はロングブーツというシンプルな服装が、ルネ本人の美しさを一層際立たせている。
派手な装飾品は付いていないものの、よく見ると上質な布地に繊細な刺繍が施されており、身に付けているのはどれも一級品だ。
美人は三日で飽きると言われているが、ルネの美しさは日に日に磨きがかかっていて、見慣れるどころかいつまでたっても翻弄されっぱなしだ。
だから、通行人や露店の店員が我を忘れルネに見入ってしまう気持ちは、アダンにはよく分かる。
当人は過剰に注がれる視線をどう思っているのだろう。
そもそも、自身の美しすぎる容姿をどう捉えているのだろうか。
「……皆、団長を見てますね」
「もの珍しいんだろう。王城でも最初はそうだったから」
涼しい顔で前方を真っ直ぐ見据えているルネは、表情を変えることなく小さく息を吐き出した。
「珍しい、ですか?」
ルネの思考が知りたくて、「あなたが美しいから人目を惹いているんです」という正解を呑み込み、アダンは敢えて不可解そうに問いかけた。
「……初めは顔にゴミでも付いているのかと思ってたんだけど。あまりに頻繁……というか、初対面の人のほぼ全員が同じ反応をするから、考察してみたことがある」
一度言葉を区切ると、ルネは真剣な目付きでアダンを見上げた。
「結果、俺の顔に問題があって、面白半分で見てくるんだろうという結論に達した」
アダンは足を滑らせて転びそうになるのを、寸でのところでどうにか堪えた。
確かに美しすぎるのは問題と言えなくもないが、ルネの結論はあまりに的外れだ。
「……ど、どういうふうに問題があると思ってるんですか?」
「子どもの頃だけど、女みたいで気持ち悪いと言われたことがある。自分では皆と似たような顔だと思ってるけど、恐らく俺の感性がずれているんだろう」
面と向かってそんなことを言う度胸がある者がいたのは驚きだが、十中八九照れ隠しか嫌味のどちらかだろう。
好みかどうかをさて置けば、ルネの容姿が優れているのは百人が百人とも認めるところだ。
自分の顔を人並だと思っているのなら、ルネの感性は自覚通りかなりずれていると言わざるを得ない。
まあ、ルネが自身の美貌を理解していたのなら、あれほど無防備な行動は取らないだろうから、納得と言えば納得だ。
いくら説明したところで、他人の感性を修正するのは不可能に近い。
だからといって、アダンまでがルネの容姿を気持ち悪いと思っていると誤解されることは避けたい。
「他の人がどうだろうと、俺は団長のこと、世界一美しいと思ってます!」
何か早く言わなくては――焦ったアダンの口を衝いて出たのは、年上の女性に憧れた子どもの精一杯の告白ような、大の男が吐くには幼すぎる台詞だった。
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