文太と真堂丸

だかずお

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~ 天涯孤独な男 ~

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昨日までとは違う、不気味な雰囲気が町に漂い始めていた。
「そうだったんですか」
僕らは今、山奥の寺に住む人喰いの化け物について町の人々に話を聞いていた。

「お主たちも、物騒な時期にここを訪れちまったなぁ、じゃおれはこれで」町人は逃げるように家に入って行った。

町は徐々に静まり返り始めていく。
「こいつは、大帝国とは関係なさそうでごんすな、どうします?」

「俺は寺に行ってくる」
真堂丸は歩き出す。

「先生はまだ万全じゃない、あっしもついて行きますよ」

「じゃ、僕は町に残り、町の人達に安心するよう伝えときます」
真堂丸は頷いた。

「行くぞ一之助」

「はいっ」

しんべえは隠れながら、ひっそりと様子を見ていた。
なるほど、残るのはあいつだけ。
これなら、簡単に金をいただけそうだぜ。
よしっ、これでようやく俺の人生が変わる。
しんべえの胸は今までにない程の高揚と高まりを見せていた。
俺は自由だ。
俺は生まれ変われる。

その頃、凛は兄貴分の千助と合流し、あて先のない放浪の旅に出発しようとしていた。
「兄貴、そろそろ次の場所に移動しようぜ」

「あっ、ああ」千助はさっきの光景を思い浮かべ考える。
もしあの方が本当に真堂丸で、大帝国と戦う事を決めてくれたなら、一山さん亡き今、国を救う最後の可能性ではないか?
ここは、土下座してでも、彼にお願いをしてみる価値はある、このままだと国は本当に大帝国の支配下になる。
それこそ先に待つのは地獄。

千助は黙り込んでいた。
「兄貴、きいてんのかよ」

「あっ、ああ悪りぃ」

時刻は昼をすぎた頃であった。
町の人間は家の中に完全に閉じこもりはじめる、人っ子一人外を歩く者はいなくなる。
あの賑やかな街が、こんな静まり返るなんて、それは奇妙で不気味な光景であった。
すると、しばらくして、文太は目にした。
死装束をまとった男女子供が十人程、列をなし、泣きながら歩いて山に向かうではないか。
文太はその人達のもとに駆け寄り出す。
「あなた達は、これからあの寺に向かう人達ですね?」
彼らは黙って頷いた。

「大丈夫、もう大丈夫です」
彼らは言葉の意味が理解出来ない表情を浮かべ、無表情のまま。

「もう、行かなくて大丈夫ですから」
一瞬確かに足を止めた彼らだったが、自分の意思で寺に向かって再び歩き出す。

「少し話を聞いて下さい」

「今更、気休めはよしてください、我々は覚悟を決めているんです」

「それに我々がいかなかったら、他の人に迷惑がかかる、ほっといてください」
人々は自ら、死の待つ寺に再び歩き出した。

その時だった、突然頭部に強い衝撃が走る。
文太は頭を殴られ意識を失いかけていた。
「悪いが事情も知らない人間が口をはさまないでもらいてぇ、しばらくこいつはうちで寝かせておく」それは町の人間だった。

「みっ、みなさん待って、いかなくて・・」
薄れゆく意識の中、文太の目には、後ろのほう何やら隠れて見ているしんべえの姿を見つけた。

「しっ、しんべえさん」
しんべえは、文太と目が合った。
「おっとみられちまったか、まあいい、恨むなら甘っちょろい自分を恨めよ」しんべえは笑みを浮かべ全力で走り出す。
「しんべえさん・・・」
文太は意識を失った。
文太を気絶させた男は小声で囁く。
「俺だって本当はあいつらを助けてやりてぇ、だがなあいつらが行かなきゃ、町の人間が沢山殺されることになっちまうんだ」

しんべえは走りながら堪えられない笑みを浮かべていた。
こいつは良い、これで邪魔者は誰もいねぇ、盗むなら今だ、よしっ行くぞ。
しんべえは全力で宝の元に向かっていた。

その頃、真堂丸と一之助は寺に向かい薄暗い山路を歩いて進んでいた。
道の端にはいくつもの崩れた地蔵が並んでいる。
首が無いものや、真っ二つのもの、無造作に放置してある様にも見える。

「先生はまだ身体が万全じゃない、ここはあっしがやりましょう」

「しっかし、人間を喰うとはどんな怪物でごんすかね」

真堂丸は薄暗く曇り出した空を見つめていた。

その頃
「ひやっほー、やった、やった、やった、やったあ これで俺の人生は薔薇色だ」
ようやく俺に流れが向いてきた。
人間なんて、騙し、奪ってでも財を成せば勝ちなんだよ。
馬鹿はあいつらさ。
これで、ようやく俺は・・・

「あっ・・・・」しんべえから小さな声が漏れる。
目の前に凛と千助が立っていたからだ。
「そんな、血相かえてどこ行くんだ?それに何だよその大きな袋は?」凛が言った。
「うるせーお前には関係ねぇ」
しんべえば無視して進もうと思ったが立ち止まった。
待てよ、どうせ俺は一人、どうせならこいつらに金を払い、一緒に連れて行き、身のまわりの世話をさせるのも悪くない。
そうすれば、独りぼっちにはならないからな。
「おい、金ならいくらでもやる、その代わり俺についてこい」
「なにっ?お前、仲間はどうしたんだよ?」凛は何か様子のおかしさに気付き、しんべえに問いただすように言った。
「あんな奴ら仲間じゃねえよ、俺は一人旅に出るんだよ」
「けっ、寂しい奴だな、仲間に別れの挨拶もなしか?」
「だから、仲間でも友でもなんでもねーんだよ」
「おいっ、あの方が真堂丸と言うのは本当か?」突然千助が喋り出す。
「けっ、どこかで聞いたのか?ああそうだよ」
それを聞き。
「しっ、しっ真堂丸だと」凛はあまりの驚きに腰を抜かしそうになった。
凛はすぐさま誰が真堂丸かが分かった。
あの黙りこくってた、あの野郎だな!
「あっ、兄貴 あいつの仲間、本当に真堂丸だったのか?」
「ああ、どうやらそうらしい、偶然耳にした、まさか本物だったとは」
「兄貴、真堂丸が手を貸してくれて兄貴と手を組んだら大帝国だってきっと倒せるよな?
もうこれから怯えて生きなくて良いんだな?
この国に生まれてくる子供達はあいつらが支配する世を生きなくてすむんだよなぁ?」
「ああ」
凛の瞳から大粒の涙がこぼれていた。
しんべえは胸くそが悪くなる、こいつらもあいつらと同じく馬鹿者達だ。
人の幸せを願い行動する。
自分とは何も関係ない他人を助けようとする。
「けっ、くだらねぇ理想はすてやがれ、お前らは何も知らないんだよ、俺はなぁこの目で見たんだ、白い刃と呼ばれる幹部達をよ、あいつらは本物の怪物だ、見たら刃向かうなんて気すら起こらなくなるんだよ」
「まぁ、勝手にするんだな、俺は行くぜ」
「待て、彼らは今何処に?」
「人を喰う化け物退治に、あそこに見える寺に行ってるよ」
「あばよ」
「けっ、何が大帝国を倒すだよ、馬鹿どもが、不可能な夢みやがって。この町だからいいが、そんな言葉奴らのいる所で喋ったらすぐに殺されるぞ」
しんべぇは坂をくだろうと下を見てひっくり返ってしまった。

「うっ、嘘だろう」

「小僧最後のところが良く聞き取れなかったが?」

「大帝国がどうしたって?」

「あわわわわわわわ」しんべえの身体は震えだした。

目の前に立つのは全身を白で包んだ男。
凛も恐怖で動けなかった。
なにっ、こいつ。
全身に鳥肌がたった。
この人やばい。
凛はここまで、育つ中、沢山のチンピラや侍を見てきた、そんじょそこいらの奴らじゃ驚かない。
だが今目の前に立つこの男は今までとは全く違うのだった。
あまりの恐怖で力が身体に入らないのだ。
それ程、凄まじい威圧感。

「全員まとめて死ぬか?」
凛から意思もなくかすかな小さな声が発せられていた。

「あっ、あにき」

「うおおおおおお」千助は恐怖を打ち破る様に叫び声をあげ、刀を振りかざした。
その時、千助は見てしまった。
しっかり見てしまったのだ。
白で覆い隠された布の内から覗く瞳。
千助に戦慄が走る
今まで自分は恐怖というものを知らなかった。
何千回も生きながらに斬られているような感覚に襲われ、千助は耐え切れず発狂した。
甘かった、こんな奴らに勝つなんて自分は本当に甘かった。
目の前に立つのは生まれて初めて関わる本物の怪物だったのである。
討ち倒すなど到底不可能な話だった。
これが、大帝国の幹部 千助は両膝をついた。
「おい、おい、まだ何もしてねぇぜ、ただ見つめただけじゃねえか」長い舌をだし瞳だけがこちらを見ている。

これが大帝国の幹部……
なんと
なんと恐ろしい者なのだ…………

しんべえは、泣いていた。
悔しくて、悔しくて、悔しくて涙が勝手に溢れだしはじめた。
どうして、いつもこうなんだ?
やっと、人生が上向くと信じていた。
いつだった?
しんべえは己に問いただしていた。
いつだった?
こんな虚しい気持ちになったのは?
生まれた時、親に捨てられてから、家族と歩く子を見てはいつも羨ましかった。
「おっかあ、今日の晩ご飯なあに?」
「父上が帰ってからのお楽しみ」
「わーい、みんなで食べるんだね」
そんな光景を見て一人、木の下で寒さをこらえ過ごした日々。
どうして俺ばかりが?
誰も気にかけてくれねぇ、家族も仲間も友達も居ねえ、俺は所詮天涯孤独。
ここまでやりきれない思いと共に過ごしてきた。
ようやく、ようやく掴んだ機会だったじゃねえか?
どうして、いつもいつも 俺ばっかりがこんな目に?
ちきしょう、ちきしょう。
しんべえはないていた。
悔しくて、悔しくてたまらなかった。
「んっ、こいつは大した大金じゃねえか?これはもらっておこう」
「そっ、そいつは」袋を掴んだまま、しんべえは黙り込んだ。
「さて、殺すとするかねぇ」
「まっ、待ってくれ」震えながら声をあげたのはしんべえだった。
「真堂丸を知ってるだろ?この俺は奴のちっとした知り合いだ、情報ならくれてやる、だから命だけは助けてくれ」

ピクッ
「フフッ、ハッハッハッハハッハッハッハ笑えるなぁ、お前達は奴の知り合いか、なるほどねぇ」
「よしっ、貴様らを生かしておいてやろう」
しんべえは救われたんだという表情を浮かべた。
良かった。
生きてさえいりゃあ、まだ希望があるんだ。

「ただし、最長で日が暮れるまでだがな」

ゾクッ
「お前らを町の中心に置いておく、奴をおびき寄せる為だ」
こんな奴らを助けに来るとは思わんが。
もし来たなら探す手間がはぶけるしな。
「来なきゃ殺す、まぁ来ても殺すがな」

しんべぇの気持ちはそれを聞き真っ暗になった、駄目だ、助かると思ったが奴らはどうせ来ない。
俺はさっき文太を無視し逃げた。
この状況なら奴らは俺が金を盗んだと気づくに決まってる。
俺の素性は暴露た。
くっ、くっそう。

「さあて、楽しくなってきたねぇ、真堂丸 嬉しいぜ君と闘えるなんて フハハハハ」
不気味な笑い声が町に響き渡っていた。


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