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異世界の居場所
仕事
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宿屋兼食堂の仕事は忙しい。
朝は食材の仕入れや、洗い終えた清潔なベッドのシーツなどの荷物が、ひっきりなしに運び込まれる。
俺はその木箱を宿屋の裏口から指示された場所に持っていく。
重労働で大変だが、次は空いた部屋を宿泊客のためにルームメイクしなければならない。つまり、ほうきで掃いてゴミを片付け、台や窓をふき、寝台一式のシーツを替えたりしなければいけない。それを5部屋こなす。
「よしよし、頑張ってるな」
トロは掃き掃除をしている俺の姿をみて喜んだ。
「もしあれなら、魔法を使ってもいいんだぞ。風の魔法で一気に窓からホコリを出してしまえばいい」
この2階の窓を開けたトロは、下の裏道に人がいないことを確認して、魔法を唱えた。
「風の精霊よ。魔力と引き換えに、小さな風の魔法を発現させたまえ」
指をくるくる回すと、部屋の隅々まで風が行き渡る。掃除機の逆だ。
まとめられたホコリやゴミは、最後にびしっと窓を指差して、一斉に外に吐き出された。
「まあ、こんな感じ」
「すごい……!」
トロは恥ずかしそうに頭をかく。
「そうかな、まあ何度もやってだいぶん慣れたからなー。さて、タクトくんもやってみよう」
たしかに風の魔法が使えるかどうかで、効率が全然違う。なにせ、物を動かさなくていいし、ちまちま掃かず一発で終わるのだから。
俺はトロの詠唱に続いて、慎重に慎重に唱える。
「風の精霊よ。魔力と引き換えに、小さな風の魔法を発現させたまえ!!」
ゴオォーーッ!!
縦重力が横重力になったのか、と思えるほど、全ての家具が窓側の壁に吸い寄せられた。
「や、やばい!!」
また魔法の暴発だ。
「どうやって止めたらいいですか!」
横にいたトロに助けを求めてみたら、トロは必死に部屋のドアにしがみついていた。
「ひいぃー吹き飛ばされる!!」
「うお、トロ店長! 大丈夫ですか!?」
「あ、ははっ、だい……」
バキッとドアノブが取れると、トロは窓から外に放り出された。
「大丈夫だからっ……」
「店長!」
ガッシャーンと派手な音がして、野良猫の悲鳴がこだました。
「すすすみません!」
俺は窓から顔を出して下に向けて謝った。
「ははっ、大丈夫、大丈夫……」
そうしている間に、昼時になると食堂側は客でいっぱいになっていた。
食堂を任されてるマロンは、階段を降りて来た俺を見つけると、カウンター越しに呼び寄せる。
「タクトくん、ごめん。食材が足らなくなってさ、買い物に行ってほしいの。いま手が離せなくて」
店の場所を聞いて必要なものとお金をもらった。
宿を出て気持ち早めに歩く。
馬車なんかが猛スピードで走ったり、兵隊が旗を掲げて行進していたりと、夜の街より緊張感があった。
広場には数台の荷馬車が軒を連ねていた。バザールだ。籠いっぱいに入った野菜や果物がならんでいる。
「安くしとくよ!」
ニコニコした恰幅のいいおばちゃんが声を掛ける。
「コレとコレをいただけますか?」
「はいどうぞ! あれ、もしかして、四つ角の宿屋の人?」
「ええ、最近雇われたんです、タクトって言います」
「へぇ、若いのにもう働いて偉いね!」
「はは……どうも」
まだこの世界にきて半日しか経っていないのに、もう俺の噂が広がっていた。
料金を払うと、持って来た籠の中に野菜を入れてもらった。
「おい、お前!」
振り向きざまに声を掛けられる。兜と甲冑をフル装備した兵士が、やや遠いところに立っていた。
兵士は敵意剥き出しに俺を睨んでいる。
「お前にやられたせいで、俺は第二分隊を辞めさせられそうになってんだよ!」
ああ、たしか昨日の食堂で暴れた奴らの一人か。昨日とは違って、頑丈そうな兜をしていたので気付かなかった。
「知らないよ、お前たちが悪いんだろ」
「食事を出さなかったお前達が悪い。俺たち兵士は、身を投じて国を守っているんだぞ。そんな俺たちに食事を出さないなんて、非常識だろ」
それを聞いていたおばちゃんは、腰に手を当てて兵士に負けない大声を張り上げる。
「誰がアンタたちに守ってほしいっていったんだい! アンタたちがやっているのは侵略戦争だろ!」
「黙れババア! ここで商売をできなくしてやろうか!?」
「やってみなさいよ。あんたなんかに出来るわけないんだから」
「このババア!」
俺を置いてきぼりに、おばちゃんが野菜を切る用の剪定バサミを取り出す。
「まあまあ……それで、わざわざ俺に何の用なの?」
兵士はおばちゃんへの怒りで、主用を忘れていたようだ。
「そうだった……お前に決闘を申し込む!」
「え、嫌です」
兵士は腰から剣を抜こうとしていたが、俺の答えが意外だったようで固まった。
「え? なんで? 俺が申し入れてるのに?」
「だから、勝手過ぎるんだよ。俺、買い物の途中だし」
「え? 決闘を断るなんて家名に傷がつくんだぞ?」
「知らないよ、家名とかないし。俺は忙しいから、二度と会いませんように。さようなら」
背を向けると、シャッと剣を抜く音が聞こえた。
「ならこうしよう。お前が戦わないのなら、このババアが代理だ」
「ええ?」
巻き込まれたおばちゃんも声を裏返して驚く。
「俺は容赦しないぞ、ババアは滅多刺しだ」
「それはこっちのセリフだよ!」
おばちゃんは剪定バサミでやる気だ。
このままだとおばちゃんまで巻き込まれる。
「なんでこんなことになったんだろう……」
剣で斬ってこられたら、どうやって防ぐんだ。武器なんてないし。籠ぐらいしかない。
「おばちゃん、そのハサミ貸してくれる? 決闘を申し込まれたのは俺だし、おばちゃんは巻き込めないよ」
「大丈夫かい?」
俺はトロ店長の真似をした。
「ははっ、大丈夫、大丈夫!」
ニッコリ笑うと、おばちゃんは剪定バサミを俺に渡した。
なんか、いい感じにやられる方法を考えないと……殺される。
朝は食材の仕入れや、洗い終えた清潔なベッドのシーツなどの荷物が、ひっきりなしに運び込まれる。
俺はその木箱を宿屋の裏口から指示された場所に持っていく。
重労働で大変だが、次は空いた部屋を宿泊客のためにルームメイクしなければならない。つまり、ほうきで掃いてゴミを片付け、台や窓をふき、寝台一式のシーツを替えたりしなければいけない。それを5部屋こなす。
「よしよし、頑張ってるな」
トロは掃き掃除をしている俺の姿をみて喜んだ。
「もしあれなら、魔法を使ってもいいんだぞ。風の魔法で一気に窓からホコリを出してしまえばいい」
この2階の窓を開けたトロは、下の裏道に人がいないことを確認して、魔法を唱えた。
「風の精霊よ。魔力と引き換えに、小さな風の魔法を発現させたまえ」
指をくるくる回すと、部屋の隅々まで風が行き渡る。掃除機の逆だ。
まとめられたホコリやゴミは、最後にびしっと窓を指差して、一斉に外に吐き出された。
「まあ、こんな感じ」
「すごい……!」
トロは恥ずかしそうに頭をかく。
「そうかな、まあ何度もやってだいぶん慣れたからなー。さて、タクトくんもやってみよう」
たしかに風の魔法が使えるかどうかで、効率が全然違う。なにせ、物を動かさなくていいし、ちまちま掃かず一発で終わるのだから。
俺はトロの詠唱に続いて、慎重に慎重に唱える。
「風の精霊よ。魔力と引き換えに、小さな風の魔法を発現させたまえ!!」
ゴオォーーッ!!
縦重力が横重力になったのか、と思えるほど、全ての家具が窓側の壁に吸い寄せられた。
「や、やばい!!」
また魔法の暴発だ。
「どうやって止めたらいいですか!」
横にいたトロに助けを求めてみたら、トロは必死に部屋のドアにしがみついていた。
「ひいぃー吹き飛ばされる!!」
「うお、トロ店長! 大丈夫ですか!?」
「あ、ははっ、だい……」
バキッとドアノブが取れると、トロは窓から外に放り出された。
「大丈夫だからっ……」
「店長!」
ガッシャーンと派手な音がして、野良猫の悲鳴がこだました。
「すすすみません!」
俺は窓から顔を出して下に向けて謝った。
「ははっ、大丈夫、大丈夫……」
そうしている間に、昼時になると食堂側は客でいっぱいになっていた。
食堂を任されてるマロンは、階段を降りて来た俺を見つけると、カウンター越しに呼び寄せる。
「タクトくん、ごめん。食材が足らなくなってさ、買い物に行ってほしいの。いま手が離せなくて」
店の場所を聞いて必要なものとお金をもらった。
宿を出て気持ち早めに歩く。
馬車なんかが猛スピードで走ったり、兵隊が旗を掲げて行進していたりと、夜の街より緊張感があった。
広場には数台の荷馬車が軒を連ねていた。バザールだ。籠いっぱいに入った野菜や果物がならんでいる。
「安くしとくよ!」
ニコニコした恰幅のいいおばちゃんが声を掛ける。
「コレとコレをいただけますか?」
「はいどうぞ! あれ、もしかして、四つ角の宿屋の人?」
「ええ、最近雇われたんです、タクトって言います」
「へぇ、若いのにもう働いて偉いね!」
「はは……どうも」
まだこの世界にきて半日しか経っていないのに、もう俺の噂が広がっていた。
料金を払うと、持って来た籠の中に野菜を入れてもらった。
「おい、お前!」
振り向きざまに声を掛けられる。兜と甲冑をフル装備した兵士が、やや遠いところに立っていた。
兵士は敵意剥き出しに俺を睨んでいる。
「お前にやられたせいで、俺は第二分隊を辞めさせられそうになってんだよ!」
ああ、たしか昨日の食堂で暴れた奴らの一人か。昨日とは違って、頑丈そうな兜をしていたので気付かなかった。
「知らないよ、お前たちが悪いんだろ」
「食事を出さなかったお前達が悪い。俺たち兵士は、身を投じて国を守っているんだぞ。そんな俺たちに食事を出さないなんて、非常識だろ」
それを聞いていたおばちゃんは、腰に手を当てて兵士に負けない大声を張り上げる。
「誰がアンタたちに守ってほしいっていったんだい! アンタたちがやっているのは侵略戦争だろ!」
「黙れババア! ここで商売をできなくしてやろうか!?」
「やってみなさいよ。あんたなんかに出来るわけないんだから」
「このババア!」
俺を置いてきぼりに、おばちゃんが野菜を切る用の剪定バサミを取り出す。
「まあまあ……それで、わざわざ俺に何の用なの?」
兵士はおばちゃんへの怒りで、主用を忘れていたようだ。
「そうだった……お前に決闘を申し込む!」
「え、嫌です」
兵士は腰から剣を抜こうとしていたが、俺の答えが意外だったようで固まった。
「え? なんで? 俺が申し入れてるのに?」
「だから、勝手過ぎるんだよ。俺、買い物の途中だし」
「え? 決闘を断るなんて家名に傷がつくんだぞ?」
「知らないよ、家名とかないし。俺は忙しいから、二度と会いませんように。さようなら」
背を向けると、シャッと剣を抜く音が聞こえた。
「ならこうしよう。お前が戦わないのなら、このババアが代理だ」
「ええ?」
巻き込まれたおばちゃんも声を裏返して驚く。
「俺は容赦しないぞ、ババアは滅多刺しだ」
「それはこっちのセリフだよ!」
おばちゃんは剪定バサミでやる気だ。
このままだとおばちゃんまで巻き込まれる。
「なんでこんなことになったんだろう……」
剣で斬ってこられたら、どうやって防ぐんだ。武器なんてないし。籠ぐらいしかない。
「おばちゃん、そのハサミ貸してくれる? 決闘を申し込まれたのは俺だし、おばちゃんは巻き込めないよ」
「大丈夫かい?」
俺はトロ店長の真似をした。
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ニッコリ笑うと、おばちゃんは剪定バサミを俺に渡した。
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