雪降る季節が似合う人

美夜

文字の大きさ
4 / 7
第四章

冬の訪れ

しおりを挟む
 僕にもし新たに彼女ができたらどうしても行きたい場所があった。
 それは僕が住むこの地域の中でも、もっとも人が集まる中心街のど真ん中にある。今月オープンしたばかりの巨大な複合施設で、カフェやレストラン、衣類や電化製品などの専門店、ジムやゲームセンター、映画館までが揃っている。少なくとも僕にとっては夢のような建物だと思った(まるで子供みたいだが)。夜になって建物全体が無数のライトで照らし出されると、一層、そのクリスマスのイルミネーションを眺める子供のような夢見心地は濃さを増した。そんな複合施設の屋上に、その場所はある。
 屋上は常にお客のために解放されており、一面がテラスと公園と程よい緑で埋め尽くされている。そこから見える景色は昼間ももちろん素晴らしいのだが、夜間に眺めると、さっきのような童心のときめきとは違って、普段はひた隠しにされた僕の中に眠っているロマンチックな部分が喚起される。そしてその夜の演出に関してこだわりの強い部分の僕は、この夜景に相応しいような美しい女性と一緒に来ないとこの超然ときらめく夜景は完成しないと思った。

 素人の僕にとっても、演劇経験のある他の出演メンバーにとっても、格別の一大イベントだった「ロミオとヴィーナス」の公演が終わった後の飲み会の流れで、特に仲の良い一部の人たちだけで例の屋上でお茶を飲むことになった。深夜11時ごろだった。水が流れるように自然に恋愛の話に話題が移り変わり、僕はまさに今、心を動かされている女の子について暴露することになった。
 周りのみんなは僕が語る話に興味津々で、分かりやすく耳を澄まして聞いては、合間で口々に言葉を挟んだ。
「えー! あの子が好きだったんだ? 確かに、なんかお似合いだわー」
「どこまでいってるの? え、連絡先知らない? あんまり話したこともない?」
「そういえばテル、冬ちゃんとライン交換してなかったっけ?」
「冬ちゃんて今、二十三歳らしいよ」
 その時僕は、初めて彼女の名前を知った。
 やっぱり恥ずかしくても、どんな淡い恋心でも、正直に打ち明けてみるべきだと思った。


 櫻井(さくらい)冬(ふゆ)。それが彼女の名前だった。僕は名前を聞いた瞬間、そんな偶然があるのかと思った。まるで映画や漫画の物語であるような神秘が漂っているような感じすらした。あらためて彼女の容姿をじっくりと思い返してみると、ぴったりだと思った。そんなに名前と見た目が似合うものなのかと驚いた。
 屋上でのお茶会の帰り道。
 深夜の冷たい漆黒の風が首筋から入って、僕の体をすぐに震えさせた。
 もう気づけばこんなに寒い季節だ。
 波のような寒気を肩で感じながら、上着のボタンを一つずつ留めていった。
 一瞬、彼女の姿が脳裏に浮かんだ。
 灰色の空から降ってきた雪が彼女の頬や首筋に静かに落ち、じんわりと染めていったのかと思われるような肌。
 そう、まさしく、雪のように白い肌。
 僕は初めて、冬の訪れを心の中で聞いた。 


 数日前に入社したばかりの真新しい職場で、パソコンを使って作業している時、ふと昨日の屋上での暴露話を思い出した。そういえばかなり重要なことを誰かが言っていた。
 後輩のテルが櫻井冬さんのラインを知っているらしい。
 昨日はいきなりライン交換するのは彼女もびっくりするだろうからまだ時期が早いということでお預けになったが、やはりまずはそこのステップを踏まなければいけない。
 僕の目はパソコンの画面に釘付けになり、指の動きは静止していた。もはや頭の中では仕事とは全く別のことを考え巡らせていた。
 他にも誰かが何かアイデアを出してくれていたはずだ。
「TwitterのDMを送ってみたら?」
 そうだ。それだ。この前の「ロミオとヴィーナス」の挨拶も兼ねて(公演終了後の飲み会ではその場のチャンスを生かして感謝の言葉一つも伝えることができなかったから)、少しTwitterで話すことから始めよう。
 家に帰って一息ついた後、Twitterを使って話すと思い立ったはいいものの、DMの送信ボタンを押すまでに長い時間がかかった。
 もっと丁寧な言葉遣いの方がいいかな。
 あんまりグイグイいくと不審に思われないかな。
 長文すぎるとうんざりするかもしれないから、ここはばっさりカットでもいいかな。
 地味で、窮屈で、見る人によっては女々しくさえ思われるこの推敲作業には、どうしても手のひらの汗が必要なものだった。

「突然すいません!
 先日の『ロミオとヴィーナス』では大変お世話になりました、河口翼といいます!
 覚えていらっしゃいますでしょうか?
 たまたまアカウントを見つけたのでご挨拶をと思ってDMを送らせてもらいました!
 改めて、この度は本当にお疲れさまでした!!」

 この文面に彼女がせめて気分を害さず、返信してくれるようにと祈って、僕は送信のボタンを押した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

盗み聞き

凛子
恋愛
あ、そういうこと。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

幼馴染

ざっく
恋愛
私にはすごくよくできた幼馴染がいる。格好良くて優しくて。だけど、彼らはもう一人の幼馴染の女の子に夢中なのだ。私だって、もう彼らの世話をさせられるのはうんざりした。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

処理中です...