離愁のベゼ~転生して悪役になる~

ビタードール

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五章『悪の組織編』

第四十七話『ヴァルター.ナティージャ』

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 この時間帯は仕事帰りの大人達で溢れかえっている。
 カフェにも常連客がそこそこ居る。

 僕とアリアは、そんなカフェでヴァルターと言う男を前にしていた。
 アリアは必要以上に喋らず、隣で美味しそうにパフェを食べている。

「思ったより、可愛らしい人なんですね。マレフィクス様は」
「それは見た目の話?それとも中身?」
「ん~、雰囲気ですかね。第一印象が可愛らしいってことです」

 可愛らしいって言われるのは、好きでも嫌でもないが、バカにしてる訳ではないなら悪い気はしない。

「そう。それより、君は僕に忠誠を誓えるかい?」

 単刀直入にヴァルターに聞く。

「その前に、ベゼって証拠が欲しいですね。顔、ニュースで見た顔と違いますが?」
「これが本当の顔、そして――」

 周りを見渡し、誰にも見られてないことを確認して顔を半分ベゼの顔にする。

「これで良いかい?」
「……ふふっ、なるほど。どうやら本物らしいですね」

 一瞬、ヴァルターが驚きの表情を見せた。
 そしてすぐに、何事もなかったかのように手元のコーヒーを口にする。
 それを確認し、僕も顔を元に戻す。

「アリアから聞いたけど、君は自分の能力で両親を殺してるんだよね?」
「……それは私の記憶の外の話ですよ。能力を身に付けてすぐのこと、3歳の私は好奇心を抑えれない赤子です。殺したくて殺した訳じゃない……殺したことだって覚えていませんし」

 ヴァルターの能力は触れた物を消す能力。
 彼は、その能力で両親を消してしまった過去を持つ男なのだ。

「生きずらかった?」
「生きずらいのは今もです。この能力があるから、皆に恐れられて、誰にも必要とされない。誰も私に近寄ろうとしません」
「誰も?」

 僕が問い出すと、ヴァルターは瞼を細めて泣そうな表情を見せる。
 過去を思い出している表情だ。

「……何人か私に近付いて、私に触れてくれた人も居ます。けど、その人達は皆内心警戒していて、私に触れる時は絶対に震えているのです。彼らはただ、一人ぼっちの私をかまってあげることで、自分の中にある良心や優しさを実感したかっただけ……二十年以上生きてやっとその真実に気付きました。中途半端な優しさというのは、悪意ある行為より残酷なものです」

 彼が言いたいのは、偽善者の偽物の善意に苦しめられたと言うことだろう。
 人間の綺麗に見せかけた汚さに、散々傷付けられたのだろうね。

「そう……だから僕も君を恐れると思ったの?」
「思ったのではなく、実際そうなのです。貴方は私に居場所にくれる提案をしてくれましたが、きっと貴方は私を恐れる」

 ヴァルターの言葉は、僕にとっては舐め腐った言葉だった。
 腹が立つと、僕がヴァルターを傷付けてきたボケ共とは違うと証明したくなる。

 ヴァルターの悲しい表情は、彼の人生を物語っている。
 きっと、前世の僕と同じように、自分を押し殺すことで精一杯だったのだろう。
 可哀想とは思わないが、こいつに僕の恐怖を教えたくなった。

「ちょっと!危ないですって!」

 僕がヴァルターの手を強引に取ると、ヴァルターは慌て、その勢いでコーヒーを零した。
 しかし僕は、お構いなしにヴァルターの手袋を外し、その手を僕の頬に強く当てさせた。

「離して下さい!危な――」
「震えているか?恐れているように見えるか?僕がお前みたいなただの人間に、恐怖する存在に見えたのか?」

 一片の光も無い真っ赤な目で、ヴァルターを深く長く見る。
 ヴァルターはひあ汗をかき始め、瞬きもせず蛇に睨まれた蛙のような表情をした。
 僕もヴァルターも目線を外さなかった。
 しかし、ヴァルターの場合、外せなかったと言うべきだ。
 目線を外すことが出来ない程、体が硬直し、緊張が走っていたからだ。
 そしてとうとう、ヴァルターの手が震えた。

「震えているのは……どっちだ?」

 その一言で、ヴァルターもアリアも時が止まったかのように動きを止めた。
 そしてすぐに、焦った様子で言葉を発する。

「さっ、先程の発言、失礼しました……」
「それは良い……僕が聞きたいのは、忠誠を誓えるかだ……どうなんだい?ヴァルター」

 顔を近付け、圧と軽い恐怖を与える。
 ヴァルターは目を震わせ、震えたまま小さく頷いた。

「誓います……貴方様を軽く見てしまい、申し訳ございません……」

 ヴァルターがそう言ったのを聞き、僕はニコッと笑う。
 そして、ヴァルターの手を頬から離し、掴んでいた手も離した。

「はぁ……はぁ……」

 ヴァルターは汗をかき、息が乱れた。
 苦しい表情と乱れた息を正常に戻そうと必死だ。

 テーブルに零れたコーヒーは、アリアが綺麗に拭いてくれていた。
 おかげで、問題なく話を続けれる。

「君は不安なんだ。まだ何も成し遂げていないから……まだ誰にも必要とされていないから……。でも大丈夫、君も、君を苦しめたその能力も、僕が必要としている。君は変われる」
「……ありがとう、ございます」
「ということで、不安を克服してみようではないか」
「……何かするのですか?」

 落ち着きを取り戻しつつあるヴァルターが、不思議そうにしている。
 隣でパフェを食べ終えたアリアも、不思議がっている。

「不安を乗り越えたあとの安心と達成感を、共有しよう」

 * * *

 僕ら三人が向かった先では、空はすっかり暗くなっていた。

「今この建物で社交界が行われてる。最近は上流階級の者の暗殺があったりして物騒だから、銃を持った見張りが何人も居る。彼らは皆プロ……暗殺者は逆に暗殺されちゃう」

 目の前にある立派な建物では、上流階級の人々がダンスや食事を楽しんでパーティをしている。
 そんな僕らとは無関係な場所に、アリアとヴァルターを連れて来ていた。

「まさかここを壊すのですか?」

 アリアが閃いたかのように聞いてきた。

「ちょっと違う。今回は大胆に壊すのではなく、警察や市民にバレないように建物の中の人々を皆殺しにする。ステルスゲームみたいに緊張感が楽しめる」
「もしかして、最近そういう遊びにハマってるのですか?」
「うん。ただ壊すのも好きだけどね」

 スーツケースから取り出した拳銃を、アリアとヴァルターに一つずつ渡す。
 音を抑えるサプレッサー付きの拳銃だ。

「ヴァルター、使い方分かる?」
「まぁ、ですが使うのは初めてです」
「なら問題ないね。ルールを説明するよ?能力、魔法、拳銃を使ってこの建物の人を市民にバレないよう殺す。パーティ参加者は1点、見張りの者は5点とする……殺したら点数が入るってこと。これは協力プレイだけど、同時にその合計点数を競う。一番点数を獲得した者は、残りの二人に一つ好きなことを命令できる。分かった?」
「分かりました」
「点数とか協力プレイとか……ちょっと、ちょっと待って下さい」

 アリアは当然のように理解したようだが、ヴァルターは理解に追いついていない様子だ。

「何が目的か聞いてないのですが……暗殺の依頼ですか?それともこの中の誰かに復讐とかですか?」
「目的?過程が目的だけど?バカでも分かるように言うなら、ゲームを楽しめってこと」
「殺しを楽しむだけ?世界征服とか言ってたのは何なんです?」
「あぁ、カメラの前で言ったね。世界征服……言ってみただけだよ。僕やアリアの目的は楽しく幸せに生きること……部下になる者には居場所と心の拠り所を授けた。分かったなら返事だよ」
「はっ、はい……分かりました」

 僕はウエストコートの内側に、アリアはドレスの内側に拳銃をしまい込む。
 僕ら三人は、既にパーティに参加できる上流階級の服装だ。

「ヴァルター、1から40で好きな数字は?」
「数字?……じゃあ、28で」
「28ね、了解。僕は複数の能力があるけど、今回はその中の28番目の能力、物を浮かす能力しか使わない。他の能力使っていたら怒っていいから」
「分かりました」
「じゃあ行くよ、パーティに」

 ヴァルターが拳銃を隠したのを確認し、建物の庭に堂々と入る。
 僕ら三人は、周りから見たら上流階級の一員だ。
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