離愁のベゼ~転生して悪役になる~

ビタードール

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六章『大魔王ウルティマ編』

第五十四話『誘惑と色欲』

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 魔王軍幹部アンソス.ルルーディーが倒され、世間はそのニュースで持ち切りだった。
 マレフィクス、ヴェンディ、ホアイダの三人は、異国からのスカウトを受けた。
 特にマレフィクスは、魔王軍幹部を二度も倒した男なだけあって、大金を積んでまで欲しがる国がたくさんあった。

 *(ヴェンディ視点)*

 俺とホアイダが退院出来たのは二週間後のことだった。
 入院中はマレフィクスが何度もお見舞いに訪れた。

 話によれば、あのクエストの後すぐにマレフィクスの同居人セスター.ロビンソンが死んだらしい。
 真っ先にマレフィクスを疑ったが、今回は違った。
 マレフィクスが殺した訳でなく、寿命で死んだのだ。

 マレフィクスは悲しそうにしていたが、きっと演技だろう。
 ホアイダは気の毒そうにしていた。
 ホアイダはマレフィクスがベゼだと知らない……知らぬが仏とはまさにこのこと。

「一人暮らしして一週間、ここ最近ステーキしか食べてない」

 入院中、マレフィクスが嬉しそうに言った。
 血が繋がっていないとは言え、家族が死んだ奴にしては能天気過ぎる表情だ。

「それあれじゃん。一人暮らしになったらカップ麺しか食べない的なやつ!」
「そうそれ!だから今日はヘルシーなの作る」
「何作んの?」
「鳥の丸焼き!」
「何がヘルシーだ!結局肉じゃん!憎い奴め!」
「肉だけに!」
「「ぎゃはははは!」」

 セスターさんの死から日が浅いせいか、この日のテンションはホアイダをびっくりさせる程だった。
 俺もマレフィクスも、完全に深夜テンションだ。

 * * *

「明日には退院出来るね」
「ありがとうございます」

 一週間後、医者に明日には退院出来ると言われ、有頂天だった。
 しかし、病棟に戻った時のホアイダは、俺と真逆の雰囲気だった。

「どうした?なんかあったのか?」
「母が病死しました」

 俺は反応と掛ける言葉を見失った。
 どんな反応していいか分からなくなり、戸惑ってしまう。

「誰が言ってた?」
「父です。父はこの病院の医者で、数ヶ月前から母がこの病院で寝込んでいました。父は母の死に立ち寄ったらしいです。昨日の夜のことだったと」

 凄く悲しい表情だった。
 見たことのないくらい悲しい表情だが、そこには不思議な美しさがある。

 俺はその美しさに引き寄せられるかのように、ホアイダの隣に座った。
 声を掛けることはしなかったが、ホアイダの話を聞き、悲しみに寄り添った。

「最後に母は言ったらしいです。私に強く生きて欲しいって。手紙も残してくれました」

 ホアイダが手紙を俺に渡した。
 読んだ欲しいと言うことだろうか?

「お願いします」
「……ホアイダへ。長くは語りません、大事なことだけ伝えます。一つ、父さんをよろしく。二つ、友達を大切に。三つ、貴方を愛してます。親愛なる母より」

 手紙を読み終えるとホアイダは涙をボロボロと流した。
 堪えていた感情が、溢れ出てしまったのだろう。
 手紙にしては短すぎる内容だったが、ホアイダの心には伝わるものがあったのだ。

「追伸、ヴェンディを愛しなさい」
「全部台無しです」

 涙を拭いながらホアイダが言った。
 体は震え、抑えることの出来ない涙と悲しみがホアイダを包んでいる。
 俺はそんなホアイダの為に、手紙を読むことしか出来ない。
 いや、要らない追伸によって、手紙を読むことすら台無しにしてしまった。

 だが、まだ出来ることはある。
 それは以前、ホアイダが俺にしてくれたことでもある。

「……」

 声を抑えて涙を流すホアイダを、少し強引に優しく抱き寄せた。
 頭を胸に当て、心音を聞かせて落ち着かせる。

「うぅ……あああぁ~ん!」

 抱き寄せたと同時に、ホアイダが声を出した。
 赤子のように声を出して泣くホアイダを、強く抱き締める。
 今俺が出来ることはこれくらいだから、精一杯抱き締める。
 背中を摩り、頭を撫で、悲しみを共有する。

「ぐずん……」

 数分後、ホアイダは泣き疲れて眠りについた。
 ベッドに体を寝かせ、毛布をかけ、大好きなポム吉を隣に置く。

「げっ!」

 病棟から出ると、マレフィクスが腕を組んで廊下に立っていた。
 どうやら、今のを見られたらしい。

「優男……珍しいな、妙な気を起こさないなんて」
「妙な気って何だよ?」
「今ならエッチな展開に持ち込めたに……ベッドの上だし都合がいいでしょ?」
「ホアイダの気持ちを考えて言えや。もう、ホアイダの悲しむ姿は見たくはない……お前がホアイダを悲しませる前に、俺はお前を殺す」
「出来ないことは口にしない方が良いよ」

 ホアイダが泣いた後ということもあり、俺はマレフィクスに嫌気が差した。
 思わずカッとなり、マレフィクスの胸ぐらを掴む。

「お前本当に人の血が通ってんのかよ?」
「おいおい発情期か?だからホアイダで済ませろって言ったのに……それとも僕がそんなに好き?」
「大っ嫌いだ」

 痺れを切らせた俺は、反射的にマレフィクスの頬を引っぱたいた。

「酷いな……」

 するとマレフィクスは、怒る訳でもなく、先程のホアイダ同様悲しい表情を浮かべた。
 その表情が、さっきのホアイダと重なって見えた。

「避けて避けて!」

 その緊迫した空気に割って入るかのように、タンカーで運ばれてきた患者と俺の体がぶつかった。
 俺はマレフィクスと一緒に床に倒れてしまう。

「いててっ……」

 俺は倒れるマレフィクスの上に居た。
 綺麗な首元や中性的な顔が近くにある。

「あっ!すまん――」
「本当に僕のことが好きなのかな?」

 さっき引っぱたいた頬が赤いマレフィクスは、妙な色気がある。
 起き上がろうとした俺の首元に手を回し、俺を動かせまいとしている。
 顔が近く、呼吸が直に伝わりそうで焦った。

「お前何やって――」
「実は僕、女の子なんだよ……確認してみれば分かる」

 俺はその言葉を聞き、内心慌てた。
 心臓の鼓動が早くなってる気がする……体も震えている。

 確かにマレフィクスは中性的な顔と触りたくなるような美しい色気がある。
 体は男よりな気もするが、スタイルは良い。
 首元の鎖骨が綺麗だ……唇はプリっとして、肌は透き通っている。

「好きに触っていいよ……君なら許せる」

 目の前に居るのは、クズ野郎のベゼでもある存在。
 それでも、俺の好奇心はマレフィクスに取り込まれてしまった。
 震えながらもゆっくりと手を胸に伸ばす。
 そしてとうとう、俺はマレフィクスの胸に手を当てた。

「えっ?」
「ぷッ!あははははは!」

 マレフィクスの胸は、膨らみなどとなかった。
 程よく筋肉があり、皮膚からでも届く骨のような感触。
 つまり、こいつは女ではない……普通に男だ。

「お前まさか!」
「目がオス豚そのものなのまじキモッ!息を荒くして期待を膨らませて胸に手を当てるも相手は男!まんまと騙されやがって変態ヴェンディ!ウケけっ!」

 マレフィクスはに俺を全力で嘲笑った。
 これだけの為にふざけた嘘を付いたのだと、はっきりと理解した。

「ふざけやがって!俺の期待返せ!!本当は女だろ!?隠してるだけだろ!」
「おい!やめろ!マジでやめろよ!」

 悔しさのあまり、マレフィクスに襲いかかる。
 服を引っ張り、括れを掴むが、マレフィクスに蹴られる。

「マジキモイ!そこはやめろぉ!本当にキモイ!このぉ……豚野郎!」
「てめぇ許さねぇ!」
「そこはダメだァ!やめろォ!」

 マレフィクスの上着を捲り上げたその瞬間、病棟の扉が開いた。
 病棟から出てきたホアイダは、ポム吉を腕に挟んで俺とマレフィクスを見ている。
 顔を引つり、気まずそうな表情でこちらを唖然と見る。

「えっ……」

 マレフィクスは上裸、体制的にもアウトだ。
 勘違いされるのは目に見えていた。

「違うホアイダ!!これは勘違いで!」
「酷いよヴェンディ……僕のあんなとこからこんなことまで……」
「お前マレフィクス!変なこと言うな!」

 マレフィクスが嘘泣きをし、俺は更に慌てふためく。
 するとホアイダは、一瞬困った表情をしてすぐに引きつった表情のままニコッと笑った。
 そして何事もなかったように、ゆっくりと病棟の扉を閉めた。

「違うんだよぉ!」

 その日一日、最低な気分だった。
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