離愁のベゼ~転生して悪役になる~

ビタードール

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七章『悪の国編』

第七十五話『二人暮しの始まり』

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 *(ホアイダ視点)*

「ふ~んふんふん」

 一人暮らしをして一年以上経つ。
 父や母が居ない生活はかなり寂しい。
 帰って来ても「おかえり」を言ってくれる人が居ないのは、とても辛いものだ。

「雨……」

 カーテンを閉めようとすると、雨が降ってきたのが見えた。
 大粒の雨が突然降り出し、少しびっくりした。

「空が泣いてる……あ!洗濯物!!」

 洗濯物を干していたことを思い出し、慌てて玄関を飛び出し、洗濯物を家に持って来た。
 一度で全て回収したが、もう一度玄関のドアを開けた。

「どうしました?」

 玄関を出てすぐ近くに、雨で濡れたヴェンディが寂しい顔をして座っていた。
 私が声をかけても、反応がない。

「取り敢えず入って下さい。風邪引きますよ?」

 ヴェンディの手を取り、玄関に上がらせる。
 何か事情があるように見えるが、口を開かないのでさっぱり分からない。
 タオルでヴェンディの水を拭き取り終え、靴を脱がせて家に上げる。

「何か言って下さい」
「さっき落とした」

 ヴェンディはポッケから何か取り出し、やっと言葉を発した。
 しかし、ポッケから取り出した物は私の下着だった。

「あっ、ありがとうございます……」

 慌てて下着を受け取るが、少し恥ずかしくなる。

「えっと、その、何かあったのですか?」

 いつものヴェンディなら、もっと明るいし、私の下着を見つければ舞い上がるような人だが、今日のヴェンディは目に光がなくて暗かった。
 私が何か聞いても、答えてくる気配がない。

 しかし、ヴェンディは言葉の代わりに涙を流した。
 外の天気と同じような、大粒の涙がヴェンディの目から溢れ出す。
 私は一瞬言葉を探したが、すぐにヴェンディを抱き寄せた。

 私の母が死んだ時、ヴェンディがしてくれたように、私もヴェンディの頭を撫で、強く抱き締める。

「ああ~ん!!」

 そして、とうとう泣き声を発した。
 赤ん坊のように泣くヴェンディは、私に抱き着き、思う存分に泣いた。

 * * *

「落ち着きました?」
「……うん」

 ヴェンディが泣き終えた後、私とヴェンディはソファに座って紅茶を飲んでいた。

「何があったか話してくれます?」

 表情を伺いながら、傷付けないように聞く。

「……父さんと喧嘩して、それで母さんのことも結果的に傷付けちゃって。父さんは俺の理解者だったはずなのに、俺が悪魔だって否定した」
「その……喧嘩の内容は?」
「内容……あぁ、そうだな……言わないと分かんないよな――」

 ヴェンディは独り言をぶつぶつと言いながら少し笑った。
 もうどうにでもなれって表情をしている。

「俺、セイヴァーなんだ」
「……」
「驚いたか?けど真実なんだぜ」

 驚いた。
 まさか、ヴェンディから自分の正体を言うなんて思っても見なかった。
 けど、逆に言うならそれくらい今精神的に追い詰められていたのだろう。
 もう、いっそ嫌われても良いと思ってるのかもしれない。

「ふふっ……知ってました」
「え!? 」

 ヴェンディは露骨に驚き、私の方を振り向いた。

「だって私がルーチェですから」

 ヴェンディが正体を明かした今、私もヴェンディに隠す必要はない。
 そう思い、私も正体を明かす。

「え!?」
「驚きました?けど真実なんですよ」
「あ!?えーー!?うそぉぉん……じゃあ俺がメールしてたのってホアイダなのか!?」
「ふふっ、そうです」

 衝撃の事実により、ヴェンディが明るさを取り戻してくれて嬉しかった。
 本当は、ヴェンディに直接『殺しを止めて欲しい』と言いたいが、今のヴェンディにそんなこと言っても無駄なのは分かっている。
 それに、これ以上ヴェンディに傷付いて欲しくない。

「あっ、そうなんだ……ははっ」
「もしかして、両親に正体がバレたんですか?」
「うん。だからもう家には戻れない」
「そうですか……」

 ヴェンディの寂しそうな表情が戻る。

「ホアイダはさ、俺がセイヴァーだと知った時、どう思った?」

 顔を背けたまま、少し言葉を詰まらせながら聞いてきた。

「凄いと思いました……世間は賛否両論ありますが、それでも人に出来ないことを実行し続けるヴェンディを尊敬します。まぁ、勿論殺しは止めて欲しいですけどね」

 ヴェンディが聞いてくれたおかげで、心を傷付けないように『殺しを止めて欲しい』と言えた。

「そう……照れちゃうな」

 ヴェンディが照れるのを見て、愛らしいと感じた。

 ――ポムちゃんみたいな照れ方……。

 ヴェンディの正体が両親にバレた今、警察に伝わる可能性も十分ある。
 ヴェンディの捜索願は出るのは当然として、今ヴェンディ=セイヴァーと言うのが世間にバレるのは避けたい。
 ベゼが居るから逮捕されないにしろ、ヴェンディと離れるのは寂しいし、面倒事になりかねない。

「仕方ありませんね……この家に住ませてあげます」

 顔と目を逸らして言うと、ヴェンディはこちらを振り向いて大きく反応した。

「本当か!」
「ただし!正体がバレた今、学校に通えないヴェンディには家事全般手伝ってもらいますから」
「分かった!ありがとうホアイダ!」

 今日からヴェンディと二人暮しになった。
 心配事は沢山あるが、ヴェンディを見捨てることも私には出来ない。
 それに、私も一人暮らしが寂しいと感じていたから、ちょうどいいのかもしれない。

 * * *

「ヴェンディの部屋はここです。好きに使って下さい」

 ヴェンディには、元々父の部屋だった場所を与えた。

「では、おやすみなさい。また明日」
「一緒に寝ちゃだめ?」
「だめです」
「そんなぁ」

 ガックリしたヴェンディを部屋に置いて行き、部屋のドアを閉める。
 しかし、まだ立ち直ったばかりのヴェンディのことも考えると、可哀想になった。
 ゆっくりとドアを開け、ポム吉をドアと壁の隙間から出す。

「ん?ポム吉?」
「エッチなことしないって約束出来るなら、一緒に寝ていいってホアイダが言ってるよ」
「おぉ!やったぁ!」

 その日の夜は、ヴェンディと同じベットに入った。
 ヴェンディはしっかり約束を守り、妙な気を起こさなかった。
 したとしても、私に軽く抱き着くくらいだった。
 それくらいなら、私も嫌ではないですし、ヴェンディことが好きだから許せた。

「少し寝ずらいです……ヴェンディ?」

 私が気付いた時には、ヴェンディはぐっすりと寝ていた。
 今日、ヴェンディは沢山泣いたし、精神的に疲れたから、すぐに眠りにつけたのだろう。

「もう、ヴェンディのバカ」

 ぐっすりと眠るヴェンディの頬に、優しく静かにキスをする。
 そんな私の心は、少しドギマギしていた。
 少し苦しいような、妙な感じただった。

 父が言っていた。
 この感情、恋というものなのかもしれない。
 だとしたら凄く恥ずかしい。

 今まではヴェンディと友達のままで居たいと思っていた。
 けど、もうその気持ちを抑えることは出来ないのかもしれない。
 ここまで私のことを好きでいてくれて、大切にしてくれて、一途で居てくれる人なんてもう二度と現れない。
 一度振られたというのに、めげないで私に好意を寄せてくれるヴェンディに、恋愛感情が芽生えない方が無理だ。

 おかげで、曖昧だった心の性別が明確になってきた。
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