離愁のベゼ~転生して悪役になる~

ビタードール

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八章『救世主編』

第八十三話『救世主の死』

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 *(マレフィクス視点)*

 今この瞬間、僕は最高のドラマを生み出している気になれた。
 前世で映画監督をしていたが、映画のクライマックスシーンを作っている時に似た気分だ。
 ドキドキとワクワクが止まらない。
 六年間友達のふりを続けていた男を、希望から絶望に叩き落とすのが堪らなかった。
 ゾクゾクして、ふわふわした気持ちだ。

「ははっ、そうだと思った。泣いてくれるより、嘲笑ってくれる方が楽に逝けるよ」

 しかし、涙を流して笑顔を浮かべるヴェンディを目の前に、僕の上がりきっていた気分は下がってしまう。
 望んでいた反応や表情が、全然違うからだ。
 もっと泣きながら、悔しいとか苦しいとか思って欲しいのだ。

「何で、笑ってんの?」
「お前も、笑顔の方が好きだろ?最後くらい、笑顔で死んやるよ」

 ヴェンディはさっきまで確かに絶望していた。
 自分の失態によって身近な人を死なせ、人殺しの自分に戻って、絶望のオンパレードだったはずなのに。
 なのにこいつは、ヘラヘラと笑っている。
 それが、どうしようもないくらい気に入らない。

「君がそーゆー態度を取るなら仕方ない。僕と君で思い出に浸ろうではないか」

 僕はそう言って、ヴェンディの指を一本へし折った。

「うあぁ!!」

 ヴェンは痛みを堪えながらも、悶絶する。

「今から思い出一つにつき、君を痛めつける。この指は僕らの最初の出会いの思い出だ。勝敗はシンプル、希望に満ちたその表情を保ち続けれたら君の勝ち、絶望の表情に変えれたら僕の勝ち。それでは思い出ゲーム、スタート!」

 僕もヴェンディも笑顔のまま、思い出ゲームが始まる。
 しかし、ヴェンディの笑顔は痛みと絶望によって、薄れている。

「うっ!!」
「これは、学校での出会いだ。まさかの再開には驚いたな~」

 指を全部へし折ると、次は体の至る所の骨をへし折る。

「あの時さ、僕が弾丸摘んでなかったら君死んでたよね」

 骨を全てへし折ると、次は体に尖った爪を入れ、小さな穴を何個も作る。

「そう言えば君、僕に発情したことあったね。あれは流石にキモかったよ」

 全ての思い出に浸り終えた時には、ヴェンディは気を失って昏睡状態になっていた。
 息をしていなく、心臓も止まりかけていた。
 痛みで辛いだろうに、最後の最後まで微笑んでいた。

「フンっ、全く尊敬するよ」

 最後の最後まで笑顔を保ったヴェンディには、僕に勝とうという執念があった。
 セイヴァーとしてベゼを倒す訳でなもないのに、決して誰かが救われる訳でなもないのに、僕と勝負に本気で挑んだ。
 それも、ただ自分が痛め付けられるという一方的な勝負を。
 一方的に押し付けられた真剣勝負で勝つ事……それがヴェンディの最後の悪足掻きに見えた。

「そして認める。僕と君には友情があったんだね……歪で深い友情があった。僕の次に、君は笑顔が似合っている。思い出ゲームは、君の勝ちだ」

 ヴェンディの微笑みを見て、僕は清らかな気分になった。
 その笑顔は、これまでの苦しみや悲しみといった絶望を隠す為の笑顔だったが、それでも僕はヴェンディを認めざる負えなかった。

 ここで認めない方が、ダサいと感じた。
 ヴェンディはこの僕が唯一、尊敬と友情を感じた素晴らしい人間だ。
 独善的な正義を持つ男だったが、そんじゃそこらの甘くて偽善の正義よりは魅力を感じた。
 やはり、ヴェンディを僕の正義のヒーローに選んだのは正しかった。
 彼ほど、悪に屈しないヒーローは映画の世界でも見たことない。

 思い出ゲームに負けたというのに、僕の心は清らかで澄んでいた。
 ヴェンディが居たこの六年間、僕はより強大で絶対的な悪役で居られた。
 光が強ければ影が濃くなるように、ヴェンディと僕の心と精神力は比例していたのだ。

「さよなら、ヴェンディ」

 僕は死にかけたヴェンディを置いてその場を去った。
 その日の僕のは、ワクワクよりドキドキが勝っていて、ずっと不思議な気持ちに襲われた。

 * * * * *

 死にかけていたヴェンディは、微かに目を覚ました。
 ヴェンディの目の前には、自分の胸を治癒するホアイダが居る。

「うっ……ホアイダ?なんで……」
「メディウムの土地を調べ、ここに流れ着いたと推理したので……」
「あぁ、そうか……マレフィクス……は……」
「喋らないで下さい」

 ホアイダは必死だった。
 治癒しても治癒しても、体の至る所から血が流れるから、治療が間に合わないのだ。
 ヴェンディも薄々助からないと感じていた。

「良いんだ……どうせ肺がんで一週間も持たない……だから最後に聞いてくれ」

 ヴェンディは折れ曲がった手をホアイダに伸ばした。
 ホアイダは泣きながらも、その手を取って蹲った。

「分かりました……聞きます……」

 ホアイダはそう言ったが、治癒魔法を止めず、ヴェンディの死を受け入れなかった。

「俺、さっきマレフィクスに会った。そしたらこのザマ……奴は最後に俺のこと友達だって言ってくれた――」

 ヴェンディの目からも涙が溢れた。
 嬉し涙ではない……悲しみの涙だ。

「けど嘘だった。友情なんてなかったって……。それでも、俺はマレフィクスを友達だと思う……哀れだよなぁ」

 ホアイダはそんなヴェンディを見て、マレフィクスへの怒りが沸いた。
 どうしようもなく許せなかった。
 それでも、心と感情を抑えて、ヴェンディの前でニッと笑って見せた。

「私も彼に会いました。そして、確かに聞きました……さらば友よ……そう言ったのを」

 勿論、嘘だった。
 しかし、ホアイダが選んだのは、残酷な真実に目を向けることではなく、優しい嘘でヴェンディを救うことだった。

「……本当?」
「えぇ、彼は涙を流してそう言いました。マレフィクスはヴェンディを友達だと思っていますよ」

 ヴェンディはその嘘に救われた。
 苦しかった心が少し楽になり、清らかな気分になれた。

「あいつ……」
「マレフィクスは照れ屋で嘘つきですから」
「……だな」

 ヴェンディの心臓が止まりかけた。
 ホアイダはその音を聞き、治癒魔法を諦めた。
 代わりに、ヴェンディの血濡れた唇に深くキスをした。

「……」

 長く、深く、奥まで絡むような口付けを交わした。
 お互いが初めて交わす、唇同士の口付けだった。

「結局、俺は自分のルールを全て破ってしまった……」

 ヴェンディはキスをし終えてすぐにそう言って、悲しみの混じった微笑みを浮かべて息を引き取った。
 最初で最後のキスは、罪と罰を背負いに背負ったヴェンディを救った。
 天国や地獄があるならば、ヴェンディは地獄に行くだろう。
 ヴェンディ本人も、それを分かっている。

「うぅ……置いてかないで……」

 ホアイダはヴェンディを抱き寄せて涙を流す。
 腕の中で冷たくなり、死んで行ったヴェンディは、もうこの世のには居ない。
 彼の唯一の救いは、偽りと真実が混ざった嘘と、ホアイダの口付けだった。

 ヴェンディが死んだ今、能力で紙にしていた物が全て解除された。
 ヴェンディの服の中から、馬や鷹などの動物や魔物が逃げるように出て行った。

 *(ホアイダ視点)*

 次の日、ヴェンディの葬式が行われた。

「うっ、うう……」

 誰よりもヴェンディの死を悲しんだのは、二人の両親だった。
 ヴェンディの父からしたら、喧嘩して家出した息子が死体になって帰ってきたのだ。
 ヴェンディの母以上に残酷で、辛い事実だ。

「ヴェンディ……」

 皆が帰った後も、二人はヴェンディの墓の前で泣いていた。
 私はそれを見て誓った……ベゼを倒すことを。

 ヴェンディの死は公表されたが、セイヴァーが死んだこは、ヴェンディ=セイヴァーだと知ってる者しか知らないことだ。

 世界がセイヴァーの死を知る前にベゼを倒さないと、世界が困惑し、ベゼの支配を受け入れてしまう。
 その前に、私が決着を付けなくてはならない。

 それに、ヴェンディを弄んで殺したマレフィクスが許せない。
 私の為にも、ヴェンディの無念を晴らす為にも、戦わなくてはならない。

「マレフィクス……いや、ベゼ……」

 私は復讐を胸に誓い、ベゼを倒す為の準備を淡々と始める。
 家が消えたので、ホテルでパソコンを開き、作戦を考える。

 数日後、私は病気の父を残し、街を出て行った。
 ヴェンディの剣を持ち、馬を走らせた。

「ヴェンディ……」

 弱虫の私を成長させてくれたのは、ヴェンディだった。
 彼の死が私に勇気を与えてくれた。
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