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1章 婚約破棄したら負け

02.婚約者の恋人と私

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 なんとなく笑いそうになるのを耐えれば、余計に咳き込んでしまう。

「馬車にお乗りなさい」

 そう言われて、今日の収穫物を入れた籠ごと馬車に乗れば、悲鳴と怒声。

「汚さないでいただけないかしら?!」

 立派ではあるが、決して新しくはない大事に使われていた馬車。 良いご家族をお持ちでしょうに、変な男に騙されお気の毒に……。 

「はぁ、だけど、外に放置するのも、変じゃないですか?」

「本当!! アナタ、それで子爵夫人になるおつもりですの?!」

 その気はないけれど、逃げることもなかなか難しい状況。 私は黙ったままでニコニコ顔を続ける。

「アナタみたいな方が、貴族に名を連ねるなんて考えられませんわ。 ナターナエル様と別れてくださいます?」

「何故でしょうか?」

「ナターナエル様が、私と結婚したいのにアナタと言う婚約者がいるため出来ないとおっしゃるからよ!! 私が幸せになるためには、アナタが邪魔なの、だから別れて下さいませ」

「私の両親は、現子爵様にお仕えし、戦場でその盾となり亡くなりました」

「だから、なんですの? その責任を取るためナターナエル様は我慢すべきだとおっしゃるつもりですの? アナタにとってもナターナエル様にとっても不幸でしかございませんわ。 そんなことも分かりませんの?!」

「祖父から聞いた話ですが、我が家は子爵家に古くから執事として仕えた家系ですの」

「使用人の癖に偉そうに、主家の者に恋慕を抱くだけではなく醜く執着して、見苦しいと思いませんの」

 そう言われれば笑ってしまいそうになった。 もし、私がナターナエル様に情の欠片でも持っていたなら、彼は私と婚約をすることなど無かったでしょう。

「……誤解なさらないでいただけるかしら? 私は、婚約破棄を嫌だと言っているのではございませんのよ?」

「なら!!」

「ただ、その言葉はナターナエル様の発言ですの? 婚約破棄のための証書をお持ちになっておいでですか?」

「あの方は、アナタがいるから、私とはこれ以上付き合えないと言っておりましたわ」

「正式な書類はございませんのね」

「……それは……」

「では、非常に残念ですが諦めてくださいませ」

「なっ、あの方が私を愛していたのは事実なのよ! 王都では大変良くして頂いておりましたわ。 どれほど愛を語る夜を送ったとお思いですの!」

 本当にお気の毒な……。

「馬鹿にしておりますの?」

「あら、顔にでておりました? ごめんなさいませ。 私が言っているのは、身分の低い私の方から、婚約破棄は出来ないと言う事実ですのよ。 次期当主が、代々仕える使用人家の娘から婚約破棄をされるようでは、貴族社会で笑い者になるのではありませんか?」

「ぇ、ですが、ナターナエル様は……」

「婚約破棄をしたいとおっしゃいました? おっしゃっていないはずですわ。 あの方は、そう言う方ですもの」

「……」

「では、なぜ、あの方は……あなたがいるから結婚できないと……」

「私はナターナエル様ではありませんので真実はわかりません。 ですが、アナタの言い分を聞き、私がナターナエル様に婚約破棄を告げれば、あの方は莫大な慰謝料を私に請求するでしょう。 もし、それに関する問題がないと、アナタが支払ってくださると言うなら、私は喜んで婚約破棄をして差し上げますわ」

 通じたかどうかわからないが、私は遠まわしに『金よ、金』と伝える。

「それは……おいくらほどですの?」

「過去の法務宮の判決から判断すれば3億ゼニー。 ただし、要求するだけなら上限はありませんわ。 だから、私……婚約破棄したくともできませんの」

 コホコホと咳き込みながら続けた。

「無理よ!!」

 でしょうね。

 私は黙り込み、一人涙を流し続ける彼女に幾度か声をかけたが、返事がないため馬車を降り、8年前まで祖母と共に住んで居た山小屋へと向かい歩き出す。

 私の元に婚約者を送って来ると言うのは、婚約者ナターナエル・ステニウス次期子爵が、恋人に飽きた時に使う手段の1つ。 彼女にとっては不幸でしかありませんが、私にとっては毎度のことなのですよ。

 恨むなり、呪うなりするならナターナエル様にお願いしますよ? と、私は心の中で呟いた。
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