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2章 新しい生活の始まり

13.旅立ち 01

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 ルシッカ伯爵とケセルさんは、ルシッカ伯爵領に戻る途中に私に会いに来る予定だったそうだ。

 死にかけの私を救った事で、私の体調を気遣った事で、2人は領地に帰る事が遅れた。 そう、聞けば申し訳なく思うものの、自分を殺してしまった今、どうやって生きていけばいいんでしょう。

「どうしよう……」

 野菜を浅漬けし、土鍋でご飯を炊き、フライパンで親子丼を作り、途方に暮れていた……。

「どうかしたのかい? 困っている事があれば相談に乗りますよ?」

 ふいに声を上げられ、飛びのきそうになった。

「いつ、お仕事を終えられたのですか?」

「今ですよ。 困ってないなら、体調が悪いのですか?」

「いえ、ずいぶんと調子は戻ってます」

「うんうん、それで?」

「えっと……いえ……」

 命を助けられ、保護登録もしてもらった。
 これ以上、何かを願うのは申し訳ない。

 親子丼の卵の蒸し時間をとるために、フライパンに蓋をし火を落とせば、クスッと笑う声が聞こえ、私は振り返る。

「こっちに、おいで」

 窓の側に置かれた長椅子の上にルシッカ伯爵は座っていた。 私が正面に立てば、尻尾で横に座るようにとパタパタ音を鳴らすから、私は横に座る。 横に寄り添うようにルシッカ伯爵は、私の頬にふわふわの頬を寄せた。

「今日は、抱きつかないのですか?」

 甘く優しい声。

「そういう言い方って、私が痴女のようじゃないですか」

「それは、考えた事はありませんねぇ~」

 モフモフとウットリとする毛並みに顔を埋めていたら、雨が止んだあたたかな日差しにウトウトしそうになる。

「それで、どうしたのですか?」

 低く落ち着きのある声が、脳に痺れるようにすら感じた。

「これからどうしよう……」

「それは、私達と共にルシッカ領に来るんですよ?」

 何を言っているんですか? とばかりに、当たり前のように言われた。



 そして私達はルシッカ伯爵特製の大型の馬車で、ルシッカ伯爵とケセルさんと共に移動している。

「揺れない!」

「揺れていますよ?」

「特殊なスプリングをつけて(以下略)」

「専門知識、分からない。 それより、飲み物飲みますか?! オヤツありますよ?」

 心地よい馬車に観光気分にハシャグ。 特殊な馬車はちょっとしたキャンピングカーなのでは? という代物だった。

 ちなみに……人嫌いのルシッカ伯爵のため、御者×3が雇われ、もう1台馬車がレンタルされている。 ルシッカ伯爵は人嫌いなのに同行者を増やすのは不思議だけど、御者を連れて歩くと言うことは、四六時中同行する使用人がいることになるのだから、こっちの方が効率的なのかな?

 予算的なものを横に置けば……。

「お金持ちか?」

 少し顔をしかめて言えば、ケセルさんは笑いながら両手を軽く広げて答えた。

「お金持ちだとも!! 欲しいものがあればオネダリするといい! きっとなんでも買ってくれるさ!! 主にヴァイスが」

 ケセルさんの言葉に、本を読んでいたルシッカ伯爵が顔を上げて私を見る。

「いいですよ。 欲しいものがあるなら何でも言ってください」

「いえ、もう十分与えられているんで結構です。 むしろ、貧乏が板についていて、この惜しみない金の使い方に胃が痛い……」

「胃薬、どこかにありましたよね?」

「あ~~~、どこだったろう?」

 感覚の違いが、ツライ。



 お茶を淹れ蒸らし時間の間に食べる菓子を選ぶ。

 王都を出る前に色々と買い込み、色々と作り、ここの異空間作り棚の中に、立体駐車場のように仕舞われている。 くるくるとハンドルを回せば、くるくると色んな菓子が姿を見せる。

「何にしようかなぁ~」

 ワクワクする私に、ルシッカ伯爵は笑いながら言う。

「好きなものをお食べなさい」

「領地につく前に、伝えておくことは多いんだが?」

「は~い」

 私は、チーズケーキを取り出せば、ルシッカ伯爵は言う。

「側に、おいでなさい」

 ルシッカ伯爵に寄り添うように座り、そして私はケセルさんの話を聞いた。

 ルシッカ伯爵領は、南方の国境沿いの領地。 辺境伯程ではないものの国境沿いの防衛拠点として警備が義務付けられていると言う。

「防衛拠点の1つを任せられながら、ヴァイスはな……こう見えて戦闘は苦手だってのが、笑えるとは思わないか?」

 ケセルさんが、カラカウような声で言えば、ルシッカ伯爵は尻尾でピシャリと床を叩きそっぽを向く。


「ルシッカ伯爵は優しいから」

「優しいんじゃない、いつも覚悟が足りない」

「煩いですよ」

 珍しくルシッカ伯爵が不機嫌そうに言えば、ケセルは笑いながら言う。

「マイ、ヴァイスを守ってくれ」

「私が? 私は戦う事は習ってないよ?」

「戦う方法は知っている。 ただ、ヴァイスの置かれた状況は複雑だから、少しばかり頭を使う事になるが、多分ヴァイスはマイが決めた事なら尻を持つだろう。 したいように暴れるといい」

 花の乙女にズイブンな言いようだ。 だけどルシッカ伯爵はそっぽを向いたまま、耳だけをぴくぴくと動かすから、その背に体重をかけるように身を任せれば、尻尾で私の背を撫でる。

「でも、おかしくない? 伯爵が出来ない事を私がして、私の後始末を伯爵がする。 それは伯爵がどうにでも出来るってことじゃないの?」

「あぁ、それはな。 その面倒ごとってのは大半が金で何とかできるからだ!!」

 ふふんと何故か偉そうに言うケセルさんに私は引き、呻くように返事をする。

「おぅ……」

 返事??
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