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22.鳥と食事

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「か、回復を!!」

 私は慌てた。

 私がやった訳ではないが、流石に国のトップ相手に暴力は不味いよ。 だけれど不味いと思いつつも思考の端では、どうやって、どこに逃げようかと考えている。 この思考の在り方が翼ある者の適当さと言えるかもしれない。

「必要ない。 回復に力を使うぐらいなら、その力はそのまま食べさせてもらおう」

 病的なまでに白く、痩せこけた顔が近づいてくる。 それでも、イボ蛙の背を張り付けた塊や、筋、骨、眼球、鼻腔が剥き出しになった顔よりも、人だと理解できる分マシである。

 ギュッと目を閉ざせば、唇にカサついたものが触れた。 唇をぬるっとした生温かな感触が触れ割り入ってこようとする様子にビックリして唇を固く閉ざせば、唇が噛まれた。 プチッとした感触で皮膚が裂ける。

「んんんっ」

 眉間を寄せ、より唇をとざしてしまう。

 動物は動けなくなったら命の終わりだ。 少なからず私もそういう風な考えがあって、それが影響してか? 元々の体質なのか痛みには鈍い。 そうした反面、致命的なダメージに反応できるようにも出来ている。 それが痛みに対する恐怖心への変換であり、優れた危機察知能力……、いえ、ただ、私は臆病者で、臆病な割に鳥人特有の好奇心を持ち合わせているから質が悪いのだ。

 唇から流れる血を舐めながら、陛下は言う。

「食いちぎられたくなければ、口を開けなさい」

 あんまりだよ!!

 思わずビックリして目が開けば、ボロボロと涙も零れ落ちる訳で……。 目の前のというか、もう触れるほどの距離にいた陛下は大きく溜息をついて涙を舌先で舐めた。

「今は、コレで勘弁しておいてさしあげましょう。 なので、好きなだけお泣きなさい」

「泣けと言われてなけるか!!」

「わかりました。 泣かせてさしあげればいいんですね」

 さわさわと骨ばった手が足を撫でた。

「うぅぅ……」

 耐えきれずに私は逃げた。

 どうやってというと、簡単である獣性を最大限に取り戻したのだ。 血を飲み力を奪うだけならば、獣姿でも構わないと言うかもしれないが……私の場合、その心配はない。



 ぽむっと変化した私の姿は、手のひら大の白色の小鳥。



「……」

「ぴっぴよぴよ、ぴよぴよぴっちゅちゅん!!」

 ぉう、好きなだけ鳴き声を聞きやがれっていうんだ。

 陛下は私の小さな姿をガン見し溜息をつく。

「あら、小鳥ちゃん、マジ小鳥だったのねぇええ」

 なんて騒ぎ出すナルサスに、捕まえられて撫でられた。

「もっと、そっと触りなさいよ!!」

「喋ることは、できるのですね」

 そういって、陛下はナルサスに手のひらを差し出せば、ナルサスはしぶしぶと言った様子で私を差し出した。 むにっと柔らかな羽毛が掴まれる。

「扱いが酷い」

「酷いのはどっちですか? 期待するだけ期待させておいて」

「幼児愛好者」

「大人だといったのはアナタでしょう。 まぁ、それはともかく、そちらに問題がないなら、もう少しばかり生命エネルギーを分けて頂きたいのですが?」

 そう告げている陛下の皮膚は相変わらず再生のための生命エネルギーよりも、腐敗の方が強いようで火傷のように皮膚が赤くなり膿がジクジクと溢れてきていた。

「エネルギーを付与する系の、回復魔法でいい?」

「それは余り面白くはありませんね」

 整った顔立ちは笑いはしているが、やせ細りジリジリと腐敗していく様は見ていて痛ましいと言うものだ。

「面白いとか、面白くないとか、そういう問題ではないと思うけど?」

「では、言い方をかえましょう。 エネルギー効率が悪すぎます」

 それは……納得した。

「まぁ、それはともかく……痛い?」

「いえ、痛みはありませんよ」

「でもまぁ、痛みに関係なく生きているのも大変そうね。 というか、良く生きているわね。 あぁ違う……死ぬことが許されない類のもの……?」

 背後でオロオロ狼狽えるナルサスとモイラの姿が面白い。

 陛下の状態が、生食鬼であるかどうかは断定はできない。 世界には私の知らない現象があるかもしれないから。 とりあえず、エネルギー付与系の回復魔法を顔面向かって放ってみれば、ぷつぷつと浮いていた膿はカサカサになりはがれていった。 だが、確かにエネルギー効率が悪すぎる。

 魔力に指向性を持たせて放つのだから当然と言えば当然なのだけど、回復を促した部分は治っていくが、体液を取り入れた時とちがって、身体全体に回復が促されるということはないようだ。

「ちなみに、他の食事方法は?」

 遠慮のない言葉に、ギョッとしたモイラが叫ぶ。

「エリス様!!」

 かまうなと陛下は片手を上げた。

「人の歓喜、快楽に伴う生命力の発散時の吸引ですかね」

 からかうような声色で言われたが、私は表情を変えないと言うか、手のひら大の小鳥の表情を読める者など多くはないはずだ。

「君は、私の愛妾として訪れたのでは?」

「それはキャノ!! 私はエネルギー供給って話だったもん」

 陛下は大きな声で笑い出し、ナルサスとモイラもまた安堵の様子で笑い出した。

「ほかは?」

 ニヤリと怪しい笑みを浮かべて告げるのは、

「人が死亡する時に発する生命力の吸引。 戦場はいいですよ~」

「戦場は、陛下が出向いていたの?」

 好奇心のままに尋ねれば、

「聞きたければ後日に、お聞かせしますよ」

「社交会を行うのは食事のため?」

「あんなものが栄養になりますか……生殖行為における絶頂時のエネルギーと比較すれば人数が多いだけでエネルギーの欠片も接種できません。 そもそも社交の場でどれだけの人間が楽しんでいるか」

 肩を竦めて見せる。

 陛下の替え玉と、皇妃が、仲睦ましく社交の場に出ているのを、どういう状況でみているのだろうか? そんな疑問も生じたが、まぁ……そのうち聞く機会もあるだろうと、考えるだけにとどめた。

「人の血肉も可能です」

「死体でもOK?」

「死体には生命エネルギーが存在していません」

「知っていました」

 私は、自分の尾羽を嘴で一本抜いた。

「ぴっ!!」

 痛みで叫ぶ。

「何がしたいんですか……」

 私は抜いた尾羽を陛下に渡す。

「食べてもいいし、身近にもっていても生命エネルギーは吸収できるとおも……う……よ……」

 獣化した姿は、エネルギーの塊である。 強い力を持ち攻撃できる者、防御力を発揮する者、凄いスピードで移動する者、所有する特徴には個体差があるがとんでもない力を発揮できる。 だが、純粋なエネルギーの塊である獣化で傷を負ってしまえば致命傷になりかねない程度には危険なのだ。

 血の混ざりが多ければ、そういう制限を受けることはないのだけど、私は純血に近く……羽1本分とは言えかなり大きなエネルギーの消耗が伴う。 そして、今、私に起こっている状況は簡単に説明するなら……急激なエネルギーの消耗による休眠モードに入ると言うやつである。



「お休みなさい」

 私は鳥らしくなく、腹を陛下の掌につけ突っ伏した状態で眠った。 そして眠りながら気づいた。 羽抜かなくてもこの状態って、エネルギー吸収され続けられてしまうんじゃない?



 あぁ、また失態してしまった……。
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