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物語
08.罠 02
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薬によって引き上げられる情欲。
男性の香りと体温に煽られ、呼吸、鼓動、体温の異常が急速に加速する。
「一人で、大丈夫です」
震える身体で身を離そうとすれば、ガタンと馬車が大きく揺れて結局腕の中に戻されてしまった。
「大丈夫なようには見えませんよ?」
乱れる髪が指先で撫でられ、整えられていく。
手袋越しだと言うのに、硬い女性の物と違う大きな手はとても頼りがいがあるが、今までティアの目の前で暴力的な行為が行われた事は無く、差別的な視線にも暴言にも微笑みで返し、大公の娘として危害を与えてくる相手からも、まずは安全を確保するような人。
優しい人……。
いつもなら、その思いは物語を読んだ後の恋心のように、甘く切なく心地よいものなのに、今日は違っていた。
もし、私が欲情している等と知られたら、私の騎士はどう思うのでしょう。
優しい人だから、きっと幼い子を扱うように諫めてくれるだろう。 そう期待しながら、女と見られることがない、見られても困る状況なのだと勝手に傷ついた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ぇ?」
「鼓動が早く、顔が熱で赤くなっていますよ」
「へ、平気よ……」
大きく、息を吸い……言葉にしてしまう。
「アナタが素敵だから……。 だから、なの……だから、その……この状況は良く無いの」
こんな事を言ってしまえば、私の、私だけの騎士ではなくなってしまう。 そんな恐怖は常日頃から好意と共にあった。 なのに、つい、言葉にしてしまい……後悔してしまう。
「光栄です。 ですが、本当に大丈夫なのですか?」
何事でもないかのように問われ……安心半分、ショックが半分。
「えぇ、お願いだから、一人で座らせて」
残念に思いながらも、自分の立場を考えれば当たり前の言葉を言葉にし、終わるつもりだった。
「嫌です」
「ぇ?」
騎士の顔を見上げれば、優しく微笑んでいた。
聞き間違え? とも思うが、さっきよりシッカリと身体を支える手に力が込められていて、逃がさないとでも言っているかのようだった。
「どうして、そんなに不思議そうな顔をなさるのですか?」
そう言いながら、私の騎士は笑うのだ。 私の手を左手でそっと取り、その甲に口づける。 熱い熱のこもった口づけ。
「今、この瞬間……だけでも……」
続かぬ言葉に、自分と同じ思いを抱いてくれているのだと思えば嬉しかった。 とは言え、それと薬で促された欲情は別物で、恋心は火にくべる燃料のように、欲情を煽ってくるから困ってしまう。
ティアは目を閉じ必死に思考を反らす。
ジェフロアとイザベルは何を考えていたのだろう?
薬が、お茶に含まれていたなら……あの2人だって発情するはず……。 それも私は匂いだけでこうなのだから、あの部屋にいたなら……ゾッとした。 2人に身を預け、そこに溺れたのだろうか?
それとも、王子ジェフロアと王太子の婚約者であり国家聖女であるイザベルから救いだしてくれたのだろうか?
早い鼓動、熱い体温、荒い息。
「ティア様……」
私の騎士が辛そうにしながら顔を赤らめ、私から必死に視線をそらしていた。 そうだわ……匂いが原因だったなら、この狭い密室で影響がないはずがないんだ。
「ごめんなさい、伝えるべきだったわ」
そう告げれば、潤んだ瞳が向けられ……見つめあった。
「「ぁっ……」」
お互いの欲情を耐え、私達は視線を背けた。
私は彼に好意を抱いていたから。 薬による強制的に欲情をぶつけては、彼に対する好意が嘘になりそうな気がしたから。
それでも……。
背けた視線がもう一度あえば……徐々に顔が近づき……唇が微かに触れた。 腰に回された手に力がこめられ、私は彼の胸元に顔を寄せる。
私は、高まる欲情を抑えながら……いえ、抑えるために話し出す。
「さっき、お茶を断った際に、ドレスにお茶をかけられたでしょう? そのお茶に発情を促す薬が入っていたみたいなの」
「ですが、ティア様は飲まれていませんでしたよね?」
「えぇ、それも想定していたのかもしれません。 香りに効果が加えられていたの」
「そんな事が出来るのですか?」
「錬金術師の作る魔法薬には、香りに薬効を持たせる事が出来る技があるわ」
「錬金術師に魔法薬ですか? イザベル様は聖女なのでしょう?!」
錬金術師、魔導師、魔法を使う者は悪魔と契約した者とされ、神聖皇国に睨まれる。 しっかりとした後見人、保証人が無ければ、神聖皇国の聖騎士が国を超えた権力と共に、その命を奪うと言われている。
聖女であるイザベルが、悪魔によってもたらされたと言われる薬を使うなんて……本来ならあり得ない事なのだ。
思考は甘い声で呼び戻される。
「お嬢様、ティア様……」
うっとりとした赤い瞳に見つめられ、私は期待し瞳を閉ざせば、力強い腕が抱き寄せて来た。
そして……、
ガタンッ。
馬車が止まる。
「お屋敷につきましたよ」
私の騎士の微笑みは、何時もより少しだけ切なく感じられた。
【ティア・グレシャム】
男性の香りと体温に煽られ、呼吸、鼓動、体温の異常が急速に加速する。
「一人で、大丈夫です」
震える身体で身を離そうとすれば、ガタンと馬車が大きく揺れて結局腕の中に戻されてしまった。
「大丈夫なようには見えませんよ?」
乱れる髪が指先で撫でられ、整えられていく。
手袋越しだと言うのに、硬い女性の物と違う大きな手はとても頼りがいがあるが、今までティアの目の前で暴力的な行為が行われた事は無く、差別的な視線にも暴言にも微笑みで返し、大公の娘として危害を与えてくる相手からも、まずは安全を確保するような人。
優しい人……。
いつもなら、その思いは物語を読んだ後の恋心のように、甘く切なく心地よいものなのに、今日は違っていた。
もし、私が欲情している等と知られたら、私の騎士はどう思うのでしょう。
優しい人だから、きっと幼い子を扱うように諫めてくれるだろう。 そう期待しながら、女と見られることがない、見られても困る状況なのだと勝手に傷ついた。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ぇ?」
「鼓動が早く、顔が熱で赤くなっていますよ」
「へ、平気よ……」
大きく、息を吸い……言葉にしてしまう。
「アナタが素敵だから……。 だから、なの……だから、その……この状況は良く無いの」
こんな事を言ってしまえば、私の、私だけの騎士ではなくなってしまう。 そんな恐怖は常日頃から好意と共にあった。 なのに、つい、言葉にしてしまい……後悔してしまう。
「光栄です。 ですが、本当に大丈夫なのですか?」
何事でもないかのように問われ……安心半分、ショックが半分。
「えぇ、お願いだから、一人で座らせて」
残念に思いながらも、自分の立場を考えれば当たり前の言葉を言葉にし、終わるつもりだった。
「嫌です」
「ぇ?」
騎士の顔を見上げれば、優しく微笑んでいた。
聞き間違え? とも思うが、さっきよりシッカリと身体を支える手に力が込められていて、逃がさないとでも言っているかのようだった。
「どうして、そんなに不思議そうな顔をなさるのですか?」
そう言いながら、私の騎士は笑うのだ。 私の手を左手でそっと取り、その甲に口づける。 熱い熱のこもった口づけ。
「今、この瞬間……だけでも……」
続かぬ言葉に、自分と同じ思いを抱いてくれているのだと思えば嬉しかった。 とは言え、それと薬で促された欲情は別物で、恋心は火にくべる燃料のように、欲情を煽ってくるから困ってしまう。
ティアは目を閉じ必死に思考を反らす。
ジェフロアとイザベルは何を考えていたのだろう?
薬が、お茶に含まれていたなら……あの2人だって発情するはず……。 それも私は匂いだけでこうなのだから、あの部屋にいたなら……ゾッとした。 2人に身を預け、そこに溺れたのだろうか?
それとも、王子ジェフロアと王太子の婚約者であり国家聖女であるイザベルから救いだしてくれたのだろうか?
早い鼓動、熱い体温、荒い息。
「ティア様……」
私の騎士が辛そうにしながら顔を赤らめ、私から必死に視線をそらしていた。 そうだわ……匂いが原因だったなら、この狭い密室で影響がないはずがないんだ。
「ごめんなさい、伝えるべきだったわ」
そう告げれば、潤んだ瞳が向けられ……見つめあった。
「「ぁっ……」」
お互いの欲情を耐え、私達は視線を背けた。
私は彼に好意を抱いていたから。 薬による強制的に欲情をぶつけては、彼に対する好意が嘘になりそうな気がしたから。
それでも……。
背けた視線がもう一度あえば……徐々に顔が近づき……唇が微かに触れた。 腰に回された手に力がこめられ、私は彼の胸元に顔を寄せる。
私は、高まる欲情を抑えながら……いえ、抑えるために話し出す。
「さっき、お茶を断った際に、ドレスにお茶をかけられたでしょう? そのお茶に発情を促す薬が入っていたみたいなの」
「ですが、ティア様は飲まれていませんでしたよね?」
「えぇ、それも想定していたのかもしれません。 香りに効果が加えられていたの」
「そんな事が出来るのですか?」
「錬金術師の作る魔法薬には、香りに薬効を持たせる事が出来る技があるわ」
「錬金術師に魔法薬ですか? イザベル様は聖女なのでしょう?!」
錬金術師、魔導師、魔法を使う者は悪魔と契約した者とされ、神聖皇国に睨まれる。 しっかりとした後見人、保証人が無ければ、神聖皇国の聖騎士が国を超えた権力と共に、その命を奪うと言われている。
聖女であるイザベルが、悪魔によってもたらされたと言われる薬を使うなんて……本来ならあり得ない事なのだ。
思考は甘い声で呼び戻される。
「お嬢様、ティア様……」
うっとりとした赤い瞳に見つめられ、私は期待し瞳を閉ざせば、力強い腕が抱き寄せて来た。
そして……、
ガタンッ。
馬車が止まる。
「お屋敷につきましたよ」
私の騎士の微笑みは、何時もより少しだけ切なく感じられた。
【ティア・グレシャム】
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