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婚約
13.良い子にはご褒美を、悪い子には罰を 01
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ドレスに着替えドレスルームを出れば、壁に背を預けた王太子殿下が待っていた。
「姫君、お手を」
見上げた顔を顰めたのは反射的なもので、殿下自身には好きも嫌いも存在しない。 差し出された手に手を重ねる。 歩き出せば、私の歩く速度に合わせられ、側に控える使用人達に軽食の支度を命じた。
「殿下は、こんな風に決められた婚約に不満はないんですか?!」
拗ねたように言えば、笑いながら返される。
「私はもともと政治の道具でしかありませんから。 ならば母上のお気に入りであり、妃教育を問題なく済ませ、父上が価値を見出した貴方にどうして文句があるでしょう。 貴方が貴方の価値を見せつける限り、私はしがない貴方の奴隷ですよ」
ディック様の面影がある殿下が言うから、少しだけむかついた。
「卑屈ね。 そういうのは嫌い」
重ねられた手の甲に、反対側の手を重ねポンポンと触れる。 何? と顔を見上げれば向けられるのは静かな優しい微笑みに、少し照れてしまう。 ディック様とよく似た顔で、ディック様が浮かべない微笑みで、だから混乱してしまう。
もし、この手を握ればどうなるのだろうか……。
この人は、あの陛下の子だ……。
「政治の道具ではありますが、婚約の相手が貴方で良かった。 そう思っているのは本心ですよ」
「適当な言葉も嫌い」
「本気ですよ」
ディック様とよく似た顔に、照れていいのか、怒っていいのか……。 私は、困惑のまま誤魔化す。
「それよりも殿下には、真実の愛を感じる相手はいないの?」
「今、良い事を言ったつもりなんですけどね。 唐突ですね……で、真実の……愛ですか?真実の愛と言うと、最近、劇場で流行りと聞いた事があります。 リーリヤはあぁ言う話がお好きなのですか?」
声色には呆れとも、軽蔑ともいえる音が微かに聞こえる。 それでも、顔を見上げれば優しい視線が自分を見ている。
「ま、まぁ……嫌いではないわ。 と言うか、王都の女性であれば誰もが憧れていると思うわ。 ねぇ、王子様って言うのは障害が大きいほどその恋に燃えあげるものなのでしょう?」
言えば苦笑され、私はその意味が分からず首を傾げる。
「少なくとも今の私は、命をかけてまで生涯を添い遂げたいと言う女性はいませんし、そういう女性との恋と言うのも想像はつきませんね」
物語。 物語は好き。
運命と言う言葉が好き。
物語は、最後にかならず幸せになるから好き。
その景色を思い浮かべれば、幸福を感じる事ができるから。
でも、コレは現実だから。
「そう。 わかったわ。 これは、大げさ過ぎる業務契約ってことね?」
そう言いながら殿下の顔を覗き込めば、困った顔をしながら笑いだす。
「これは1本取られましたね。 それでも、私は貴方を可愛らしいと思っていますよ」
「あら、それは当然だわ。 だって私はカワイイし、愛の無い婚約でも妥協できるぐらいにかわいらしいのは分からなくはないけど。 でも、殿下だって、今まで好きになった方や、お付き合いをされた方の1人や2人、いらっしゃるでしょう?」
「そういう貴方はどうなんですか?」
私達は、微笑みあった。
それから軽食を2人で食べ、豊穣祭へと向かった。
豊穣祭。
そこは私が想像していたものと全然違っていた。
そう、まったく違っていたのだ。
豊穣を祝う広間は薄暗く、その床は血のように赤黒い。
広間の前半分に貴族達の半数が列をなしている。
粗末な服に後ろ手に手錠をかけられ、斬首刑を待つかのように膝をつき、騎士達に取り押さえられ並んでいた。
貴族達は怯えていた。
血の気の無い顔で震えていた。
膝をつく者も、それを見る者も……怯えしかない。
一応料理らしきものも準備されているが……こんなものを見せつけられ、食欲を失わぬ者がいるだろうか?
玉座でソレを見下ろす国王陛下は、それでも不機嫌そうに果実酒を煽る。
私は怯え立ち止まれば、
「大丈夫ですよ。 本来は温厚な方ですから」
そう殿下の瞳が怯える私を宥めていた。
本来は? 本来は?って、何?!
貴族達は、豊穣とは言い切れぬ収穫を問われる。
泣きながら謝る姿は罪人以外の何物にも見えない。
「この国の土地がやせているのは、元々よ……」
ボソリと私が呟けば、
「いいえ……彼等の責任ですよ」
そう笑う殿下の瞳は、姿こそディック様に似ているが、陛下のお子なのだと告げていた。
「貴方が、リーリヤが怯える事はありません。 彼等はそれだけの罪を犯したのですから」
でも!! 声にならなかったけれど、私は殿下へと視線を向け訴える。
「おいで……」
私に向けられる陛下の声は不思議にも甘く優しい。 陛下が私に手を差し出し呼べば、殿下は私の手をとり歩き出す。
「さぁ、行きましょう。 貴方の好きな観劇の始まりですよ」
それは違う……等と言えるはずがない。
一歩、一歩と足を進める。
息苦しく緊張した景色は、処刑台に上るような気分にさせられた。
私はスカートを摘まみ、膝を落として礼をする。
「いい子だ」
そう告げる陛下の目元は優しく微笑み。 王妃もまた同じように微笑んでいた。 怯える私を見て……。
「国に多くの利益を与えた良い子には褒美を与えないといけない。 リーリヤ・オークランス公爵令嬢は私の息子ヴァルナの婚約者として王家に迎える。 そして、悪い子には罰を与えなければならない……さぁ、悪い子達よ、踊れ」
ただ、それだけだった……。
狂気が眼前に広がっていた。
狂ったように、呪われたように踊る彼等の足元は小さな鉄製の靴だった。
利益をもたらした者には褒美を。
損害をもたらした者には罰を。
狂っている……。
「姫君、お手を」
見上げた顔を顰めたのは反射的なもので、殿下自身には好きも嫌いも存在しない。 差し出された手に手を重ねる。 歩き出せば、私の歩く速度に合わせられ、側に控える使用人達に軽食の支度を命じた。
「殿下は、こんな風に決められた婚約に不満はないんですか?!」
拗ねたように言えば、笑いながら返される。
「私はもともと政治の道具でしかありませんから。 ならば母上のお気に入りであり、妃教育を問題なく済ませ、父上が価値を見出した貴方にどうして文句があるでしょう。 貴方が貴方の価値を見せつける限り、私はしがない貴方の奴隷ですよ」
ディック様の面影がある殿下が言うから、少しだけむかついた。
「卑屈ね。 そういうのは嫌い」
重ねられた手の甲に、反対側の手を重ねポンポンと触れる。 何? と顔を見上げれば向けられるのは静かな優しい微笑みに、少し照れてしまう。 ディック様とよく似た顔で、ディック様が浮かべない微笑みで、だから混乱してしまう。
もし、この手を握ればどうなるのだろうか……。
この人は、あの陛下の子だ……。
「政治の道具ではありますが、婚約の相手が貴方で良かった。 そう思っているのは本心ですよ」
「適当な言葉も嫌い」
「本気ですよ」
ディック様とよく似た顔に、照れていいのか、怒っていいのか……。 私は、困惑のまま誤魔化す。
「それよりも殿下には、真実の愛を感じる相手はいないの?」
「今、良い事を言ったつもりなんですけどね。 唐突ですね……で、真実の……愛ですか?真実の愛と言うと、最近、劇場で流行りと聞いた事があります。 リーリヤはあぁ言う話がお好きなのですか?」
声色には呆れとも、軽蔑ともいえる音が微かに聞こえる。 それでも、顔を見上げれば優しい視線が自分を見ている。
「ま、まぁ……嫌いではないわ。 と言うか、王都の女性であれば誰もが憧れていると思うわ。 ねぇ、王子様って言うのは障害が大きいほどその恋に燃えあげるものなのでしょう?」
言えば苦笑され、私はその意味が分からず首を傾げる。
「少なくとも今の私は、命をかけてまで生涯を添い遂げたいと言う女性はいませんし、そういう女性との恋と言うのも想像はつきませんね」
物語。 物語は好き。
運命と言う言葉が好き。
物語は、最後にかならず幸せになるから好き。
その景色を思い浮かべれば、幸福を感じる事ができるから。
でも、コレは現実だから。
「そう。 わかったわ。 これは、大げさ過ぎる業務契約ってことね?」
そう言いながら殿下の顔を覗き込めば、困った顔をしながら笑いだす。
「これは1本取られましたね。 それでも、私は貴方を可愛らしいと思っていますよ」
「あら、それは当然だわ。 だって私はカワイイし、愛の無い婚約でも妥協できるぐらいにかわいらしいのは分からなくはないけど。 でも、殿下だって、今まで好きになった方や、お付き合いをされた方の1人や2人、いらっしゃるでしょう?」
「そういう貴方はどうなんですか?」
私達は、微笑みあった。
それから軽食を2人で食べ、豊穣祭へと向かった。
豊穣祭。
そこは私が想像していたものと全然違っていた。
そう、まったく違っていたのだ。
豊穣を祝う広間は薄暗く、その床は血のように赤黒い。
広間の前半分に貴族達の半数が列をなしている。
粗末な服に後ろ手に手錠をかけられ、斬首刑を待つかのように膝をつき、騎士達に取り押さえられ並んでいた。
貴族達は怯えていた。
血の気の無い顔で震えていた。
膝をつく者も、それを見る者も……怯えしかない。
一応料理らしきものも準備されているが……こんなものを見せつけられ、食欲を失わぬ者がいるだろうか?
玉座でソレを見下ろす国王陛下は、それでも不機嫌そうに果実酒を煽る。
私は怯え立ち止まれば、
「大丈夫ですよ。 本来は温厚な方ですから」
そう殿下の瞳が怯える私を宥めていた。
本来は? 本来は?って、何?!
貴族達は、豊穣とは言い切れぬ収穫を問われる。
泣きながら謝る姿は罪人以外の何物にも見えない。
「この国の土地がやせているのは、元々よ……」
ボソリと私が呟けば、
「いいえ……彼等の責任ですよ」
そう笑う殿下の瞳は、姿こそディック様に似ているが、陛下のお子なのだと告げていた。
「貴方が、リーリヤが怯える事はありません。 彼等はそれだけの罪を犯したのですから」
でも!! 声にならなかったけれど、私は殿下へと視線を向け訴える。
「おいで……」
私に向けられる陛下の声は不思議にも甘く優しい。 陛下が私に手を差し出し呼べば、殿下は私の手をとり歩き出す。
「さぁ、行きましょう。 貴方の好きな観劇の始まりですよ」
それは違う……等と言えるはずがない。
一歩、一歩と足を進める。
息苦しく緊張した景色は、処刑台に上るような気分にさせられた。
私はスカートを摘まみ、膝を落として礼をする。
「いい子だ」
そう告げる陛下の目元は優しく微笑み。 王妃もまた同じように微笑んでいた。 怯える私を見て……。
「国に多くの利益を与えた良い子には褒美を与えないといけない。 リーリヤ・オークランス公爵令嬢は私の息子ヴァルナの婚約者として王家に迎える。 そして、悪い子には罰を与えなければならない……さぁ、悪い子達よ、踊れ」
ただ、それだけだった……。
狂気が眼前に広がっていた。
狂ったように、呪われたように踊る彼等の足元は小さな鉄製の靴だった。
利益をもたらした者には褒美を。
損害をもたらした者には罰を。
狂っている……。
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