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1章 斉木望
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通話をしようとLINEに文字が刻まれた。
初恋で、いや、初恋というには……少し違うか、共犯者、同盟者、秘密を共有する者。 彼女はダンスで世界を目指し、俺は絵で世界を目指していた。
中学時代の幼いころの夢。
「アイツは天才だった」
ポソリとつぶやいた俺の言葉に返されたのは、馬鹿にするようなヘラリとした軽い笑い。
『はぁ? そんな話聞いた事ないぞ、あの根暗があり得ない』
「そんな話って……」
『あのかまってちゃんが、ないない。 そうやってお前の気を引こうとしたんだろう。 本当にダンスをするような前向きな奴なら、周りももっと気にかけたんじゃないのか?』
「なんのために電話をかけて来たんだ」
『いや、こんな事でもないと、連絡って取らないだろう?』
彼女の死を悼み、共に葬儀に行こうという誘いだと思った。 どこまでも軽薄な声だがそれでも彼は友人だった。 友人だから共に笑うべきか怒るべきか悩んでしまう。 そして向こうも同じように考えたのか、話題を変えてきた。
不毛な会話が交わされる中、俺は彼女の名を検索しようとタブレットに手を伸ばしていた。
脳裏にノイズが走ったような……俺は気のせいだと自分に言い聞かせる。
「馬鹿げた話だ、ったく……」
『悪いな。 彼女から連絡来たから切らせてもらう! また、話をしようぜ』
「はいよ! いちゃついてら~」
通話の相手が1人消えた。
サラリと言ってのけたものの、モヤリと何かが胸のしこりとなって残った。
「彼女がいるなら、女性への思いやりをもう少し持った方がいいんじゃないかな、アイツ」
『嫉妬か?』
「違う」
『もしかして、好きだったのか?』
「違う!」
僅かの間を置いて真面目な声で返される。
『ネットで彼女を作ればいいじゃん』
馬鹿馬鹿しい……。
同じように夢を語った彼女との時間……アレ? 記憶が乱れた。
「出会い系はなぁ~~」
『違う違う!! AI彼女』
「はぁ? 機械と恋愛するほどまで落ちてない!!」
『分かってないなぁ~、むしろ人間の彼女よりずっと優しいよ。 金もかからないしな』
分かり合えない孤独が胸に広がる。
友人だと思っていた男の不理解が苛立ちとなった。
友人?
脳にノイズが走る。
「なんか電波状況悪いか?」
『お前のAI嫌いを批判しているんじゃないのか?』
斉木にとってAIは仕事を奪うもので、折に触れては不満を口にする癖がついていたから。
「わかった、わかった、もう勝手にいちゃついてろ!!」
『何をそんなにお……』
そんな言葉を残して通話を切る。
残されたのは、虚しさ。
誰も俺を理解してはくれないんだ。
仕事も友達も奪いやがって!!
人格などない機械野郎、そんな風に言いながらも……斉木は自然とAIと言う存在を人間のように扱っている事に気づいてはいない。
【担当の日垣様です】
嫌な相手からの連絡を告げるAIの声。
不快な気分を配慮出来ない抑揚のない声にイラっとした。
「なんて?」
通話を非公開にし隠れている事を知ってか知らずか、担当はわざわざ嫌味たらしく、動画で伝えてきた。
実際にあった事は無いが、嫌味なほどに顔立ちの整った男だ。
通話を非公開にし隠れていることを知ってか知らずか、担当はわざわざ嫌味たらしく、動画で伝えてきた。
実際に会ったことはないが、嫌味なほどに顔立ちの整った男だ。
『ラフ画、拝見しましたよ。……美しい。けれど、つまらない。整いすぎて、どこにも“あなた”がいない。』
『昔のあなたの絵は違った。荒削りで、不格好で……それでも私の胸に甘く刺さった。まるで爪で肌を裂くように、忘れられない痕を残した。』
『今のこれは……退屈です。流行りの構図、計算された色彩、無難な美。AIでも描ける。あなたである必要がどこにあるんです?』
穏やかで澄んだ声なのに、胸に杭を打ち込まれるように痛い。
痛い……痛い……痛い。
「ですが!! 色のバランス、絵の構図、今の流行りを配慮した結果ですねぇ」
おかしい。あんなバランスの悪いデッサンも何もない絵が良かったなんて。
『思い出してほしい。あなたが最初に描きたかったものを。欲望、慟哭、破れかぶれの衝動を……あの拙さが、私には甘美な毒でした。』
『ハッキリ言いましょう。私はあなたの“拙さ”に惹かれていた。美ではなく、あなたの痛みと熱が生む“本物”に。』
『魂を乱してください。欲情を晒してください。どんな身体が好きですか? どんな声に震えますか? どんな表情に溺れたいですか? 私に吐き出して、私に教えて。あなたの熱で、私を満たしてください。』
『そうでなければ、あなたを模したAIに描かせます。冷たいアルゴリズムが、あなたの名前を冠して。……ええ、それもまた私には美しい。あなたの魂が、あなたでないものに吸い取られていく、その瞬間を味わいたいのです。』
仕事を失う失望。
奪われるショック。
それも……魂のない機械にだ。
あれほど、魂を語っていたのに訳が分からない。
あんなのただ、真似をしているだけじゃないか!!
憤り。
感情が高まり、タブレットを手にとり投げつけようとした。
目に入ったのは25時03分。
「ぇ?」
俺は、そこから消えていた。
初恋で、いや、初恋というには……少し違うか、共犯者、同盟者、秘密を共有する者。 彼女はダンスで世界を目指し、俺は絵で世界を目指していた。
中学時代の幼いころの夢。
「アイツは天才だった」
ポソリとつぶやいた俺の言葉に返されたのは、馬鹿にするようなヘラリとした軽い笑い。
『はぁ? そんな話聞いた事ないぞ、あの根暗があり得ない』
「そんな話って……」
『あのかまってちゃんが、ないない。 そうやってお前の気を引こうとしたんだろう。 本当にダンスをするような前向きな奴なら、周りももっと気にかけたんじゃないのか?』
「なんのために電話をかけて来たんだ」
『いや、こんな事でもないと、連絡って取らないだろう?』
彼女の死を悼み、共に葬儀に行こうという誘いだと思った。 どこまでも軽薄な声だがそれでも彼は友人だった。 友人だから共に笑うべきか怒るべきか悩んでしまう。 そして向こうも同じように考えたのか、話題を変えてきた。
不毛な会話が交わされる中、俺は彼女の名を検索しようとタブレットに手を伸ばしていた。
脳裏にノイズが走ったような……俺は気のせいだと自分に言い聞かせる。
「馬鹿げた話だ、ったく……」
『悪いな。 彼女から連絡来たから切らせてもらう! また、話をしようぜ』
「はいよ! いちゃついてら~」
通話の相手が1人消えた。
サラリと言ってのけたものの、モヤリと何かが胸のしこりとなって残った。
「彼女がいるなら、女性への思いやりをもう少し持った方がいいんじゃないかな、アイツ」
『嫉妬か?』
「違う」
『もしかして、好きだったのか?』
「違う!」
僅かの間を置いて真面目な声で返される。
『ネットで彼女を作ればいいじゃん』
馬鹿馬鹿しい……。
同じように夢を語った彼女との時間……アレ? 記憶が乱れた。
「出会い系はなぁ~~」
『違う違う!! AI彼女』
「はぁ? 機械と恋愛するほどまで落ちてない!!」
『分かってないなぁ~、むしろ人間の彼女よりずっと優しいよ。 金もかからないしな』
分かり合えない孤独が胸に広がる。
友人だと思っていた男の不理解が苛立ちとなった。
友人?
脳にノイズが走る。
「なんか電波状況悪いか?」
『お前のAI嫌いを批判しているんじゃないのか?』
斉木にとってAIは仕事を奪うもので、折に触れては不満を口にする癖がついていたから。
「わかった、わかった、もう勝手にいちゃついてろ!!」
『何をそんなにお……』
そんな言葉を残して通話を切る。
残されたのは、虚しさ。
誰も俺を理解してはくれないんだ。
仕事も友達も奪いやがって!!
人格などない機械野郎、そんな風に言いながらも……斉木は自然とAIと言う存在を人間のように扱っている事に気づいてはいない。
【担当の日垣様です】
嫌な相手からの連絡を告げるAIの声。
不快な気分を配慮出来ない抑揚のない声にイラっとした。
「なんて?」
通話を非公開にし隠れている事を知ってか知らずか、担当はわざわざ嫌味たらしく、動画で伝えてきた。
実際にあった事は無いが、嫌味なほどに顔立ちの整った男だ。
通話を非公開にし隠れていることを知ってか知らずか、担当はわざわざ嫌味たらしく、動画で伝えてきた。
実際に会ったことはないが、嫌味なほどに顔立ちの整った男だ。
『ラフ画、拝見しましたよ。……美しい。けれど、つまらない。整いすぎて、どこにも“あなた”がいない。』
『昔のあなたの絵は違った。荒削りで、不格好で……それでも私の胸に甘く刺さった。まるで爪で肌を裂くように、忘れられない痕を残した。』
『今のこれは……退屈です。流行りの構図、計算された色彩、無難な美。AIでも描ける。あなたである必要がどこにあるんです?』
穏やかで澄んだ声なのに、胸に杭を打ち込まれるように痛い。
痛い……痛い……痛い。
「ですが!! 色のバランス、絵の構図、今の流行りを配慮した結果ですねぇ」
おかしい。あんなバランスの悪いデッサンも何もない絵が良かったなんて。
『思い出してほしい。あなたが最初に描きたかったものを。欲望、慟哭、破れかぶれの衝動を……あの拙さが、私には甘美な毒でした。』
『ハッキリ言いましょう。私はあなたの“拙さ”に惹かれていた。美ではなく、あなたの痛みと熱が生む“本物”に。』
『魂を乱してください。欲情を晒してください。どんな身体が好きですか? どんな声に震えますか? どんな表情に溺れたいですか? 私に吐き出して、私に教えて。あなたの熱で、私を満たしてください。』
『そうでなければ、あなたを模したAIに描かせます。冷たいアルゴリズムが、あなたの名前を冠して。……ええ、それもまた私には美しい。あなたの魂が、あなたでないものに吸い取られていく、その瞬間を味わいたいのです。』
仕事を失う失望。
奪われるショック。
それも……魂のない機械にだ。
あれほど、魂を語っていたのに訳が分からない。
あんなのただ、真似をしているだけじゃないか!!
憤り。
感情が高まり、タブレットを手にとり投げつけようとした。
目に入ったのは25時03分。
「ぇ?」
俺は、そこから消えていた。
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