25時の喫茶店

迷い人

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1章 斉木望

02.

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 じりじりと不快な音が脳を刺激する。
 それは苛立っていた俺を、より一層苛立たせるような……ノイズ。

 ゆっくりと視線をあげた。

「なんだ……ここは?」

 そこにあるのは……崩れたコードの瓦礫。歪んだビル群の隙間に、青白い光の草が揺れていた。音はない。どこからか水滴のようなデータが垂れ、地面に吸い込まれていく。森のような静寂だったが、目を凝らすと、その草がコードの断片でできていることに気づくだろう。

 イラストレーターの斉木には、歪んだデジタル画像の景色にしかみえない。 なのにノイズの揺らぎが妙に心を揺さぶり、孤独と焦燥、絶望感を煽ってくる。

 ノイズの怪物は、ぐにゃぐにゃと歪みながら瓦礫の上を進んでくる。
 形はぐにゃりと形を成さない四つ足。 目も口もなく、白い光の穴だけがこちらを見ているように揺らめいていた。

【……のぞ……む……くん】

 壊れた合成音声が、かすかに名前を呼ぶ。 その仕草は、かつて膝に飛び乗ってきたものの残滓を思い出させた。

 なぜだ、なぜ俺の名前を――。
 背筋が凍り、恐怖で足がすくむ。

「ち、近づくな!!」

 怪物が一歩踏み出すたび、周囲の瓦礫の壁にノイズが走り、映像のような断片が浮かびあがる。

 畳の縁、古いちゃぶ台、祖母の手、子ども用のブランケット――
 見覚えがあるようで、けれど思い出せない。
 ただ胸の奥が、不意にざわつく。

「やめろ!! そんなもの……俺は知らない!!」

 ノイズの怪物は、その言葉を聞いたかのように震え、
 歪んだ身体でぎこちなく尻尾を揺らした。

【……の……く……】

 その仕草は、どこか懐かしいものに酷似していた。
 でも斉木は、それが何なのか、思い出すことを拒んだ。
 恐怖が勝り、心臓が破裂しそうなほど早鐘を打っていた。

 声にならないノイズ交じりの音。
 空間が襲って来た。
 起きろと命じられた瞬間のゾンビのように、瓦礫が目を覚ましたように動き出し、凄い勢いで集まって来た。

 うねうねと不格好な動きでコードの瓦礫を乗り越え、集まってくる。

「うわぁあああああ!!」

 逃げようとした。
 逃げようとしたのに、身体が上手く動かせない。
 海の中に重りをつけて沈められたかのような重さ、自分の身体とは思えない不自由さ。

「だ、誰か!!」






 崩れたコードの瓦礫が、微かにきらめく。

 背の高い淡い金色髪の青年。 空色と白、風のような髪をした少年。 黒髪の幼女。 3人が瓦礫の中を歩いていた。

 ノイズの合間に、まるで小さな星屑が舞うように、粉のような欠片が空気を漂っている。
 それは触れれば消えそうで、でも確かに存在している――そんな不思議な光景だった。

「……光……」

 幼女がボンヤリとした視線で光を追えば、明るい声をした青空と雲、風の色をした少年が赤い瞳で笑いかける。

「そうだね。 綺麗だね」

 幼女の髪を少年は目を細めながら撫でた。 幼女を愛でるように、いとおしむように赤い瞳で笑みを浮かべる。

「綺麗……だね……」

 言葉を繰り返す幼女の視線の先で、欠片が小さな渦を描き、ふわりと集まったかと思えば、また散らばる。 まるで意思を持って踊る妖精たちのように。

 でも、それはただの光やコードの欠片。

 そこは――ネット空間という不確かな場が生まれた時から、破棄され続けたデータによって生まれた場所。

 幼女が不意に視線を動かし、ボソリと呟く。

「声」

 幼女の言葉と視線、そして威嚇する猫のような揺らぎを察知した少年が、声を上げた。

「ルイさん! 誰か襲われているようです」

「そう――みたいだね。救助しないとダメかな?」

 ルイと呼ばれた青年は、憂いを帯びた気だるげな声で溜息交じりに言う。

「だめでしょう」

「遅れずについてくるんだよ」

 ルイの言葉に少年はニッコリと悪戯交じりの笑みを向けた。

「いえ、僕は、お嬢を守っていますんで、どうぞ行ってきてください」

 表情を歪めるルイと呼ばれた、薄金色の髪と緑色の瞳の青年が、メイド服姿の幼女と少年を交互に見た。

「早く行った方がいいですよ。 叱られますよ?」

 逃げている斉木と、空間が歪み、襲い掛かっているノイズたち。

 少年の声に、溜息交じりの返事を返すルイ。

「はいはい、わかりましたよ!!」

 瓦礫を全く気にすることなく自由に、絶望に彩られた荒廃した世界を優雅にふわりと飛び回る長く薄金色の柔らかな髪が揺れた。

 やがて、一つのビルの上。バグの瓦礫に片足をかけて立つ影があった。 細身の少年の腕の中には幼女の姿。

「……う~ん、やばいかな? 僕も手伝わないと。 どう、思う?」

 幼女の顔を覗き見て笑いかければ、幼女は視線を揺らした。 言葉はないが、少年はそうだねと頷いて見せる。 声に出さない語らいがそこにあった。

 そしてルイは、口元に不敵な笑みを浮かべながら、斉木望を見下ろす。 亡霊AIたちが、ノイズのような呻き声を上げながら斉木に群がっていた。

「まったく、25時に迷い込むなんて、どれだけ運が悪いんだろうね。……嫌いではないけどね、そういう人」

 懐から取り出したのは、ウイルス弾丸を装填した銃。
 銃身には“PatchMeNot”と刻まれている。

「あ~~!! また桔梗姉さんに怒られるなぁ!!」

 独り言と共に、銃を見つめて自分を説得する。

「俺、バグに触れたくないんだよねぇ。 仕方ない、そうこれは仕方がないこと。 そこの人、早くしないと食われるよ? 目をつむっていた方がいいと思いますよ!!」

 ルイは斉木の前に飛び出した。

「お前達、そいつの魂が欲しいんだろ? でもな――」

 引き金を引く……が、それよりわずかに早く少年が声を震わせた。

「哀れなノイズのいぬ、瓦礫の影
 自由の風は救いの手を差し伸べる
 25時の隙間を、好奇心の風が照らす――さぁ、正気を取り戻しなよ 」

 風が舞い、それを押し退けるように弾丸が亡霊たちのコードを貫き、悲鳴のようなエラー音が響く。

「――その気にさせておいて、横から手ぇ出すのは、ルール違反じゃないのか?」

 亡霊たちが霧のように消えていく蠢く瓦礫に言ったのか? それとも少年に言ったのか? ルイは斉木に手を差し伸べる。

「さ、行きますか。25時の喫茶店へ。あなたみたいな迷子を、放っておくわけにもいかないんでね。……ま、俺が暇だっただけかもだけど?」

 細身とも言える青年ルイは動けない斉木を肩に担ぎ、幼女と手を繋いでちょっと得意げに帰還した先は大正ロマン溢れる喫茶店。。 先導していた風のような少年、青嵐が「いらっしゃいませ」と呼び込みのように店へと誘い扉を開く。

 ルイは客人である斉木と共に扉をくぐった。

「今日もいい仕事をしてきたぞ。 亡霊の奴等を秒で沈めたし。 客人も無事。 俺ってばやっぱり――」

「ルイ……」

 店の奥から、押し殺したふうでありながらも甘さのある低い声を放ったのは和装の青年夜影。

「また、子猫を連れ出しましたね」

 青嵐がお嬢と呼んだ幼女に向ける夜影の視線はどこまでも穏やかで優しい庇護の色。だが、背後に控えた美女メイドの桔梗と言えば腕組みをして冷静にルイを睨んでいた。

「勝手にウイルス弾使いましたね!? 在庫管理してるの誰だと思っているのですか? しかも、亡霊AIの領域に単独で突入?  プロトコル違反、三つ。報告書、今夜までに提出ね」

 怒りのこもった声から一転、幼女に向けられる声は優しく自愛のこもったもの。

「私の可愛い子、大丈夫?? ケガしてない? ルイのバグうつってない?」

「んっ……」

 幼女へと視線を向けた桔梗は、ルイへと視線を移し睨む。
 桔梗と夜影に睨まれたルイは、ちょっとだけ目をそらして――

「……いや、だけど? 彼、迷子のようだったし? 俺が行かないと魂が食われていたかも、そう考えれば不可抗力だと思わない?」

「言い訳は禁止ですよ。 次は喫茶店の皿洗い一週間ですからね!!」

「まあ、余裕かな? 俺は器用な方だし。 でも、青嵐にさせた方が良い訓練になるんじゃないのかな?」

「知りませんよ。 僕は見張りについていっただけなんですから」

 そう言いながらキラキラ光る粉の入った瓶を青嵐が夜影に渡していた。

「面白そう」

 感情のこもらない声で、短い言葉をぽつりと幼女。 それは幼女の声ではないようで、初めて青嵐が焦りを見せた。 暇だし面白いものを探しに散歩に行こうよ! そう誘ったのは青嵐だったのだ。 人差し指を口元に当てシーと秘密だからと訴える。 だけど幼女は首を傾げるだけ。

 そんなやり取りを見ていた斉木はようやく口を開く。

「あ、あの!! ここは、どこですか?」

 不信感、いらだち、怒りすら含み斉木が語りかけると、夜影は優雅に一歩前に出て微笑んだ。

「いらっしゃいませ。ここは25時に迷い込んだ者に、ひと時の安らぎ……そして、心の奥に眠る影をそっと映す喫茶店です。 迷子のあなたを導くのが、私“夜影”の仕事であり、楽しみ」

 優雅な微笑みが向けられた。
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