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1章

07.コンプレックス

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 感情豊かなハスキーな声は、身内だけが知る特別。

 私は、その音に耳を傾け、綺麗な顔を形作る頬、そして濡れた唇をなぞるように手を伸ばす。 伸ばした手は取られて、皇子は指に、手のひらに、手首に口づけ舐め強く吸い付き赤い跡を残し、鋼色の視線で射ってくる。

「答えろよ」

 皇子は私の太もも部分を跨ぐように膝で立ち、上体を起こし、取ったままの私の手を、唾液を絡め赤い舌で舐め見せつける。 それが、いやらしくも美しく、見惚れてしまいそうになり、逃げるように視線を伏せる。

「経験?」

「あぁ」

「申し訳ありませんが……」

 言葉の途中、ガリっと歯が当てられ、鈍い痛みが指先を走った。 驚き皇子を見れば、日頃にこやかな面をつけている皇子の表情に、怒りが現れている。 なぜ、怒っているのか想像はつかないが、鈍い痛みを感じつつも私は皇子が無暗に暴力を振るう人ではないと信じており、静かに言葉を続ける。

「皇子をリードできるような、経験は残念ながらありません」

 そう告げれば、皇子は一瞬驚いたように目を見開き、息をつき、

「ぁ、うん……その、悪かった、ごめん……」

 子供のように、どこか拗ねたような声が可愛いのだが、歯跡もついていない指を謝罪のように、機嫌を取るように舐める姿は、妙に艶めかしくて……可愛くなくて、恥ずかしくて手を引けばあっけなく放して貰えた。

「なら、なんで、いや、いい……俺が、リードするから」

 ヘラリとした照れ笑いが向けられる。

「えっと、するの?」

 そう問いかける私の声が、予想外に震えていて驚いた。

「する。 そう決めて出てきた」

「もしかして、酔ったふり?」

「それは普通に寝てた。 最近、寝不足だから」

 何時もと変わらないように会話が続けながら、皇子の手は私のガウンの紐をほどいていた。 布地がはだけ、ずり落ちる感触に気づいて、慌てて胎児のように身体を丸めて隠す。

 貧相な身体を見せたくなかった。

 幼い頃の欠食状態で、食が細く、食べられない……。 時折起こる貧血、健康診断の時に注意を受けていたけれど……食べられないのだから仕方がない。

 でも、皇子は身体を丸める私を許してはくれず。 両手を掴まれ、正面を向かせられ。 薄い肉付きの胸元が露わにされ、その胸元に皇子の身体が重ねられ、両足を固定するように皇子が自分の足を使い抑え込んでくる。

「あのな、明日から、飯を一緒に食おう。 お茶も、なんか上手いもの準備させる。 もう少し肉をつけろ」

 痛いところに触れられて悲しくて、腹立たしくて、でも……もっと、触って気持ちいい子を触ればいい。 とは、言えなかった。 私に向ける瞳が優しかったから。

「触れると壊れそうで怖いし……、その、肉は、苦手なのか?」

 今更の問いかけだが、皇子と元子爵令嬢では、食事を一緒にすることはない。 さっきの食事で魚料理を選んだことを言っているのだろう。

「脂の少ないのなら、平気です」

「わかった」

 そう言って、幼く綺麗に笑うから、明日は無いのだと伝えられなかった。
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