【R18】醜女と蔑んでいた私に『愛している、妻になって欲しい』と第二王子が婚約を求めてきました お断りします。

迷い人

文字の大きさ
10 / 19

10.まるで裏と表のように

しおりを挟む
 マーティンは……頭まで上掛けをかぶりながらも、眠れない様子に苛立っていた。

 身体が欲情の煽りで熱くほてっていた。

 学友であり付き人でもあるドラッガ公爵家の4男エリックが、何時もとは様子の違うマーティンを案じる。

「薬でもお持ちしましょうか?」

 意味もなく声が不快に思えて苛立ったが、ずきずきと鈍い痛みが続くのを考えれば、深く息を吐きながらマーティンは乾いた声で答える。

「頼む」

 薬を飲めば少し眠る事ができ、身体のほてりも落ち着いていた。 そしてようやくマーティンは、とんでもない姿で貴族達に発見された事実を思い出す。

 ずんっと深く暗い穴に堕とされたような感覚。
 その感情を言葉にするのは難しい。

「どう……しよう……」

 恥じらいよりも、噂が怖かった。

 もともとヴァナル国の王族は奇行が多いと貴族達から怪訝な視線を向けられる風潮がある。 そんな中マーティンは唯一自分だけがまともだと自負していた。 母に育てられた事で、王族特有の傲慢さを持たず、誰もが親しみをもって語り合う事が出来ると……。

 あの父親、兄と同じように……まともではない、そう思われるのかとそれこそ、どうしようもない思いに見悶えた。

 そして次に思ったのは、母が知ればどれほどの絶望を与え……罵倒が飛んで来るだろうか? と、

 ノックが鳴る。

「王妃殿下がお越しです」

 その言葉を聞いて初めて、シルフィの事を思い出した。 自分達の間に何があって、どう終わりを迎えた? 思い出せずに動揺し……マーティンにとっては甘い一夜が穢れるかのような焦りと不安に取りつかれながら、母を拒否しようとする。

「体調が悪いと……」

 そう伝えて欲しいと言う頃には、既に王妃はマーティンの部屋の前まで来ていた。

 王妃はソファに座り、お茶は良いから席を外せと告げた。

「お座りなさい」

 自分の部屋であるにもかかわらず、王妃に指示され始めてマーティンはソファに腰を下ろした。

 沈黙は長くは続かず、王妃マルグリットは問う。

「巫女宮の現状を知っておるのか?」

「現状……ですか?」

 頓狂な顔で答えれば、落胆の混ざった溜息が付かれた。

「巫女宮には、今は誰もおらぬ……。 マーティン、昨日は目的を遂げる事ができたのかえ?」

 言われるまで、全く気にかける事の無かった。

「えぇ、随分と苦労をさせられましたが……」

 途切れた記憶の最後に考えてたことは覚えている。 目の前の雌を貫き、我が物としてしまおうと……王族として足りないと言われた私が……精霊の巫女を手にしていた。 奴隷として所有していた。 そしてその身体を甘い蜜を手に入れた。

 そうだ、僕は彼女を手にいれたんだ。

 記憶はないが、抑えきれない衝動、欲望は覚えている。 あの状態から何もせずに終わる等考えられない。 ならば……ものにしているに決まっている。

「なぜ……母上は僕に彼女の正体を教えてはくださらなかったのですか? 知っていればきっともっと上手くやれていたでしょう。 同じ時を過ごしていれば、もっと簡単に彼女は僕を受け入れてくれたはずです」

「だから、薬を下肢したじゃろう。 食事に、湯に、口にするもの全てに媚薬を仕込んでおいた。 万が一にもあの小僧にバレては台無しゆえ、効果が出るまで少々手がかかるのが欠点じゃが、快楽に堕ちればそなたしかもう見えぬようになり、確実に子を孕む。 そうなれば巫女はソナタのものじゃ。 巫女宮から人が消え、どうしたかと思ったが……、巫女の堕落に腹を立てた子犬が癇癪を起したと思えば、納得も行くと言うもの。 とは言え……はよぉアノ者を取り戻さない事には、業務が滞ってしまう……。 そなたも日頃築いた人脈を使い、アノ者の居場所を探すのじゃ」

 王妃マルグリットは満足そうに高笑いした。

 反面……人脈を使いと言われたマーティンの心は乱れた。 あんな時間でありながら、大勢の人間に全裸で欲情し倒れている姿を見られたのだ……。 どのような噂が広げられているか……。

「母上、すぐにでも情報を集めようかと思いますので、お戻りください」

「へっ?!」

 マルグリットは頓狂な顔をした。

 今から、あの素っ気ない国王への不満を吐き出すつもりだったのだ。 母を後回しにして精霊の巫女を探そうとする様に不満を……不安を覚えた。

「幼き頃から、我が宮で面倒を見て来たのじゃ。 自由であるなら戻って来るに違いあるまい。 今、戻ってないと言う事は、きっと……そなたに惚れ切った娘に腹を立てた子犬に監禁され獣の性を向けられ、嘆いているに違いあるまい。 痛い目に合えば、戻ってきたいと言う思いもつようなるはずじゃて、そなたはどっしりと構えて置けば良い。 丁度、奴は発情期を迎えたと言う話じゃ……無垢で無知な娘に嫌悪感を植え付けるには丁度良かろうて」

「ならば……余計に助け出さなければなりません」

 てきぱきと着替え、マーティンは部屋を後にした。

 母がこれから数時間に渡り語るだろう愚痴から逃げたいと言うのもあったが……。 自分の痴態を見た者達の口を塞ぎ、そして……僕の……たった一人の相手を取り戻さなければ……。

 そう強く疑う事無く思っていた。








 まだ早朝にも近い時間。

 カーマインひきいる陽紅騎士団は深夜まで働いていたにも拘らず、日も上がらぬうちからたたき起こされ訓練が行われていた。

 騎士団員はソレを八つ当たりと心で名をつける。

 訓練場では、屍累々とばかりに人が転がり、それを見捨てる事ができず今はシエルがカーマインの相手をしていた。

 訓練場にやってきたのは、シルフィとポーラ、他にも十名近い侍女や警護のために訓練を逃れた騎士が一緒で、ピクピクと痙攣する仲間を見た騎士は顔をヒクヒクと引きつらせ逃げるための言葉を考え出す始末。

「おやおや……宰相等と気取った地位の見習いに等つくものだと思っておりましたが、まだ頑張れるようですねぇ~。 巫女様、殿下の無茶に付き合わされた可哀そうな騎士様達を労わりたいのですが、ご協力いただけるでしょうか?」

「えぇ、構いませんけど? 私は何をすればいいのかしら?」

「小さな方々に言って、彼等をここまで運んできて貰えませんか? 小さな方々のお礼の品も用意してありますので」

 お茶目な様子で言いながらポーラはウインクをして見せる。

 小さな方と言うと小精霊なのだろうと予測は出来た。 けど、調査と言う名目でお願いごとをしたことはあるけれど、物理的に何かを求め、お願いした事は無くて……躊躇った様子でポーラへと視線を向ける。

「私に、出来るかしら?」

「えぇ、出来ますとも。 このポーラがついておりますからね」

 ドンッと胸を叩いて見せ、シルフィに籠を1つ押し付けるように渡す。

「これは?」

「巫女様の魔力に似た華の蜜を使い作った焼き菓子です。 彼等はソレが大好きなんですよ。 私のようなおばちゃんのお願いすら聞いてくれるほどにねぇ~」

 そう言って笑った。

 なら……私には出来て当然……なのかなと、目に見える小精霊にお願いをすれば、アッと言う間に倒れている騎士達を集め終える事ができた。



 そして戦闘訓練最中のカーマインとシエルと言えば。

「ぁ、巫女様」

「そんな手にのるか!!」

「いえ、本当ですって!!」

 激しい打ち込みを回避し流し、大きめに背後へと飛び退り僅かな時間を作って手を振って来る。 から、シルフィは反射的に手を振り返した。

 その瞬間カーマインは動きを止め……そして、シエルから強烈な一撃を食らい、訓練は終わりとなった。



 準備した軽食を騎士達に振る舞われる中。

 少し離れた場所で、シルフィとカーマインは食事をとる事になったのは、シエルの企み。

『あんなにキツイ訓練の後では、一緒に食事をとると言われても食事が喉を通りません。 少し離れておいてください』

 言われた瞬間は腹を立てたカーマインだったが、ニヤリと笑いながら次の言葉が続けば、おぅ、そう短く返すだけだった。

『シルフィ様、カーマイン様一人で食事をするのはお寂しいそうなので、ご一緒していただけますか?』





 そして2人は少し離れた場所で軽食を広げた。

「頭、大丈夫?」

 シルフィはカーマイン相手には言葉を崩す。 友人なら形式ばった言葉を使わないのが普通だと通したのだ。

「大丈夫だ。 木で出来た剣だからな」

「木?」

 カーマインの横に置かれている剣を手に取った。 見た目に比べて随分と軽いけれど、それでも同じ大きさの薪と比べたら随分と思い気がする。 ソレを伝えればカーマインは顔をしかめた。

「なぜ、薪の重さなんか知っている?」

 そう言って、訓練用の剣を取り上げついでに、その手をとってマジマジと眺めれば、今まで触れた事の無かったその手は、薪を運び、ペンを長く走らせるために、想像していたよりもずっと硬い皮膚をしていた。

 両手で両手が包み込まれ、シルフィは焦った。

「な、何?」

「苦労をしてきた手だな」

「生きるために当たり前のことだわ」

 さわさわと手のひらが触れられ、くすぐったさにシルフィは笑い手を引こうとした。 だけど、ソレは指を絡める事で止められ……チュッと軽く口づけされる。

 硬くなった手の皮は、薪運びや草刈り、長時間ペンを持つ事で痛みを感じる事はなくなったけど、とてもくすぐったくて……。

「ご、ご飯を食べないのですか?」

「そう、だな……」

 焦るシルフィと、シュンっと落ち込みながらも笑って見せるカーマインは、軽食を広げ食べ始めた……。



 蛇の生殺し……。

 そう考えながらも……それでも、一気に距離が縮まった今を喜び、初めて会った日の事を思い出すのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目の人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

【完結】好きでもない私とは婚約解消してください

里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。 そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。 婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー
恋愛
五年間、幸は彼を信じ、支え続けてきた。 「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」 そう、圭吾は約束した。 けれど――すべてが順調に進んでいるはずの今、幸が目にしたのは、圭吾の婚約の報せ。 問い詰めた幸に、圭吾は冷たく言い放つ。 「結婚相手は、それなりの家柄じゃないと祖父が納得しない。だから幸とは結婚できない。でも……愛人としてなら、そばに置いてやってもいい」 その瞬間、幸の中で、なにかがプチッと切れた。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

処理中です...