【R18】醜女と蔑んでいた私に『愛している、妻になって欲しい』と第二王子が婚約を求めてきました お断りします。

迷い人

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16.嵐の来訪

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 非日常で熱が出るなら、コレはどうなのでしょう?

 シルフィは、心地よい風が吹く庭で、温かな体温とふわふわの毛並みを持つ大きな狼を背もたれに空を眺め、お茶を飲んでいた。 ふわふわと舞う小精霊は、私の心を映しだすように幸福そうにふわふわと穏やかに踊る。

 私の中に闇は無い。
 何時だって味方がいた。

「カーマイン様は、私の味方?」

「当たり前だ」

 眠そうにだけど甘く返される声に、背中に身を預けるようにカーマインの背を抱きしめた。

「シルフィ」

 甘い呼びかけに、私は抱きしめる手に力を入れた。 ただその呼びかけ一言で、甘い幸福が胸を満たす。

「仕事、ありがとうな」

「いえ、マーティン様のお仕事を手伝っている時よりも、全然余裕ですよ」

「シルフィは強いな。 仕事を終えたら何をしようか?」

「仕事は毎日コツコツとですよ。 そうして余った時間に他の事をするんです」

 言えばペタンと耳と尻尾が下がり私は笑ってしまう。

「でも、そうですね……資料を見ていて行ってみたい土地がありました。 マーティン様の手伝いをしていた時は、王妃様と一緒に視察に行っていたのですが、カーマイン様はそう言うのは?」

「そうだな……。 そう言うのには行った事が無いんだが、色々と教えてくれるか?」

「私で良ければ」

 必死だった。

 彼に対する好意を自覚すれば、対等になれるようにと……。 私は庶民と変わらない程度の貴族で、王族の方とこうやって時間を過ごすような立場にない。

 金色の瞳が熱く……見つめて来る。
 その熱に私は不安を覚えた。

 ソレに気付いたカーマイン様は、獣らしく頬を大きな舌でペロンと舐めた。

「さぁ、部屋に戻ろう、本当に風邪をひいてしまったら……ポーラに叱られる」

 強そうな牙を持つ狼が、はふぅと溜息をつけば、ちょっとだけ情けなくてそんな様子も可愛く見える私が居た。



 やっぱり恋なんだと思う。



 仕事と言う日常で熱が下がる。

 そんな事実が切ないと嘆きながらポーラは、カーマインと共に仕事にでかけるシルフィを認めてくれた。 仕事を手伝うようになって3日。 山積みの仕事は処理を終え、その日の仕事をすればいいだけまでになり、カーマインはソワソワとし始めていた。

「良いですよ、騎士団の方に顔を出して来ても」

「いや……いい。 朝、ちゃんと訓練してきている」

 それでも表情はソワソワで、見えない尻尾がパタパタ揺れているような気がした。

「良いんですよ。 これぐらい私一人で余裕ですし」

「俺の仕事なんだからそう言う訳には……」

「明日から、ちゃんと仕事をしてくれれば。 3日の間ずっと席について頑張っていたんですから」

 言えば、そうか? と、ソワソワとした様子で窓から飛び出していこうとするのを止めて、ドアを開き護衛の騎士に自分とシエルとポーラ以外を通すなと念入りに言って訓練場へと向かって行った。





 ペンが最後の文字を書く。

 マーティンの時と違い一人で仕事をしている訳ではないと言うのは、大きな差となっていた。 カーマインも苦手は苦手なりに、必死に書類を進めてくれていたし、常に自分を気にかけてくれる相手がいると言うのは幸福だった。

「お茶でも飲みましょう」

 何時カーマインが戻るだろうか? ポーラが持たせてくれた菓子を覗き見れば、戻って来るまで待とうかな? そんな気持ちになった。

 ささやかな幸福の中に身を置く。

 ソファに腰を下ろし、脱いでおいて行ったカーマインの上着を抱きしめ、頭から毛布をかぶるように上着をかぶり、身を包めば、大きな狼に寄り添った時のような穏やかな気持ちで眠くなりウトウトし始めた。





 カツカツと言う音が遠くから近寄って来る。

「そこを通しなさい」

 ドアの前で立ち塞がる騎士が拒絶した。

「どきなさいと言っているのよ!! この私が!!」

 怒号とも言える声に、ビクッと目を覚ました。

「ここは誰も通すなと言われています!!」

「本当に? 本当に彼がそう言ったの? それでいいの? 後悔するのは貴方なのよ。 彼は追い詰められ後悔している頃……分からないの? そんな事も分からないの? 彼等はそう言う人なのだよ」

 聞いた事のある声だった。

 威圧的で艶やかで、印象的なその声は、エイデン・カナカレス侯爵令嬢。

 感情をあからさまにした甲高い声。 それは獣の咆哮のようにすら感じた。 通せ、ダメです。 そんな言い合いが続き、ドンッと壁にぶち当たる重い音が響き、そして勢いよく扉が開かれた。

「貴方……何?」

 不愉快そうに顔をしかめ歩み寄って来る。

 前に見たのは、まだ数日前の事。

 金色が光に輝くブルネットの髪。
 挑発的な赤く濡れた唇。
 光りの加減で朱金色となった瞳。

 ギラギラとした瞳は、野生の獣のようだった。
 美しく流れていたブルネットの髪はパサついて、乱れていた。
 濡れた唇は、噛みしめ過ぎたのか血が滲み荒れていた。

 僅か3日の間に何があったのだろうか? 想像がつかない姿をした女性が目の前にあった。



 キツく燃えるような色をした瞳が、怒りと共に見下ろしてきた。

「アノ人の服で、何をしている訳?! あの方の匂いを嗅ぎ興奮し欲情しているのね。 薄汚い節操なしの淫乱女が!!」

 シルフィからカーマインの上着を奪い取ろうと手を伸ばし、掴み、勢いのままに引きはがそうとすれば……軽々とシルフィの身体も宙を浮き、驚いたシルフィが手を離しそのまま1mほど飛ばされた。

 机に背をうち、床にお尻をつき痛かったけれど……それ以上に驚きが強くて、訳がわからなくて侯爵令嬢を見上げた。

 マジマジとエイデンはシルフィを見つめた。

 コロコロと淡く変化する髪色、そしてハチミツ色の瞳。 それを見せつけられたエイデンは戸惑い、感情の堰が決壊したかのように怒り出す。

 つかつかと歩み寄って来て、床に座り込んだままのシルフィを見下ろしたエイデンは、勢いよくシルフィの胸倉を掴み身体を引き上げる。

「ハチミツ色の瞳……巫女」

 ボソボソと独り言のように呟き、そして耳が痛くなるほどの声で叫んだ。

「アンタのせいね!! 全部全部全部!! アンタのせいなのね!!」

 胸倉を掴まれ宙づりとな、首がきつく締め上げられた。

「生まれも分からない下賤の者が、ただ、その瞳を持っていると言うだけで、カーマインをたらし込んで!! 彼の妻となるまでかけてきた時間を台無しにしやがって!!」

 美しいはずの女性が乱れ、怒れる獣のようになっている様子に戸惑った。 何かを言いたいが首がしまって上手く声を出す事もできなかった。

「あはっ、苦しい? 苦しいのね。 いいわ、そのまま死んじゃいなさいよ。 精霊の巫女だと言うだけで心を奪われたカーマインが可哀そうだわ。 愛しても無い相手に欲情する衝動に苦しんでいるでしょうね。 ねぇ、自分がどういう存在か分かっている? 貴方はその瞳がある限り王族を従えるのよ。 奴隷にしてしまうの。 愛がなくても貴方を欲してしたがってしまうのよ!! なんて酷い女。 ねぇ、死んで!! 死んでよ!!」

「いやっ!!」

 小精霊達が、シルフィの叫びにエイデンにぶつかった。

 ぶつかったけれど、高いヒールを履きながらエイデンは耐えた。 彼女は獣の耳を頭上に持ち、そして大きな牙を剥き出しにしていた。

 彼女は侯爵家の娘でありながら、王家の血が強い……。
 カーマインの獣を嫌うのは自己嫌悪のようなもの。

「私達は愛し合っていたのよ!! 私達はお互いを求めあっていたの!! 貴方とは違い長い年月をかけてその関係を築いてきたのよ!! 愛しているの、愛されていたの!! 無条件で愛されるアンタとは違うのよ!! 死んで、死んでよ!! 早く死になさいよ!!」

 そう叫ぶが、エイデンは意図した暴力は振るっていない。 振るいたいのにふるえない。 腹が立つのにハチミツ色の瞳が魅了する。 エイデンは身をもって、精霊の巫女の呪いを体験していた。

 それでも胸倉を掴まれ締まる首は辛くて、意識が徐々に遠くなってくる。 ボンヤリとした意識の中で、エイデンは囁くように毒を吐く。

「ねぇ、この部屋に入る事を許されて、愛されているとでも思ったの? ここはずっと私の居場所だったの。 私こそが婚約者なの、彼が愛している女の。 彼を返してよ……。 死んでよ、今すぐ死んで、死んで、死になさい!!」



「止めるんだ!! その手を離せ!!」



 カーマイン様



 意識が遠くなる中で、私は呼んだ。
 この部屋の主を。

 侯爵令嬢の激情から私を救いだしたのはマーティンであることに気付かないまま。
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