偽りの婚姻

迷い人

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2章 薔薇乙女の乱

13.白いバラの記憶

「父!」

 幼い自分の手が父に伸ばされる。
 抱き上げられて、腕に乗せられ視線が同じ高さになる。

「なんだい?」

 その日の父は、少しばかり困った顔をしていた。 そうして、それを理解できなかった私の質問は、父を困らせただろう。

「どうして、父は悪い人を放っておくの?」

「う~ん、そうだなぁ……父さんは余り強くないからなぁ……、シヴィを守るのに精一杯だからだ」

 そして少しだけ考え込んで、苦笑と共に言い直す。

「今は分からないかもしれないけれど……、世の中に完全な悪も完全な善も余り存在しないんだよ。 誰かにとって悪者だったとしても、誰かにとってはかけがえのない人になるし……。 悪人には悪人の利用価値がある」

「その人たちは、父に自分の価値を認めさせたってこと?」

「あははは、そうだね。 そうなるかな? 悪者を排除しても次の悪者が出てくるんだ。 だから、多少は他よりマシかな? この悪者は物分かりが良さそうだ。 仕事が出来るから少し多めにみよう。 そんな悪者をあえて残すことで、均衡を保つこともあるんだよ」

 そう語る父の夢を見た。

 殿下の『父の影響が薄れた事で活性化した人達』と言う言葉がきっかけで夢をみたのだろう。 あの質問をしたのは7歳ぐらいの頃、むせるようなバラの香りと錆びた匂いが、記憶のどこかに引っかかる。 結局、父の言葉は理解できたが、内容には納得しておらず、なぜなぜ? どうして? と困らせたのを覚えている。

 大人になってしまえば、分かることもある。

 マシな悪者は生活に困ってやっている者。 生活の手段をあたえさえすれば、悪さもせずに周辺の悪さをする者達を抑えてくれる。 コソ泥組織、彼等は街の者達にとっても、法的にも犯罪者だが、TOPと交渉し仕事を与えた事で、彼等のTOPは彼等にとって英雄となった。

 物分かりがいい悪者は、脅せば大人しくなる。 地域に根付いた力自慢、頭脳自慢の組織に多い。 定期的に頭を押さえ、力を示し、悪い事をすれば痛い思いをするのだと教え込ませる必要がある。 そこまでして残すのは、排除してしまうと抗争が始まり次の覇権が決まるまで面倒ごとが多くて大変だから、マシなTOPをキープしておくのが楽。

 仕事が出来る悪者は、メリットとデメリットのバランスをうまくとり、メリットをうまくアピールしてくる。 父が手を組んでいたのは、この手のタイプの人たちで……



 でも、なぜあの日、私はあのような質問をしたのでしょう??



 王都内を行きかう馬車の中には、とても豪華な装飾をした立派な馬に、車部分もとても美しい装飾が施され、まさに走る芸術品のようなものが存在している。

 私が住んでいたのは、王都でも治安の悪い地区。 父という存在がある限り、そこは何よりも安全な場所だったらしい。 地域柄、豪華な馬車が訪れるような場所でもなかったはずなのだが、豪華な馬車は頻繁に訪れ、子供達が熱狂し追い回す……。

 豪華な馬車が父を迎えに来た時で、父の所在を確認するためだったのかと納得した。

 父は、今は子供との時間だと断ったが、どうしてもと言われて私を子守に預けていこうとすれば、迎えの主は私をも誘ってきた。

「美味しいお菓子を準備いたしましょう。 お嬢様は病弱なため、屋敷の外に出る事が許されておりません。 お嬢様の友達になってくれませんか? 坊ちゃんのような綺麗な子がお見舞いに来てくだされば、きっとお嬢様もお元気になられる事でしょう」

 当時の私は、少年の姿をしていた。

 父には価値があり、その価値を求めて招待を受けているのだから、私に危害があるなどと考える必要はないだろうが、父はかたくなに拒み。 招く方も意固地になっていた。

「僕、大人しくできるよ?」

 そう告げれば、父は大きく息を吐いて

「貴族に興味を持ってはいけないよ」





 今でも仕事優先で男性のような恰好をしていますが……。 溜息をつきながらバラの香りで目を覚ました。 場所は王妃様の寝室と隣接する部屋、昨晩、いつもより酷い発作を起こした王妃様に付き添い、明け方近くにソファで仮眠を取ったことを思い出す。

 両手にバラをかかえ、花瓶に飾る侍女は、チラリと私に視線を向け無視をする。

 王室付きの侍女の多くは貴族出身の令嬢達で、庶民から王宮に登用された薬師である私への視線は、未だ厳しい者も多い……と言うか、侍女達の出入りが激しすぎて、私への態度が軟化したところで移動と言うことが多いのだ。

 バラの香り。

 何かが記憶に引っかかり、ズキッと頭が痛んだ。

「お目覚めですか?」

 王妃様付きの女官(※王族に仕え、王族の私生活を管理するために侍女に与えられた役職)が声をかけてくる。 侍女達は眠りの邪魔にならないように、静かに部屋を掃除している。 まぁ……人の気配でおきますけどね……。

「王妃様は?」

「よくお眠りになられております」

「そう、明け方近くまで、発作が続いておりましたので、ユックリ休ませて差し上げてください」

 そう告げて、私は立ち上がり、部屋を出ようとすれば、テラスから流れ込む風に乗り、真っ白なバラの香りがフワリと纏わりつく。 同時に小さな囁きも届いた。

「山猿が……山に帰れ」

「あなた、先ほどから気になっておりましたの。 所属と名前をおっしゃいなさい。 今日ここに来ていないジンジャーとの関係は?」

 沈黙が保たれる。

「連れていきなさい!!」

 他の侍女達に指示を出した後に、コチラへと向きかえり頭を下げる。

「申し訳ございません」

「大変ね、入れ替わりが激しくて」

「今回は、何処かからか情報を仕入れてきた令嬢でしょう」

 眉間を寄せれば、

「殿下がコチラで朝食を取られるそうです。 ご一緒にいかがですか?」

 強く響く声が、強制なのだと告げていた。

「朝は余り食べられませんの。 フルーツとチーズ、コーヒーをお願いできるかしら」

「承りました」

 私はもう一度、ソファに戻った。

 殿下と一緒とあれば、医局の会議をサボっても文句は言われないだろうと、安堵し瞳を閉ざせば。バラの香りが記憶の扉を強引に開きだす。





 連れていかれた場所は覚えてはいない。

 ただ、行った先は一面の白いバラと、同様の白い建物、それはとても豪華でどこまでも白く感じた。

「アナタとっても綺麗ね」

 声をかけてきた少女は、同じ年ごろと言っていたが、私よりもズイブンと小柄に感じた。 金色の髪をクルクルとまいている。 顔は覚えていないのに、顔色の悪さに反して唇の色がやけに赤かった事は覚えている。

「ありがとうございます」

「いいわね。 私、白って好きよ」

 きっと白に近い銀の髪を言っているのだろう。 綺麗なリボンで後ろに一本に縛られていたのが解かれ、舞い散るバラの花びらと一緒に、髪が流れた。

「その方が、ずっといいわ」

 女王様のような傲慢そうな口調だが、穏やかに柔らかく風に揺れる。 それが何故か不思議にも母を思い出させた。 年下に見える少女にだ……。 少女は話し続けるが、時折、話づらそうに赤い唇がプルプルと震える。 どこか体調が悪いのだろうか? と、思えば、身体が弱いと言っていたのを思い出す。 

「一緒にお菓子を食べましょう」

 そう言って差し出される手は、少女らしくない固さ。

「アナタ綺麗だから、私の特別を見せてあげる」

 うふふと少女は作り物のように笑い、赤い口元だけが大きく笑い不気味だと感じていたのに、顔そのものは覚えていない。

 一面の白に、絵具をまき散らしたような赤が見えた。

 あぁ、そうだ……そこには血に染まるバラ。
 椅子とテーブルの素振りをする人。
 彼等をおおう白いシーツは、血に染まっていた。

 異常な光景。

「素敵でしょ? アナタもココに加えて差し上げたいわ」

 気持ち悪く、吐いた。

「あら、いけない子。 お仕置きをしないと」

「その子は辞めなさい!!」

 大人の声が聞こえ、身体が宙に浮いた。 顔を青くした父がいた。 子供が泣き叫び暴れる声がした。 気持ち悪くなる。 目の前がぐらぐらして意識が薄くなる。

「これは酷い……」

 そう吐き出すように告げる父の声。

「助けてください!」

 泣いている大人の男の声。 私は気を失い。 気づけば家だった。 私にとってアノ景色は悪そのもので、事情があったから、なんていわれても、私には悪にしか見えなかった。



 なぜ、放っておくの?





「アレは、ドコだったのかしら?」

 ボソリと呟けば、

「おはよ。 何の話ですか?」

 凄く驚き停止した。
 目の前の青年は、今日も微笑みが胡散臭い。

「おはようございます」

 テーブルには次々と料理が並べられ、最後にコーヒーがカップに注がれ女官と侍女がその場を後にする。

 食事を食べながら殿下が聞いてきた。

「王都の事情はどの程度ご存じで?」

「殆ど知りませんわ」

「そう、なのです……か?」

 正確に言うなら、王都内の事情を知ることは身を守るための切り札ともなるが、身を亡ぼす刃ともなるため、手を出してはいけないと言われている。

 私は頷いた。 

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