【R18】親の因果が子に報い【完結】

迷い人

文字の大きさ
23 / 50
03.快楽都市『デショワ』

23.加護と呪い 05

しおりを挟む
 ザラリとした獣の舌は、ラシェルの白く柔らかな肌を擦り傷つけていく。 

 戸惑うような涙に濡れた金色の瞳が、甘い気遣いが失われたのは、どの瞬間だろうか? 分からないままに、肌に触れる舌先が力を増していた。

 血を求めるように肌を擦り、抉り、浅く傷つけ血をにじませる。 何度も何度も白い肌を舐める舌は、血を舐めると同時に肌を抉り傷つけてくる。

「んっ、ぁ、いや、痛いのは、いや……」

 声を忍ばせたラシェルの、静かな泣き声には、微かな喘ぎが混ざっていた。 ラシェルの訴えを無視した獣は、何処までも対価を求める呪いと言う本能に忠実で、喉を潤すようにその肌を傷つける。

 とは言え、肉を食み、血をすすろうとまでしないのは、正気を失っていてもソコに確かな情があるのだろう。

 贄は『情を交わした相手の体液』としたのは、神の悪意ではなく存外優しさだったのかもしれない……。

 人の理性は失っていても、獣の心は愛おしさで満ちていた。 愛している、愛している……あぁ、なんて、愛しく、そして美味しいんだろう。

 触れる熱に、甘い味に、耳を刺激する声に、獣の心は幸福に満ちた……。



 獣の満足感に反して、ラシェルの心は恐怖におびえていた。

 浅い傷は、ジリジリとした痛みを与えるし、消えた先から傷がつけられ、舐められ、血を奪おうと強く肌を抉られる。

 痛いのは、怖い……。

 茶髪の男に噛みつき流れる血を見てラシェルは恐怖した。 治癒の力を持つが、凄惨な傷を見たのはユーグが最初で最後。 治癒の力を求められても、その状態を見る事無く、ラシェルはただ神にその治癒を願うだけ。

 ラシェルは弱い人間だから。 本来なら、加護など所有する価値はない人間だから……ラシェルはそう思っている。

 自分が傷つくのも、自分以外の人が傷つくのも怖い……自分の痛みも、人の痛みも怖い。

 自分に理解できぬ痛みも怖いが、その痛みを自分で背負えるかと言えば自身は無い。 物語に出てくるような聖女様であれば、きっと全てを背負えるのだろう……。 だけど、私は聖女ではなく、むしろ薄情なただの人だから。



 ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……。



 ラシェルは声に出来ないまま、そう訴えていた。

 この先受けるだろう痛みを想像し、痛みを与える獣を想像し、恐怖に震えれば、ミリヤ様の影を喜ばせるだけ。

 私は弱い……ラシェルの心は逃げていた。
 たすけて……と救いを求めていた。

 口内に流される果実の香りに意識が痛みから微かにそれた。 甘すぎる液体にむせながら言われるままに飲み込んだ。 もう、意地をはるような余力はなくて……。

 ごめんなさい……。

 私は眠りにつき、獣は眠る私を泣きながら食らい犯すのだろうか? 私はソレでいいけれど、彼に救いはあるのだろうか?

 そう思えば胸が痛んだ。



 ごめんなさい。



 ザラリと舐められる肌が鈍くにじむような痛みから、甘い甘い……訳の分からない感覚へと少しずつ変化していく。

「ぁっ、ぅっんん……」

 自らの口から漏れ出る声にラシェルは驚いて、自分の腕を噛むように口を塞いだが。 茶髪の男は私の手を取り指を絡め手に口づける。 甘い声は、甘えた子猫のようで……恥ずかしかった。

 泣きたくなるように視線を向ければ、優しい緑の瞳が笑っていた。

 薄く傷ついた皮膚から血がにじむように、じわじわと快楽が皮膚の奥から熱となって沸き起こる。 感じたことがない、感じた事があるわけないその感触に、鼓動が早まり、呼吸が早まる。

 なのに、もっともっとと心が早鐘のように求めてくる。

 何よ、コレ……。

 甘い甘い、何処までも甘く身体が震えた。 毛1本が触れても身体はビクッと反応し震えてしまう。

「ぁ、ダメ、変なの……」

 不安……に、目をキツク閉ざせば、髪がそっと撫でられた。 怯えながら瞳を開き、自分に触れる手を見れば、茶髪の男の緑色の瞳が穏やかに笑い、髪を撫でる。

「大丈夫です……。 貴方が身を任せる事で主は救われるのですから、この行為を嫌悪する事はありません。 逃げる必要もありません。 それに、今まで頑張ってきたのですから、甘えていいんですよ。 身を任せて」

 まるで、私の何もかもを知っているような言葉に、私は子供のように泣きそうになれば、黒い獣が私と茶髪の男の間に割って入り、まるで嫉妬するように私の首元に噛みついてきた。 プチッと音を立てて皮膚を裂き牙が食い込むが痛みはなく、むじろ甘い疼きとなってラシェルは身もだえ、震えた。

「んっ、ぁあっ」

 痛み、恐怖、死への強迫観念……。 それらを失った私の傷には、治癒は働き難いらしく、獣は溢れる血を舐め、舌で抉り、ぴちゃぴちゃと流れる血に唾液を絡めて舐めとっていく。

 与えられるのは快楽。 貪るように奪われているのに、もう恐怖等は存在してなくて……。もっと激しい快楽が欲しいと、頭の奥がジンジンとしてくる。

 だけど、ソレを望む事は出来なかった。
 これは、対価のための行為なのだから。

 乱暴な様子はない……。 血を舐めるごとに、その行為は甘さを増し、愛おしさを増すかのように、優しく優しく肌を撫でるように舐めていく。

「ぁっ、ぁっ、んっ」

 ラシェルの口から漏れ出る声は何処までも甘く、切なく甘い、それが恥ずかしくて自分の手で口を覆い隠し、声を閉ざそうとするが余り意味はない。

 そんな、ラシェルを宥めるように慰めるように緑の瞳は優しく見つめる。 快楽に悶え、揺れる銀色の髪を愛おしそうに撫でていて……、ユーグの心は人として……激しい嫉妬に揺れた。 獣の意識に落ちて、これほど早く人を取り戻した事があっただろうか?

「お前、邪魔」

 憮然と言う獣。

「酷いな、身をていして尽くしているのに」

 そう静かに笑いながら緑の瞳が、嬉しそうに未だ獣姿の主を見た。

「あっちにいってろ」

「はいはい。 イジメられたら、すぐに助けてあげるからね」

 そんな事を言いながら、ラシェルの額に口づけを落とした男に対し、黒い獣はガウッと威嚇する。 前回と違うのは、その動作が緩く、あくまで威嚇だと言うところ。

 茶髪の青年が口づけた額をペロリと舐め、髪を毛づくろいするように舐めようとしているようだが、上手く舐めれていない。 獣は何処までも本気で愛情を示しているのだが、快楽を促す薬を飲ませられているラシェルの身としてはたまらないと言うものだ。

「んっ、やだ……もっと、違ったところに触れて……」

 熱っぽい視線、濡れたピンク色の唇。

 獣の毛並みが、心が、ゾワリと逆立ち……呪いではなく、雄としての本能が刺激された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...