31 / 50
04.裏切者たちの叫び
31.価値あるもの
しおりを挟む
向かう先は、ダンベールとは別の公爵領。
経済を預かるバルゲリー一族。
目的地はバルゲリー領だが、その前に寄るところがある。 世話役との合流地点にと定めた王国管理の穀物管理地。
馬車を引くちょっとお茶目な馬は、ふんふんっと風の匂いを嗅ぎながらスキップするかのようにご機嫌で進んでいた。
商用の馬車に、ラシェル、ユベール、サージュの3人が乗り、1頭の馬は自由に駆け巡り、先に進んだかと思えば戻って来て周囲を巡り、またどこかに駆け出して言っていた。
「馬、平気なの?」
ボックス型の荷台、絨毯が敷かれた底板の上にユベールは脚を放り出し座り、両足の間に私、ラシェルを座らせウエストに腕を回していた。 時折、首筋に顔を埋め匂いを嗅ぎ舐めてくるのが少しウザいけど、人だと思うから腹が立つので、こういう生物だと思う事にした。
「平気、賢いし、信頼できる」
そう告げる声は、凄く真面目で、私を抱きしめる腕に力が入れられ……甘く首筋に噛みつかれた。
これは、そういう生物……。 私はそう考えながら、刺繍を続けた。
「何をしているんだ?」
「繍呪布を作っているの。 知ってる?」
「知ってる……。 治癒のを持っていた」
「そう」
ユベールは私の肩越しに手元を覗き込んでいるのだろう。
「綺麗だな」
「術式は美しいほど良いんだよ」
小さな子供に聞かせるように言えば、ふぅんっと興味なさそうに短く答える。 だけれど向けられる視線はずっと私の手元を見ているのが分かる。
「何?」
「魔法みたいだな」
魔法を作っているのだから、その問いは正しいのだろうけど。 多分、そうではなく糸が模様を作り上げていく様を言っているのだろう。
「そうだね」
「ラシェルが好きだ」
「突然だね」
「何かを作り出し、助ける事が出来る。 奪うだけの俺とは違う。 ラシェルが好きだ」
背後から抱きしめるユベールに見えない事を知っているから、私は苦々しく笑った。 私は、生まれた瞬間に自分の運命を決めた魔力の多さも、神の試練としか思えない加護も余り好きではなく……。 その部分を好きだと言われれば、少し切ない気分になった。
ふっと視線を上げれば、サージュが私の表情を見ていて、あぁ、シマッタ……なんて思ったけれど、気づかないふりをしてサージュは正面を見据えて話しかけてくる。
「コーヒー頼んでいいですか?」
「えぇ」
私はユベールの手から、スルリと逃げる。 回していただけの腕は簡単に外れた。 馬車の中は小さな部屋のような感じ。 天井と壁に固定設置された棚の中から、コーヒー豆とミルを取り出しユベールに差し出せば、無言で受け取りコーヒーを挽き始めた。
コーヒーの香りが漂う。
天井棚の下に置かれた調理台……のような棚。
引き出しから、繍呪布を選んで取り出し台の上に置き、水を入れたポットも置く。 繍呪布の起動部分にそっと触れれば、脳内に設定画面が現れる。 設定画面では温度設定を選ぶことができ、湯も沸かせるが、カイロにもなるし、卵の孵化にも使える。
まぁ……誰もがこのレベルで作れる訳ではなけれどね。
熱用の繍呪布に水を入れたポットを置き、設定画面でスイッチを押し、後は湯が沸くのを待つだけ。
「ソレ、便利ですよね。 戦時下でも火も焚かずに暖も取れるし調理も出来るで助かっていました」
「役に立てたなら良かった」
専用の器にコーヒーフィルターを設置し、挽いてもらっていた豆を入れ湯を注ぐ。 馬車の振動は大きいがまぁ、問題はない。 コーヒーを淹れ終わり、甘めのクッキーと共にサージュとユベールに渡そうとすれば、ユベールは要らないと無言で拒否をする。
「どうしたの?」
返事はなく、ただ元の場所に戻れと無言で示すだけ。
苦笑いする私とサージュ。
ユベールの腕の中に戻り、サージュとの会話は続く。 ユベールと言えば、私の体温を確認するように、まるで私の身体に入り込みたいのだとでもいうように、優しく体温を交わらせながら触れてくる。
「そういえば、このコンロと言うか、繍呪布だが、調整が甘い奴とか、利用期間が短いのがあったのですが、どういう事です?」
「刺繍が上手くない子が作ったものは、どうしても調整が難しくなりますね。 魔力糸を使い紋章を正しく縫う。 それが最低限の使用可能基準となりますが、使用期限を長くしようとか、周囲から魔力を集めようとかすると、縫う際に魔力的な細工が必要になるんです」
「戦場に不良品って、普通は大変な事ですよ」
「ですが、実際には苦情が出ていませんよね?」
「なんでだ?」
不意にユベールが聞いてきて、私は小さく笑い答えた。
「商品なら、問題が出ますが、妻が、娘が、母が、家族を思って作ったとなれば不満も出ないものですよ。 何度か繰り返せば、商品レベルを作れる人が出てきますし、逆に絶対商品レベルのものを作れない人が分かります、後は、作業分担ですね」
「作業分担?」
「えぇ、日常的な農耕を行う者と、輸出用の繍呪布を作る者。 そうやってダンベール領の者達は5年の間生活してきたんですよ」
「老人と女性と子供ばかりが残された状況で、農作業が十分にできないから繍呪布を作ったと聞いているが?」
肩口に寄せる頭を私は撫でる。
「確かに最初はそのつもりでしたけど、そうですねぇ……」
私は即興で、風に干渉する術式を刺繍したものを作った。
「使用設定では、風の動き、力を設定できます」
ソレは、大気を操る術を紋章化したもので、サージュは空になったカップを転がし、繍呪布の設定を行った。
使い方は、走っている馬の負担を減らすため、前方から来る風を左右に除けさせる。 単純に風の方向を変えるだけなので、術式自体も難しくない。 私が作ったから、避けていく風から魔力を奪い巡回するため使用期間が長く済む。
作り手によって『使用者の魔力を使う』『糸の魔力を使う』『対象の魔力を使う』と言う、3種類ができ、これによって使用期限が大きく違うが、制作難易度も大きく違ってくる。
サージュが魔法を使えば、馬が驚いていた。 そりゃぁ突然に風の抵抗が減ったのだから当然だろう。 タイヤの抵抗も減らせばもっと馬車を軽くできるが、流石に乗りながらやるには怖いので止めておく。
「こういう単純な仕組みを農耕に使用するよう指示を出したんです。 耕す土が軽くなる。 水を取りに行かなくても水がまける。 これだけで作業効率は、随分と楽になりましたらね。 あとは……焼却処理していた植物や食用にならない魚を、腐敗させ、土壌の栄養とする事で、作物の収穫量を増やしていたんですよ」
「内部は内部で、色々と改革を行っていたんですね」
「えぇ……」
私が静かに頷けば、私を抱きしめるユベールの手に力が入った。
「……ラシェルは……誰にも渡さない……」
ポソリと呟くユベールの言葉も手も、嫉妬しているかのように、肌に直接触れて来た。 戸惑いながら私がサージュへと視線を向ければ、彼は苦々しい声で説明した。
「さっき水辺で休憩を取った時。 貴方が、貴族達の間で競売にかけられていると言う報告が入ったんですよ」
経済を預かるバルゲリー一族。
目的地はバルゲリー領だが、その前に寄るところがある。 世話役との合流地点にと定めた王国管理の穀物管理地。
馬車を引くちょっとお茶目な馬は、ふんふんっと風の匂いを嗅ぎながらスキップするかのようにご機嫌で進んでいた。
商用の馬車に、ラシェル、ユベール、サージュの3人が乗り、1頭の馬は自由に駆け巡り、先に進んだかと思えば戻って来て周囲を巡り、またどこかに駆け出して言っていた。
「馬、平気なの?」
ボックス型の荷台、絨毯が敷かれた底板の上にユベールは脚を放り出し座り、両足の間に私、ラシェルを座らせウエストに腕を回していた。 時折、首筋に顔を埋め匂いを嗅ぎ舐めてくるのが少しウザいけど、人だと思うから腹が立つので、こういう生物だと思う事にした。
「平気、賢いし、信頼できる」
そう告げる声は、凄く真面目で、私を抱きしめる腕に力が入れられ……甘く首筋に噛みつかれた。
これは、そういう生物……。 私はそう考えながら、刺繍を続けた。
「何をしているんだ?」
「繍呪布を作っているの。 知ってる?」
「知ってる……。 治癒のを持っていた」
「そう」
ユベールは私の肩越しに手元を覗き込んでいるのだろう。
「綺麗だな」
「術式は美しいほど良いんだよ」
小さな子供に聞かせるように言えば、ふぅんっと興味なさそうに短く答える。 だけれど向けられる視線はずっと私の手元を見ているのが分かる。
「何?」
「魔法みたいだな」
魔法を作っているのだから、その問いは正しいのだろうけど。 多分、そうではなく糸が模様を作り上げていく様を言っているのだろう。
「そうだね」
「ラシェルが好きだ」
「突然だね」
「何かを作り出し、助ける事が出来る。 奪うだけの俺とは違う。 ラシェルが好きだ」
背後から抱きしめるユベールに見えない事を知っているから、私は苦々しく笑った。 私は、生まれた瞬間に自分の運命を決めた魔力の多さも、神の試練としか思えない加護も余り好きではなく……。 その部分を好きだと言われれば、少し切ない気分になった。
ふっと視線を上げれば、サージュが私の表情を見ていて、あぁ、シマッタ……なんて思ったけれど、気づかないふりをしてサージュは正面を見据えて話しかけてくる。
「コーヒー頼んでいいですか?」
「えぇ」
私はユベールの手から、スルリと逃げる。 回していただけの腕は簡単に外れた。 馬車の中は小さな部屋のような感じ。 天井と壁に固定設置された棚の中から、コーヒー豆とミルを取り出しユベールに差し出せば、無言で受け取りコーヒーを挽き始めた。
コーヒーの香りが漂う。
天井棚の下に置かれた調理台……のような棚。
引き出しから、繍呪布を選んで取り出し台の上に置き、水を入れたポットも置く。 繍呪布の起動部分にそっと触れれば、脳内に設定画面が現れる。 設定画面では温度設定を選ぶことができ、湯も沸かせるが、カイロにもなるし、卵の孵化にも使える。
まぁ……誰もがこのレベルで作れる訳ではなけれどね。
熱用の繍呪布に水を入れたポットを置き、設定画面でスイッチを押し、後は湯が沸くのを待つだけ。
「ソレ、便利ですよね。 戦時下でも火も焚かずに暖も取れるし調理も出来るで助かっていました」
「役に立てたなら良かった」
専用の器にコーヒーフィルターを設置し、挽いてもらっていた豆を入れ湯を注ぐ。 馬車の振動は大きいがまぁ、問題はない。 コーヒーを淹れ終わり、甘めのクッキーと共にサージュとユベールに渡そうとすれば、ユベールは要らないと無言で拒否をする。
「どうしたの?」
返事はなく、ただ元の場所に戻れと無言で示すだけ。
苦笑いする私とサージュ。
ユベールの腕の中に戻り、サージュとの会話は続く。 ユベールと言えば、私の体温を確認するように、まるで私の身体に入り込みたいのだとでもいうように、優しく体温を交わらせながら触れてくる。
「そういえば、このコンロと言うか、繍呪布だが、調整が甘い奴とか、利用期間が短いのがあったのですが、どういう事です?」
「刺繍が上手くない子が作ったものは、どうしても調整が難しくなりますね。 魔力糸を使い紋章を正しく縫う。 それが最低限の使用可能基準となりますが、使用期限を長くしようとか、周囲から魔力を集めようとかすると、縫う際に魔力的な細工が必要になるんです」
「戦場に不良品って、普通は大変な事ですよ」
「ですが、実際には苦情が出ていませんよね?」
「なんでだ?」
不意にユベールが聞いてきて、私は小さく笑い答えた。
「商品なら、問題が出ますが、妻が、娘が、母が、家族を思って作ったとなれば不満も出ないものですよ。 何度か繰り返せば、商品レベルを作れる人が出てきますし、逆に絶対商品レベルのものを作れない人が分かります、後は、作業分担ですね」
「作業分担?」
「えぇ、日常的な農耕を行う者と、輸出用の繍呪布を作る者。 そうやってダンベール領の者達は5年の間生活してきたんですよ」
「老人と女性と子供ばかりが残された状況で、農作業が十分にできないから繍呪布を作ったと聞いているが?」
肩口に寄せる頭を私は撫でる。
「確かに最初はそのつもりでしたけど、そうですねぇ……」
私は即興で、風に干渉する術式を刺繍したものを作った。
「使用設定では、風の動き、力を設定できます」
ソレは、大気を操る術を紋章化したもので、サージュは空になったカップを転がし、繍呪布の設定を行った。
使い方は、走っている馬の負担を減らすため、前方から来る風を左右に除けさせる。 単純に風の方向を変えるだけなので、術式自体も難しくない。 私が作ったから、避けていく風から魔力を奪い巡回するため使用期間が長く済む。
作り手によって『使用者の魔力を使う』『糸の魔力を使う』『対象の魔力を使う』と言う、3種類ができ、これによって使用期限が大きく違うが、制作難易度も大きく違ってくる。
サージュが魔法を使えば、馬が驚いていた。 そりゃぁ突然に風の抵抗が減ったのだから当然だろう。 タイヤの抵抗も減らせばもっと馬車を軽くできるが、流石に乗りながらやるには怖いので止めておく。
「こういう単純な仕組みを農耕に使用するよう指示を出したんです。 耕す土が軽くなる。 水を取りに行かなくても水がまける。 これだけで作業効率は、随分と楽になりましたらね。 あとは……焼却処理していた植物や食用にならない魚を、腐敗させ、土壌の栄養とする事で、作物の収穫量を増やしていたんですよ」
「内部は内部で、色々と改革を行っていたんですね」
「えぇ……」
私が静かに頷けば、私を抱きしめるユベールの手に力が入った。
「……ラシェルは……誰にも渡さない……」
ポソリと呟くユベールの言葉も手も、嫉妬しているかのように、肌に直接触れて来た。 戸惑いながら私がサージュへと視線を向ければ、彼は苦々しい声で説明した。
「さっき水辺で休憩を取った時。 貴方が、貴族達の間で競売にかけられていると言う報告が入ったんですよ」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
400
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる