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05.終章

47.そして彼は死んでいない

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「私は出来る事をしていただけで、公爵夫人になりたいなんて思っていなかった!! だから、マロリーに何を言われても気にならないし、必要ないと言われればソレでも問題が無かった!!」

 必要とされたいと思ったケヴィンに必要とされなかったのが、私を割り切らせたと言うのに!! と言う不満は飲み込んだ。 ソレを言ってしまえば、まるで未練があって責めているようだから。

 本当は、無責任で矛盾な発言を責めたかったが飲み込んだ。

「誰も私をいらないって言う中で、ユーグだけが私を必要だって、守ってくれるって言った。 だから、私はユーグを好きになれたし、側に居たいの!! 返してよ!!」

 私を抱きしめる腕は痛いほどで、ソレは抱きしめると言うよりも逃げようとする私を理解した上で捕獲しているように思える。

「好きだと言っておきながら、随分と変わり身が早い。 まるで相手によって嘘をつき愛を囁く娼婦のようじゃないか。 私が、娼館に連れ出し、高潔だったラシェルを変えてしまったのか? 全ては俺が原因と言うことか……まさか、こんな尻軽女になるなんて」

「ユーグに対して一途ですから!!」

「安心しろ……全部分かっている。 そうやって気を引きたがっていると言う事も、そう言うモノだと言うことも。 伊達にスラムで育っている訳じゃない。 頑固なじじぃ相手に忍耐強さもある。 俺が本来のラシェルに戻す。 ずっと一緒にいたんだ……俺は、あの頃の純粋なラシェルに戻れると信じているし、全部を許している。 だから、気にするな」

「何も!! 気にしてなんかいない!! コレで良かったと思っている!! 人の話を聞きなさいよ!! 私はユーグの側にいたい……っぐ」

 無理やり口づけで叫びは塞がれた。 触れる唇は冷たく、撫でるように舐めてくる舌先は、乱暴でイラついているように感じたが、私はキツク唇を閉ざし、歯を食いしばる。

 ケヴィンの隠蔽の力は、私が知っていた頃よりも強固になっていて、彼に触れられている限りは、どんなに暴れても騒いでも周囲に気づかれる様子はなかった。

 ぁあ、でも、私の加護をぶつければ隠蔽は解除されるのでは? 試そうと思っている先に、太腿が撫で上げられた。 拒絶の言葉を口にしようとしたが、唇は塞がれたままで……諦めた。 蹴りを入れようとすれば両足の間に膝が入れられ、壁に打ち付けられたように固定される。

 両手が上に束ねられ片手でやすやすと拘束された。

「何度、あの男に口づけられた? 抱かれた? 身体を合わせて、それが恋だと運命だと勘違いした。 ただ、それだけの事だ。 あの男と、どれだけの時を共にし、どれだけ理解しあえた? ソレは私との時間よりも意味があったと言えるのか?」

「は、なしてよ!!」

 身体を這う手はとても冷たかった。 人の手とは思えないほどの温度で、私の服を脱がせ、身体の彼方此方にある赤い痕の上に口づけていく。

「いや、止めて!!」

「抱かれてみればわかる。 何が真実か……真実の愛、運命の相手なら、どれ程の快楽を得られるかと言う事を」

「ソレを語るって言う事は、運命いるんですよね?! そっちに行ってください!!」

 ケヴィンは、ただ見下し笑い、私の肌に触れていく。 冷ややかな手が唇が、肌に触れるたびに凍り付きそうな感触に息を飲んだ。 嫌悪とはそういう物だと思った。

 だが、ソレは少し違っていたようで……。

 身体が動かしにくくなっていたのだ。 まるで冷えた土の中に埋められて行くかのような……恐怖に頭が痺れた。

「未来の公爵夫人の立場を蹴ってまで、俺と共に生きていたいと言ったのは、ラシェルだろう? なぜ、そうなった。 どうして気が変わった。 せっかく探し出したのに、何が不満なんだ」

 何かがオカシイ。
 叫ぼうにも声が出なくなっていた。

「今の私は、公爵としての権利と力を手にしていると言うのに……」

「な、に……よ。 そ、れ」

 それがどうして、自分は公爵だと言うのか理解が追い付かなかった。

「あぁ、だから権利と力と言っている。 今の私はまだ公爵ではない。 公爵ではないが……誰も私が公爵となる事を拒否できるはずがない。 でなければ、この国は経済的に傾き、大勢の人間が死ぬ。 そうされたくなければ公爵に、いや……王すら、その地位を譲り渡すだろう」

 身体が動かない……。
 私は、自分の身体が硬化症を発症したことを理解した。

「ぁ……ぃや、な、に……こ、れ」

「あぁ、凄い力だろう? この力があれば、誰も私に逆らえない。 金も地位も手に入れる事ができる。 公爵家の妻として教育されたラシェルなら、嫁ぐ先が違ったとしても上手く立ち回れるだろう。 だから、お前を愛人として受け入れようと思う。 私と領民のために務めてくれ」

 何度目かの口づけ……。
 服は、ボロボロに剥がれ落ち酷い恰好だった。

「綺麗だ……。 やはりラシェルは特別だ」

 私の肌は、ただ石のようになるのではなく、冬の氷のような薄青色に固まっていた。

 もう、無理!!

 私は、猫へと転じた。

 それは、私の力ではなく……ユーグの、治癒の神を愛する死神の力。 衣のように力が私を覆えば私の硬化は解けて銀色の猫の姿をとった。

 神と神の力がぶつかり合い、隠蔽の力……それの進化した先なのだろうか? 私とユーグのいる世界を隔てていた空間に亀裂が走った。

「見つけた!!」

 その声は、すぐそばで私を探していたようで、巨大な黒豹が空間に体当たりをしてくる。 1回2回3回、繰り返されるたびに亀裂は広がり、神の力はあらぶり、揺らめく死神の影が大鎌を振るうのが見えたような気がした。

 空間は崩れ去り、ユーグはケヴィンへと駆け寄る。 途中にいる私は首元を軽く咥えられ背後にポイッと捨てられれば、カリナが私を受け止めた。

「ご褒美、期待してますよ!!」

 そういいながら、私を鞄の中に詰め込み背中に背負い、背中合わせにメイリーが警戒していた。

 そうこうしている間に、ユーグはケヴィンを押し倒せば、その牙も爪も使う事無く、ケヴィンの首に赤い筋が走っていた。

「叫べば死ぬ。 動けば死ぬ。 騒げば死ぬ」

 と言っているにもかかわらず、ケヴィンは叫んだ。 その瞳はユーグではなく、ユーグの上部分を見ていた。

「うわ、あぁああああ、よせ、近寄るな……死神が!! 俺は、俺は、特別なんだ!! 神よ私を助けてくれ!!」

 叫んでいるケヴィンの首は、既に転がっていた。
 転がりながらも叫び、死の恐怖に震える。
 悪人ほどに死にきれない、それが死神の力。

 死神の大鎌は振るわれ、神の力は元から切れた。 硬化症が解けた喜びに人々が叫びだし、彼方此方で倒れる人々は年は若いが陰湿な雰囲気をまとった者達だった。

 転がるケヴィンの首は固まり、身体も固まりだした。

 そして、ケヴィンは勝ち誇ったように笑う。



 お前に私は殺せないと。
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