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03.神の法

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 なんとか男爵が訪れた夜。

 その日は小さな銀色狼の姿をしたアビィと一緒に眠ることになりました。 アビィ曰く、私専属の護衛らしいです。 サラリとした長い毛が心地よく、少しだけ肌寒く、寂しくなる夜を温めてくれる。

「リシェ、安心して眠るといい。 アビィが守ってやるから」

 小さな狼の濡れた黒い鼻先が額に当たられれば、奇妙にくすぐったい。 が……、それ以上に気になるものがあるのですが……。

「アビィさん? 妙に村の方が騒々しいようですが?」

「うむ、気にするな。 寝不足では美貌がかげるぞ?」

「いえ、ですが……」

 窓の外、少し距離を置いた村の方角では明かりが激しく揺れ動き、狼の遠吠えがアチコチから響き、そして悲鳴がこだましていた。

「大丈夫だ。 アビィを信じろ。 寝るまでポンポンってしてやろう」

 そうまで言われれば仕方がない。



 その日、領主代理であるはずの私の知らないところで、村は襲われ、襲ってきた人々は土に埋められ、首だけ出した状態で、狼と化した村人達に周囲グルグル回られ、トイレと化する等と言う拷問を受けていたそうだ。

「そんな訳で、罪人たちは己の罪を認めました。 これをもって神の裁きとすれば、ダウン男爵は罪人として神の書に記録され、爵位をはく奪されることとなるでしょう」

 事後報告としてモルトが伝えてくる。

 この世界では、重大な契約は神の前で誓い、その誓いは神の書に記される。 同様に罪もまた神の書に記載され、その罪に応じた罰が神から与えられる。

 例えば……、

 泥棒:オートで神殿に所持金寄付
 暴力:他者の痛みを請け負う
 詐欺:自分の心の声が剥き出しになる
 強姦:生殖能力・性欲の消失、性転換

 これはほんの一例にすぎませんが、神の御業は偉大です。

 ただ、このシステムの都合の悪いところが幾つかあります。

 1、村人達は、氷に覆われた国出身からの逃亡者で、この国の民として戸籍が存在しておりません。 なので、この国では彼等の罪は裁けません。 そして、彼等がこの国でどんな酷い扱いを受けても神の書は彼等を守ることはせず、彼等への犯罪行為は見逃されてしまうのです。

 2、罪は、本人が認めるか、第三者の証人がなければ裁けない。

 今、私の目の前にある『クローステル領を襲いました。 目的は強奪と強姦にあります。 ただし、それは男爵の指示、脅されたため仕方なくやったものです。 〇〇』と書かれた書面があるのですが、これがある事で初めて神は人の罪をはかります。

 3、罪の認識がなければ、裁きにかけられない。

 その他にも色々あって……神の定めた法と言っても、色々と抜け道がある訳なのです。

「ところで、そのダウン男爵は何をなさろうとしておりましたの?」

「男爵は罪人たちに、この地の領民を襲えば、罪を贖うための労働を終えたと男爵の名で神に贖罪を願うと宣言していたようです」

 いわゆる刑期の短縮です。

「それで……村人達は無事なのですか?」

「はい、被害ゼロの大勝利でございます」

「そうですか……ですが、何故村人を……」

「村人を盾に、その……リシェ様との行為を合意させようと考えていたようです。 そうすれば……」

「そう……ね……ギルベルト様の側にいるなんて無理だわ」

 苦笑しながら言えば、

「貞操の一つや二つで、リシェを捨てるような小さな男ならやめた方がいいと思うぞ? 人生には多くの試練がつきものだからな。 リシェには懐の大きな男と一緒になって欲しい」

 小さなアビィの真剣な声に、紅茶を吹きそうになった。 分かっているのかいないのか……。 何処までも真面目な顔で朝食を頬張りながら語ってきます。

「アビィ殿、旦那様は少々嫉妬深いところはありますが、懐の大きな男性。 アビィ殿が心配なさることはありませんよ」

 モルトが微妙な笑みをたたえて言えば、アビィは分厚く切られた朝食ハムを齧りながら反論していて……。

「放置しておいて嫉妬するなんて、ずいぶんと身勝手な男だな」

「アビィ殿……、旦那様は国のために戦っておいでなのですよ。 私事を優先する方が身勝手と言うものです」

「ということは、アビィのがリシェを愛していると言うことか?」

 ワクワクした顔で語られれば、モルトが悲鳴に似た声で否定する。

「違いますから!!」

 大人げのなく続く言い合いに、私は苦笑し食後の紅茶を楽しむことにした。

 ギルベルト様とアビィのどちらが私に相応しいか等と言う不毛な争いは延々と続いていますが、これに関しては2年もお会いしていないギルベルト様がどうしても不利になると言うものです。

 モルトがアビィに言い負かされ、泣きついてきました。

「リシェ様、他人事のような顔をなさらないでください」

「うふふふ」

「リシェ様あぁあ」

「あら、ギルベルト様のお仕事だと思えば我慢もしておりますけど、本音を言えばお会いしたいですし、声も聴きたいですもの。 アビィは私の気持ちを代替えしてくれていますのよ。 感謝こそすれ、止めるなどいたしませんわ」

 たまには……本音を言ってもよろしいですよね。

「では、そのようにお手紙を書いてくださいませ。 きっと旦那様もお喜びになるはずです」

「……お仕事で、お忙しいギルベルト様にそんな甘えた事を言える訳ありませんわ」

「リシェ、大丈夫だ。 リシェは可愛いから許される。 もし、それが迷惑と言うような男ならアビィがガブッて噛みついてやる。 だから、甘えていいんだよ?」

「アビィ……」

 小さなアビィを持ちあげて、まだ膨らみの欠片もない胸に顔を埋めれば、私の顔を抱きしめてよしよしと小さな手で頭を撫でてくれた。

「お手紙は、明日まで書き終えて下さい。 何時もより少し早いですが、今回の件は少しばかり質が悪すぎます……。 報告書と共にダウン男爵と罪人一行を旦那様にお届けしてきます」

「そう……ですか……ご迷惑ならないでしょうか?」

「そんな顔をするな。 リシェは悪くない。 リシェを虐めようとする悪人が悪いんだから」

「ありがとうアビィ。 ところで……罪人の方達の輸送には、村の方々も同行するのですよね?」

「はい。 私一人では対処できない数ですので」

「……村の警備は大丈夫でしょうか?」

「その点は、銀狼の長と話をつけてあります。 迎え撃つのではなく、逃げるのであれば問題はないそうです。 ただ、村とここは少し距離があるので、護衛役を配置したいと。 そして今回の労働につく者達に対して納税の免除を行って欲しいと言っておりました」

「護衛役!!」

 アビィが瞳を輝かせていたが、モルツは視線を合わせる事無く話をすすめた。

「明日の朝1番に出ますので、それまでお届け物があれば準備をしておいてください」



 翌日の朝。

 私は村で収穫し加工した酒、ハム、ウィンナー、チーズを木箱3つに詰め。 武神にギルベルト様の無事を願い刺繍したハンカチを手紙の代わりにモルツに渡した。

「それを、お手紙の代わりに……ご無事にお戻りになられる事を心よりお待ちしております。 そう、お伝えください」

 そして、私はモルトに深い溜息をつかれてしまうのです。
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