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3章
39.何でもない特別な夜 01
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日付も変わる夜更け。
鞍馬晃は柑子市に関する資料を、壁際に箱が積み重ねられたままのリビングのソファに座りながら眺めていた。
『そんなものを見なくても、実際に生活をしていれば慣れますよ』
新見 親良はそう告げていたが、今日のような出来事が毎日続く事は勘弁して欲しいし、ましてや慣れたい等とは到底思えない。 だからと言って、護衛対象である不安そうに自分を見つめてくる弱弱しい少女を知ってしまえば放っておくなどできるはずない。
「あ~~、疲れた……」
自分の身体に言い聞かせるかのように、晃は背筋を伸ばす。
非日常な出来事に少々疲れがたまり過ぎていた。 そして、その非日常の中心にいるらしい護衛対象が穴の開いた壁を隔てた向こうにいると言うことも、眠気はあるのに眠れないと言う状況を作っているのだろう。
「仕方がない……」
晃は備え付けの冷蔵庫を開ける。
家具家電は事前に見せられたパンフレットで選ぶ事が出来たが、辞職においこまれてから色々と忙しかった晃は備え付けの物をそのまま使っている。
1人暮らしには大きいと思われる冷蔵庫の中には赤い血のようなワインが1本鎮座していた。 時塔皎一から渡されたものだ。
ワインを取り出し封を開けブランデー用のグラスに注ぐ、その瞬間、ブラックベリーとカシスの豊潤な香りが鼻孔をくすぐる。 皎一がお勧めしたワインは、まだ若い職人が作った力強く可能性を感じられるワインらしく、自分との相性が良いだろうと言う、何処か引っかかる言い方をしていたのが気になっていたのを思い出す。
一口、口に含めば、タンニンの苦みとフルーツの香りが口内に広がる。 細胞にしみこむように身体に馴染んでいくかのような……心地よさ、疲れが取れるかのような感覚。 晃に心身共にリラックスを促してきた。
「凄いな……と言うか、ヤバイものが入ってんじゃないのか?」
ボソリと呟き瓶を眺めたが、ラベルには生産者等は記載されていなかった。
「残念……」
そう呟いたのは危険を感じてではなく、晃個人でも取り寄せたいと思ったから。
一杯目を一気に飲み干し、二杯目を注ぐ。
数時間前の喧噪を忘れたかのように、静かな時間だった。
赤いワインの色合いを、月明りで眺めていれば……ベランダに何かが大きな、人の大きさをした影が落ちて来て、影の大きさとは一致しない静かな落下音が聞こえた。
「な、んだ?」
自殺か? と、反射的に考え、それでもグラスに注いだワインを一気に飲み干してベランダに向かう。
うずくまる人の塊?
もぞもぞと動いているあたり生きているらしい。
「大丈夫か? 医者!!」
落下してきた自殺者に、大丈夫か? と言うのもおかしな話だが……と、思いつつも声をかける。
「必要ないですよ~。 僕、丈夫なんで」
そう言ってアッサリと立ち上がるが、想像以上に大丈夫そうには見えないほどに血にまみれて居て、晃は眉間を寄せる。
「えっと……」
「ぁ、自己紹介はまだでしたね。 三輪、颯太です。 よろしくお願いします」
そう言って差し出す手も、乾いた血で赤くなっていた。 よくよく見れば全身が血にまみれていて、何処をどう考えても大丈夫そうに思えない。 ソレがそのまま顔に出ていたのだろう。
「本当、平気ですから。 これ、ほぼ返り血なんで」
「いや、それも問題があるだろう。 新見に連絡を取らせてもらっても?」
ダメだと言われれば部屋に入れる気はなかった。 逆に言えばダメだと言われなければ部屋に招くつもりだったと言うものである。
それだけ颯太の顔には疲弊が見え、捨てられた子犬のように落ち込んでいるかのように見えたのだ。
「ぁ、いえ、う~ん。 まぁ、いいか……早く怒られるか、後になるかの違いだし……。 それで、雫さんは?」
「寝てるんじゃないのか?」
「一人にさせているんですか?」
拗ねたような言い方。
「雫の寝室は窓のない部屋だ。 逆に俺の部屋は窓側に面している。 外部からの侵入者があれば、雫よりも先に気づく事が出来る。 現に三輪に反応しただろう?」
「僕の事は颯太って呼んで下さい。 みんなそう呼ぶんで」
「分かった。 でだ、颯太……着替えをかしてやるから、オマエは風呂に入って来い」
「ぇ?」
「その恰好で、雫に会うのか?」
「いえ、別に会いに来た訳じゃないですし……」
等と颯太がグズグズしているうちに、晃は着替えを箱から取り出した。
「下着は新しいから安心しろ。 後、出来れば買って返せ」
晃の言葉に、颯太はヘラリと幼く笑って見せた。
「了解しましたーー」
鞍馬晃は柑子市に関する資料を、壁際に箱が積み重ねられたままのリビングのソファに座りながら眺めていた。
『そんなものを見なくても、実際に生活をしていれば慣れますよ』
新見 親良はそう告げていたが、今日のような出来事が毎日続く事は勘弁して欲しいし、ましてや慣れたい等とは到底思えない。 だからと言って、護衛対象である不安そうに自分を見つめてくる弱弱しい少女を知ってしまえば放っておくなどできるはずない。
「あ~~、疲れた……」
自分の身体に言い聞かせるかのように、晃は背筋を伸ばす。
非日常な出来事に少々疲れがたまり過ぎていた。 そして、その非日常の中心にいるらしい護衛対象が穴の開いた壁を隔てた向こうにいると言うことも、眠気はあるのに眠れないと言う状況を作っているのだろう。
「仕方がない……」
晃は備え付けの冷蔵庫を開ける。
家具家電は事前に見せられたパンフレットで選ぶ事が出来たが、辞職においこまれてから色々と忙しかった晃は備え付けの物をそのまま使っている。
1人暮らしには大きいと思われる冷蔵庫の中には赤い血のようなワインが1本鎮座していた。 時塔皎一から渡されたものだ。
ワインを取り出し封を開けブランデー用のグラスに注ぐ、その瞬間、ブラックベリーとカシスの豊潤な香りが鼻孔をくすぐる。 皎一がお勧めしたワインは、まだ若い職人が作った力強く可能性を感じられるワインらしく、自分との相性が良いだろうと言う、何処か引っかかる言い方をしていたのが気になっていたのを思い出す。
一口、口に含めば、タンニンの苦みとフルーツの香りが口内に広がる。 細胞にしみこむように身体に馴染んでいくかのような……心地よさ、疲れが取れるかのような感覚。 晃に心身共にリラックスを促してきた。
「凄いな……と言うか、ヤバイものが入ってんじゃないのか?」
ボソリと呟き瓶を眺めたが、ラベルには生産者等は記載されていなかった。
「残念……」
そう呟いたのは危険を感じてではなく、晃個人でも取り寄せたいと思ったから。
一杯目を一気に飲み干し、二杯目を注ぐ。
数時間前の喧噪を忘れたかのように、静かな時間だった。
赤いワインの色合いを、月明りで眺めていれば……ベランダに何かが大きな、人の大きさをした影が落ちて来て、影の大きさとは一致しない静かな落下音が聞こえた。
「な、んだ?」
自殺か? と、反射的に考え、それでもグラスに注いだワインを一気に飲み干してベランダに向かう。
うずくまる人の塊?
もぞもぞと動いているあたり生きているらしい。
「大丈夫か? 医者!!」
落下してきた自殺者に、大丈夫か? と言うのもおかしな話だが……と、思いつつも声をかける。
「必要ないですよ~。 僕、丈夫なんで」
そう言ってアッサリと立ち上がるが、想像以上に大丈夫そうには見えないほどに血にまみれて居て、晃は眉間を寄せる。
「えっと……」
「ぁ、自己紹介はまだでしたね。 三輪、颯太です。 よろしくお願いします」
そう言って差し出す手も、乾いた血で赤くなっていた。 よくよく見れば全身が血にまみれていて、何処をどう考えても大丈夫そうに思えない。 ソレがそのまま顔に出ていたのだろう。
「本当、平気ですから。 これ、ほぼ返り血なんで」
「いや、それも問題があるだろう。 新見に連絡を取らせてもらっても?」
ダメだと言われれば部屋に入れる気はなかった。 逆に言えばダメだと言われなければ部屋に招くつもりだったと言うものである。
それだけ颯太の顔には疲弊が見え、捨てられた子犬のように落ち込んでいるかのように見えたのだ。
「ぁ、いえ、う~ん。 まぁ、いいか……早く怒られるか、後になるかの違いだし……。 それで、雫さんは?」
「寝てるんじゃないのか?」
「一人にさせているんですか?」
拗ねたような言い方。
「雫の寝室は窓のない部屋だ。 逆に俺の部屋は窓側に面している。 外部からの侵入者があれば、雫よりも先に気づく事が出来る。 現に三輪に反応しただろう?」
「僕の事は颯太って呼んで下さい。 みんなそう呼ぶんで」
「分かった。 でだ、颯太……着替えをかしてやるから、オマエは風呂に入って来い」
「ぇ?」
「その恰好で、雫に会うのか?」
「いえ、別に会いに来た訳じゃないですし……」
等と颯太がグズグズしているうちに、晃は着替えを箱から取り出した。
「下着は新しいから安心しろ。 後、出来れば買って返せ」
晃の言葉に、颯太はヘラリと幼く笑って見せた。
「了解しましたーー」
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