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8章

84.危険な存在 05

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 誰もが黙り込み、それぞれ手にした書類を眺める。
 やがて親良が立ちあがり、お茶を入れ、そして語りだす。

「恋人の遺体を取り戻したい。 そう思う気持ちは理解できます。 晃がソレを可能とする確率は非常に低く……成功させようとした場合」

「連想するのは、雫だろうね」

「ですね」

 藤原の前にほうじ茶を入れて置き、親良は同意する。

「でしょうね。 ただ、晃が雫を犠牲に彼女のためにそこまでするか? と言われると」

 視線が晃に集まる。

「する訳ないだろう」

「良かった」

「何を心配してやがる」

 あははと親良は笑うが、本気で心配していたらしい。

「どんだけチョロく見てんだよ」

「と言うより、茨田さんの恋愛遍歴がね……。 見ますか?」

 言われて手を伸ばした。

 現在32歳の茨田杉子だが、男に媚び、女と対立する状況は、幼稚園時代から始まっていたらしい。 小学校時代には、担任教師、保険医、従兄弟、叔父、通学路にいる1人暮らしの男、コンビニ店員が小児性愛者として警察送りにしている。

「彼女はもう、そういう生物だと考えるべきでしょう」

 藤原の言葉に、晃は顔を歪めてボソリと告げた。

「ココまでくると、イジメも自業自得では?」

「相手が小学生なのですから、責任は大人側とされるものです。 もはや魔性ですよね。 先生は幼い頃から彼女の担当医なんですよね。 情報漏洩は勘弁してください」

 親良の言葉に藤原は声に出さず笑えば、親良はふざけて問いかける。

「百選錬磨の相手に、晃はどこまで落とされているか?!」

「落ちてねぇよ。 体調が悪かっただけだ」

 と……言い切ったが、晃の内心と言えば、やべぇええええとか思っていた。

「まだ、篭絡前の晃が自分の側から離れるのは予定外だったでしょうね」

「ソレが目的だけなら、俺を戻そうと足掻く理由は分かるが、わざわざ死体を準備していた? この状況を予測していた?」

「晃君が刑務所に入るのも、このタイミングで出てしまうのも、不確定要素だったと思います。 ただ……彼女の兄恋人が発見された時期と偶然に一致しているだけ」

「あぁ、水の記憶と言う奴を研究していた奴か」

「私も多くは記憶していないのですが……、面白い実験成果が公開された事は覚えています」



 そして藤原は説明をする。



 柑子市の研究者の大半は『不老不死』を目標としている。
 そして茨田家は、代々水の研究をしている。

 飲む水によって、人は健康にもなり、病にもなる。 それは水の記憶が人に影響を与えているから、と言う理念のもとに1000年以上前から研究が行われていると言う話だった。

「ソレは単純に水中の菌類や、栄養が影響しているんじゃないのか?」

「そうでしょうね。 ですが、彼等はこう考えていました。 胎児の90%が水分なら、むしろ水も胎児なのではないだろうか?(成長ごとに水分量が減るため老人は50%まで減少)」

「随分乱暴な考え方だな」

「ですが、人の記憶を特殊な方法で定着させた水を圧縮した場合、スライムのような生き物が人の知識を所有していました」

「まて、ソレは人体実験を行ったと言う事か?」

「そういう場所なんですよ」

「人の記憶を持つスライムか……怖いな……」

 晃の言葉を合図に3人は黙り込んだ。



 その後、時塔皎一に連絡を取り、彼のパソコンの使用許可を得て柑子市の情報集積所にアクセスし茨田一族の研究を閲覧した。



 スライムは、特殊な水槽内でのみ生存可能な有機情報集積生命体。
 水槽から外に出てしまえば乾燥が始まり長時間の生存は不可能。

 次の段階

 生き物を水槽として利用できないか?

 猫を水に溶かし猫スライムを作成。
 猫スライムを犬に取りつかせた。
 結果は、犬としての自我が強くて失敗した。

 より強い意識を形成する。
 犬の方の水分を一度抜く。

 色々な提案がなされている。

「研究を引き継いだのか?」

「どうでしょう……」

「兄の死体が発見されたのが、切っ掛けではないのかね」

 晃と親良の戸惑いに、藤原がパソコンの情報を見ながら話を続けた。

「貯水槽の状態は、有機情報集積生命体スライムとして再生するための、分離作業中のようですね。 私はこのまま報告書類を調べていきましょう」

「では、俺は、監察の方に水の成分調査と、検死の結果を問い合わせてみます」



 晃は……1人ソファに座る。

 天井を仰ぎ、目を閉ざぜば、側に……雫がいるように思えて、安堵した。



 深呼吸を繰り返す。

 記憶にとどめた写真の中へと降りていく。
 状況を心の中で深く、広く、再現する。

 写真で見る限り、彼等には大きな傷が無い。

 彼等は……雫が、水の中で眠ろうとしていたように……。
 静かに、ユックリと、死を意識する事も無く眠り……そして、死んだ……。

 水は浅く呼吸は出来る状態が作られている。 ユックリと生きたまま、記憶を水の中に溶かしだすためか? それとも……人の記憶を食べる何らかの生き物がソコに居たか?

 なぜ、人を混ぜ合わせる?

 今は、ただ実験を繰り返しているだけ?
 それとも、彼等から必要な部分を取り出そうとしている?

 それは……情報? 感情? それとも人の形を動かすために多くの人が必要なのか?

 彼等でなければならなかった理由が……何かあるはずだ……。
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