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9章

102.居候の日常

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 晃は仕事を終え、時塔皎一の屋敷に戻る。

『ボスは車を沢山持っているし、好きなのを使って良いですよ』

 そう親良は言っていたが、どの車も晃の貯金では何かあっても修理費すらヤバイものばかり、いっそバイクでも買うか? と考えたところ、屋敷を任されている執事がニコヤカにこう言ったのだ。

『あの方は、車は好きなのですが……方向感覚と運転技術が問題で……。 それを車のせいにして数ばかりは増えていくので、遠慮なくお使い下さい。 どうしても1台選べないようでしたら、気に入ったものを見つけるまで、日替わりで運転されるのはどうでしょうか?』

 なんて良い提案だろうと、斜め上の意見をされ……。 晃は国産車から1台車を選び使わせて貰う事にした。

「お帰りなさいませ。 今日は御一人ですか?」

 時折、親良や颯太がついてくるのだ。

「あぁ、明日から親良と一緒に出張に出かける……えっと……」

 こんな時どういう挨拶をすればよいのだろうか? そんな戸惑いを見せる晃の手荷物を奪い、流れるように上着を脱がせて来る執事は、微笑みながら晃に告げる。

「留守は責任を持って我々が引き受けますから、晃様は安心してお出かけくださいませ」

 優しい目元と口調は、藤原とは違い穏やかな気分を晃に与える。

「それは、何か違うんじゃないのか?」

 苦笑交じりに次げても、執事はニコニコと笑っていた。 それでも、奇妙な安堵感があった。 剣呑とした雰囲気を纏う人間が集まる寮に居る事を考えれば、本当にありがたいことだ……。

「……いつも、ありがとう」

 そう言えば嬉しそうに、執事は食事の予定を告げて去って行った。

 痒いところに手が届くと言う言葉に相応しい対応だが、晃が負担に感じない程度の距離を保ってくれる事に晃は心から感謝した。

 そして晃を気にかけるのは、屋敷の者達だけではない。

『おかえりなさいませ!! 晃どのぉおお』

 まるで晃の顔面に衝突するのを趣味としているかのような勢いで飛んでくるチビカラス、ピシャリと叩きつける勢いで払うが、最近は向こうも慣れて来たのか3度に1度は回避され、顔面に抱き着かれる。

「止めろ」

『熱烈歓迎と言う奴でござります』

「雫にもソレをやっていたのか?」

『姫は……反射神経が欠如なさっておりますので、我々の遊びにはついてこられませぬ』

 やはり遊ばれているらしい。

 とは言え、このチビカラスを始めカラス達は良く晃を助けてくれる。 視界がカラスに移動する事を相談すれば、ソレがどういうシステムで、どう使いこなすかも教えてくれた。 そういう意味では人間よりも信頼でき、そして未だ不安定な晃を支えてくれているのも確かだった。

『皎一氏が晃殿に託してくれたワインですが、最近お飲みになってないようですが、お飲みになっては如何ですか? アレを飲んだ後は、気分が良いとおっしゃっていたのですから、きっと夢に勝つ事だってできますぞ』

「だが、高価な品だろう?」

『皎一氏は、贈り物を喜んでくれるほうが喜ばれるでしょう。 なに、あの方は金持ちなのですから、細かな事を晃殿が気にされる事はないのです』

 そう言ってチビカラスは、ワインとグラスを持ってくる。

「どうやって、もっているんだ?」

 大きなカラスであれば、酒瓶ぐらい運ぶかもしれないが、晃の相手をしているのは手のひらに乗る程度の大きさのカラスだ。

『私は、普通のカラスとは違いまする。 我が主はカラスを従える護法魔王尊。 大きさには、余り意味はございませぬ。 私自身は、大地と風の加護を得ている。 晃殿……、お許しを頂ければ、私が夢の中に入り、晃殿を悩ませるものを排除いたしましょう』

「……流石に、それは……余りにも情けないだろう。 もう少し頑張らせてくれないだろうか?」

 そう断りを入れた。

だが、本来の理由は違う。

夢の中とは言え、茨田杉子に屈する晃の姿を見られたく等なかっただけ。

 晃はワインを飲みながらボンヤリと考える。

 なぜ、俺は夢に捕まっているんだ!!
 なぜ、俺は夢で雫に出会えない……んだ……。

 夢と言うものは、必要のない記憶を整理する作業だと晃は昔どこかで聞いた。 いつになったら、俺の悪夢は整理されるのだろう?



 1月の間、毎日のように繰り返された拷問。
 薬を使った愛の強制。
 不安への救済。
 甘い言葉。

 依存を促す言葉と触れ合い。
 そして最後には……、

 痛みすら茨田杉子との繋がりであり愛の証だと晃は感じていた。

 知られたくない……。

 そう思いながら、過去に引っ張られる。

 俺を捨てないで……。
 アナタが居なければ俺は立ち上がる事が出来ない。
 抱きしめて、口づけて、甘い約束を……。

 アナタから受けた傷は愛の証。
 アナタの物だと言う印。

 そんな俺の事は……たとえカラス相手とは言え、知られたくない……。 そう思うのだ。



 晃は今も恐れているのだ。
 恐れるには、恐れる理由がある。

 茨田杉子は、水になり、水の蛇となり……それは鋭い刃物のように晃を傷つけ、締め付け……体の内側に侵入してこようと……。

 晃は思い出し凍り付くように止まれば、

『晃殿、食事の前に飲みすぎは如何なものでしょうか?』

「お前がもってきたんだろう?」

 わざと……なのか? ソレは分からないが、絶秒な間をもって晃を救ってくれるのだ。 起きている時も眠っている時も……。

「いつも世話になるな」

『いえいえ、我々は晃殿と姫のお世話をするのが仕事でございますから』
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