愛を語れない関係【完結】

迷い人

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前編

05

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「英雄である兄様に恥をかかせるって、何考えてんのよ!!あの女!!」

 人目もはばからず声を荒げ、正直逃げてしまいたかったのだけど……なんで、メアリーは僕の手をとったままなんだ?

 狼狽え、途方に暮れ歩いていれば、人々の囁きが耳につき、人の視線が気にかかる。

「メアリー、君は羞恥と言うものないの?」

「はぁ? それは、あの女が感じるべきだわ。 なんでしたら、私、兄様のためにあの女が金も支払わずカフェを出て行ったと叫んで見せますよ!!」

 そう得意満面に言う。

「やめてくれ……本当なら、僕が払うべきだったんだ。 ずっと……彼女が先に来て僕を持て成してくれていただけ……」

「ソレの何処がおかしいんですの? 兄様は国の英雄よ? 当たり前ですわ」

 その得意そうな顔に唖然とした。

「あたりまえ……」

 ずっと、そう思っていた。
 それが正しい。

 なのに……なぜ、僕はこんなにも狼狽えているんだろう。



『もう、死んでくれればいいのに……』



 荒れ狂う魔力風の中、冷ややかな視線と共に感情の無い……いや、氷のように、全てを凍らせるような視線と共に呟かれる声が、脳裏に浮かんだ。



 ダメだ……。

 もう2度とあんな目で見られたくない。
 あんな風に思われたくない。

 夢の中の出来事なのに、とてもリアルで……彼女に見放された事、その絶望は刃物よりも恐ろしかった。

「メアリー、僕らは彼女に甘え過ぎていないか?」

「何を言っているの? 私達は家族でしょう? それに、そんなに真剣に何を怒っているのよ。 兄様だって、家族の間で貸し借りに遠慮するものではないと言っていたでしょう」

「貸し借りって言うのは……借りっぱなしの事を言うんじゃないと思う……」

 一言、一言呟くたびに後悔が重なる。

 早く……謝らないと……。

「僕は行くから」

 ガッシリとウィルの手を掴んでいたメアリーの手は、ウィルの手に唖然とし解けていた。 ウィルはその手を振り払い走り出す。

「兄様!! 私を一人にしないで!! 彼女は私にして当然じゃない!! 私達は家族になるんだし、それに、なんでも持っているんだもの」

 胸の奥がざわりとした。

 頭が痛くて走る足が止まった。



 思い浮かぶのは遠い記憶、今は英雄と呼ばれていた自分が弱くて弱くて仕方が無かった頃の汚点……忘れていた。

 ウィルはメアリーを振り返る。

「メアリー……彼女だって君と同じなんだ。 両親を亡くし、故郷を失っている」

 ソフィラの両親が敵国の捕虜として捕まり処刑されたのは、僕が初陣の時だった。 あの時は、大魔導師どころか魔力を練り上げる事すら上手く出来ずにいた。 僕の他にも同じ悩みを抱えている者は多く、魔術も使えない学生が戦場に出てどうすると言うんだ!!と、文句を言いながら戦場の中で混ざり合う魔力渦を体験するために戦場に送り出された。

 そして……僕とカールは、ソフィラの両親に彼女を託されたんだ……。

 カールの家が代々騎士の家系であるように、ソフィラの家系は代々魔導師の家系で、あの時果報と言える魔道具を彼女のためにいくつも持ちだしていた。

 そして……一目見て僕の悩み……魔法的未熟を察した彼女の両親は、僕にネックレスを与えてくれた。 カールも何か魔術を授かっていたのだけど、僕はあの日の事を忘れていた。

 両親の処刑を声一つたてず、歯を食いしばり、静かに涙し見つめていた彼女に僕は罪悪感を抱いていたのだ。

「メアリー……自分だけが不幸だと思うな」

 自分を不幸だと、記憶を忘れ去っていた癖に……自分の言葉が自分の胸に刺さる。

 ソフィラの過去を思い出した僕は、考えるよりも先に口を開いていた。

 そして……僕は、すたすたと歩み寄って来ていたメアリーに何故か殴られた。

「勝手な事を言わないでよね。 お兄様は私の家族も屋敷も財産も領民もあらゆるものが救えなかった!! 近くに居たのに!! 国1番の魔導士なのに!!」

「僕が使う魔術は、破壊のためのもので救済のためのものじゃない。 それに世の中には君が望むような都合の良い魔術なんて存在しないんだ!!」

「いいえ、やりようはあったはず。 周囲一帯の人に強化の状態変動を付与出来れば良かったのよ!! 兄様……私は、兄様を許さないんだから。 私の大切なものを何も救ってくれなかった兄様を……。 だから私は……楽師となって人を救うって決めたの。 ソレを支援するのは……兄様の義務だわ。 来月には学園内に貴族の方々を招いた発表会があるんだから、責任を持って衣装と装飾品の準備をしてくださいね」

「今日はそんな気分じゃない。 それに……破壊系の魔導師の給料はそんなに大きくはない……僕たちには僕たちに相応しく、日を改めて貸衣装を決めにいこう。 僕たちの時代は、演奏会の時には全員制服とか、先輩から受け継がれる衣装を着る者も多かったし、貸衣装も当たり前だった。 それでいいだろう?」

「私は!! お兄様の妹と言う事になっているのよ!! 英雄的大魔導師の妹がそんなみすぼらしい恰好でどうするの!! 私に恥を書けって言う訳?!」

「生憎と僕はそんなに大層な人間じゃないからね。 何しろ、僕自身がこんな格好だ」

 ぼろぼろの年季の入ったローブ。

「お兄様はお兄様、私は私。 一体なんなのよ今日は!! お兄様もソフィラもおかしいわ!! ちょっと手配してくれればいいだけなのに、なんなのよ!!」

 ちょっとドレスを手配して一体幾らかかるか彼女は分かっていない。

 僕の給料では無理。

 今まではソフィラがいたから何とかなっていた。

 彼女の力は植物の育成だ。
 それも一般的な植物を急成長させる力の他に、さまざまな花を咲かせる。

 例えば、肥料花。 植物を植える際に肥料花を咲かせれば作物が良く越える。
 例えば、鎮静花。 痛み止め等に良く使われる。
 例えば、睡眠花。 戦の最中、敵陣営に咲かせれば大きな功績となるだろう。
 例えば、強花。  花の香りでステータスを強化させる。

 そんな感じで、各領地の食料危機を乗り切り、時に領地の特産品を作り出す。 そうやって利益を与える事から、ソフィラの元には様々な贈り物が集まるのだ。 布地に宝石、時に現金が持ち込まれる。

 ソフィラは、

「私は国王陛下のしもべ、あなた達が陛下の部下である限り守るべき存在なだけです。 感謝は私ではなく陛下に示してくださいませ」

 何時だってソフィラはそう語っていた。 それでも、感謝を直接示したい者、優先的に支援を得たい者がソフィラに贈り物をするし、陛下もまたソレを許していた。

 ソフィラは資産家だ。
 だから、メアリーを任せた。

 いや……

『彼女は全てを失くした可哀そうな子なんだ』
『彼女も国のためにあろうとしているんだ』
『彼女にだってチャンスがあっていいはずだ』
『君は、自分以外の活躍を応援出来ないのか』

 そう矢継ぎ早に怒鳴り散らした自分を思い出し、血の気が引いた。

『そうですか……』 

 静かにそう語った彼女の顔を思い出せない。

 劣等感か?
 罪悪感か?

 僕は彼女の顔を見る事無く喚き散らしたんだ。



「メアリー、彼女と顔を合わせたら……謝罪したほうがいい。 本来であれば、君は自分が出来る範囲で努力をするべきなんだ。 学生なんだから制服で発表の場に望む者も少なくはないだろう」

「何よ、急に!! 大勢の人が王宮楽師を目指しているのよ!! あらゆる事をしなければ、見てももらえないのよ!!」

「そんな事はない……楽師の音色は魔術式なんだ。 ソレをちゃんと奏でられる者を人はむげにはしないんだ」

 頭が痛い……。

 そう、まだ、1年生の彼女は魔力路を回転させる魔力発生の訓練に力を入れる時期なんだ……。 メアリーはそれが思ったように出来ないからと、特訓を嫌って逃げ出す。 僕の名やソフィラの名を出せば講師は、機嫌を損ねたくないと無理を強いる事はしない。

 彼女は大成しない。

 楽器だけはそこそこ弾けるから、ずるずると上手くいかない事から顔を背けるんだ。 僕とソフィラの名を出し、仲間を募り、ソフィラへの贈り物を仲間に分け与える事で、体裁を保ってしまうんだ……。

 実力を詐称し、公爵に取り入り、隣国の王子に見初められ……やがて……分不相応な大任を任され追い詰められる。



 そんな事実等存在しないのに、ウィルの心は追い詰められていた。

 ソフィラを僕の人生に巻き込む事は出来ない……。
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