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第1章 町中華でちゃんぽん
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しおりを挟む「はい、おまちどさまでした」
熱々の湯気が立ち昇るちゃんぽんが運ばれてきた。
鷹村は思わずその湯気の中に顔を突っ込んで、
「すぅぅぅぅぅぅぅっ」
と、深呼吸をした。
うまい。
湯気だけで、もううまい。
向かいの席では早くもメシウマさんが、ズルズルズルズルッと勢いよくちゃんぽんを啜り上げていた。
(おおっ、とてもいい音をさせているっ)
麺をすする音がいいのは、同時に麺のまわりの空気も一緒に吸い込んでいるからだ。そうすることで口の中や鼻腔にちゃんぽんの香りが広がり、旨味が倍増するのである。
だから、西洋ではマナー違反といわれようと、日本人はずっと麺をすすってきた。
そんな日本人の中でも、とくに麺を美味しく食う人はがぜんいい音ですすり上げる。聞いていても惚れ惚れするほどで、じつに旨そうだ。
それは、もう音の調味料といってもいい。食欲がとにかく刺激されるのだ。
鷹村が今注目している向かいのメシウマさんのすすりっぷりも、じつに素晴らしいものだった。その音だけで白飯が食えそうなほどだ。
(こっちも負けてはいられない)
そそくさと箸を手に取り、托鉢僧のごとく両手を合わせた。
「いただきます」
まるで選手が試合前に「お願いします」と挨拶をするかのように、ちゃんぽんに向かって小さくお辞儀をする。
箸を差し入れ、麺を持ち上げると、ちゃんぽん独特の旨味を含んだ湯気がふわぁっと立ち昇ってくる。
その旨味をふんだんに含んだ湯気が鼻の中に滑り込んできて嗅覚を刺激し、食欲を激しく掻き立てる。
(もう我慢できない――)
山盛りの野菜とともに持ち上げたちゃんぽん特有の太めの麺を口へと運ぶ。そして、スープを纏った麺をズルズルズルッと啜り上げる。
(うまいっ!)
メイン野菜はキャベツではなく白菜だ。そこにもやし、短冊切りにされたにんじんが加わる。みずみずしい野菜の旨味が噛むたびにじゅわっと広がる。
ちゃんぽん麺のモチモチとした食感と、野菜のシャキシャキとした食感が絶妙なシンフォニーを奏でる。ちゃんぽんならではの交響曲だ。
そこへ白とピンクのコントラストが鮮やかなかまぼこと、細切りにされたさつま揚げがほのかな旨味を加えてくる。
野菜とは対照的な弾力のある食感も、よいアクセントとなってさらに咀嚼を楽しませてくれる。
この練り物たちからは、魚のすり身の出汁が豚骨スープにしっかりと溶け出している。白身魚の旨味を動物系のスープに加えているのだ。
これが練り物の底力であり、真骨頂だ。
かまぼこやさつま揚げは地味なようだが、じつはちゃんぽんの縁の下を支えているのは彼らだ。だからこそ、練り物はちゃんぽんに欠かせない食材なのだ。
ちゃんぽんの具はまだまだある。
むき身のエビ――。
見た目も可愛く、ぷりぷりとした食感も楽しい。新たなアクセントとなって、全体の食感に変化を加えてくれる。
そしてまた、そのエビたちはちゃんぽんに海鮮の風味を運んできてくれる。生命をはぐくむ大海原の懐深い味が、口内に優しく広がっていく。
そんな海の幸の旨味に、肉の旨味が重なってくる。
豚バラだ。
たっぷりの野菜の中から豚バラが顔を出し、「俺はここにいるぞ」とばかりに存在感を誇示している。
口へと運ぶと、口内が一気に豚バラの脂の旨味に染め上がる。ちゃんぽんの具材たちのリーダーというべき旨味だ。
その様々な素晴らしい個性を持った具材たちをまとめるのが、さらに個性的な豚骨スープとちゃんぽん麺だ。
ちゃんぽんはバンドだ。いや、楽団だ。オーケストラだ。
さまざまな楽器が集まって一曲を作り上げるように、野菜、練り物、海鮮、肉といったさまざまな食材が絶妙に重なり合う。
そして、それらをパワフルな豚骨スープが抱擁し、テノール歌手のようなもちもちの太麵がメインステージに上がって、一杯のちゃんぽんを作り上げている。
それはまるで、一杯のどんぶりの中で森羅万象を表現しているかのような荘厳で壮大なハーモニーだ。
世界を凝縮したような旨味が、身体の中にじんわりとどこまでも広がっていく。雄大な自然が生命をあたたかく包み込むように――。
地球に生まれてよかった――そんな感動がそこにはあった。
ちゃんぽんは偉大である。
「うまっ……」
今日ネタ見せで滑ったことなど、日常生活から生まれてくる余計な考えはいっさい頭の中から消し飛んでいる。
鷹村の意識は、今ここにあるちゃんぽんだけに集中していた。
意識を食べているものだけに集中すると、口や鼻だけでなく、身体全体でそれを味わっているような感覚に陥る。
そうして味わう料理は、余計な事を考えながら味わう料理などよりも、何倍も、何十倍もうまい。
メシに集中し、メシを鋭敏に感じてこそ、メシは美味しくなるのだ。
ズルズルズルズルッ――。
向かいの席ではメシウマさんが本当に旨そうにちゃんぽんをすすり上げている。
その音を聞いていると、こっちもちゃんぽんをすすっているにもかかわらず、ますます新たな食欲が湧いてくる。
そして、その食欲に突き動かされるように、続けて次のちゃんぽん麺を持ち上げる。
うまそうにメシを食う人の姿は、見ている人の本能に訴えかけてくるものがあるのだ。
こういったいい刺激があるから、メシウマさんの存在は貴重だ。外食を楽しむうえで重要なファクターとなっているのである。
ズルズルズルズル。
目の前のメシウマさん効果でさらに旨味が増したちゃんぽんを、勢いよくすすり上げる。
熱いちゃんぽんのスープから立ち昇ってくる湯気で鼻腔の湿り気が飽和状態となり、知らぬうちに鼻水となって垂れそうになっていた。
慌ててポケットティッシュを取り出し、ブーと鼻をかむ。目の前の食べっぷりさんも同じようにティッシュでブーと鼻をかんでいた。
そしてふたたび脇目もふらず、即座にちゃんぽんに戻る。
ズルズルズルズル。
ズルズルズルズル。
ふたりのちゃんぽん麺をすする音が調和する。
その音がさらにお互いの食欲を刺激する。
鷹村とメシウマさんの顔にほのかに笑みが浮かぶ。ちゃんぽんがうまいからこその表情だ。メシがうまいことへの純粋な喜びの顔だ。
「すみませ~ん。ちゃんぽんください」
新しく入ってきた客が鷹村とメシウマさんをちらっと見比べると、即座にちゃんぽんを注文した。
これもメシウマさんあるあるだ。隣の芝生は青く見えるように、うまそうに食っている人の料理は他の人も食べたくなるものなのだ。
メシウマさんはちゃんぽんと餃子一人前をじつにうまそうに平らげ、「ごちそうさん」と、いい顔をしてお会計をした。
そのメシウマさんが店を出るとき、
「ありがとうございました~」
店員は心なしか気分よさげなあいさつでメシウマさんを見送っていた。
正直なところ、鷹村も同じ気分だった。
いい食べっぷりをする人は、店員の気分をよくする。
いい食べっぷりをする人は、他の客の気分もよくする。
そして、いい食べっぷりをする人は、そもそも自分自身も最大限にメシの美味しさを楽しめている。
つまり、「メシウマさん」であることは一石三鳥であり、周囲にいい影響を与える好循環の源にもなり得るのである。
鷹村が店を出るとき、
「ありがとうございました~」
店員が気持ちのいい声で送り出してくれた。
(俺もちょっとはメシウマさんになれていたのかな?)
鷹村はちょっぴりいい気分になって、そして同時にそんな自分を誇りにも思った。
このときには店はほぼ満席になっていて、活気ある店内になっていた。その客の結構な割合がちゃんぽんをすすっていた。
その中に幾人か、いい感じのメシウマさんがいた。彼らが店の活気ある雰囲気を作り上げていた。そして、彼らがまた別のメシウマさんを引き寄せていた。
もし「幸せはどこにあるのか」と問われたら、鷹村は迷わずこう答えるだろう。メシウマさんがいる食堂を指差して「幸せはここにある」と――。
心地よい気持ちのまま、鷹村は帰路についた。
いつもよりちょっと早歩きをしながら、
「早歩きメデスの法則」
と言ってみた。
北風が突然冷たくなったような気がした。
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