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カタルシスのカタルシス感が軽くなっている?
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言葉というものは時代とともに意味が変わるものである。
とはいえ、普通に生活していると、その言葉の意味が変化に気づくことはまったくない。そもそも自分が言葉の意味を正しく理解しているのかすら怪しい。
それもこれも言葉というものをなんとなく使っているからで、いちいち言葉の元の意味を確認していないからだ。
ところが、本を読んでいるとたまに二冊の本のあいだで使われている言葉の意味の違いを発見することがある。今回はそういうことがあったので、書きとめておこうと思う。
まずは「2025年12月1日~12月10日に読んだ本」の中の『映画を早送りで観る人たち』に書かれていた文をご覧いただきたい。
『映画を早送りで観る人たち』稲田豊史(光文社新書)
P.194
《いくら脚本の質が高くても、重苦しいテーマのTVドラマは視聴率が取れないとは、よく言われる。シリアスな社会問題を背景に描こうとも、必ずコメディ要素を差し挟むべし。あるいは、わかりやすい謎解きや勧善懲悪のカタルシスは必須。脳みそを回転し続けなければいけない理解できない複雑な伏線や、込み入った群像劇、高度な皮肉交じりのウィットはご法度。》
何もまったく気にならない文章だ。おかしなところは何一つない。普段の自分ならそう思っていただろう。
だが、今回はひっかかった。少し前に読んだ『使う哲学』という本にこう書かれていたからだ。
『使う哲学』齋藤孝(ベスト新書)
P.96
《カタルシスはもともと、浄化や排泄を意味するギリシャ語です。そのカタルシスをアリストテレスは感情面でも使っています。悲劇を観ると、感情移入して、日頃、心に抱いていた恐れや悲しみ、哀れみなどの感情が放出されて、心が軽やかになることがありますね。ネガティブな感情を出して、すっきりする感覚です。アリストテレスはこれをカタルシスと呼んだわけです。》
念のため、手元にある国語辞典(旺文社)で調べてみると、
《カタルシス 悲劇などを見ることによって、心にたまった重苦しい感情を晴らし、それによって心を軽快にすること。浄化。[参考]元来は医学用語で「排出」の意。アリストテレスが悲劇論で用いた。》
とあった。
つまり、「カタルシス」は「悲劇を見ることで気持ちが浄化される」ということだそうだ。
ところが『映画を早送りで観る人たち』の中で使われている「カタルシス」は「気分がスカッとするシーン」というくらいの意味だろう。一般的にもその意味で理解している人は多いだろうし、自分も『使う哲学』を読むまではそう思っていた。
では、どうしてこのような意味の変化が起こったのだろうか。
それはきっと「気持ちをスッキリさせるのに、悲劇なんか見たくない」からではないだろうか。
自分もスカッとしたいと思ったときに「悲劇を見よう」なんて選択肢はない。ぜったいにない。「悲劇を見たらネガティブな感情が吐き出されてスッキリするぜ」と勧められても、きっと「嫌だ」というだろう。
『映画を早送りで観る人たち』の中でも語られているが、「気持ちを乱されたくない」のだ。感動の押し売りですら不愉快なのに、悲劇を見るなんてもってのほかだ。
アリストテレスのいう「カタルシス」は現代にそぐわないのである。
そういう感じ方の変化があって、「カタルシス」という言葉も「悲劇を見ることで気持ちが浄化される」という意味から「気分がスカッとするシーン」へと意味が変質したのではあるまいか。
つまり、カタルシスという言葉に含まれる意味のカタルシス感が低減したのである。
――と、別の本からそんな発見をして自分勝手な思索にふけるのも読書のカタルシスの一つなのかもしれない。
とはいえ、普通に生活していると、その言葉の意味が変化に気づくことはまったくない。そもそも自分が言葉の意味を正しく理解しているのかすら怪しい。
それもこれも言葉というものをなんとなく使っているからで、いちいち言葉の元の意味を確認していないからだ。
ところが、本を読んでいるとたまに二冊の本のあいだで使われている言葉の意味の違いを発見することがある。今回はそういうことがあったので、書きとめておこうと思う。
まずは「2025年12月1日~12月10日に読んだ本」の中の『映画を早送りで観る人たち』に書かれていた文をご覧いただきたい。
『映画を早送りで観る人たち』稲田豊史(光文社新書)
P.194
《いくら脚本の質が高くても、重苦しいテーマのTVドラマは視聴率が取れないとは、よく言われる。シリアスな社会問題を背景に描こうとも、必ずコメディ要素を差し挟むべし。あるいは、わかりやすい謎解きや勧善懲悪のカタルシスは必須。脳みそを回転し続けなければいけない理解できない複雑な伏線や、込み入った群像劇、高度な皮肉交じりのウィットはご法度。》
何もまったく気にならない文章だ。おかしなところは何一つない。普段の自分ならそう思っていただろう。
だが、今回はひっかかった。少し前に読んだ『使う哲学』という本にこう書かれていたからだ。
『使う哲学』齋藤孝(ベスト新書)
P.96
《カタルシスはもともと、浄化や排泄を意味するギリシャ語です。そのカタルシスをアリストテレスは感情面でも使っています。悲劇を観ると、感情移入して、日頃、心に抱いていた恐れや悲しみ、哀れみなどの感情が放出されて、心が軽やかになることがありますね。ネガティブな感情を出して、すっきりする感覚です。アリストテレスはこれをカタルシスと呼んだわけです。》
念のため、手元にある国語辞典(旺文社)で調べてみると、
《カタルシス 悲劇などを見ることによって、心にたまった重苦しい感情を晴らし、それによって心を軽快にすること。浄化。[参考]元来は医学用語で「排出」の意。アリストテレスが悲劇論で用いた。》
とあった。
つまり、「カタルシス」は「悲劇を見ることで気持ちが浄化される」ということだそうだ。
ところが『映画を早送りで観る人たち』の中で使われている「カタルシス」は「気分がスカッとするシーン」というくらいの意味だろう。一般的にもその意味で理解している人は多いだろうし、自分も『使う哲学』を読むまではそう思っていた。
では、どうしてこのような意味の変化が起こったのだろうか。
それはきっと「気持ちをスッキリさせるのに、悲劇なんか見たくない」からではないだろうか。
自分もスカッとしたいと思ったときに「悲劇を見よう」なんて選択肢はない。ぜったいにない。「悲劇を見たらネガティブな感情が吐き出されてスッキリするぜ」と勧められても、きっと「嫌だ」というだろう。
『映画を早送りで観る人たち』の中でも語られているが、「気持ちを乱されたくない」のだ。感動の押し売りですら不愉快なのに、悲劇を見るなんてもってのほかだ。
アリストテレスのいう「カタルシス」は現代にそぐわないのである。
そういう感じ方の変化があって、「カタルシス」という言葉も「悲劇を見ることで気持ちが浄化される」という意味から「気分がスカッとするシーン」へと意味が変質したのではあるまいか。
つまり、カタルシスという言葉に含まれる意味のカタルシス感が低減したのである。
――と、別の本からそんな発見をして自分勝手な思索にふけるのも読書のカタルシスの一つなのかもしれない。
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