鉄の女と銀の犬。貧乏令嬢はドSメイドに飼われる。

山本条太郎

文字の大きさ
20 / 53

第20話 「留学生襲来。帝国からのスパイは誰だ」

しおりを挟む
【早朝:アシュトン公爵邸・主寝室】
カーテンの隙間から、薄青い朝の光が差し込んでいる。  

私は目を覚ますと、隣で眠るローズマリーさんの寝顔をじっと見つめた。  

規則正しい寝息。

長い睫毛。  

昨夜、悪夢にうなされ「助けて」と泣いていた少女は、今は安らかな表情で泥のように眠っている。

私の胸には、昨日見てしまった「裏帳簿」の「絶望的な数字」と、ご主人様の「助けて」という寝言が焼き付いていた。

……この人は、無理をして、私に美味しいご飯を食べさせてくれていた。

私はそっと、ご主人様の手を握った。  

冷たくて、細い指。  

でも、私にとっては世界で一番尊い手だ。  

この細い指で、ピアノを弾くように、破綻寸前の財政を操っているのだ。 
 
これ以上、彼女に心労をかけてはいけない。

「……おはようございます、ローズマリーさん」

私はローズマリーさんの額に、誓いの口づけを落とした。  

それは服従の証ではない。

守護の誓い。

「もう泣かせません。ご主人様を脅かす敵は、私が全部――、噛み砕いておきますから」

                  ◇

【王立学園・大講堂】
その日、学園の空気は一変していた。
  
全校集会が開かれ、壇上には学園長と共に、見慣れない制服を着た集団が整列している。

 黒を基調とした、軍服のようなデザイン。

「帝国」の魔導学院からの留学生たちだ。

「……空気が重いですわね」

隣に並ぶイザベラ様が、扇子で口元を隠しながら囁いた。 
 
彼女の言う通りだ。  

王国の生徒たちが華やかで緩い雰囲気なのに対し、帝国の生徒たちは一糸乱れぬ姿勢で直立し、カミソリのような鋭い気配を放っている。

「ご紹介しましょう。本日から三週間、我が校で学ぶ交流留学生の皆さんです」

代表の男子生徒が挨拶をする中、私の鼻がピクリと動いた。 
 
野生の嗅覚が、異質な「匂い」を捉えた。

……なんだろう。この中に一匹だけ、種類の違う『獣』がいる。

私の視線は、列の最後尾にいる「ある少女」に吸い寄せられた。  

地味だった。  

分厚い眼鏡に、三つ編みのお下げ髪。

制服も少しサイズが大きく、猫背気味に縮こまっている。  

名前は「ヒルダ」と紹介された。
  
他の帝国の生徒たちがエリート然としている中で、彼女だけは「人数合わせの補欠」のように見えた。  

だが、私の本能が警鐘を鳴らす。  

あの少女からは、ローズマリーさんとも、あのベアトリスとも違う匂いがした。  

それは、良く手入れされた銃器のオイルの匂い。 
 
そして――乾いた血の匂いだ。

                  ◇

【放課後:図書室】
私は疑惑を確かめるため、一人で本を読んでいる「ヒルダ」を尾行し、図書室へ潜入した。

 彼女は一番奥の席で、分厚い専門書を積み上げている。  

私は本棚の影から、じっと観察した。

……何読んでるんだろう?

私は深呼吸をし、「人懐っこいアリアちゃん」の仮面を被って近づいた。

「ここ、座ってもいいですか?」

声をかけると、ヒルダはビクリと肩を震わせ、眼鏡の奥から怯えたような瞳を向けた。

本を素早く閉じる。

「あ……は、はい。どうぞ……」

声は小さく、どもっている。完璧な「気弱な生生徒」の演技だ。 
 
私は笑顔で隣に座り、何気ない世間話を装って切り出した。

「私、1年のアリアです。すごい量の本ですね。……『王都地下水路の構造』に『建築資材の強度一覧』? 難しい勉強してるんですね」

「……あ、いえ。その、父が職人なもので、建築には少し興味があって……」

ヒルダは視線を伏せ、モジモジとスカートの裾を弄った。

「へぇ、職人さんなんだ! どんなお仕事なんですか?」 

「……しがない時計職人です。私はただの奨学生で……場違いですよね、こんな華やかな学園なんて」

自虐的に笑うヒルダ。  

だが、私の視線は、彼女が本を押さえている「右手」に釘付けになっていた。 

白く細い指。  

だが、人差し指の第二関節と、親指の付け根に、硬く変色した「タコ」がある。

……時計職人の娘? 

違う。

時計修理なら、指の腹がもっと繊細になるはず。

冒険者の時に見たことがある。

あのタコは、硬い金属のレバーを、何万回も強く引き続けた痕だ。

私はニッコリと笑い、自分の手を広げて見せた。

「分かります! 私も実家が貧乏で、ずっと肉体労働してたんですよ。だから、手にタコができちゃって」 

「……まあ、大変だったんですね」

 「ええ。だから分かるんです。ヒルダさんのそのタコ……『重い引き金トリガー』を引く指ですよね?」

空気が凍った。  

図書室の静寂が、一瞬で真空になったような錯覚。  

ヒルダの眼鏡の奥の瞳が、スッと細められた。  

だが、すぐに弱々しい表情に戻る。

「……え? 引き金? 何を言って……ああ、これは、父の工房で万力を回す手伝いをしていた時の……」 

「そっかぁ! 万力かぁ! ごめんなさい、勘違いしちゃって」

私はあっけらかんと笑い、背伸びをした。  

その拍子に、わざと肘を机の上のペンケースにぶつけた。

ガシャーン!

金属製のペンケースが床に落ち、大きな音が響く。  

普通の生徒なら「きゃっ!」と驚くか、ビクッとする場面だ。  

だが、ヒルダは瞬き一つしなかった。  

音が鳴るのと同時、いや、私の肘が動いた瞬間に、彼女の左手は無意識に懐へと伸びかけ、途中でピタリと止まったのだ。

「……あら? 落ちちゃいましたね」

ヒルダはゆっくりと首を傾げた。
 
私がペンケースを拾い上げると、ヒルダが眼鏡の位置を直しながら、低い声で言った。

「……アリアさん。随分と観察がお好きなんですね」 

「ええ。冒険者稼業の時の癖みたいなもので」

私は屈託のない笑顔で答えた。

「でも、気をつけてくださいね。この学園、たまに『悪い虫』が入ってくるから。……見つけたら、潰さないといけないんです」

私の瞳に、明確な警告の色が宿る。 
 
ヒルダは口元だけでニタリと笑った。

「……ええ。肝に銘じておきます。虫は、どこにでも湧くものですから」

バチバチと火花が散るような視線の交錯。  

こいつは、王国の心臓を止めるために送り込まれた「犬」だ。

             ◇

【夕刻:アシュトン邸・執務室】
私は全速力で屋敷に戻り、執務室のドアを開けた。

「ただいま戻りました!」

そこには、書類の山と格闘するローズマリーさんの姿があった。  

彼女は顔を上げ、疲れた笑顔を見せた。

「お帰りなさい、アリア。……どうでしたか? 帝国の留学生たちは」

ローズマリーさんの声には、隠しきれない不安が滲んでいる。 
 
彼女は知っているのだ。

帝国がいつ牙を剥くか分からない状況であることを。  

これ以上、彼女に「敵が学園に入り込んだ」なんて伝えたら、彼女はまた眠れぬ夜を過ごすことになるだろう。
  
私は、喉まで出かかった報告を飲み込んだ。

言っちゃダメだ………。

私は満面の笑みを作った。

「ええ! みんな真面目そうで、ガリ勉って感じでしたよ!」 

「……そうですか。それなら、良いのですが」

ローズマリーさんは、ほっとしたように息を吐き、肩の力を抜いた。 
 
その安堵した顔を見て、胸が締め付けられる。

「あ、でもローズマリーさん! 来週の『合同野外演習』、私も参加していいですか? 留学生たちと仲良くなりたいし!」 

「野外演習ですか? ……まあ、貴女が一緒なら、彼らへの牽制にもなるでしょう。許可します」 

「やったぁ! ありがとうございます!」

私は無邪気に喜んでみせた。  

だが、心の中では冷たい刃を研いでいた。

……ヒルダ。

あんたたちの好きなようにさせない。

私の『物理こぶし』で、あんたたちの計画ごと粉砕してやる。

私はローズマリーさんにお茶を淹れながら、窓の外を見つめた。  

夕焼けが赤い。  

まるで、これから流れる血の色のように。
  
孤独な戦いが始まる。 
 
愛するご主人様の、その安らかな笑顔を守るために。
______________________________________
次回予告 :そして迎えた、運命の「合同野外演習」。 森の奥深くで、 突如として発生する「魔獣暴走(スタンピード)」。  逃げ惑う生徒たち、標的となるイザベラ様。  私はローズマリーさんの「目立つな」という命令を破り、ついにその禁忌の力を衆人環視の中で解放する。 
次回、「魔獣暴走(スタンピード)。アリア、禁忌の魔力解放」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

処理中です...