鉄の女と銀の犬。貧乏令嬢はドSメイドに飼われる。

山本条太郎

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第26話 「地下闘技場も物理で突破します。銀狼の咆哮」

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【王都地下:違法闘技場「奈落のコロッセオ」】

そこは、王都の光が決して届かない、欲望と鉄錆と血の匂いが充満する場所だった。  

すり鉢状の会場を埋め尽くすのは、顔を隠した貴族、破産した商人、そしてスラムの住人たち。  

彼らが求めているのは、スポーツではない。「殺し合い」だ。

「「「殺せ! 殺せ! 内臓を見せろォ!」」」

 地鳴りのような歓声が響く中、実況の声がマイクを通して怒鳴り散らす。

『さあ、今宵のメインイベントだ! 優勝賞品は伝説の「神代の霊薬エリクサー」、そして勝者総取りの賞金! ルールは無用! 相手が息絶えるか、降参するまで殴り続けろ!』

ゲートが開き、一人の巨漢が入場した。  

身長二メートル超。

全身に入れ墨を入れ、巨大なバトルアックスを引きずっている。  

「死刑囚ザガン」。

過去に騎士団を三人殺して収監された怪物。

『対する挑戦者は……なんだぁ!? あのチビは!?』

私は、反対側のゲートから入場した。

武器は持っていない。

ステゴロ、身一つ。

その姿に、場違いと言わんばかりに、観客席からブーイングが飛ぶ。

「ふざけんな!」 
「子供を出すな、見世物にもならねえぞ!」

私は罵声をBGMのように聞き流し、リングの中央で足を止めた。  

うるさい。

どいつもこいつも。  

仮面の下から、観客でも対戦相手でもなく、貴賓席に飾られた「小瓶エリクサー」だけを見つめていた。  

あの輝き。

あの小さな瓶の中に、ローズマリーさんの未来が入っている。

心臓が早鐘を打つ。

……あれが、ご主人様の命。

恐怖じゃない。渇望だ。  

あれがあれば、またあの人の笑顔が見られる。  

「駄犬」と罵ってくれる声が聞ける。  

そのためなら、私は悪魔にだってなってやる。

私は静かに構えた。

                   ◇

【第1回戦:死刑囚ザガン vs 銀狼】

「ヒャハハ! 嬢ちゃん、迷子かぁ? 俺様の斧でミンチにして……」

ザガンが舌なめずりをして斧を振り上げた。  

遅い。

あくびが出るほど遅い。  

その刃が空気を切り裂き、私の頭蓋を砕こうとした、その瞬間。

ドォォォォォンッ!!

大砲が発射されたような轟音が響く。  

斧は粉々になって宙を舞っていた。  

そしてザガンの巨体は、リングのロープを突き破り、観客席の壁にめり込んでいた。

腹部に、小さな拳の跡を残して。

「「「……え?」」」

静寂。  

誰も何が起きたか理解できなかった。  

私は、殴り抜いた拳から立ち上る湯気を払い、つまらなそうに呟いた。

「次。……急いでるので」

早く帰らないと。

ご主人様が待っている。  

一瞬の間の後、会場が爆発した。

「う、うおおおおおおッ!?」 
「ワンパンかよ! なんだあのガキ!?」 
「銀狼! 銀狼! 銀狼!」

                ◇

【貴賓席】

熱狂する会場を見下ろすVIPルーム。  

ヒルダは、ワイングラスを揺らしながら、冷徹な目でアリアを見つめていた。

「……素晴らしいわ。魔法による身体強化術式を使わずに、純粋な筋力と魔力の循環だけであの出力を出している」

彼女の横には、帝国から持ち込んだ計測機器が並んでいる。  

アリアが動くたびに、針が振り切れていた。

「魔法使い殺し。帝国の魔導兵器にとって、最大の脅威になり得る『物理』の化身」

ヒルダは黒服の部下に指示を出した。

「予定を変更するわ。決勝の相手は『彼』にしなさい。……帝国の最新作、対魔導士用キメラ『タイプ・ベルセルク』をぶつけるの」 

「し、しかしヒルダ殿! あれはまだ制御が不完全で……会場ごと吹き飛びます!」 

「構わないわ。……彼女がどこまで『壊れない』か、テストしたいの」

                ◇

【決勝:合成魔獣キメラ vs 銀狼】

私は勝ち進んだ。  

毒使いの暗殺者も、武装した傭兵団も、全て一撃。  

そして迎えた決勝。  

ゲートから現れたのは、人間ではなかった。  

身長三メートル。

全身が黒い金属のような皮膚で覆われ、両腕が鋭利な刃物になっている異形。  

『さあ、緊急参戦だ! 帝国が極秘に開発した生体兵器!その身体からは、魔力を無効化する「アンチ・マナ・フィールド」が展開されている!まさに怪物!これには一切魔法が通じないぞぉ!』

私は眉をひそめた。

「……嫌な匂い。あいつの匂いがする」

キメラが咆哮と共に突進してきた。  

速い。  

私は横に飛んだが、キメラの刃が頬をかすめ、仮面にヒビが入る。  

さらに、身体が鉛のように重くなった。  

キメラの周囲では魔法が使えないため、身体強化の効率が落ちている。

「魔法を消す結界……?」

厄介だ。

私の力は、ローズマリーさんから貰った魔力で増幅されている。  

それが封じられれば、ただの人間……いや、ちがう。  

私はニヤリと笑った。

「でも、残念。……私の強さは魔法じゃない」

私は逃げるのをやめ、正面からキメラに向かって踏み込んだ。  

キメラが刃を振り下ろす。  

私はそれを素手で――「刃の側面」を叩いて軌道を逸らした。

ガギンッ!

金属音が響く。  

「ご主人様の魔力は、私の筋肉を回す燃料! 一度着火したエネルギーは、魔法が消えても止まらない!」

そして、無防備になったキメラの懐に潜り込む。

「殴ることは、誰にも止められないんだあぁッ!!」

私の拳が、キメラの胸板に突き刺さる。  

魔力ではない。  

純粋な運動エネルギーの塊。  

ご主人様への愛が生み出した、物理法則という名の暴力。  

アンチ・マナ・フィールドなど関係ない。

物理は無効化できない。

ズガァァァァァァァンッ!!

衝撃波がキメラの背中から突き抜けた。  

鋼鉄の皮膚がへしゃげ、中の機械部品と内臓が飛散する。  

キメラは断末魔を上げることもなく、上半身を消し飛ばされて崩れ落ちた。

シーン……。

会場が静まり返る。  

魔法を無効化する怪物を、魔法を使わずに粉砕したのだ。  

それは、この世界の常識を覆す光景だった。

                 ◇

優勝が決まった。  

私は血と油にまみれながら、表彰台に上がった。  

プレゼンターの男から、小瓶エリクサーと、山積みの金貨が入った袋をひったくる。

『勝者! 銀狼ォォォォ!!』

観客の熱狂的なコールが響く中、私は仮面越しに貴賓席を睨みつけた。  

ガラスの向こうで、ヒルダが満足そうに拍手しているのが見えた。  

「合格よ」と口が動いている。

……趣味の悪い女。でも、これで……。

私は小瓶を胸に抱いた。  

温かい。

これが、ローズマリーさんの命になる。  

一刻も早く、ご主人様の元へ。  

冷たくなったあの肌に、熱を取り戻させたい。

「待っていてください、ご主人様。……今、帰ります」

私は歓声を背に、リングを降りた。  
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