鉄の女と銀の犬。貧乏令嬢はドSメイドに飼われる。

山本条太郎

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第46話 「新しい首輪は、ダイヤモンドの輝き」

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【王都・高級ホテル「ロイヤル・パレス」舞踏会場】

シャンデリアの暴力的なまでの煌めき、鼻をつく高級な香水の香り、そして優雅な生演奏のワルツ。  

王都の復興を祝う「戦勝祝賀会」の会場は、瓦礫の山となった外の世界とは隔絶された、夢のような別世界だった。

その中心に、私は一人、見世物のように立たされていた。  

いつもの動きやすい戦闘スーツではない。  

鮮血のように赤い、背中が大きく開いたイブニングドレス。  

肌に張り付くようなシルクの感触が気持ち悪い。  

そして何より、首に巻かれた重厚なチョーカーが、私の呼吸を妨げていた。  

私の瞳と同じアメジストと、無数のダイヤモンド。  

美しく、冷たく、そして重い「首輪」。

息が詰まる……。

こんな石ころ、何の役にも立たないのに。

「……動きにくいです。これ、布が足りなくないですか? スースーします」 

「あら、素敵よ。……私の『最高額の担保』には、これくらい相応しいわ」

私の背後から、深紅のドレスを着たベアトリスが、白く滑らかな背中を指でなぞる。  

冷たい蛇が這うような感触。

鳥肌が立つ。  

この女は、私を「生き物」として見ていない。

ただの「高価な商品」として値踏みしている。

「ヒッ……! 息を吹きかけないでください!」

私が身をよじると、彼女は楽しそうにクスクスと笑った。  

周囲の貴族たちは、その様子を見て、扇子で口元を隠しながら噂話をしていた。

「聞いたか? アシュトン家は破産して、あの娘を売ったらしいぞ」
 「英雄と言っても、所詮は金には勝てんか」

屈辱的な視線。

刺すような嘲笑。  

殴り飛ばしたい。

この会場の全員を、この女を、シャンデリアごと粉砕してやりたい。  

私の拳が震える。  

でも、ダメだ。

私が耐えているのは、ただ一人のためなんだから。  

あの不器用で、プライドだけが高い、私の大切なご主人様のために。  

私が暴れれば、契約はご破算。

だから、私は「いい子」でいなきゃいけない。  

歯を食いしばれ、アリア。

これはご主人様を守るための戦いだ。

                  ◇

不意に、ホールが静まり返った。  

入り口から、一人の令嬢が入場してくる。

ローズマリーさん。

息を呑んだ。  

彼女が纏っているのは、流行遅れのシンプルな黒いドレス。

宝石は一つも身につけていない。  

貴族たちが、哀れみの視線を向ける。  

でも、違う。  

彼女は背筋を伸ばし、顔を上げ、凛と歩いていた。  

その姿は、どんな着飾った貴婦人よりも気高く、美しかった。  

ああ、やっぱり私のご主人様は世界一だ。  

ボロボロでも、何も持ってなくても、貴女は私の光だ。

「……ローズマリーさん」

私が駆け寄ろうとするが、ベアトリスがその肩を強く掴んで止める。

「ダメよ、ワンちゃん。貴女は今、私の『管理下』にあるの。勝手にお座りを解かないで」

ローズマリーさんは二人の前まで来ると、足を止めた。  

ベアトリスが、勝ち誇ったようにグラスを掲げる。

「ようこそ、ローズマリーちゃん。……アリアちゃん、似合うでしょう? 今の貴女には買えない、最高級のダイヤモンドの首輪よ」

ローズマリーさんは唇を噛み締めた。  

その表情を見て、私の胸が張り裂けそうになる。  

その重苦しい空気を切り裂くように、高らかなファンファーレが鳴り響いた。

「アルベルト第一王子殿下、ご入場!」

白亜の礼服に身を包んだアルベルトが、近衛兵を従えて現れた。  

彼は真っ直ぐに私たちの元へ歩み寄ると、ベアトリスの手から私の腕を強引に引き剥がした。

「……無粋な真似はやめてもらおうか、死の商人」 

「あら、殿下。私の商品に傷をつけないでくださる?」

アルベルトはベアトリスを一瞥もしない。  

彼は私の手を取り、その場に跪いた。  

会場中が息を呑む。

「アリア。……君が借金のカタに売られるなど、僕が許さない」

アルベルトは、懐から王家の紋章が入った小切手帳を取り出した。

「アシュトン家の負債、全額僕が肩代わりしよう」 

「はあ……?」

ローズマリーさんが顔を上げる。

その瞳が絶対零度の冷たいものになる。

「ただし、条件がある」

アルベルトは、私を熱っぽい瞳で見つめた。  

その瞳に映っているのは、私だけ。

「アリア、僕と結婚してくれ。……君が妃になれば、王家の予算でアシュトン家を救済できる。君は奴隷ではなく、この国の『女王』になるんだ」

会場がどよめく。  

借金は消える。私は国母となり、ローズマリーさんも救われる。  

誰もが「イエス」と言う場面だ。

「さあ、その悪趣味なダイヤの首輪を外して……僕のティアラを受け取ってくれ」

アルベルトが手を差し出す。  

ベアトリスは扇子を畳み、目を細める。  

ローズマリーさんは……ただ、拳を握りしめて俯いていた。  

彼女は分かっているのだ。

これが一番「合理的」な解決策だと。  

だから、彼女は私を止めない。  

自分を犠牲にしてでも、私を送り出そうとしている。

……バカだなぁ、ご主人様は。

 私は、アルベルトの差し出した手を見た。

温かくて、綺麗な手。  

この手を取れば、私は一生、何不自由なく暮らせるだろう。  

柔らかいベッド、美味しい食事、国民からの称賛。  

でも、そこには「ローズマリーさん」がいない。

次に、ベアトリスの余裕の笑みを。  

そして最後に、震えながら俯いているローズマリーさんを。  

その震える肩が、私に「行け」と言っている。  

私の幸せを願って、自分一人で地獄に落ちようとしている。

……ふざけるな。  

誰がそんな「幸せ」なんて願った。  

私が欲しいのは、綺麗なドレスじゃない。

王冠じゃない。  

私は、ふぅーっと長くため息をついた。

「……バカばっかりですね」 

「え?」

私は自分の首に手をかけた。  

指先に力を込める。

パチン。

ベアトリスに着けられていた、ダイヤモンドのネックレスを、枯れ枝のように無造作に引きちぎった。

ジャララッ……!

宝石が床に散らばる。  

悲鳴が上がる。

「あーあ、もったいない。……でも、せいせいした」

私は、アルベルトの手を払いのけた。

「お断りです、殿下。……私は『王妃』なんて柄じゃありません」

 「な、なぜだ!? 君は自由になれるんだぞ!?」 

「自由?」

私は鼻で笑った。  

貴方と結婚して、綺麗なドレスを着て、鳥籠の中で暮らすのが自由?  

ローズマリーさんと離れ離れになるのが、私の幸せ?  

冗談じゃない。  

私の自由は、私の魂は、ローズマリーさんの隣にしかないんだ!

私はスタスタと歩き出し――  俯いているローズマリーさんの隣に並び、その震える肩をガシッと抱いた。  

ほら、やっぱりこの場所が一番落ち着く。  

ここが私の「王座」だ。

「勘違いしないでください。私は借金のカタに取られた『可哀想な被害者』じゃありません」

私は、会場中の貴族たち、そしてベアトリスとアルベルトを睨みつけ、腹の底から声を張り上げた。

「私は、ご主人様の『共犯者』です!」 

「アリア……!」

ローズマリーさんが顔を上げる。  

その瞳に涙が浮かんでいる。

やっとこっちを見てくれた。  

その顔が見たかったんですよ、ご主人様。

「借金? 上等ですよ。……ご主人様が返すって言ってるんだから、返します! 私が働いて、稼いで、叩き返してやりますよ! 泥水すすったって、野垂れ死んだって、私はこの人と一緒なら地獄だってピクニックなんです!」

私はローズマリーさんの手を取り、高々と掲げた。  

この手だけは、絶対に離さない。  

神様だって、借金取りだって、引き剥がせるものならやってみろ。

「私の首輪は、目には見えません。……でも、どんなダイヤよりも硬くて、輝いているんです。……それを握れるのは、この世でたった一人だけだ!」

会場が静まり返る。  

狂っていると思われただろう。  

王妃の座を蹴って、借金まみれの没落貴族を選んだのだから。  

でも、これが私だ。

アシュトン家のアリアだ。

パチパチパチ……

乾いた拍手の音が響いた。  

ベアトリスだ。  

彼女は床に散らばったダイヤを踏みつけ、愉悦に歪んだ笑みを浮かべていた。

「……合格よ。やっぱり最高の『狂犬』ね」

彼女はローズマリーさんを見た。

「当たり前です。アシュトン家の駄犬ですから」

ご主人様は、涙を拭い、いつもの不敵な笑みを浮かべた。  

「アリアちゃんに敬意を表して、ローズマリーちゃんに使用権は返すわね。その代わり、借金の手形の返済期限は三年。……それまでに完済できなければ、アリアちゃんを頂くわ」 

「望むところです」

 ローズマリーさんは不敵に笑い返した。

「見ていなさい、商売女ベアトリス。……私の頭脳と、この子の腕力で、この国の経済ごとひっくり返して見せますから!」

アルベルトは、呆然としながらも、苦笑した。

「……また、負けたか。だが、諦めないよ。君が借金に愛想を尽かすのを待つとしよう」

 「百年待っても無駄ですよ、殿下!」

                   ◇

パーティー会場を後にした私とご主人様は、夜風の中、シルバーの車の前に立っていた。  

煌びやかな会場から一転、目の前には暗闇が広がっている。  

でも、怖くはない。

「……さて。大見得を切りましたが、現実はマイナスからのスタートです」

ローズマリーさんがため息をつく。  

その横顔は、憑き物が落ちたように晴れやかだった。

私は助手席に飛び乗り、ニカッと笑った。

「大丈夫ですよ! 私たちが組めば無敵です! 借金なんてパンチで粉砕です!」 

「……根拠のない自信ですね。まあ、嫌いではありませんが」

ローズマリーさんは運転席に座り、キーを回した。  

エンジンが唸りを上げる。  

それは、新しい戦いのファンファーレ。

「行きますよ、アリア。……次は『お金』という名の魔物との戦争です」

「イエス、マム! ……どこへでも、お供します!」

孤独な鉄の女と、最強の駄犬。  

シルバーの車が、王都の夜を走り抜ける。  

夜空に輝く月は、まるで金貨のように金色に輝いていた。  

あれも全部手に入れてやる。  

ご主人様となら、きっとできる。  

私たちの旅は、まだ始まったばかりだ。

(第1部 完)
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