銀河をカケル逃避行 ~5億の借金持ち宇宙海賊、うっかり禁忌を破り愛で詰む~

山本条太郎

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第1話 赤毛の獣と黒髪のアンドロイド

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自由貿易惑星コラル。

銀河の掃き溜め。 

主航路からツバを吐きかけられた、クソッタレな星だ。

むせ返るような熱気が、俺の肌をねっとりと舐め回す。 

鼻を突くのは、錆び付いた金属の臭気、腐りかけたオイルの甘ったるさ、そして安酒と紫煙のブレンドだ。

ここでは剥き出しの「暴力」が正義であり、「欲望」だけが羅針盤になる。 

そして何よりも、『クレジット』――その冷たく硬質な輝きこそが、唯一絶対の神だ。

無法者、夢破れた者、過去から逃げる者……。 

そんな連中が、刹那的な快楽という名の麻薬と、一攫千金という名の蜃気楼を求め、濁った眼で集まってくる。

ま、俺もその一人ってわけだがな。

そんなコラルの寂れた宇宙港の片隅に佇む場末のバー。
 
壁に埋め込まれた旧式のホログラムディスプレイが、ひび割れたスピーカーからけたたましいロックを撒き散らし、ノイズ混じりのニュースを嘔吐するように垂れ流していた。

『…繰り返します。コンドル王国軍、コスモノイド解放戦線に対し……』 
『…最新鋭汎用スペースロボット"タイタン"シリーズの量産体制完了……』 
『…アンドロメダ正教会、過激派組織によるテロ活動を……』 
『…宇宙海賊「ブラッディ・ローズ」による輸送船襲撃事件……』

「ケッ、反吐が出るぜ」

俺は、ぬるくなったネオ合成酒のジョッキを、苛立ち紛れにテーブルへ叩きつけた。 

ガシャン! という鈍い音が、店内の喧騒にかき消される。

俺の視線が吸い寄せられるのは、テーブルの上に散らばる、くたびれたクレジットチップと、汗と硝煙の匂いが染み付いた分厚い札束だ。

「ククク……ああ、金、カネ、かねぇ……!」

指先で紙幣のザラついた感触を確かめる。 

ゾクゾクするような電流が背骨を走る。 

まるで愛しい女を抱くかのように、俺は札束を胸に強く抱きしめた。

かつてのエリート候補生? 

そんなモンは、過去の裏切りで粉々に砕け散った。 

今の俺にあるのは、この5億クレジットというふざけた借金と、金への病的な渇望だけだ。

自称「銀河最強の宇宙海賊」と言いたいところだが、現実は返済不能な借金を抱えて、明日の燃料代も払えやしねえ。

まあ、そんなことより、今は目の前の金だ。

「ククク、ああ、金、カネ、かねぇ……!」

指先で紙幣のザラついた感触を確かめる。

 ゾクゾクするような電流が背骨を走る。

「ああ、たまらねえぜ……!」

まるで愛しい女を抱くかのように、俺は札束を胸に強く抱きしめた。 

クレジットチップの硬質な冷たさ、紙幣の乾いた感触、そこから放たれる独特の匂い。 

コイツだけが、俺の荒みきった魂を一時的に麻痺させ、満たしてくれる。

過去の事件で俺は全てを失った。 

信じた仲間、築き上げたモノ、そして――魂の半身とも思えた、愛しい人。

その喪失が生んだ心の空洞を埋めるかのように、俺は金だけを信じた。 

金だけは裏切らない。 

金だけが、痛みも過去も忘れさせてくれる。 

コイツは、俺にとっての麻薬だ。

「マスター。そのように乱暴に扱いますと、貴重な紙幣が汚損する可能性があります」

冷たく、どこか絹を滑るような涼やかな声が、俺の陶酔を破った。

ナビィ。 

俺の相棒であり、宇宙船スターダスト・レクイエム号の中枢を司るナビゲーターAI。 

常闇の銀河を映したような黒髪、白磁の肌。 

この薄汚れた酒場には、残酷なほど似つかわしくない美貌。

「また、現状の流動資産状況を鑑みれば、無防備な場所での現金所持は極めて危険です」

相変わらずの正論だ。

ほんと可愛げがねえぜ。 

コイツのサブボディのナビィシックスの方が、まだ愛嬌あるぞ。

「ああ? うるせえな、ナビィ。んなこたあ分かってんだよ」

俺はぶっきらぼうに返しつつ、札束を革ジャンの内ポケット――心臓に最も近い場所へとしまい込んだ。

「現ナマってのはな、こう肌で感じてねえと落ち着かねえんだよ。デジタルチップの数字なんざ、ただの虚像だ」 

「マスター。重ねて申し上げますが、燃料残量は危機的状況です。予測航行可能時間は43時間17分。予備タンクは空。食料備蓄もほぼ枯渇。このままでは生命維持に支障をきたします」

ナビィは無表情で、絶望的な事実を突きつけてくる。

「だから! こうしてドブみてえな酒場で情報を漁ってるんだろうが!」

俺は苛立ちを吐き捨てた。

「マスターのその場しのぎの行動パターンは、非効率的です。例えば、定期貨物輸送なら……」 

「うるせえ! 俺はな、ドカンと一発デカいのを当てるんだよ! ちまちま稼ぐなんざ性に合わねえ! それが銀河最強の宇宙海賊、ベレット・クレイ様の流儀だ!」

俺は自らを鼓舞するように叫んだ。

「それに、金さえあれば……お前のその安っぽいメイド服だって、もっと上等なやつに……いや、最高級のシルクのドレスだって買ってやるぜ」 

「私は、現状の機能に満足しております」

彼女はわずかに視線を伏せた。

「それよりも、マスター。いつまでも現実から目を背けていては……」 

「うるせえっ!! 俺の何が分かるってんだ! お前なんかに!」

俺は顔を背けた。 

ナビィの琥珀色の瞳が、悲しげに揺れた気がした。

その時だ。 

酒場の淀んだ空気に、新たな不協和音が混じった。

「よう、そこの赤毛の兄ちゃん。ずいぶんと景気が良さそうじゃねぇか」

下卑た笑い声。 

アルコールと薬物で濁った眼をした男たちが、ぬらりと近づいてくる。
 
その視線は俺の懐と、そして何よりも――ナビィの肢体に吸い寄せられていた。

「よう、そこの赤毛の兄ちゃん。ずいぶんと、景気が良さそうじゃねぇか」 
「隣の女、こりゃあ極上のタマだな。こんな掃き溜めにはもったいねぇ」 
「なあ、兄ちゃん。一杯奢ってくれよ。それと、そこの女。俺たちにも少し『味見』させてくれや」

男たちの手には、鈍く光るバイブレーションナイフや、旧式のレーザーガン。 

獣のような悪臭が鼻をつく。

俺はゆっくりと顔を上げた。 

剃刀色の瞳で、ウジ虫どもを射抜く。

「断る。見ての通り、虫の居所が悪いんでな。消えろ」

声には、明確な殺意を込めた。

「あぁ!? んだとコラ! 上玉連れてるからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

男の一人が、ダンッ! とテーブルを蹴り上げた。 

ジョッキが倒れ、安酒がこぼれる。

「あぁ!?んだと、この赤毛野郎!生意気な口、利きやがって!」
「上玉連れてるからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「ヤっちまおうぜ!で、そのあと、この女をじっくり『味見』すりゃあいい。うへへへ」

男たちが武器を構える。 

酒場の客たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。 

暴力の匂い。

死の気配。 

これがコラルの日常だ。

「やれやれ。星の巡りが悪い日ってのは、重なるもんだぜ」

俺はわざとらしくため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。 

右手が、腰のホルスターに触れる。 

冷たい金属の感触。

俺の相棒、大口径リボルバー、スターダスト・リボルバー。

「ナビィ、下がってろ」

俺は背中で彼女を庇う。

「コイツらの汚ねえ血で、お前の服を汚すわけにはいかねえからな」

「マスター……」 

「大丈夫だって」

俺はニヤリと、獰猛な笑みを浮かべた。 

指先の震えが止まる。 

恐怖じゃない。

これは、渇望だ。

「こちとら、溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせてもらうだけだ。ちょうどいいサンドバックが見つかったってな!」

「死ねやぁぁぁ!!」

男の一人が、ナイフを振りかざして飛びかかってくる。 

スローモーションのように見えるその動き。

俺は瞬時にスターダスト・リボルバーを抜き放った。

ドォォォン!!

腹に響く重低音。 

閃光が薄暗い酒場を白く染め上げる。

硝煙の匂いが、むせ返るような退廃の香りに混じり合う。

怒号、悲鳴、そして、肉体が床に叩きつけられる鈍い音。 

赤黒い飛沫が壁を汚す。

これが、俺、ベレット・クレイの日常だ。
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