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第14話 狩りの時間だ、紅き薔薇よ
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ジャンクヤードの混沌とした熱気が、まだ肌にまとわりつく朝。
スターダスト・レクイエム号のブリッジは、計器の駆動音と、コーヒーの冷めた苦い香りが混じり合い、奇妙な静寂に満たされていた。
俺は擦り切れたキャプテンシートに深く身を預け、ホログラムディスプレイを睨みつけていた。
銀河の闇に蠢く情報の海。
その中で、俺の飢えた獣の瞳が一つの獲物を捉えて離さない。
ブラッディ・ローズ
コンソールを叩く指先が、焦燥に駆られて微かに震える。
3億。
その数字が、俺の渇ききった網膜に焼き付いている。
ゼロの数が、現実感を麻痺させる。
そして、その数字と共に表示された、ホログラムの女。
深紅の仮面が表情の大部分を隠しているが、覗く唇のラインは挑発的だ。
身体の曲線美を悪魔的に強調する、紅蓮の戦闘服。
栗色の長い髪が、しなやかな肢体に絡みつくように流れている。
ただ美しいだけではない。
熟れた果実の甘美さと、猛毒を持つ花のような抗いがたい危険な色香を、画面越しにさえ放っていた。
悪名高き女海賊、「ブラッディ・ローズ」。
その名は、血と硝煙、そして男たちの破滅の匂いと共に轟いている。
「3億……」
俺の声が、掠れた。
「ハッ……ハハハ!」
乾いた笑い声がブリッジに響く。
「血塗られた薔薇!」
俺はディスプレイの女に向かって、獰猛な笑みを浮かべた。
「3億クレジット! 必ず頂戴する!」
俺は、この紅蓮の薔薇を、己の渇きを癒す最高の獲物として、その魂に刻み込んだ。
「マスター! お待ちください!」
ナビィの絹を裂くような強い警告が、俺の高揚感を冷ややかに切り裂いた。
「対象『ブラッディ・ローズ』は、極めて危険な対象です。背後には巨大なシンジケートの影が確認されます。個人の戦闘能力もコンドル軍のエース以上。そして、搭乗機『クリムゾン・ローゼス』。あれは通常の7倍以上の反応速度を持つ規格外のカスタム機です! スターゲイザーの応急修理状態では、交戦した場合の生存確率は算出不能……限りなくゼロに近い! 撤退を、強く推奨いたします!」
「ゼロに近い、ねえ」
俺はナビィの言葉を、心地よい音楽のように聞き流し、不敵な笑みを深めた。
「上等じゃねえか。ゼロじゃなけりゃ、やる価値はある。それに、忘れちまったか、ナビィ? 俺様の腕と、お前っていう最高の『相棒』のサポートがあれば、こんな確率なんざ、いくらだって塗り替えられるってことをよ!」
その声には、絶対的な自信と、破滅へと向かう者の甘美な陶酔が滲んでいた。
「ベレット! 本当に、行くの……?」
いつの間にか、ミューが隣に来ていた。
彼女の小さな手が、不安げに俺の革ジャンの袖をきゅっと掴む。
ラピスラズリの瞳は潤み、長い睫毛が涙で濡れていた。
「この人、すごく、怖い。何か、とても暗くて、冷たいものを感じるの。それに、なんだか分からないけど、すごく嫌な予感がする! 胸が、ざわざわするの!」
彼女のフォワードが、ローズという存在から放たれる強烈な危険信号を感じ取っている。
そして、俺がローズに向け始めている、歪んだ執着をも。
「大丈夫だって、ミュー。心配すんな」
俺はミューの銀色の髪を、優しく、しかしどこか上の空で撫でた。
「俺様は、銀河最強の海賊だ。ただのハッタリじゃねえんだぜ」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
「でも!」
「いいから!」
俺は、堪らずラピスラズリの瞳から目を逸らした。
ミューの小さな手が、俺の袖を掴もうとするのを振り払い、虚空へと押し返す。
「お前は、ナビィと一緒にこの船で大人しく待ってろ! いいか、絶対にだ! すぐに、戻る!」
俺は、彼女の悲しげな表情が焼き付く前に、性急に踵を返した。
◇
船体の格納庫。
そこには、愛機であり命綱でもあるスターゲイザーが、静かに佇んでいる。
格納庫の冷たい金属の空気の中、俺は迷いなくロッカーから戦闘服を取り出した。
慣れた手つきで袖を通す。
重厚な素材の冷たさが、俺を現実へと引き戻す。
最後にヘルメットを小脇に抱え、コクピットへ乗り込んだ。
「ナビィ、スターゲイザー、発進準備だ。機体の最終チェックを急げ」
俺がシートに沈み込むと同時に、コクピット内の計器類が一斉に覚醒し、柔らかな光を放ち始める。
『了解いたしました、マスター』
ナビィの声は、俺の心拍数を反映するかのように、静かで抑制されていた。
「ターゲットの潜伏場所は、あの第7区画の、亡霊コロニーだな? 航路を設定しろ。最短、最速のルートを頼む。可能な限りのステルスプロトコルも起動しておけ」
『了解。航路は第7区画外縁ルートに設定。亡霊コロニーへの侵入ポイントを再計算しています』
電子音がカチリと鳴り、ナビィは続けた。
「それと、ミューのこと、頼んだぞ。もし何かあったら、最優先で守れ。俺の指示を待つ必要はねえ」
『承知いたしました。マスターとミューさん、双方の安全が、私の最優先事項です』
ナビィの声には、人間の感情と寸分違わぬ、張り詰めた緊張感が含まれていた。
『どうか、ご無事で、マスター』
その一言が、俺の胸にチクリと鋭く刺さった。
心が一瞬揺らめいたが、俺はそれを即座に押し殺した。
分厚いコクピットのハッチを、重い金属音と共に閉ざす。
外界の喧騒と光が遮断され、コクピット内は、計器類が発する微かな電子音と、俺の規則的な呼吸音だけが支配する静寂に包まれた。
やがて、巨大な格納庫のハッチが、地を這うような重々しい軋み音を立てて開かれていく。
白銀の機体はエアロックへと滑り込んだ。 ハッチが開き、その先に、無秩序な廃材と光が渦巻くジャンクヤードの混沌とした宇宙が広がった。
俺はスロットルレバーに、静かに手をかけた。
応急修理を終えたばかりの白銀の翼、スターゲイザー。
パイロットの確かな決意と、内に秘めた激しい闘争心を乗せて、ジャンクヤードの深淵へと再び舞い上がる。
機体はまだ傷を抱えながらも、破滅的なまでの渇望を燃料に、闇の中を突き進む。
目指すは、第7区画。
忘れ去られた廃墟のコスモコロニー群。
そして、その深部に咲くという、血塗られた紅蓮の薔薇。
美しく、それゆえに極めて危険で、同時に莫大な富という名の甘い蜜を持つ花。
ベレット・クレイの魂を賭けた、新たな「狩り」が、今、静かに、そして苛烈に幕を開けた。
スターダスト・レクイエム号のブリッジは、計器の駆動音と、コーヒーの冷めた苦い香りが混じり合い、奇妙な静寂に満たされていた。
俺は擦り切れたキャプテンシートに深く身を預け、ホログラムディスプレイを睨みつけていた。
銀河の闇に蠢く情報の海。
その中で、俺の飢えた獣の瞳が一つの獲物を捉えて離さない。
ブラッディ・ローズ
コンソールを叩く指先が、焦燥に駆られて微かに震える。
3億。
その数字が、俺の渇ききった網膜に焼き付いている。
ゼロの数が、現実感を麻痺させる。
そして、その数字と共に表示された、ホログラムの女。
深紅の仮面が表情の大部分を隠しているが、覗く唇のラインは挑発的だ。
身体の曲線美を悪魔的に強調する、紅蓮の戦闘服。
栗色の長い髪が、しなやかな肢体に絡みつくように流れている。
ただ美しいだけではない。
熟れた果実の甘美さと、猛毒を持つ花のような抗いがたい危険な色香を、画面越しにさえ放っていた。
悪名高き女海賊、「ブラッディ・ローズ」。
その名は、血と硝煙、そして男たちの破滅の匂いと共に轟いている。
「3億……」
俺の声が、掠れた。
「ハッ……ハハハ!」
乾いた笑い声がブリッジに響く。
「血塗られた薔薇!」
俺はディスプレイの女に向かって、獰猛な笑みを浮かべた。
「3億クレジット! 必ず頂戴する!」
俺は、この紅蓮の薔薇を、己の渇きを癒す最高の獲物として、その魂に刻み込んだ。
「マスター! お待ちください!」
ナビィの絹を裂くような強い警告が、俺の高揚感を冷ややかに切り裂いた。
「対象『ブラッディ・ローズ』は、極めて危険な対象です。背後には巨大なシンジケートの影が確認されます。個人の戦闘能力もコンドル軍のエース以上。そして、搭乗機『クリムゾン・ローゼス』。あれは通常の7倍以上の反応速度を持つ規格外のカスタム機です! スターゲイザーの応急修理状態では、交戦した場合の生存確率は算出不能……限りなくゼロに近い! 撤退を、強く推奨いたします!」
「ゼロに近い、ねえ」
俺はナビィの言葉を、心地よい音楽のように聞き流し、不敵な笑みを深めた。
「上等じゃねえか。ゼロじゃなけりゃ、やる価値はある。それに、忘れちまったか、ナビィ? 俺様の腕と、お前っていう最高の『相棒』のサポートがあれば、こんな確率なんざ、いくらだって塗り替えられるってことをよ!」
その声には、絶対的な自信と、破滅へと向かう者の甘美な陶酔が滲んでいた。
「ベレット! 本当に、行くの……?」
いつの間にか、ミューが隣に来ていた。
彼女の小さな手が、不安げに俺の革ジャンの袖をきゅっと掴む。
ラピスラズリの瞳は潤み、長い睫毛が涙で濡れていた。
「この人、すごく、怖い。何か、とても暗くて、冷たいものを感じるの。それに、なんだか分からないけど、すごく嫌な予感がする! 胸が、ざわざわするの!」
彼女のフォワードが、ローズという存在から放たれる強烈な危険信号を感じ取っている。
そして、俺がローズに向け始めている、歪んだ執着をも。
「大丈夫だって、ミュー。心配すんな」
俺はミューの銀色の髪を、優しく、しかしどこか上の空で撫でた。
「俺様は、銀河最強の海賊だ。ただのハッタリじゃねえんだぜ」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
「でも!」
「いいから!」
俺は、堪らずラピスラズリの瞳から目を逸らした。
ミューの小さな手が、俺の袖を掴もうとするのを振り払い、虚空へと押し返す。
「お前は、ナビィと一緒にこの船で大人しく待ってろ! いいか、絶対にだ! すぐに、戻る!」
俺は、彼女の悲しげな表情が焼き付く前に、性急に踵を返した。
◇
船体の格納庫。
そこには、愛機であり命綱でもあるスターゲイザーが、静かに佇んでいる。
格納庫の冷たい金属の空気の中、俺は迷いなくロッカーから戦闘服を取り出した。
慣れた手つきで袖を通す。
重厚な素材の冷たさが、俺を現実へと引き戻す。
最後にヘルメットを小脇に抱え、コクピットへ乗り込んだ。
「ナビィ、スターゲイザー、発進準備だ。機体の最終チェックを急げ」
俺がシートに沈み込むと同時に、コクピット内の計器類が一斉に覚醒し、柔らかな光を放ち始める。
『了解いたしました、マスター』
ナビィの声は、俺の心拍数を反映するかのように、静かで抑制されていた。
「ターゲットの潜伏場所は、あの第7区画の、亡霊コロニーだな? 航路を設定しろ。最短、最速のルートを頼む。可能な限りのステルスプロトコルも起動しておけ」
『了解。航路は第7区画外縁ルートに設定。亡霊コロニーへの侵入ポイントを再計算しています』
電子音がカチリと鳴り、ナビィは続けた。
「それと、ミューのこと、頼んだぞ。もし何かあったら、最優先で守れ。俺の指示を待つ必要はねえ」
『承知いたしました。マスターとミューさん、双方の安全が、私の最優先事項です』
ナビィの声には、人間の感情と寸分違わぬ、張り詰めた緊張感が含まれていた。
『どうか、ご無事で、マスター』
その一言が、俺の胸にチクリと鋭く刺さった。
心が一瞬揺らめいたが、俺はそれを即座に押し殺した。
分厚いコクピットのハッチを、重い金属音と共に閉ざす。
外界の喧騒と光が遮断され、コクピット内は、計器類が発する微かな電子音と、俺の規則的な呼吸音だけが支配する静寂に包まれた。
やがて、巨大な格納庫のハッチが、地を這うような重々しい軋み音を立てて開かれていく。
白銀の機体はエアロックへと滑り込んだ。 ハッチが開き、その先に、無秩序な廃材と光が渦巻くジャンクヤードの混沌とした宇宙が広がった。
俺はスロットルレバーに、静かに手をかけた。
応急修理を終えたばかりの白銀の翼、スターゲイザー。
パイロットの確かな決意と、内に秘めた激しい闘争心を乗せて、ジャンクヤードの深淵へと再び舞い上がる。
機体はまだ傷を抱えながらも、破滅的なまでの渇望を燃料に、闇の中を突き進む。
目指すは、第7区画。
忘れ去られた廃墟のコスモコロニー群。
そして、その深部に咲くという、血塗られた紅蓮の薔薇。
美しく、それゆえに極めて危険で、同時に莫大な富という名の甘い蜜を持つ花。
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