水精姫の選択

六道イオリ/剣崎月

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 魔女の邸から王城へと戻り、イリアと共にパルヴィを昨晩と同じ部屋へと帰し、ハイデマリーも早くに休み、彼女を心配してジークベルトも早々に寝室へと向かった。
 残ったヴォルフラムは酒を飲み、フリーデリケは脇に立ったまま。
「テオバルトは明日の午前中には着くんだな」
「はい」
 フリーデリケはヴォルフラムの息子テオバルトの妻。彼女は有力者の家に生まれたわけでもなく、ハイデマリーのように空気が凍えるような白い肌を持つ程に美しいわけでもない。
 日焼けした肌にオリーブ色の巻き毛は短めに切りそろえられている。
 顔の彫りは深くはなく、特段に目を惹くような部分はない。背は高く筋肉も女性にしてはかなりのもので腕も足も逞しい。
 フリーデリケは貧しい家に生また。
 子どもの頃に棒きれを振り回して遊んでいたら年上の子どもたちより遥かに強く、大人にも負けることはなかった。その才能に気付いた彼女は人前で異形を殺害することが生業の剣士奴隷となり莫大な金を稼ぐ。
 最後には魔人《ヴェーラ》の称号を得て引退し、一歳年上のテオバルトと結婚し、こんどは囚われた異形ではなく、野にいる強き異形と本当の意味で真剣勝負を繰り広げている。
「じゃあそれまでは自由だな」
「……」
「お前も気楽に過ごせ。ここにいて俺を見張ってなくても帰りはしない」
「はい」
 ヴォルフラムの部屋を出て、待っていたテレジアに連れられ用意されていた部屋に入ったものの、事情を知っている彼女は気を抜くこともできず、硬い椅子に座ったま一睡もせずに夜が明けることを、夫であるテオバルトの到着を待った。

◇◇◇◇◇

  パルヴィとイリアは「今日は部屋からでないように」と言いつけられ、二人は素直に頷いた。疲れきっていたパルヴィはベッドに潜り込んだが、隣の部屋から聞 こえてくる音に興味をもちのぞいてからイリアを手伝うことにした。イリアがなにをしていたのかというと、滞在費用がわりにと濃いクリームとバターの攪拌機 を渡されて、バター造りに精を出しており、パルヴィも手伝うことにした。
 二人で話に花を咲かせながらバターを作った。

◇◇◇◇◇

「護送馬車か」
 城の裏門から入ってきた護送馬車。
「何を持ってきたのでしょうね」
 馬から降りたテオバルトは簡単に挨拶をして、すぐに護送馬車の装甲を引き剥がした。
 中から現れたのは身長よりも長い茶褐色の髪を持ち、両耳が尖った人間に似ているがまったく違う異形エルフ。そのエルフの中でも上位に位置していたハイエルフにしてベステーリの女帝イトフィルカ。
「久しぶり、イトフィルカ。まだ生きていたか」
 上半身の三分の一を失っているイトフィルカに威嚇するようにヴォルフラムが声をかけた。
 彼女の上半身は右肩から臍の辺りまでが緩い曲線で切り取られている。切り取ったのはヴォルフラム。
「なかなか死ねなくてな。事情を説明する前に、ここから長たちに連絡を入れたいのだが。いいだろうか? ヴェーラの王よ」
「駄目です。事情を説明するのが先です。事情によっては、貴方を生かしてはおきません」
 ジークベルトは昨日魔女たちを威嚇したときとは違う、”狩る者”の表情になり、首筋に剣をあてる。
 エルフは人間に非常に似た形をしているので、首を傷つけると人間と同じように死に至る。
 彼女の首を冷やすのが刃の冷たさだけではなく、ジークベルトの殺意。若き魔人は目の前のハイエルフを殺すことを望んでいる。

「そうか。仕方ない」

 ベステーリの「年老いた女帝」と言われているイトフィルカだが、見た目は人間で言えば二十代後半ほどでしかない。
 生きている歳月から「年老いた女帝」と呼ばれているのだ。彼女はまだ人間が小さな部族であった頃からこの姿で、人間たちが国を作った時もこの姿であった。
 ヴェーラが形作られた時も、そしてヴォルフラムに重傷を負わされた時も。彼女自身、自分が幼かったころの姿などもう覚えてはおらず、自分が年老いる姿も想像はできない。彼女にとって”彼女”は長いことこの姿でしかない。
 魔人《ヴェーラ》三名に囲まれ、彼女はなにもない部屋へと通された。
「この部屋は」
「先日までゲルティ王が変わった生き物を飼っていた場所です。貴方の国の者たちもいました」
「そ うか。それに文句は言わん。文句を言える立場ではないからな。私はその幼子テオバルトに頼んでここへと連れてきてもらった。理由は各部族の長たちに連絡を したいからだ。連絡する内容は”フリアエが育てた天族が人間を滅ぼすために兵を挙げろと言ってきたので拒否したところ襲われ、命かながら逃げていまは ヴェーラの首都にいる。私は国として交戦するつもりはない、交戦したければ各自の責任で行え。私の意思は戦争はしない。以上だ”こう伝えたいのだ」
 イトフィルカが伝えようとしている内容にジークベルトは驚いた。
「……なぜ天族が? 詳しくはあとで聞かせてもらいましょうか。連絡はどうやって行うのですか?」
「私の思念は各長に届く。ハイエルフの魔力は絶大なのでな」
「ここに来る前に思念を送ることもできたのではありませんか?」
「あとで”送っていないのでは”と言われると困るからだ。私は全ての種族が意見に従うとは思っていない。それはお前も同じだろう? ヴェーラの王」
「解りました。まずは送ってください」

◇◇◇◇◇

 異形たちの国ベステーリ。
 ヴェーラの王が三十人以上交代しているのに、ベステーリで玉座についたのは二人だけ。一人は現在の王ハイエルフの「女帝」イトフィルカ。もう一人は最初の王であった天族のスカルティエル。
 天族は翼が生えているのが特徴で、エルフほどではないが魔力に優れていた。以前はエルフ以上の個体数が存在しており、彼ら天族の長が王に選ばれた。その長で最初の王となったスカルティエルは人間と徹底抗戦を主張し押し進めた。
 彼の押し進めた策は失敗で、異形はことごとく破れ瀕死の状態に陥るが、スカルティエルは味方に滅びるまで戦うことを強要した。
 このままでは人間ではなく天族に滅ぼされてしまうと異形たちは団結し天族を滅ぼす。
 その後異形たちはハイエルフのイトフィルカを新しい王に立て、天族抹殺を提示し講和を結ぶことに成功した。

 講和は戦争の講和であって、種族の講和とはならず、当時勢いがあり勝っていた人間に譲歩する必要があったので魔人《ヴェーラ》の狩りは続くことになる。

「すべての長が私の意見に従うそうだ」
 イトフィルカが長い髪を片手でかき上げると、顔の傷が露わになった。魚を捕る網のような傷はヴォルフラムがつけたものではなく、先日イトフィルカに戦争を強要した天族の「子ども」たちが負わせた。
 無限の魔力を持つイトフィルカだが、体を三分の一失ったことで、四名の天族に囲まれたとき、少しばかり遅れを取ってしまった。
「そうですか。それで、なぜ滅ぼしたはずの天族が?」
「生 まれてもいないのに殺すのは可哀相だと、フリアエという汽水に住む異形が卵を四つ助け出し、孵化させてしまった。気付いた時にはかなり成長していたの で……天族とことを構えるのは嫌でな。かといって魔人に狩るのを頼むのもおかしかろうと。結果、魔人に狩られるまで放置しておくことに決めた」
「魔人に狩られる前に、自らの王を狩ろうとしたのですね」
「そうだ。天族は全員銀色の髪を持ち、白い翼を持っている。顔は当然全員違うが、名を説明するのならば瞳の色の違いがいいだろうな。赤い瞳はカダキエル。青い瞳はサラヒエル。紫の瞳はセマクィエル。黒い瞳がツァクマキエル」
 そこまで聞いてジークベルトはイトフィルカに顔を近づけた。
「それで、あなたはどうしたいのですか? あなたを囮にしてここに天族を呼び寄せて殺して欲しいのですか? 私たちと天族が相討ちで滅びればいいとでも?」
 見開いた目と、歪に上がった口元。
 その表情はヴォルフラムに非常によく似ていた。
「ヴェーラの王に直接伝えたかっただけだ。ここにいては迷惑がかかるであろうから、早急に立ち去る。あとは好きにするといい」
 イトフィルカはベステーリの王としてジークベルトに会って直接意見を伝えたかっただけで、それ以上のことは望んでいなかった。
 異形が魔人に望むことはまさにジークベルトが語った通り、滅んでくれること。イトフィルカがもうこの姿であったころ、貧しい大地に誕生した弱き生き物たち。それがいまこうして肩を並べるどころか、首筋に剣を突きつけ生命を脅かす。
 あの時の彼女の目には大地に生えていた背の低い貧相な雑草と大差なかった人間。これほど強大な存在になるとは異形の誰もが想像もしなかった生命。
「待て、イトフィルカ」
「なんだ? ヴォルフラム」
「お前に見てもらいたい娘がいるんだ」
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