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12 戦線崩壊

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 シルヴィアの分析でトロールの倒し方は見えた。
 だが、トロールは洞穴の前後から果てることなく湧き出してくる。

「くっ! ルシアス! このままじゃ俺とアンのMPがもたねえぞ!」

 サードリックが額に汗を浮かべてそう言った。

「わかってる!
 エイダ、『ランパード』でそっちのトロールを足止めしてくれ!
 サードリック、ディーネ、アンは、俺の側に火力を集中! 後方のトロールを蹴散らして突破する!」

「あいよ!」

「了解だ!」

「合わせるわ」

「わかりました!」

 最初の恐慌が去ってしまえば、ルシアスはさすがに勇者ではあった。
 明確な指示に、仲間たちが安堵の混じった声を返す。

「行くよ! 『ランパード』!」

 エイダがスキル名を叫んだ。
 エイダの身体の前面に、巨大な光の城壁が現れた。 エイダの動きに追従するその城壁は、魔物の素通りを防ぐと同時に、魔物からの被ダメージを、一律で三分の二まで減殺する。
 その分、エイダの攻撃力が若干落ちるデメリットがあるが、今の状況では関係がない。

 シルヴィアは、エイダに背を向け、ルシアスの側に意識を集中する。
 シルヴィアの脇を駆け抜け、サードリックがルシアスの背後に合流している。

(『ランパード』発動。効果は30秒。29、28、27……)

 ――味方の強化効果バフは、効果時間をカウントしておけ。

 キリクの教え通りに、シルヴィアは「ランパード」の残り時間を数えながら、ルシアスに攻撃と防御の強化魔法を重ねがける。

(そうか……残り時間を把握していれば、その間エイダさんを気にせず、ルシアスさんたちに集中できます!)

 シルヴィアは、キリクの教えの含意を、今更ながらに理解した。

 ルシアス、ディーネ、サードリック、アンが揃った後方側は、トロールの殲滅速度が目に見えて上がっていた。

「みんな、押し切るぞ! 『クロック・アクセラレーション』!」

 ルシアスが勇者魔法を使った。
 「クロック・アクセラレーション」の効果で、ルシアスとディーネは攻撃速度が一気に上がり、サードリックとアンも、魔法のクールタイムが短くなる。

(『クロック・アクセラレーション』発動。20、19、18……)

 「ランパード」より「クロック・アクセラレーション」のほうが3秒早く切れる計算だ。

 後方のトロールを押し返していくルシアスたちに、シルヴィアは遅れないように駆け出した。

 ルシアスたちは、トロールを押し返し、直前の四つ辻まで戻ってきた。
 エイダも、「ランパード」で敵を阻みながら、ルシアスたちに合わせて後退している。

「んんっ!? おい、ここって四つ辻だったよな!?」

 サードリックがシルヴィアの前方で声を上げた。

「攻撃に集中しろ! 『アクセラ』が切れるぞ!」

「そんな場合か! 連中、こっちの退路を潰しやがったんだ!」

「な、何っ!?」

 サードリックの言葉に、ルシアスはようやく気づいたようだ。

(四つ辻の奥が、埋まってます!)

 シルヴィアの頭からも血の気が引いた。

 キリクに教えられた通り四つ辻や角を数えていたシルヴィアは、ここがさっき通ったばかりの四つ辻であることがすぐにわかった。
 いや、最後に通った四つ辻なのだから、多少とも気を使っていればわかるだろう。

(トロールたちが洞穴を崩した……!? いえ、そこまでの力はないはず……)

 トロール以外の何か――たとえば巨人系の魔物などが、天井か壁を壊したのだろう。
 通過してきた道には、もう罠は残ってないはずなのだから。

 しかも、

「ダメだ! 右側の奥も埋まってやがる!」

 角から右を覗き込んだサードリックが、絶望の声を上げた。

「なら左だ!」

「無茶言うな! 来た道じゃねえんだぞ!? 罠もごっそり残ってるはずだ!」

「罠探知の魔法を使え!」

「攻撃しながら使えるわけがねえだろ!」

「アンに攻撃を任せて――」

「わたしだけでこの数の群れ相手に突破口なんて開けません!」

 そうこうするうちに、ルシアスたちの攻撃速度ががくんと落ちた。
 いや、元に戻った。
 「クロック・アクセラレーション」の効果が切れたのだ。

 シルヴィアは後ろを振り返る。
 「アクセラ」の効果切れからきっかり3秒、エイダの「ランパード」も効果が切れた。

「くぅっ!?」

 エイダは、元の動きを取り戻したトロールにたかられる。
 左腕に棍棒が命中。
 エイダは、右手だけで大剣を振るいながら、シルヴィア側に飛び退いた。

「『ファーストエイド』……『フィジックシールド』!」

 シルヴィアは、矢継ぎ早にエイダに回復魔法と強化魔法をかけた。

「ぴったりだ、シルヴィア! よくやったっ!」

 エイダは、治った左手を剣の柄に戻し、追いすがってきたトロールに斬りつける。
 この頃には、エイダは「物理見切り」の限界を見切り・・・、トロールを簡単なフェイントで仕留められるようになっていた。

 つかの間の余裕を得たエイダが、ルシアスの方を振り向いて叫んだ。

「ルシアス! どうなってんだい!?」

「道を塞がれた! 左に行くぞ!」

「左って……ええい、ちくしょう! やるしかないってのかい!」

 状況を把握したエイダは、一旦は取り戻した冷静さを、再びなくしそうになっている。

 一方、進むべき道を定めたルシアスは、開き直ることでかえって冷静さを取り戻していた。

「道を切り拓く……! 『ゲイル・トルネード』!」

 ルシアスが、左への道に、勇者魔法を解き放つ。
 縦に回転しながら突き進む緑色の突風が、通路にひしめくトロールたちを薙ぎ倒す。

「みんな! 今のうちだ!」

 そう言って、ルシアスが左の道へと駆け出した。

(そんな……無茶です!)

 罠の解除はおろか、探知すらしていない。
 そんな道に全力で駆け込むなんて、自殺行為以外の何物でもなかった。

 だが、それ以外に道がないのも事実である。

「こなくそぉぉぉっ!」

「くっ、しかたないわね……!」

「ど、どうしてこんなことに……! Aランクパーティじゃなかったんですかっ!?」

 サードリック、ディーネ、アンが口々に叫びながら後に続く。
 それぞれ、ルシアスが通った経路を可能な限りなぞりながら、先を行くルシアスの背を追っていく。

 ルシアスと寸分違わぬ経路を辿れれば罠にはかからないことになるが、身長も歩幅も違う以上、ルシアスがかからなかった罠にかかる恐れは十分にある。

 しかし、シルヴィアの背後では、エイダがじわじわとトロールたちに押されていた。
 ここでシルヴィアが怯んでいては、エイダが追い詰められることになる。
 そうなれば、シルヴィアはすぐにトロールの群れにたかられる。

「ど、どうしようもありません……!」

 シルヴィアも、ルシアスたちの後を追って駆け出した。
 一歩を踏みだすごとに、奈落に落ちるような恐怖が襲ってくる。
 油断すると足を止めてしまいそうだ。

 もし足を止めたり、ちょっとでも道を踏み外したりすれば、なんらかの罠に引っかからないとも限らない。

 僧侶であるシルヴィアの足は遅い。
 既に、ルシアスたちは先に進み、奥から現れた新たなトロールたちと戦っている。

「早く、追いつかなければ……!」

 回復役であるシルヴィア抜きでは、誰かが倒されないとも限らない。

 賢者二人も一応回復魔法が使えるが、その練度は高くないはずだ。
 サードリックは見栄えのする攻撃魔法を好むし、アンだって、教団に攻撃型の賢者をと要望して来てもらった人材である。

 それに、もし二人が回復魔法を使えたにせよ、現状で攻撃の手を緩めるわけにもいかなかった。
 ダメージの回復さえ間に合えばいいというのは机上の空論だ。
 押し寄せる魔物の群れに呑まれてしまえば、HPが多少残っていたところでどうしようもない。

「はあっ、はあっ……!」

 シルヴィアはルシアスたちに追いつこうと必死で走る。
 足元に罠があるかもなんて危惧は、もう頭から吹っ飛んでいた。
 罠を踏んで矢の一本二本を食らったとしても、このままパーティに追いつけずに全滅するよりははるかにマシだ。

「追い、つける……!」

 ようやく追いつきかけたところで、突然、シルヴィアの身体が宙に浮く。
 背中から強い衝撃が駆け抜け、シルヴィアの視界に映った洞穴の地面が流れていく。

 後ろから誰かに突き飛ばされた――

 そう気づくのに、一瞬の時間が必要だった。

「邪魔なんだよっ!」

 エイダだった。

 ルシアスに追いつこうと逸ったエイダが、進路の途中で息を切らしていたシルヴィアを突き飛ばしたのだ。

 完全な不意打ちに、シルヴィアは抵抗もできなかった。
 戦士であるエイダが、非力なシルヴィアを突き飛ばしたのだ。
 エイダとシルヴィアでは、体重も半人分くらいは違うだろう。
 シルヴィアは、馬車に撥ねられたような勢いで、なすすべもなく宙を飛ぶ。

 まるで時間が遅くなったように感じる中で、シルヴィアは、眼前に迫る地面に違和感を覚えた。

(真ん中が凹んでいて、砂が不自然にかぶってます)

 そんな穴が、「暁の星」の戦うこの一画にいくつもある。

(落とし穴……いえ、これはそのための……)

 罠の正体に気づきながらも、空中ではできることが何もない。

 シルヴィアは、その不自然な地面に、上半身から突っ込んだ。

 地面は、案の定落とし穴になっていた。
 その底は比較的浅く、腕を擦りむいただけで済んだようだ。

 だが――


「みなさん、逃げてください!」


 シルヴィアが警告するのと同時に、シルヴィアの踏み抜いた穴から、周囲の地面に亀裂が走っていく。
 亀裂は、ルシアスたちの足元を縦横に走り――


 次の瞬間、見渡す限りの地面が陥没した。
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