Vtuberだけどリスナーに暴言吐いてもいいですか?

天宮暁

文字の大きさ
28 / 34

#28 名探偵・駒川美夏

しおりを挟む
 放課後、学校で用事を片付けてから、俺は神崎家のチャイムを押した。

 玄関を開けてくれたのは、神崎に大人の色気を足したような美女だった。
「人見君、いらっしゃい」
 インターホンにカメラがあるので、俺だってことはわかってたみたいだな。

「どうも。今日もお邪魔します」
「エリカに言って開けさせればよかったのに。誰かと思ったわ」
 ママさんが言うのは、スマホのチャットで神崎に「着いた」と送ればよかったのにってことだな。

「すいません、スマホ忘れてきちゃいまして」
「そうなの。今日はお夕飯は?」
「今日は、夕方までには帰りますよ。あまり頻繁にご馳走になるわけにもいきませんし」
「絵美莉がお世話になってるんだもの。遠慮しなくていいのよ?」
「いやぁ、うちの親に怒られますよ」
「今度、ご挨拶しましょうか?」
「い、いや! それは当面なしの方向で……」
「うふふ。わかってるわ。事情が複雑だものね。まだお付き合いしてるわけでもないのに、改まってご挨拶するのも変な気もするし」
「まだっていうか、今後もそういうことはないでしょうしね」

 俺と神崎の関係って、どうにも説明に困るよな。
 うちの親はオタクじゃないので、Vtuberがどうとか説明しても、わかってもらえる気がしない。
 かといって、あまり頻繁に北村にアリバイ工作を頼むのも気が引ける。
 そんなこともあって、駒川の疑いを晴らせたら、今日はすぐに帰る予定でいる。
 家からでも七星ルリナは演じられるからな。
 というより、他のライバーさん同士のコラボも、大半はオンでやっている。オフで実際に会うこともあるが、その場合は「オフコラボ」と銘打って一種のウリにしているな。

 ママさんと話してると、階段から神崎が下りてきた。
「あれ? あんた、着いたらなら連絡しなさいよね」
「悪い、スマホ忘れちゃってさ」
「じゃあ、ハンガーダック買ってきてって言ったのも見てないの?」
「こら絵美莉。人見君を便利に使っちゃダメじゃない。いまから買い物に行ってくるから、ママが買ってきてあげるわ」
 ママさんは、実際に買い物に出ようとしてるとこだったらしい。俺と入れ替わるように玄関から出て行った。

「……ママさん、忙しい仕事なんじゃなかったっけ?」
「うん、まぁ……」
 神崎が、階段を上りながら歯切れ悪く言った。
「心配されてるんでしょうね」
「配信も見てるのかな?」
「さあ、わたしには教えてくれないわ。教えてくれないってことは見てるんでしょ」
「怒られたりしてない?」
「たとえ人に嫌われても、自分に正直になりなさいっていうのが、ママがわたしに言うことだから」
「ママさんの信条か」
「そういうわけじゃ、ないんだけどね。あくまでもわたし向けのお説教よ」

 そんな話をしながら、神崎の部屋に入った。
 三回目ともなると、女の子の匂いにも慣れてきた。オタクにあるまじき順応性に、我がことながら驚いてる。

「じゃあ、早いとこ始めましょうか」
 神崎は気軽に言って、マジキャス支給のスマホでMiniCastを開く。

「こんにちはー。ゲリラ配信でごめんね! ちょっと時間があったから、ひさしぶりにこっちでもやろうかなって。内容は、前回の配信の振り返りかな」

 すこし早い時間帯でもあり、配信への「入り」はやや鈍い。
 だが、今回はそれを気にしなくてもいい。一般のお客さんが少ないほうが、むしろ都合がいいくらいだ。

 神崎は、七星エリカとしてしゃべりつつ、自分のスマホで駒川にチャットを打つ。
 駒川から返信が返ってきた。
『タイミングいいね! ちょうどいま、エリリが配信始めたとこ』
『じゃあ話す?』
『うん、配信聞きながらで悪いけど。ミニキャスはスマホじゃないと見えないから、パソコンからスカイテルかけるね』
 駒川は、神崎よりはパソコンに強いっぽいな。潜在的なオタク属性があるのかもしれない。

 神崎の私用スマホに、スカイテルの着信が入る。
 相手はもちろん駒川だ。
 神崎が俺に、配信用のスマホを渡す。
 俺はうなずき、七星エリカに成りかわる。
 話す内容は、エリカが授業中にノートにまとめてくれている。
 キャラを演じながら、その通りにしゃべっていけばいいだけだ。

 セリフはなるべく少なめに、声量もギリギリまで落とす。
 それだけでは不安なので、俺は廊下に出ようとした。
 神崎のスマホに配信中のエリカ(今は俺)の声を拾われるとまずいからな。

 が、廊下に出ようとした俺の服を、神崎が後ろから引っ張った。

 神崎のスマホから、駒川の声が漏れてくる。
 盗み聞くつもりはなかったが、こんなセリフが飛び出すと、耳が勝手に拾ってしまう。

『……ねえ、絵美莉って最近、人見君と仲良いよね?』
「ふ、ふぇっ!?」
 神崎がうろたえた。
 俺は配信用のスマホを腹に抱え、神崎に背を向けている。
 駒川の声が配信に乗ってしまったら、もう言い逃れはできないからな。
 ミニキャスのマイク機能をミュートにし、俺は駒川の言葉に神経を尖らせる。

『前にカタロニヤでも出くわしたしさ。あれはやっぱりデートだったんじゃないかって、北村君と言い合ってたんだ』
「ち、ちがうって言ったじゃない!」
 神崎があわてて否定する。
 北村め。いや、あの時点ではあいつは神崎=七星エリカとは知らなかったからな。そんな噂話をするのも当然か。

 俺は一瞬だけミュートを解除して配信をつなぎ、再びミュート。
『教室での様子も変だよね。わざと話さないようにしてるみたいだけど、たまに目で追ってるしさ。それも、ちょっとお熱い感じの目で』
「そ、そんなことないわよ!」
『意外だよねー。絵美莉ってオタクは嫌いなんじゃなかったの?』
「嫌いよっ!」

『これ、わたしの想像なんだけどさぁ……⋯⋯いま、人見君と一緒にいたり、しない?』
 駒川の質問に、神崎が一瞬凍りつく。
「ななな……なんでそうなるのよ! こんな時間に一緒にいるわけないって! いたらなんかヤバいじゃん!?」

『やだなー。べつにえっちぃことしてるとは思ってないよ。ただ、今日のエリリの配信には、ルリナちゃんは出てこないのかな……って』
「……っ、……っ!」
 神崎が金魚みたいに口をパクパクして俺を見る。

 が、俺は配信で手一杯だ。
 俺の目と口は、神崎が用意したノートを追っている。
 駒川の言葉の切れ目を縫い、七星エリカの配信をなんとかつなぐ。
 ……廊下に出て声が入らないようにすればいいのだが、神崎がまだ俺の服をつかんでるからな。

「る、ルリナちゃんって?」
『エリリの妹ー。エリリ復活はこの子のおかげも大きいよね』
「よねって言われても……し、知らないわよ!」
『エリリがヤバいこと言いそうになったら流れ変えるし、もし言っちゃってもフォローして笑いに変えてくれる賢い子なんだー』
「へ、へえー」
『暴言王と賢者の妹なんて言われてるね』
「だ、誰が暴言……っ、じゃなかった、そんなの、わたしが知るわけないじゃない!」
『そうなんだー。へえー』
「なによその声は!」

『エリリはね、オタクってわけじゃなさそうなんだ。どっちかっていうと、わたしら寄りの女子高生。北村っぽく言えば陽キャだね。でも、ルリナちゃんはたぶんコテコテのオタク。きっちりキャラを演じてるからね。オタクっぽいしゃべりかたじゃないんだけど、キャラを完璧に演じられてる時点でオタ確定なわけ』
「そ、そうなの……そんなの、わたしに言われてもって感じだけど」
 神崎は顔を真っ青にして、スマホをぎゅっと握りしめている。

『わたしの予想ではねー、いま配信してるエリリの中身はルリナちゃん。ルリナちゃんは人見君だから、いまのエリリは人見君。つまり、人見君は絵美莉とグルになって、わたしを騙そうとしてるのかなー……なんて』

「……っ!」
 ガシャン、と音がした。
 スマホを取り落とした神崎が、捨てられた子犬のような目で俺を見た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」 高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。 そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。 見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。 意外な共通点から意気投合する二人。 だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは―― > 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」 一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。 ……翌日、学校で再会するまでは。 実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!? オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

処理中です...