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#32 エピローグ(2) なしくずしライバー・七星ルリナ
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「七星ルリナは、封印しようと思ってる」
俺の言葉に、神崎が顔を跳ね上げた。
「はぁっ!? ルリナちゃんを……封印? 使わないってこと!?」
「そう」
「なんでよ!?」
「七星エリカのスタイルが固まりきる前に、ルリナはフェードアウトさせたほうがいいと思うんだ。エリカとルリナの姉妹じゃなくて、あくまでもエリカに人を集めるべきだ。ルリナはあくまでも引き立て役だから、役目が終わったら退場したほうがいいと思う」
はっきりと言い切った俺に、神崎がしばし絶句する。
「そ、そんなことは……!」
「おまえだってわかってるだろ? 神崎は、マジキャスの死ぬほど倍率の高いオーディションに受かってデビューした公式のライバーだ。ルリナは、そうじゃない。俺には、七星エリカの隣に立つ資格が、本来ならないんだよ」
「それは……そうかもだけど! でも、だからって……」
「七星エリカが、今回チカちゃんとやったみたいに、他のライバーとコラボするだろ。その時に、ルリナまでついてくわけにはいかないんだ。でも、普段の配信でルリナが目立ってたら、なんでルリナちゃんがいないのって言われるだろ」
「だ、だけど! ほら、しぐまツインズや夜乃姉妹みたいに、姉妹って設定のVtuberもいるじゃない!」
「そういうのは最初からペアでやろうとしてやってるんだ。七星エリカはそうじゃない。唯我独尊のエリカは、単独で配信してるほうがキャラにも合う」
俺の説明に、神崎が黙り込む。
神崎はうつむいて声を出さない。
「実は、社長にも聞いたんだ。ルリナというキャラを勝手に出したことについて。社長はああいう人だから笑ってたけど、事務所の中には事前に話を通してほしかったって声が多かったらしい。そりゃそうだ。オーディションで発掘して、プロに依頼してモデルを作って、コストをかけて大切に育て上げたのが、マジキャスの公式ライバーなんだ。俺みたいな抜け道を許しちゃったら、他のライバーに示しがつかなくなっちまう。オーディションに受からなかった人たちにも、な」
神崎は、目を伏せたまま答えない。
しばらくして、ようやく言葉を絞り出す。
「……あんたはそれでいいわけ? Vtuber、ほんとはやってみたかったんじゃないの?」
「そりゃ、そういう気持ちはあったけどさ。でも、神崎の気持ちに比べたら、俺のなんて妄想だよ。Vtuberになってちやほやされて、大金を儲けたい。刺激的な毎日を送りたい。夢というのもおこがましいような、妄想だ」
「そんなことないでしょ。それは嘘! あんたはVtuberが好きで好きでしょうがなくて、いつのまにか自分でもやってみたいと願ってた。心の奥底でね」
「それは……」
まいったな。まさか、神崎にそこまで見透かされていたとは。
「あんたが一歩を踏み出せなかったのは、元の性格だったり声のコンプレックスだったりもあるんでしょうけどね。でも、最大の理由はVtuber好きが行きすぎて、Vtuberを神様にしちゃってるからよ。Vtuberが神様なら、たしかに、『自分が神様になるなんてとんでもない!』って反応になるじゃない」
神崎の言葉には、一理あると思った。
「好きだからやってみよう!」ってなることもあるけど、好きがあまりに重すぎると、かえって気軽には飛び込めなくなるってこともあるからな。大好きな漫画の続刊が出たのに、あまりに楽しみすぎて読むのが怖い、なんてことがあったりするけど、俺にとってのVtuberもそういうものだったのかもな。
「動機だけなら、わたしのほうがよっぽど不純よ。ママに楽させてあげたいっていうのもあるけど、ちやほやされれば嬉しいし、お金が入ってきたら笑いが止まらない。毎日が刺激的で退屈しないわ」
「神崎らしいな」
「そんなに難しく考えなくてもいいじゃない。Vtuberが好きで、やってて楽しい。動機としては十分よ」
神崎の言葉に、俺は首を左右に振った。
「俺には、正直才能がないよ。神崎や君原を見てればわかる。Vtuberは外見を好きに変えられるけど、うちから溢れ出す魅力がなかったらどうしようもない。神崎や君原にはそれがある。俺にはない」
「そんなの、人それぞれでしょ。あんたの声マネは受けてたじゃない」
「あれくらいなら練習すればできることだよ」
俺は頑固に首を振る。
「……ルリナをやめたいってこと?」
神崎の言葉に、俺はためらう。
「そりゃ、すっぱり割り切れるわけじゃないけどさ。短いあいだとはいえ、いい夢を見させてもらったと思うことにする。楽しかった。ものすごく、楽しかった」
神崎が再び沈黙する。
「配信環境にも慣れたろ。もう、俺が手伝えることは残ってないんだ」
もともと、俺と神崎が一緒にいること自体が奇跡なのだ。
クラス一、いや、学年一の美少女と、オタクとして突き抜けてるわけでもないユルいオタ。まったく釣り合いが取れてない。
これ以上一緒にいると、勘違いしてしまいそうだ。
部屋に、居心地の悪い沈黙が落ちた。
神崎が、ゆっくりと口を開く。
「あんたさ、わたしのこと暴言失言製造機って言ったわね」
「ああ。いまではそれがすっかりキャラとして定着したな。社長の言った通りだ。尖らせることで、ネタとして受け入れられるようになった」
それを抑えようとしたあたり、我ながらセンスがない。
「ちょっとあんた、覚悟をしなさい」
「か、覚悟?」
「目をつむって」
「え?」
「いいから! 目をつむるの!」
「う、わかった」
譲りそうにない様子の神崎に、俺は反射的に従ってしまう。
目を閉じた俺に、神崎が上体を近づけてくるのが気配でわかった。
(え、まさかこれって……)
俺の、勘違いじゃなかったっていうのか?
そんな奇跡を信じてもいいのか?
いや、ダメだ。
七星エリカの今後のために、俺はここにいるべきじゃ――
「覚悟はできた?」
「お、おう」
「しっかり、歯を食いしばっておくのよ」
「あ、ああ」
いつになく優しい声音で言ってくる神崎に、俺はおもわずうなずいた。
(……いや、待て)
ふと、疑問が湧いてきた。
あれって、する時に歯を食いしばったりするもんだっけ? 勢いあまって歯と歯がぶつかった、なんていうのは、あるある話らしいけど……
「じゃあ、行くわよ?」
混乱したまま、俺は言われた通り歯を食いしばる。
そこで、ようやく気がついた。
――歯を食いしばれ。
これって、べつの時の常套句なんじゃ――
「ちょっと待――」
「っちええええい!」
バチ――――ン!!
「あっだああああっ!?」
俺は、平手打ちを食らった頬を押さえ、床の上をのたうちまわる。
俺の言葉に、神崎が顔を跳ね上げた。
「はぁっ!? ルリナちゃんを……封印? 使わないってこと!?」
「そう」
「なんでよ!?」
「七星エリカのスタイルが固まりきる前に、ルリナはフェードアウトさせたほうがいいと思うんだ。エリカとルリナの姉妹じゃなくて、あくまでもエリカに人を集めるべきだ。ルリナはあくまでも引き立て役だから、役目が終わったら退場したほうがいいと思う」
はっきりと言い切った俺に、神崎がしばし絶句する。
「そ、そんなことは……!」
「おまえだってわかってるだろ? 神崎は、マジキャスの死ぬほど倍率の高いオーディションに受かってデビューした公式のライバーだ。ルリナは、そうじゃない。俺には、七星エリカの隣に立つ資格が、本来ならないんだよ」
「それは……そうかもだけど! でも、だからって……」
「七星エリカが、今回チカちゃんとやったみたいに、他のライバーとコラボするだろ。その時に、ルリナまでついてくわけにはいかないんだ。でも、普段の配信でルリナが目立ってたら、なんでルリナちゃんがいないのって言われるだろ」
「だ、だけど! ほら、しぐまツインズや夜乃姉妹みたいに、姉妹って設定のVtuberもいるじゃない!」
「そういうのは最初からペアでやろうとしてやってるんだ。七星エリカはそうじゃない。唯我独尊のエリカは、単独で配信してるほうがキャラにも合う」
俺の説明に、神崎が黙り込む。
神崎はうつむいて声を出さない。
「実は、社長にも聞いたんだ。ルリナというキャラを勝手に出したことについて。社長はああいう人だから笑ってたけど、事務所の中には事前に話を通してほしかったって声が多かったらしい。そりゃそうだ。オーディションで発掘して、プロに依頼してモデルを作って、コストをかけて大切に育て上げたのが、マジキャスの公式ライバーなんだ。俺みたいな抜け道を許しちゃったら、他のライバーに示しがつかなくなっちまう。オーディションに受からなかった人たちにも、な」
神崎は、目を伏せたまま答えない。
しばらくして、ようやく言葉を絞り出す。
「……あんたはそれでいいわけ? Vtuber、ほんとはやってみたかったんじゃないの?」
「そりゃ、そういう気持ちはあったけどさ。でも、神崎の気持ちに比べたら、俺のなんて妄想だよ。Vtuberになってちやほやされて、大金を儲けたい。刺激的な毎日を送りたい。夢というのもおこがましいような、妄想だ」
「そんなことないでしょ。それは嘘! あんたはVtuberが好きで好きでしょうがなくて、いつのまにか自分でもやってみたいと願ってた。心の奥底でね」
「それは……」
まいったな。まさか、神崎にそこまで見透かされていたとは。
「あんたが一歩を踏み出せなかったのは、元の性格だったり声のコンプレックスだったりもあるんでしょうけどね。でも、最大の理由はVtuber好きが行きすぎて、Vtuberを神様にしちゃってるからよ。Vtuberが神様なら、たしかに、『自分が神様になるなんてとんでもない!』って反応になるじゃない」
神崎の言葉には、一理あると思った。
「好きだからやってみよう!」ってなることもあるけど、好きがあまりに重すぎると、かえって気軽には飛び込めなくなるってこともあるからな。大好きな漫画の続刊が出たのに、あまりに楽しみすぎて読むのが怖い、なんてことがあったりするけど、俺にとってのVtuberもそういうものだったのかもな。
「動機だけなら、わたしのほうがよっぽど不純よ。ママに楽させてあげたいっていうのもあるけど、ちやほやされれば嬉しいし、お金が入ってきたら笑いが止まらない。毎日が刺激的で退屈しないわ」
「神崎らしいな」
「そんなに難しく考えなくてもいいじゃない。Vtuberが好きで、やってて楽しい。動機としては十分よ」
神崎の言葉に、俺は首を左右に振った。
「俺には、正直才能がないよ。神崎や君原を見てればわかる。Vtuberは外見を好きに変えられるけど、うちから溢れ出す魅力がなかったらどうしようもない。神崎や君原にはそれがある。俺にはない」
「そんなの、人それぞれでしょ。あんたの声マネは受けてたじゃない」
「あれくらいなら練習すればできることだよ」
俺は頑固に首を振る。
「……ルリナをやめたいってこと?」
神崎の言葉に、俺はためらう。
「そりゃ、すっぱり割り切れるわけじゃないけどさ。短いあいだとはいえ、いい夢を見させてもらったと思うことにする。楽しかった。ものすごく、楽しかった」
神崎が再び沈黙する。
「配信環境にも慣れたろ。もう、俺が手伝えることは残ってないんだ」
もともと、俺と神崎が一緒にいること自体が奇跡なのだ。
クラス一、いや、学年一の美少女と、オタクとして突き抜けてるわけでもないユルいオタ。まったく釣り合いが取れてない。
これ以上一緒にいると、勘違いしてしまいそうだ。
部屋に、居心地の悪い沈黙が落ちた。
神崎が、ゆっくりと口を開く。
「あんたさ、わたしのこと暴言失言製造機って言ったわね」
「ああ。いまではそれがすっかりキャラとして定着したな。社長の言った通りだ。尖らせることで、ネタとして受け入れられるようになった」
それを抑えようとしたあたり、我ながらセンスがない。
「ちょっとあんた、覚悟をしなさい」
「か、覚悟?」
「目をつむって」
「え?」
「いいから! 目をつむるの!」
「う、わかった」
譲りそうにない様子の神崎に、俺は反射的に従ってしまう。
目を閉じた俺に、神崎が上体を近づけてくるのが気配でわかった。
(え、まさかこれって……)
俺の、勘違いじゃなかったっていうのか?
そんな奇跡を信じてもいいのか?
いや、ダメだ。
七星エリカの今後のために、俺はここにいるべきじゃ――
「覚悟はできた?」
「お、おう」
「しっかり、歯を食いしばっておくのよ」
「あ、ああ」
いつになく優しい声音で言ってくる神崎に、俺はおもわずうなずいた。
(……いや、待て)
ふと、疑問が湧いてきた。
あれって、する時に歯を食いしばったりするもんだっけ? 勢いあまって歯と歯がぶつかった、なんていうのは、あるある話らしいけど……
「じゃあ、行くわよ?」
混乱したまま、俺は言われた通り歯を食いしばる。
そこで、ようやく気がついた。
――歯を食いしばれ。
これって、べつの時の常套句なんじゃ――
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