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第3話 タイトル画面に戻された
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GAME OVER。
赤く表示された画面をじっと見つめる。
敵兵の矢に斃れた俺の前には、ゲームと同じゲームオーバー画面が現れていた。
悲しげな旋律が流れる中、GAME OVERの文字は微動だにしない。
……まさか、このまま変化しないなんてことはないよな?
もしそうなら、俺の人生は最悪の詰み方をしたことになる。
このままゲームオーバー画面を未来永劫見つめ続けるなんてのは勘弁してほしい。
俺が唾を飲みながら(身体がないのにそんな感覚だけはあった)、じっと画面を凝視(やはり身体はないが)していると、十数秒ほどで画面が切り替わる。
ゲームオーバー画面に続いて表示されたのは、赤い血文字のタイトルだ。
――Carnage(カルネージ)。
血色のペンキを太いハケで殴り書きしたようなタイトルは、溢れ出た知識にある通りのものだった。
ゲームの禍々しいタイトルの下には、「FOCUS HERE」という白い文字が浮かんでいる。
VRゲームではテンプレとなった、「ここを見つめろ」という決まり文句だ。
VR以前のゲームでは、こういった画面には「PRESS ANY BUTTON」と書かれていたらしい。
だが、完全埋没型のVRゲームには、ボタンはおろかコントローラーすら存在しない。
ゲーム内のほとんどの操作は意識するだけで行える。
ただ、メニュー画面など一部の細かな操作だけは、視線とジェスチャーで行うのが一般的だ。
いずれにせよ、王子としての常識からすれば、ほとんど魔法のような技術である。
俺は、自分の身体を見下ろしてみる。
だが、そこにはなにもない。
さっきまでは確かにあった、俺の身体がなくなっている。
そのことに案外動揺しなかったのは、これがVRではよくあることだからだ。
ゲームに限らず、VR技術を生かしたヴァーチャル観光であっても、あえてアバターを設定せず、視点だけを動かして、あちこちを見て回ることは珍しくない。
となると、真っ先に浮かぶ疑問はこれだろう。
「これはゲームなのか?」
声帯も存在しないはずだが、俺の声はちゃんと聞こえた。
「俺はVRゲームにのめり込むうちに登場人物になりきっていただけ……とか?」
トラキリア王国の第三王子であるユリウス・ヴィスト・トラキリア。
その十六年にわたる生涯を疑似現実として体験し、その経験が今終了したということか?
「……いや、そんなはずはない。俺がユリウスであることは間違いない。俺が王子として生きてきた十六年間の記憶はちゃんとある」
もしそのすべてがVRなのだとしたら、途方もない量のデータが必要だろう。
いや、それ以前に、十六年分の体験を一度もログアウトせずにプレイさせ続けるなんてことは、科学の発展した地球であっても不可能だ。
いくらVRが発達しても、プレイヤーが生身の人間である以上、メシを食ったり眠ったりする必要はなくならないんだからな。
ついでに言えば、VRゲームのプレイ中に、今ゲームをやってるという自覚をなくしてしまうこともありえない。
VRは、夢や幻覚とは違うのだ。
「じゃあ、なんなんだ? まさか、Carnageそっくりの異世界があって、その世界の小国の王子にゲームの知識が蘇った……とでも言うのか?」
――異世界転生。
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
完全な没入を可能とする最新のVRゲームでも、異世界に転生するという設定には人気があった(らしい)。
だが、Carnageにはプレイヤーが異世界に転生するという設定はない。
プレイヤーが操作するのは、あくまでもCarnageの世界内にいるキャラクターだ。
プレイヤーは、さまざまな種族・身分のキャラクターを主人公として選んでゲームを始める。
CarnageはソロプレイのオープンワールドVRRPGで、ダークファンタジーな世界観と、練り込まれた重厚なストーリーがウリだった。
Carnageでは、プレイヤーがキャラクターを自由に作ることはできないが、その分、キャラクターごとに濃密なストーリーが用意されている。
「でも、その中にユリウス・ヴィスト・トラキリアなんてキャラクターはいなかったぞ?」
プレイヤーが主人公として選ぶことができるキャラクターの中に、トラキリアの第三王子はいなかった。
実際、これといった取り柄があるわけでもない小国の第三王子を主人公にしたところで、ゲームとして面白みがあるとは思えない。
「⋯⋯わけがわからん」
俺は、眼前に浮かぶタイトルロゴを睨みながらため息をつく。
異世界のゲームってだけでお手上げなのに、そのゲームと「現実」のあいだにもかなりの食い違いがあるときた。
「俺は⋯⋯誰なんだ?」
ユリウス王子か、ゲームのプレイヤーか。
セーブポイントを目にした途端溢れ出したゲーム知識の中に、おぼろげながらCarnageをプレイする地球人のものらしき記憶もある。
しかしその記憶は、まだ人格と呼べるほどはっきりした像を結んでない。
「俺は、俺だ。トラキリア王国第三王子、ユリウス・ヴィスト・トラキリア。それ以外の何者でもない」
そう言い切ってみると、少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
「そうだ、俺はユリウスだ。トラキリア王家に生まれ、王子として育った。俺のためにみんながしてくれたことや、俺が十六年のあいだ積み重ねてきたことはゲームなんかじゃない。まぎれもなく現実だ」
そこまで言って、俺はようやく思い出す。
「現実……そう、現実なんだ。あの悪夢のような体験も……」
幼い頃からともに剣の稽古に励んだアイザックは、危険を冒して斥候に立ち、敵の矢に射抜かれた。
権勢とは無縁の第三王子に忠誠を尽くし、命を賭して俺を逃してくれたブレヒトは、間違いなく敵兵に殺されただろう。
他にも、顔を見知った無数の臣下たちが、突然現れた敵兵たちによって殺された。
いや、臣下たちだけじゃない。
「そうだ、父さんと母さんは!? 兄さんたちとアリシアはどうなった!?」
異常事態の連続に麻痺していた頭が動き出し、俺はようやくそのことに気づいた。
トラキリア王国の現在の王族は、そろって温和で仲がいい。
他国の王家のドロドロとした確執を耳にするたびに、俺はトラキリアに生まれたことを感謝したものだ。
トラキリアは小国だが、国情は安定していて、反乱や他国の侵攻を心配する必要もない。
いや、なかった、というべきか。
現に攻撃を受けた以上、俺の知らないところで火種が燻っていたということだ。
奇襲が夜明けだったこともあって、王族はバラバラに逃げることになってしまった。
いや、逃げられたかどうかすらわからない。
既に捕まったり、殺されたりしている可能性も高い。
「くそっ! なんで今まで気づかなかったんだ! みんなは無事なのか!? ああ、今からでも助けに行きたいが⋯⋯!」
俺には、それだけの力がない。
謎の敵兵はトラキリアの騎士たちよりも強かった。
平和な国だけに強兵とは言いがたいトラキリアの兵ではあるが、他国と比べてとくに弱いというわけでもない。
Carnageの主人公たちのような英雄豪傑や高ランク冒険者とは比べられないが、日頃から厳しい訓練を積んでいる兵たちだ。
それが、ほとんど抵抗もできずに殺されている。
俺も王族として必要な護身のすべを学んではいるが、ブレヒトはもちろん、アイザックと比べても数段劣る実力なのは間違いない。
王家の家庭教師たちは、王族には武術よりも学問を優先的に学ばせてきた。
その判断は、しごくまっとうなものだと思う。
だがこうなっては、戦う力を磨き抜いておけばよかったと、後悔せずにはいられない。
「父さんと母さんは⋯⋯わからない。マクシミリアン兄さんは地方に巡察に出て留守だった。グレゴール兄さんにはあの固有スキルがあるから無事だろう。
心配なのはアリシアだ。いくら固有スキルと治癒魔法があるとはいえ女の身では⋯⋯。
って、待てよ?」
そこまで考えて俺は気づいた。
今俺がいるのはタイトル画面だ。
俺は、敵兵に射殺される前に「セーブ」をした。
異世界のゲーム知識によれば、「セーブ」とは、ゲームをあとから再開するために、ゲームの進行状況を保存することだ。
「セーブ」が実際にできた以上、そのセーブデータから「再開する」こともできるはずだ。
「あそこから……やり直せるのか!?」
Carnageでは、ゲームオーバー時にその場でコンティニューすることは不可能だ。
全滅した場合には、一度タイトルに戻って、セーブデータから再開する必要がある。
このことは、ゲームとして見た場合には、賛否が分かれるところだろう。
全滅すると、セーブしてからゲームオーバーになるまでのプレイが無駄になるってことだからな。
だが、「現実」として見た場合は話が違ってくる。
タイトル画面からセーブデータを選んで再開すれば、セーブデータに記録された時刻まで、「時間を戻せる」ことになるからだ。
セーブしてから全滅するまでの時間を、「なかったこと」にできると言ってもいい。
俺は、弾かれたようにFOCUS HEREの文字に目を凝らす。
FOCUS HEREの文字が消え、おどろおどろしいタイトルの下に、短い文字列が現れた。
ロード
赤く表示された画面をじっと見つめる。
敵兵の矢に斃れた俺の前には、ゲームと同じゲームオーバー画面が現れていた。
悲しげな旋律が流れる中、GAME OVERの文字は微動だにしない。
……まさか、このまま変化しないなんてことはないよな?
もしそうなら、俺の人生は最悪の詰み方をしたことになる。
このままゲームオーバー画面を未来永劫見つめ続けるなんてのは勘弁してほしい。
俺が唾を飲みながら(身体がないのにそんな感覚だけはあった)、じっと画面を凝視(やはり身体はないが)していると、十数秒ほどで画面が切り替わる。
ゲームオーバー画面に続いて表示されたのは、赤い血文字のタイトルだ。
――Carnage(カルネージ)。
血色のペンキを太いハケで殴り書きしたようなタイトルは、溢れ出た知識にある通りのものだった。
ゲームの禍々しいタイトルの下には、「FOCUS HERE」という白い文字が浮かんでいる。
VRゲームではテンプレとなった、「ここを見つめろ」という決まり文句だ。
VR以前のゲームでは、こういった画面には「PRESS ANY BUTTON」と書かれていたらしい。
だが、完全埋没型のVRゲームには、ボタンはおろかコントローラーすら存在しない。
ゲーム内のほとんどの操作は意識するだけで行える。
ただ、メニュー画面など一部の細かな操作だけは、視線とジェスチャーで行うのが一般的だ。
いずれにせよ、王子としての常識からすれば、ほとんど魔法のような技術である。
俺は、自分の身体を見下ろしてみる。
だが、そこにはなにもない。
さっきまでは確かにあった、俺の身体がなくなっている。
そのことに案外動揺しなかったのは、これがVRではよくあることだからだ。
ゲームに限らず、VR技術を生かしたヴァーチャル観光であっても、あえてアバターを設定せず、視点だけを動かして、あちこちを見て回ることは珍しくない。
となると、真っ先に浮かぶ疑問はこれだろう。
「これはゲームなのか?」
声帯も存在しないはずだが、俺の声はちゃんと聞こえた。
「俺はVRゲームにのめり込むうちに登場人物になりきっていただけ……とか?」
トラキリア王国の第三王子であるユリウス・ヴィスト・トラキリア。
その十六年にわたる生涯を疑似現実として体験し、その経験が今終了したということか?
「……いや、そんなはずはない。俺がユリウスであることは間違いない。俺が王子として生きてきた十六年間の記憶はちゃんとある」
もしそのすべてがVRなのだとしたら、途方もない量のデータが必要だろう。
いや、それ以前に、十六年分の体験を一度もログアウトせずにプレイさせ続けるなんてことは、科学の発展した地球であっても不可能だ。
いくらVRが発達しても、プレイヤーが生身の人間である以上、メシを食ったり眠ったりする必要はなくならないんだからな。
ついでに言えば、VRゲームのプレイ中に、今ゲームをやってるという自覚をなくしてしまうこともありえない。
VRは、夢や幻覚とは違うのだ。
「じゃあ、なんなんだ? まさか、Carnageそっくりの異世界があって、その世界の小国の王子にゲームの知識が蘇った……とでも言うのか?」
――異世界転生。
そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
完全な没入を可能とする最新のVRゲームでも、異世界に転生するという設定には人気があった(らしい)。
だが、Carnageにはプレイヤーが異世界に転生するという設定はない。
プレイヤーが操作するのは、あくまでもCarnageの世界内にいるキャラクターだ。
プレイヤーは、さまざまな種族・身分のキャラクターを主人公として選んでゲームを始める。
CarnageはソロプレイのオープンワールドVRRPGで、ダークファンタジーな世界観と、練り込まれた重厚なストーリーがウリだった。
Carnageでは、プレイヤーがキャラクターを自由に作ることはできないが、その分、キャラクターごとに濃密なストーリーが用意されている。
「でも、その中にユリウス・ヴィスト・トラキリアなんてキャラクターはいなかったぞ?」
プレイヤーが主人公として選ぶことができるキャラクターの中に、トラキリアの第三王子はいなかった。
実際、これといった取り柄があるわけでもない小国の第三王子を主人公にしたところで、ゲームとして面白みがあるとは思えない。
「⋯⋯わけがわからん」
俺は、眼前に浮かぶタイトルロゴを睨みながらため息をつく。
異世界のゲームってだけでお手上げなのに、そのゲームと「現実」のあいだにもかなりの食い違いがあるときた。
「俺は⋯⋯誰なんだ?」
ユリウス王子か、ゲームのプレイヤーか。
セーブポイントを目にした途端溢れ出したゲーム知識の中に、おぼろげながらCarnageをプレイする地球人のものらしき記憶もある。
しかしその記憶は、まだ人格と呼べるほどはっきりした像を結んでない。
「俺は、俺だ。トラキリア王国第三王子、ユリウス・ヴィスト・トラキリア。それ以外の何者でもない」
そう言い切ってみると、少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
「そうだ、俺はユリウスだ。トラキリア王家に生まれ、王子として育った。俺のためにみんながしてくれたことや、俺が十六年のあいだ積み重ねてきたことはゲームなんかじゃない。まぎれもなく現実だ」
そこまで言って、俺はようやく思い出す。
「現実……そう、現実なんだ。あの悪夢のような体験も……」
幼い頃からともに剣の稽古に励んだアイザックは、危険を冒して斥候に立ち、敵の矢に射抜かれた。
権勢とは無縁の第三王子に忠誠を尽くし、命を賭して俺を逃してくれたブレヒトは、間違いなく敵兵に殺されただろう。
他にも、顔を見知った無数の臣下たちが、突然現れた敵兵たちによって殺された。
いや、臣下たちだけじゃない。
「そうだ、父さんと母さんは!? 兄さんたちとアリシアはどうなった!?」
異常事態の連続に麻痺していた頭が動き出し、俺はようやくそのことに気づいた。
トラキリア王国の現在の王族は、そろって温和で仲がいい。
他国の王家のドロドロとした確執を耳にするたびに、俺はトラキリアに生まれたことを感謝したものだ。
トラキリアは小国だが、国情は安定していて、反乱や他国の侵攻を心配する必要もない。
いや、なかった、というべきか。
現に攻撃を受けた以上、俺の知らないところで火種が燻っていたということだ。
奇襲が夜明けだったこともあって、王族はバラバラに逃げることになってしまった。
いや、逃げられたかどうかすらわからない。
既に捕まったり、殺されたりしている可能性も高い。
「くそっ! なんで今まで気づかなかったんだ! みんなは無事なのか!? ああ、今からでも助けに行きたいが⋯⋯!」
俺には、それだけの力がない。
謎の敵兵はトラキリアの騎士たちよりも強かった。
平和な国だけに強兵とは言いがたいトラキリアの兵ではあるが、他国と比べてとくに弱いというわけでもない。
Carnageの主人公たちのような英雄豪傑や高ランク冒険者とは比べられないが、日頃から厳しい訓練を積んでいる兵たちだ。
それが、ほとんど抵抗もできずに殺されている。
俺も王族として必要な護身のすべを学んではいるが、ブレヒトはもちろん、アイザックと比べても数段劣る実力なのは間違いない。
王家の家庭教師たちは、王族には武術よりも学問を優先的に学ばせてきた。
その判断は、しごくまっとうなものだと思う。
だがこうなっては、戦う力を磨き抜いておけばよかったと、後悔せずにはいられない。
「父さんと母さんは⋯⋯わからない。マクシミリアン兄さんは地方に巡察に出て留守だった。グレゴール兄さんにはあの固有スキルがあるから無事だろう。
心配なのはアリシアだ。いくら固有スキルと治癒魔法があるとはいえ女の身では⋯⋯。
って、待てよ?」
そこまで考えて俺は気づいた。
今俺がいるのはタイトル画面だ。
俺は、敵兵に射殺される前に「セーブ」をした。
異世界のゲーム知識によれば、「セーブ」とは、ゲームをあとから再開するために、ゲームの進行状況を保存することだ。
「セーブ」が実際にできた以上、そのセーブデータから「再開する」こともできるはずだ。
「あそこから……やり直せるのか!?」
Carnageでは、ゲームオーバー時にその場でコンティニューすることは不可能だ。
全滅した場合には、一度タイトルに戻って、セーブデータから再開する必要がある。
このことは、ゲームとして見た場合には、賛否が分かれるところだろう。
全滅すると、セーブしてからゲームオーバーになるまでのプレイが無駄になるってことだからな。
だが、「現実」として見た場合は話が違ってくる。
タイトル画面からセーブデータを選んで再開すれば、セーブデータに記録された時刻まで、「時間を戻せる」ことになるからだ。
セーブしてから全滅するまでの時間を、「なかったこと」にできると言ってもいい。
俺は、弾かれたようにFOCUS HEREの文字に目を凝らす。
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