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第6話 スキルは知られていないらしい
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「トラキリア城・地下隠し通路入口(西)」のセーブポイントから地下隠し通路に入った俺は、魔法の明かりを頼りに狭い通路をたどっていく。
その行き止まりの壁にあった隠し扉を慎重に開く。
「……誰もいないみたいだな」
やはり暖炉の中にあった隠し扉から、灰をかぶりながら室内に出る。
王族向けに整えられてはいるが、来客用ではない小さな部屋だ。
謁見の間の裏に当たる王族用の控室のようだ。
「ってことは、廊下を出て少し行ったら謁見の間か」
控室には水差しとパン、果物が置かれていた。
ちょうど腹が減ってた俺は、外の気配に注意しながら食事を済ませる。
……って、もしこの先で死んでやり直すことになったら、食事もいちいち取り直す必要があるのか。
この先にもし難所があるようなら、食料を確保してからいったんセーブポイントに戻ったほうが効率がいいかもしれない。
もちろん、その場合には、この控室とセーブポイントの往復時間が無駄になってしまうが……。
食事を済ませた俺は、扉に耳を当てて廊下の物音に耳を澄ます。
かなり遠くにかすかな足音が聴こえるが、廊下には誰もいないだろう。
もちろん、この世界には気配を消すようなスキルの持ち主もいるし、斥候として経験を積んだ兵の中にはスキルなしでも似たようなことができるものもいる。
というより、Carnageのシステムでは、斥候としての経験によって形成された神経回路をVRデバイスが読み取り、それを補強する形でゲーム内における「スキル」が形成される。
Carnageでは魔法もスキルのひとつという扱いで、修練を積むことで形成された神経回路をゲームシステムが増補する形で魔法が使えるという仕組みらしい。
……この説明だと、まだわかりにくい気がするな。
俺自身、異世界のゲームを前提にした知識を消化するのには時間がかかる。
「もうちょい直感的にわかる説明はないのか? ……お、あった」
ゲーム知識の中に、攻略掲示板のテンプレの内容が残っていた。
「なになに……
『おまえらも小学校の時にリコーダーを吹かされたよな?
何度も練習すればその分上手くなったよな?
あれが、神経回路が形成されるってことだ。
Carnageのスキルもそれと同じだ。
昔のゲームと違って、スキルをただやみくもに使って使用回数だけ稼いでもスキルの習熟度は上がらないんだよ。
要はちゃんと練習しろカスってことだ』
……口が悪いな、地球人」
だが、言わんとしてることはよくわかる。
二、三世代前のVRゲームでは、スキルはアイコンを選択したり、言葉でスキル名を読み上げたりすることで発動していたという。
その習熟度の判定も、単純な使用回数や敵から得た経験値で決まっていたようだ。
Carnageに限らず、最新世代のVRゲームでは、ゲームはプレイヤーの脳内の神経回路を読み取り、その回路に沿った形でスキルを発動することが一般的になっている。
ゲームによって呼び方はさまざまだが、Carnageでは「ニューロリンクスキル」と呼ばれていた。
さっきのテンプレは楽器で喩えていたが、プレイヤーの知識によれば「自転車に乗るようにしてスキルが使える」という説明もあるようだ。
VRゲームのプレイヤーの「あるある」として、現実世界でスキルを使おうとしてしまい、「なんでスキルが使えないんだ! あ、これ現実だった」と気づいたという話が、SNSで共感を集めていたという。
それほどまでに、ゲーム内のスキルが現実世界の「スキル」に近いものになっていたということだ。
そうなってくると、もはやVR空間は第二の現実だ。
プレイヤーたちは、現実世界でスポーツをしたり楽器を練習したりする代わりに、VR空間でしか使えないスキルを覚え、磨き上げることに血道を上げる。
そうして磨き上げたスキルを使って、プレイヤー同士が強さを競ったり、制限のキツいプレイをして視聴者を楽しませたりしていた。
その様子はインターネットを通じて世界中に一瞬にして配信され、プレイヤーの腕によっては、それだけで暮らしていけるほどの収入が得られたという。
この世界に生まれ育った俺にとっては、想像をはるかに超えた、神々の遊戯としか思えない話だが、地球のプレイヤーにとってはそれが当たり前のことなのだ。
「でも、妙だな。ニューロリンクスキルの話は、この世界ではまったく知られてない」
修練によって魔法や弓の腕を磨くことで、ある日突然その技量が飛躍的に向上するという現象は知られている。
ゲーム知識で解釈するなら、その突然訪れる飛躍的な向上こそ、スキルの習得や習熟度の上昇にほかならない。
そうした現象をこの世界の住人が特別なことだと思わないのは、この世界ではそれがごく当たり前のことだからだ。
この世界では、武芸や魔術を磨くというのは「そういうこと」だと思われている。
地球では、実在する武芸がそんなに飛躍的な進歩を遂げることはありえないし、魔術に至っては存在すらしていない。
Carnageにそっくりなこの世界では、武芸は修練の蓄積で突如飛躍的に進歩するものだし、魔術もまた、独自の修行を積むことである日突然使えるようになるものだ。
俺は、これまでそれが常識だと思ってきた。
だが、蘇りつつある地球の知識に照らしてみると、それがどれだけおかしなことかがわかってくる。
「魔術なんてありえない……という発想自体がありえなかったんだよな」
地球風に言えば、それは、リンゴが地面に落ちるのと同じくらい当たり前のことだった。
そこに目に見えない法則を見出せるのは、一握りの天才だけだろう。
「ニューロリンクスキルなんて話は、この世界では知られてない。武芸や魔術の腕は個人の努力の延長線上にあるものだと思われてる。だから、それを超えた万人に共通の『スキル』があるなんて発想はない」
発想はないが、王子として見聞きしてきた限りでは、武芸や魔術に優れた人は、知らずしらずのうちにスキルを身に着けているようだった。
俺が散々苦しめられた敵兵も、弓術スキルの習熟度が高いのだろう。
しかし、意識的にスキルを習得しようと思って習得したわけではないはずだ。
家系や師弟関係の中でスキルを覚えるためのノウハウが(本人たちがそうとは知らないままに)受け継がれることはあるだろうが、武芸や魔術の優劣は、基本的には本人の才能や努力によるものと思われている。
「ゲーム知識があればスキルを覚えるのは格段に楽になる……んだが」
ニューロリンクスキルは、修練によって形成された神経回路をゲームシステムが読み取って補強するものだ。
この「修練によって形成された神経回路」というのが曲者だ。
要するに、時間をかけて練習することでしかスキルは覚えられないってことだからな。
一朝一夕に身につくようなスキルですぐに戦えるようになるとは思えない。
しかも、今はその「一朝一夕」の時間すら惜しい状況なのだ。
「どうも、簡単には『無双』させてくれないらしいな」
現状では、セーブ&ロードを生かして誰にも見つからずに城の様子を探っていくしかない。
「直接戦わなくても覚えられるスキルもあるみたいだから、そういうのから始めていこうか」
俺は、廊下への扉を薄く開いて様子を確かめる。
敵兵はいない。
問題は、謁見の間の様子を見に行くか、反対側に進んで王族の居住区画を探索するか、だ。
アリシアがいるとしたら居住区画のほうだろう。
しかし、王である父が逃げ延びているかどうかは、今後の方針に大きく関わる。
「……謁見の間も見ておくか。もし何もなかったらロードし直せばいいだけだ」
俺は緊張で汗ばんだ手で扉を開き、廊下に出て、音を立てないように扉を閉める。
足音を忍ばせて廊下を進み、すぐ近くにあった扉へと滑り込む。
狭い小部屋の奥にはひだのついた緞帳があり、その奥が謁見の間だ。
緞帳をわずかに開けて、その隙間から謁見の間の様子をのぞき見る。
「うっ……!」
謁見の間は、二つの赤で埋め尽くされていた。
倒れたたいまつから燃え移った炎と――
倒れ伏した兵や廷吏から流れ出た血と。
そして、鮮血に染まった玉座の前には、剣で胸を貫かれたこの国の王――俺の父が倒れていた。
その行き止まりの壁にあった隠し扉を慎重に開く。
「……誰もいないみたいだな」
やはり暖炉の中にあった隠し扉から、灰をかぶりながら室内に出る。
王族向けに整えられてはいるが、来客用ではない小さな部屋だ。
謁見の間の裏に当たる王族用の控室のようだ。
「ってことは、廊下を出て少し行ったら謁見の間か」
控室には水差しとパン、果物が置かれていた。
ちょうど腹が減ってた俺は、外の気配に注意しながら食事を済ませる。
……って、もしこの先で死んでやり直すことになったら、食事もいちいち取り直す必要があるのか。
この先にもし難所があるようなら、食料を確保してからいったんセーブポイントに戻ったほうが効率がいいかもしれない。
もちろん、その場合には、この控室とセーブポイントの往復時間が無駄になってしまうが……。
食事を済ませた俺は、扉に耳を当てて廊下の物音に耳を澄ます。
かなり遠くにかすかな足音が聴こえるが、廊下には誰もいないだろう。
もちろん、この世界には気配を消すようなスキルの持ち主もいるし、斥候として経験を積んだ兵の中にはスキルなしでも似たようなことができるものもいる。
というより、Carnageのシステムでは、斥候としての経験によって形成された神経回路をVRデバイスが読み取り、それを補強する形でゲーム内における「スキル」が形成される。
Carnageでは魔法もスキルのひとつという扱いで、修練を積むことで形成された神経回路をゲームシステムが増補する形で魔法が使えるという仕組みらしい。
……この説明だと、まだわかりにくい気がするな。
俺自身、異世界のゲームを前提にした知識を消化するのには時間がかかる。
「もうちょい直感的にわかる説明はないのか? ……お、あった」
ゲーム知識の中に、攻略掲示板のテンプレの内容が残っていた。
「なになに……
『おまえらも小学校の時にリコーダーを吹かされたよな?
何度も練習すればその分上手くなったよな?
あれが、神経回路が形成されるってことだ。
Carnageのスキルもそれと同じだ。
昔のゲームと違って、スキルをただやみくもに使って使用回数だけ稼いでもスキルの習熟度は上がらないんだよ。
要はちゃんと練習しろカスってことだ』
……口が悪いな、地球人」
だが、言わんとしてることはよくわかる。
二、三世代前のVRゲームでは、スキルはアイコンを選択したり、言葉でスキル名を読み上げたりすることで発動していたという。
その習熟度の判定も、単純な使用回数や敵から得た経験値で決まっていたようだ。
Carnageに限らず、最新世代のVRゲームでは、ゲームはプレイヤーの脳内の神経回路を読み取り、その回路に沿った形でスキルを発動することが一般的になっている。
ゲームによって呼び方はさまざまだが、Carnageでは「ニューロリンクスキル」と呼ばれていた。
さっきのテンプレは楽器で喩えていたが、プレイヤーの知識によれば「自転車に乗るようにしてスキルが使える」という説明もあるようだ。
VRゲームのプレイヤーの「あるある」として、現実世界でスキルを使おうとしてしまい、「なんでスキルが使えないんだ! あ、これ現実だった」と気づいたという話が、SNSで共感を集めていたという。
それほどまでに、ゲーム内のスキルが現実世界の「スキル」に近いものになっていたということだ。
そうなってくると、もはやVR空間は第二の現実だ。
プレイヤーたちは、現実世界でスポーツをしたり楽器を練習したりする代わりに、VR空間でしか使えないスキルを覚え、磨き上げることに血道を上げる。
そうして磨き上げたスキルを使って、プレイヤー同士が強さを競ったり、制限のキツいプレイをして視聴者を楽しませたりしていた。
その様子はインターネットを通じて世界中に一瞬にして配信され、プレイヤーの腕によっては、それだけで暮らしていけるほどの収入が得られたという。
この世界に生まれ育った俺にとっては、想像をはるかに超えた、神々の遊戯としか思えない話だが、地球のプレイヤーにとってはそれが当たり前のことなのだ。
「でも、妙だな。ニューロリンクスキルの話は、この世界ではまったく知られてない」
修練によって魔法や弓の腕を磨くことで、ある日突然その技量が飛躍的に向上するという現象は知られている。
ゲーム知識で解釈するなら、その突然訪れる飛躍的な向上こそ、スキルの習得や習熟度の上昇にほかならない。
そうした現象をこの世界の住人が特別なことだと思わないのは、この世界ではそれがごく当たり前のことだからだ。
この世界では、武芸や魔術を磨くというのは「そういうこと」だと思われている。
地球では、実在する武芸がそんなに飛躍的な進歩を遂げることはありえないし、魔術に至っては存在すらしていない。
Carnageにそっくりなこの世界では、武芸は修練の蓄積で突如飛躍的に進歩するものだし、魔術もまた、独自の修行を積むことである日突然使えるようになるものだ。
俺は、これまでそれが常識だと思ってきた。
だが、蘇りつつある地球の知識に照らしてみると、それがどれだけおかしなことかがわかってくる。
「魔術なんてありえない……という発想自体がありえなかったんだよな」
地球風に言えば、それは、リンゴが地面に落ちるのと同じくらい当たり前のことだった。
そこに目に見えない法則を見出せるのは、一握りの天才だけだろう。
「ニューロリンクスキルなんて話は、この世界では知られてない。武芸や魔術の腕は個人の努力の延長線上にあるものだと思われてる。だから、それを超えた万人に共通の『スキル』があるなんて発想はない」
発想はないが、王子として見聞きしてきた限りでは、武芸や魔術に優れた人は、知らずしらずのうちにスキルを身に着けているようだった。
俺が散々苦しめられた敵兵も、弓術スキルの習熟度が高いのだろう。
しかし、意識的にスキルを習得しようと思って習得したわけではないはずだ。
家系や師弟関係の中でスキルを覚えるためのノウハウが(本人たちがそうとは知らないままに)受け継がれることはあるだろうが、武芸や魔術の優劣は、基本的には本人の才能や努力によるものと思われている。
「ゲーム知識があればスキルを覚えるのは格段に楽になる……んだが」
ニューロリンクスキルは、修練によって形成された神経回路をゲームシステムが読み取って補強するものだ。
この「修練によって形成された神経回路」というのが曲者だ。
要するに、時間をかけて練習することでしかスキルは覚えられないってことだからな。
一朝一夕に身につくようなスキルですぐに戦えるようになるとは思えない。
しかも、今はその「一朝一夕」の時間すら惜しい状況なのだ。
「どうも、簡単には『無双』させてくれないらしいな」
現状では、セーブ&ロードを生かして誰にも見つからずに城の様子を探っていくしかない。
「直接戦わなくても覚えられるスキルもあるみたいだから、そういうのから始めていこうか」
俺は、廊下への扉を薄く開いて様子を確かめる。
敵兵はいない。
問題は、謁見の間の様子を見に行くか、反対側に進んで王族の居住区画を探索するか、だ。
アリシアがいるとしたら居住区画のほうだろう。
しかし、王である父が逃げ延びているかどうかは、今後の方針に大きく関わる。
「……謁見の間も見ておくか。もし何もなかったらロードし直せばいいだけだ」
俺は緊張で汗ばんだ手で扉を開き、廊下に出て、音を立てないように扉を閉める。
足音を忍ばせて廊下を進み、すぐ近くにあった扉へと滑り込む。
狭い小部屋の奥にはひだのついた緞帳があり、その奥が謁見の間だ。
緞帳をわずかに開けて、その隙間から謁見の間の様子をのぞき見る。
「うっ……!」
謁見の間は、二つの赤で埋め尽くされていた。
倒れたたいまつから燃え移った炎と――
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