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第7話 王子は初めてのスキルを習得する
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「父上!」
俺は謁見の間に飛び出した。
左右に大きな柱が幾本も立つ縦長の空間は、奥側にピラミッド状の段差があり、その上に背の高い豪華な椅子が二脚並んでいる。
ともに金の装飾で飾り立てられていて、片方は威厳を、もう片方が慈愛を表現している。
国王の玉座と、王妃の座だ。
石造りの謁見の間は、絨毯や緞帳、タペストリなどに火が移り、血まみれの床をさらに赤く染めている。
熱気と臭気で頭がくらくらしてくる。
「父上!」
普段は王子ですらみだりに上がることが許されない壇を駆けのぼり、玉座の前に倒れ伏す父に近づいた。
父は、胸の中心を黒い剣で貫かれていた。
もはや完全に息絶えている。
その父の下に、折り重なって母の死体があった。
父の胸を貫いた剣が、母の胸をも貫いている。
剣は床まで貫通し、俺の父母を貫いたままで、その場にまっすぐ立っていた。
その剣の柄には、父のかけていた王冠が掛けられている。
まるで、この剣で王を討ち取ったと誇示するかのように――
「よくも、こんな、ことを……っ!」
ぎりっ……と俺の奥歯が異音を鳴らした。
父と母はいずれも胸を貫かれて死んでいる。
生きたまま二人を積み上げて、それから胸を一突きで刺した。
そうとしか思えない状況だ。
俺はよろよろとしゃがみこみ、見開いたままで固まった父のまぶたを、震える手でなんとか閉ざす。
母の顔は恐怖に固まったままで、死に顔をやわらげようとしてもうまくいかない。
「く、そっ……」
知識としては、知っていた。
トラキリアは滅亡すると。
アリシア以外の王族はおそらく死んだはずだと。
だが、こんな死者を辱めるような殺し方をされているとは……
怒りのあまり視界が狭まり、周囲の音も聴こえなくなる。
だから、俺に呼びかける声に気づくのが遅くなった。
「……リウス、ユリウス!」
聞き覚えのある声に、俺ははっとして振り返る。
が、そこには予想していた人物はいなかった。
「こっちだよ! 下だ! 僕だ、グレゴールだ!」
その声に目を下ろすと、すぐそばの床に、一匹のリスがいた。
片手に載りそうな大きさのシマリスだ。
シマリスは、そのくりくりとした大きな目を俺に向けている。
「兄、さん?」
「ああ、僕だ。『変身』してるだけさ。だけ、と言うと語弊があるんだけど……」
シマリスが、長い前歯を動かしながらそうしゃべる。
見た目はリスだが、どうやら俺の次兄グレゴールでまちがいない。
グレゴール兄さんは「変身」という固有スキルを持っている。
固有スキルは、ニューロリンクスキルとは異なり、特定のプレイヤーキャラクターや特定のNPCのみが習得できるスキルのことだ。
生まれた時からスキルを備えていることもあれば、何かのきっかけで覚醒することもある。
グレゴール兄さんの場合は幼少時に覚醒したと聞いている。
「変身」。数分間、小動物に変身できるというスキルである。
俺はその場にしゃがんで、グレゴール兄さん(シマリス)に聞く。
「どうして兄さんがここに?」
「それはこっちのセリフだよ。ユリウスはもう脱出したとばかり……」
「いや、アリシアのことが気になって……」
俺がそう言うと、兄さんは呆れたように言ってくる。
「やれやれ。君のシスコンぶりも極まってるね。君一人が戻ったところで何ができるわけでもないだろうに」
「それは兄さんだって同じじゃないか」
「僕の『変身』があれば敵情を少しは調べられると思ってね。隙があれば逃げ遅れた人を逃がすこともできるかもしれない」
「でも、兄さんの『変身』には時間制限があるじゃないか」
「そうだったんだけどね。どうしたことか、今はその制限がなくなってる。敵の奇襲を受けてからのことだ」
「えっ、固有スキルがさらに進化したっていうの?」
「……いや、そうじゃない。実は、今の僕は『変身』を解くことができないみたいなんだ。固有スキルが暴走して制御できなくなったんだろう。こんな事態だからそういうこともあるのかもしれない」
「そんな話、聞いたこともないけど……」
ゲーム知識にも、固有スキルが暴走するなんて話は出てこない。
リスは、器用に肩をすくめて言った。
「実際にそうなってるんだからしょうがないじゃないか。
ともあれ、今『変身』が解けないのはむしろ好都合だ。もし将来にわたって解けなかったちょっと困るけど……まあ、その時はリスとして生きていくしかないね。アリシアならきっとかわいがってくれるだろう」
「またそんな冗談を……」
「それより、あれを見てごらん?」
リスが、首を振って壇の下に倒れた死体を示す。
それは、敵兵の死体だった。
他の敵兵と同じ鎧をつけてるが、兜だけが取れてその場に転がってる。
兜に隠れていたはずの頭部は、金属のような光沢ある銀髪と、紫色の尖った耳。
「ダークエルフ……いや、魔族か」
銀髪に埋もれかけているが、そこには魔族特有の角があった。
魔族の外見はさまざまだが、共通しているのは角があることだ。
角が大きいほど強い魔族だと言われてる。
この魔族の角は、そんなに大きいほうではないだろう。
すぐそばに倒れているトラキリアの騎士と相打ちになったように見える。
「やっぱり、この襲撃は魔族が?」
俺はそう確認するが、グレゴール兄さんはその小さな頭を左右に振る。
「いや、そうじゃないんだ。あの魔族の死体は偽装工作だ」
「偽装?」
「ああ。敵兵がわざわざ外から運んできて、この場所に放置していったんだよ。念の入ったことに、父上と母上を殺すのにも、魔族の剣を使っていた」
「……見てたの?」
「ああ……どうしようもなかった」
悔しさをにじませ、兄さんが言う。
「これはおそらく謀略だ。魔族以外の何者かが、人間と魔族を争わせるために仕組んだ、ね」
「謀略……」
Carnageのゲーム知識によれば、トラキリアを滅ぼしたのは魔族だとされていた。
それが、人間のあいだに魔族への警戒心を生み、人間による魔族領への大侵攻が敢行される。
従来弱いとされていた人間による決死の電撃戦は、「なぜか」無警戒だった魔族の後背をつく形となって成功を収める。
人間は占領した地域に住む魔族を皆殺しにし、その街を灰塵へと変えていく。
この人間魔族戦争に、他の種族はそれぞれの立場で干渉を企てた。
人間と同じく魔族を仇敵とするエルフは、この機に乗じて魔族の「浄化」のための兵をおこす。
逆に、いかなる理由であれ人が人を殺すことを禁じる立場の天使たちは、魔族に肩入れし、自分たちの命令に従わない人間たちに「聖戦」を仕掛けた。
エルフから「いないもの」として扱われてきた第八の種族ダークエルフは、妖精と組んでエルフ領内で大規模なゲリラ戦と殺戮とを繰り返す。
ドワーフは、この戦乱を勢力伸長の好機と捉え、どの勢力かを問わずに優秀な武具を供給し、戦争の長期化と各勢力の疲弊を狙った。
人間とドワーフによる奴隷狩りに憤っていた獣人は、部族ごとに各地を転戦し、その身体能力を生かして漁夫の利を狙う構えを見せていた。
最悪なのは妖精だ。人やドワーフ、獣人といった妖精の「誘惑」に弱い種族を操って、天敵である魔族、天使、エルフを、自らの血を流すことなく根絶やしにしようともくろんだ。
どの種族に加担してもろくなエンディングにはたどり着かないのがCarnageというゲームである。
「兄さんは、この謀略を仕組んだのは誰だと?」
「疑わしいのはエルフだろう。手の混んだ陰険なやり口がいかにもエルフらしいし、敵兵は剣より弓を使いたがる。魔法が使える兵もかなり多い。すくなくとも、人間やドワーフ、獣人ではないね」
「顔を兜で隠してるのもそのためだったのか」
「金属嫌いのエルフが全身鎧を身につけてるなんて思わないから、偽装としては盲点をついてる。よく着させられたものだとは思うけど……」
俺と兄さんは、少し話し込みすぎたらしい。
「――いたぞ! 第三王子だ!」
謁見の間の入り口から聞こえた声にぎくりとする。
扉を破られた謁見の間の入り口から、数人の敵兵が現れていた。
敵兵は素早く矢をつがえ、俺へと放つ。
「ユリウス!」
兄さんの悲鳴。
俺は慌てて矢をかわそうとする。
これまでの経験で、矢をかわすことだけは上手くなった。
だが、なぜか、動こうとした方向とは逆の側へと「何か」に引っ張られるような感覚があった。
結果、右へ動こうとした俺と左へ引っ張る力が拮抗し、俺はその場から動けない。
死の予感に身体がすくみ上がりそうになる。
その瞬間、謎の力が今度は右へと強く働いた。
その力に導かれるように、俺は右にステップを踏んでいた。
矢は、俺の耳のすぐ横をかすめ、座るものを失った玉座の背に突き立った。
「なにっ!?」
敵兵が驚くが、驚いたのは俺も同じだ。
俺の中のゲーム知識が蘇る。
――「矢かわし」。
矢をかわし続けることで習得できるニューロリンクスキルのひとつである。
弓を得意とする敵兵には相性のいいスキルだが、まさかこんなに早く習得できるとは……。
なぜなら、その習得条件は――
って、そんなこと考えてる場合じゃない!
「逃げるよ!」
俺は兄さんを拾い上げ、さっき入ってきた控室のほうへと駆け出した。
「観念しろ、第三王子!」
敵兵が放ってきた正確な矢を視界の隅で確認すると、自然なステップで余裕を持って回避する。
敵兵は代わる代わる連続で矢を射かけてくるが、そのすべての軌道が事前にわかった。
敵を視界に収めてる必要はあるけどな。
俺は、控え室と謁見の間を区切る緞帳の隙間へと滑り込む。
そこで、ばったりと出くわした。
敵兵だ。
三人もいる。
敵兵たちも、突然現れた俺に驚いている。
だが、
「おまえは……第三王子か!?」
俺の正体に気づいた敵兵の一人が、手にした剣を振りかぶる。
「くっ! 炎の槍よ!」
「なっ、ぐわぁっ!?」
火炎の槍が、斬りかかってきた敵兵に直撃した。
火炎の槍は、火柱となって敵兵を呑み込んだ。
俺の手の中にいたグレゴール兄さんがとっさに放った魔法である。
まさかリスが魔法を使うとは思わなかったのだろう、残りの敵兵が目に見えて動揺する。
だが、俺たちの抵抗はそこまでだった。
「報告にあった第二王子か!?」
「どうせ連発はできん! すぐに殺すぞ!」
仲間をやられ怒り狂った敵兵二人が、俺(と兄さん)に斬りかかる。
敵兵が得意の弓ではなく剣を選んだのは、この控え室が狭いからだろう。
「矢かわし」は矢専用の回避スキルなので、剣での攻撃には対応できない。
一人の剣が、のけぞった俺の胸を浅く薙ぎ、痛みにうめいた俺の首を、もう一人の剣が刎ね飛ばす。
「――ユリウスっ!」
首を刎ねられ、勢いよく回転する部屋の中に、グレゴール兄さんの悲痛な叫びが響き渡る。
GAME OVER
俺は、またしてもタイトル画面に戻された。
俺は謁見の間に飛び出した。
左右に大きな柱が幾本も立つ縦長の空間は、奥側にピラミッド状の段差があり、その上に背の高い豪華な椅子が二脚並んでいる。
ともに金の装飾で飾り立てられていて、片方は威厳を、もう片方が慈愛を表現している。
国王の玉座と、王妃の座だ。
石造りの謁見の間は、絨毯や緞帳、タペストリなどに火が移り、血まみれの床をさらに赤く染めている。
熱気と臭気で頭がくらくらしてくる。
「父上!」
普段は王子ですらみだりに上がることが許されない壇を駆けのぼり、玉座の前に倒れ伏す父に近づいた。
父は、胸の中心を黒い剣で貫かれていた。
もはや完全に息絶えている。
その父の下に、折り重なって母の死体があった。
父の胸を貫いた剣が、母の胸をも貫いている。
剣は床まで貫通し、俺の父母を貫いたままで、その場にまっすぐ立っていた。
その剣の柄には、父のかけていた王冠が掛けられている。
まるで、この剣で王を討ち取ったと誇示するかのように――
「よくも、こんな、ことを……っ!」
ぎりっ……と俺の奥歯が異音を鳴らした。
父と母はいずれも胸を貫かれて死んでいる。
生きたまま二人を積み上げて、それから胸を一突きで刺した。
そうとしか思えない状況だ。
俺はよろよろとしゃがみこみ、見開いたままで固まった父のまぶたを、震える手でなんとか閉ざす。
母の顔は恐怖に固まったままで、死に顔をやわらげようとしてもうまくいかない。
「く、そっ……」
知識としては、知っていた。
トラキリアは滅亡すると。
アリシア以外の王族はおそらく死んだはずだと。
だが、こんな死者を辱めるような殺し方をされているとは……
怒りのあまり視界が狭まり、周囲の音も聴こえなくなる。
だから、俺に呼びかける声に気づくのが遅くなった。
「……リウス、ユリウス!」
聞き覚えのある声に、俺ははっとして振り返る。
が、そこには予想していた人物はいなかった。
「こっちだよ! 下だ! 僕だ、グレゴールだ!」
その声に目を下ろすと、すぐそばの床に、一匹のリスがいた。
片手に載りそうな大きさのシマリスだ。
シマリスは、そのくりくりとした大きな目を俺に向けている。
「兄、さん?」
「ああ、僕だ。『変身』してるだけさ。だけ、と言うと語弊があるんだけど……」
シマリスが、長い前歯を動かしながらそうしゃべる。
見た目はリスだが、どうやら俺の次兄グレゴールでまちがいない。
グレゴール兄さんは「変身」という固有スキルを持っている。
固有スキルは、ニューロリンクスキルとは異なり、特定のプレイヤーキャラクターや特定のNPCのみが習得できるスキルのことだ。
生まれた時からスキルを備えていることもあれば、何かのきっかけで覚醒することもある。
グレゴール兄さんの場合は幼少時に覚醒したと聞いている。
「変身」。数分間、小動物に変身できるというスキルである。
俺はその場にしゃがんで、グレゴール兄さん(シマリス)に聞く。
「どうして兄さんがここに?」
「それはこっちのセリフだよ。ユリウスはもう脱出したとばかり……」
「いや、アリシアのことが気になって……」
俺がそう言うと、兄さんは呆れたように言ってくる。
「やれやれ。君のシスコンぶりも極まってるね。君一人が戻ったところで何ができるわけでもないだろうに」
「それは兄さんだって同じじゃないか」
「僕の『変身』があれば敵情を少しは調べられると思ってね。隙があれば逃げ遅れた人を逃がすこともできるかもしれない」
「でも、兄さんの『変身』には時間制限があるじゃないか」
「そうだったんだけどね。どうしたことか、今はその制限がなくなってる。敵の奇襲を受けてからのことだ」
「えっ、固有スキルがさらに進化したっていうの?」
「……いや、そうじゃない。実は、今の僕は『変身』を解くことができないみたいなんだ。固有スキルが暴走して制御できなくなったんだろう。こんな事態だからそういうこともあるのかもしれない」
「そんな話、聞いたこともないけど……」
ゲーム知識にも、固有スキルが暴走するなんて話は出てこない。
リスは、器用に肩をすくめて言った。
「実際にそうなってるんだからしょうがないじゃないか。
ともあれ、今『変身』が解けないのはむしろ好都合だ。もし将来にわたって解けなかったちょっと困るけど……まあ、その時はリスとして生きていくしかないね。アリシアならきっとかわいがってくれるだろう」
「またそんな冗談を……」
「それより、あれを見てごらん?」
リスが、首を振って壇の下に倒れた死体を示す。
それは、敵兵の死体だった。
他の敵兵と同じ鎧をつけてるが、兜だけが取れてその場に転がってる。
兜に隠れていたはずの頭部は、金属のような光沢ある銀髪と、紫色の尖った耳。
「ダークエルフ……いや、魔族か」
銀髪に埋もれかけているが、そこには魔族特有の角があった。
魔族の外見はさまざまだが、共通しているのは角があることだ。
角が大きいほど強い魔族だと言われてる。
この魔族の角は、そんなに大きいほうではないだろう。
すぐそばに倒れているトラキリアの騎士と相打ちになったように見える。
「やっぱり、この襲撃は魔族が?」
俺はそう確認するが、グレゴール兄さんはその小さな頭を左右に振る。
「いや、そうじゃないんだ。あの魔族の死体は偽装工作だ」
「偽装?」
「ああ。敵兵がわざわざ外から運んできて、この場所に放置していったんだよ。念の入ったことに、父上と母上を殺すのにも、魔族の剣を使っていた」
「……見てたの?」
「ああ……どうしようもなかった」
悔しさをにじませ、兄さんが言う。
「これはおそらく謀略だ。魔族以外の何者かが、人間と魔族を争わせるために仕組んだ、ね」
「謀略……」
Carnageのゲーム知識によれば、トラキリアを滅ぼしたのは魔族だとされていた。
それが、人間のあいだに魔族への警戒心を生み、人間による魔族領への大侵攻が敢行される。
従来弱いとされていた人間による決死の電撃戦は、「なぜか」無警戒だった魔族の後背をつく形となって成功を収める。
人間は占領した地域に住む魔族を皆殺しにし、その街を灰塵へと変えていく。
この人間魔族戦争に、他の種族はそれぞれの立場で干渉を企てた。
人間と同じく魔族を仇敵とするエルフは、この機に乗じて魔族の「浄化」のための兵をおこす。
逆に、いかなる理由であれ人が人を殺すことを禁じる立場の天使たちは、魔族に肩入れし、自分たちの命令に従わない人間たちに「聖戦」を仕掛けた。
エルフから「いないもの」として扱われてきた第八の種族ダークエルフは、妖精と組んでエルフ領内で大規模なゲリラ戦と殺戮とを繰り返す。
ドワーフは、この戦乱を勢力伸長の好機と捉え、どの勢力かを問わずに優秀な武具を供給し、戦争の長期化と各勢力の疲弊を狙った。
人間とドワーフによる奴隷狩りに憤っていた獣人は、部族ごとに各地を転戦し、その身体能力を生かして漁夫の利を狙う構えを見せていた。
最悪なのは妖精だ。人やドワーフ、獣人といった妖精の「誘惑」に弱い種族を操って、天敵である魔族、天使、エルフを、自らの血を流すことなく根絶やしにしようともくろんだ。
どの種族に加担してもろくなエンディングにはたどり着かないのがCarnageというゲームである。
「兄さんは、この謀略を仕組んだのは誰だと?」
「疑わしいのはエルフだろう。手の混んだ陰険なやり口がいかにもエルフらしいし、敵兵は剣より弓を使いたがる。魔法が使える兵もかなり多い。すくなくとも、人間やドワーフ、獣人ではないね」
「顔を兜で隠してるのもそのためだったのか」
「金属嫌いのエルフが全身鎧を身につけてるなんて思わないから、偽装としては盲点をついてる。よく着させられたものだとは思うけど……」
俺と兄さんは、少し話し込みすぎたらしい。
「――いたぞ! 第三王子だ!」
謁見の間の入り口から聞こえた声にぎくりとする。
扉を破られた謁見の間の入り口から、数人の敵兵が現れていた。
敵兵は素早く矢をつがえ、俺へと放つ。
「ユリウス!」
兄さんの悲鳴。
俺は慌てて矢をかわそうとする。
これまでの経験で、矢をかわすことだけは上手くなった。
だが、なぜか、動こうとした方向とは逆の側へと「何か」に引っ張られるような感覚があった。
結果、右へ動こうとした俺と左へ引っ張る力が拮抗し、俺はその場から動けない。
死の予感に身体がすくみ上がりそうになる。
その瞬間、謎の力が今度は右へと強く働いた。
その力に導かれるように、俺は右にステップを踏んでいた。
矢は、俺の耳のすぐ横をかすめ、座るものを失った玉座の背に突き立った。
「なにっ!?」
敵兵が驚くが、驚いたのは俺も同じだ。
俺の中のゲーム知識が蘇る。
――「矢かわし」。
矢をかわし続けることで習得できるニューロリンクスキルのひとつである。
弓を得意とする敵兵には相性のいいスキルだが、まさかこんなに早く習得できるとは……。
なぜなら、その習得条件は――
って、そんなこと考えてる場合じゃない!
「逃げるよ!」
俺は兄さんを拾い上げ、さっき入ってきた控室のほうへと駆け出した。
「観念しろ、第三王子!」
敵兵が放ってきた正確な矢を視界の隅で確認すると、自然なステップで余裕を持って回避する。
敵兵は代わる代わる連続で矢を射かけてくるが、そのすべての軌道が事前にわかった。
敵を視界に収めてる必要はあるけどな。
俺は、控え室と謁見の間を区切る緞帳の隙間へと滑り込む。
そこで、ばったりと出くわした。
敵兵だ。
三人もいる。
敵兵たちも、突然現れた俺に驚いている。
だが、
「おまえは……第三王子か!?」
俺の正体に気づいた敵兵の一人が、手にした剣を振りかぶる。
「くっ! 炎の槍よ!」
「なっ、ぐわぁっ!?」
火炎の槍が、斬りかかってきた敵兵に直撃した。
火炎の槍は、火柱となって敵兵を呑み込んだ。
俺の手の中にいたグレゴール兄さんがとっさに放った魔法である。
まさかリスが魔法を使うとは思わなかったのだろう、残りの敵兵が目に見えて動揺する。
だが、俺たちの抵抗はそこまでだった。
「報告にあった第二王子か!?」
「どうせ連発はできん! すぐに殺すぞ!」
仲間をやられ怒り狂った敵兵二人が、俺(と兄さん)に斬りかかる。
敵兵が得意の弓ではなく剣を選んだのは、この控え室が狭いからだろう。
「矢かわし」は矢専用の回避スキルなので、剣での攻撃には対応できない。
一人の剣が、のけぞった俺の胸を浅く薙ぎ、痛みにうめいた俺の首を、もう一人の剣が刎ね飛ばす。
「――ユリウスっ!」
首を刎ねられ、勢いよく回転する部屋の中に、グレゴール兄さんの悲痛な叫びが響き渡る。
GAME OVER
俺は、またしてもタイトル画面に戻された。
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