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四章 踏みとどまる者
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連日戦い続きのハイドラとイリスは珍しく馬車の中で休んでいた。
馬車の中には三人の商隊メンバーがおり、談笑していた。
「にしても岩礁地帯ってのは朝寒いな」
「砂漠よりはマシだろ」
「そうか? 同じようなもんだろ。ハイドラさんはどう思います?」
話を振られ、ハイドラはうっすらと目を開けた。
「どっちもそこまで差はない」
静かに答えてやると、隊員達はそら見たことかと、またしゃべり出していた。
その姿は普段と変わらないようにも見える。
イリスは一人、不安げな表情で隊員達の様子を見ていた。
「親父」
「ん?」
隊員達に聞こえないよう小さな声でイリスが言う。
「あいつら怖くないの?」
「怖いさ。だから、ああして考えないようにしてるんだ」
イリスも何をとは聞かなかった。
それ以上は彼女も怖かった。
「夜まで後どれくらいだ?」
「三刻ほどだろ」
「そうか、じゃ寝るわ」
隊員達は思い思いに時を過ごす。
彼らにあるのは武器の数々、使い古された弓矢、剣、槍、それらが並べられていた。
と、御者台にいた二人のうち一人がハイドラのところへ来た。
「あと一刻で野営するそうです。食事の後出発するとのことです」
「……わかった」
寝ずに強行軍で進むのが果たして吉と出るか凶と出るか、ハイドラには判断がつかなかった。
どこかに帝国軍は潜んでいる。
遅いか早いか。もしくは野営中を強襲してくる可能性もある。
だからこそ、早めのしかも短時間の野営で済ませてしまおうということだった。
・
再出発すると、辺りは暗くなり始めていた。
今夜も空が近い。
雲一つなく、寒さがやってくる。
商隊の隊列は確実に隣国である共和国へと向かう。
国境まではあと1日ほど。
狙ってくるなら今日しかない。
「前から荷馬車が来る!」
御者台からの掛け声で車内に緊張が走った。
皆弓を手に取り、外の様子を窺う。
ハイドラとイリスもすぐに出られるように身構えていた。
だが、荷馬車はそのまま商隊の横を素通りしていった。
隊員達は汗を拭い、再び席に戻っていった。
ハイドラはランプの明かりを頼りに地図を見ていた。
地形的に考えると、仕掛けてくる場所は限られてくる。
一番彼らにとって好都合なのはこの先の谷間。
「イリス、行くぞ」
「あ、ああ」
二人は馬車から馬に移り、警戒に当たろうとした。
「なんだか、嫌な場所だな」
「わかるか?」
本能的に地形への恐怖を理解しているのはさすがだとハイドラは思った。
「攻めてくるならここのはずだ」
そしてそれは商隊隊長や護衛隊長も心得ている。
商隊中が臨戦態勢で谷間を通過していく。
弓の弦を引くしなり音が時折かすかに聞こえてくる。
緊張感が高まる。
ほんの風の音ですら、気になってしまうほどに過敏になっていた。
そんな中でハイドラだけは訝しんでいた。
「気に入らんな」
彼の呟きは谷間の風に飛ばされていった。
谷間の中頃に差しかかるころ、馬車からは隊員達がチラチラと外の様子を確認していた。
イリスもまた、少し青い顔で上を気にしている。
生きた心地がしないのだろう。
しかし、谷間からは生き物の気配などを感じることは出来ない。
中間地点を抜け、そのまま谷間の出口が見えてくる。
隊員達の顔が思わず緩むのをハイドラは見逃さなかった。
「気を抜くな!」
ハイドラの叱責が飛ぶ。
しかし、一番難所であろうと思っていた場所で何もなかった。
襲撃は今日ではないのかもしれない。
そんな楽観的な考えが隊員達の頭によぎる。
先頭の馬車の中が見えた。
中では商隊隊長と防衛隊長が地図を見ながら話をしている。
音がない。まずい。
ハイドラは本能的にそう思った。
その予感は的中する。
先頭の馬車が谷間から出ようとしたときだった。
風を切り裂く音が聞こえた。それに反応し、ハイドラが声を上げようとした瞬間、馬の悲鳴が鳴り響いた。
見れば先頭の馬車を引く馬が倒れ伏していた。
「くっ! 敵襲!」
叫んだと同時に、商隊の背後と正面、同時に帝国兵が現れた。
・
混戦となった。
数は圧倒的に帝国軍が多い。
ハイドラとイリスは行動不能となった馬車を守ろうと奮戦する。
帝国兵は闇夜に乗じるように黒衣を纏っていた。わかるのは剣を振る瞬間の煌めきだ。
銀の軌跡が斜めから飛んでくる。
ハイドラはそれをガントレットでいなし、カウンターの左掌打を打ち込む。
相手がフルプレートの兵士じゃなくて助かった。
もしそうならば、ハイドラはともかくイリスでは太刀打ちできなかっただろう。
しかし、視認性の悪さはどうにもならない。
苦戦するのは必至だった。
魔術師の広範囲攻撃でもあれば話は別だが、ない物ねだりをしても仕方がない。
ハイドラは、視界を巡らせる。
商隊の隊員達もほとんどが馬車から降りて応戦していた。
なれない剣や槍で応戦していくが、いかんせんぎこちなさが取れていない。
「あぁぁ!」
隊員の剣が空を切る。
次の瞬間。
「ぎゃあぁ!」
「ラッセル!!」
悲痛な隊員達の声が聞こえてきた。
このままでは、数の前に呑まれていく。
「くっ、仕方があるまい」
ハイドラはふっと息を吹くと、体のギアを一段上げた。
まだ間合いでもないのに、その場で正拳を打ったのだ。
帝国兵はそれを見て、頭でもおかしくなったのかと思った。が、次の瞬間不可視の衝撃が体を貫く。
「がっ!?」
「ぐっ!?」
訳もわからず帝国兵は昏倒した。
「はぁぁ! せいっ!」
ハイドラ渾身の正拳突きから放たれる衝撃が複数人を貫通していった。
「なんだあれは!?」
「魔法なのか?」
帝国兵に疑心暗鬼が生まれていく。
それを見て、ハイドラはニヤッと笑った。
気功法の応用。彼の奥の手の一つだった。体内に貯められた気を正拳突きと一緒に放出する不可視の攻撃。
だが、これは体力をかなり消費する。
滅多に使わない技の一つだった。
「あと打てて四回ってとこか」
一瞬だが視界が霞む。
昔はこんなではなかったんだがな、とハイドラは自嘲的に笑った。
「親父! 無茶しないで」
「今しないでどこでするんだ」
イリスの忠告も聞かず、ハイドラは敵を威圧し続ける。
互いに援軍はない。長期戦になれば体力のない方が負ける。
「いやぁぁ!」
イリスの裂帛の気合だ。
彼女の蹴りが帝国兵に深々と刺さる。
鎖帷子ごしに肋骨を粉砕し、内臓をズタズタにする感覚が伝わってくる。
心が痛い。
人を殺すことはある。
仕事だ。
来るのならば容赦はしない。
しかし、こんなに多くの人を一度に殺すことになるとは、彼女は伝わる感覚を忘れようと大地を力いっぱい踏みしめた。
ハイドラが正面から来る敵を食い止めている間に、イリスはサイドから攻めていた。そして、馬車の中から援護の矢が飛ぶ。
なんとかなるか? そう思いたくなったが、現実はそう甘くなかった。
遠くで争う音がどんどん少なくなっていく。
包囲が厚くなるのが目に見えてわかった。
ハイドラの背を冷たい汗が伝わっていく。
そのときだ。
笛の音が響き渡る。
包囲が一瞬で下がっていく。
「なに?」
イリスはその状況について行けていない。
「まずい、生きている者は馬車から退避しろ!」
ハイドラが叫んだ瞬間だった。
闇の奥から無数のオレンジの線が空へと上がり、ハイドラ達へと降ってきた。
火矢だ。
馬車を狙った火矢が一斉に放たれたのだ。
次次と火矢は降り注いでいく。
かろうじて生き残っていた者達が炎に包まれのたうっていく。
まさに地獄絵図だった。
「アンデス! 早く降りるんだ!」
防衛隊長が、商隊隊長に手を貸しているのが見えた。
が、次の瞬間、防衛隊長の背に火矢が突き刺さる。
「がっ!」
防衛隊長は倒れ、足の悪い商隊隊長は馬車から降りるタイミングでそのまま地上へと落下した。
「くそ! ここまでなのか」
落下したタイミングで弓が折れていた。
仕方なく剣を抜くが、機動力のない剣士がいかほどの戦力となるだろうか。
「イリス! 商隊隊長を!」
ハイドラの声に、彼女は応える。
火矢が降り注ぐ中、彼女は懸命に走る。
そして、一人ハイドラは突貫を試みた。
少しでも時間を稼ぐ。
だがその前に
ハイドラは立ち止まり、一瞬背を向けた。
そして渾身の力を込めて地面を殴りつける。
その瞬間火柱が上がった。炎は地面を走り、商隊側と帝国軍とを分断させた。
「さぁやろうか?」
ハイドラはゆっくりと立ち上がりそういった。
炎の向こうからイリスの叫びが聞こえる。
火矢が止む。
かわりに再び普通の矢が雨のように商隊のほうへと降り注いでいった。
さすがにこればかりは防ぎようがない。
ハイドラは、イリスのことを案じると、目を見開いた。
「十年前の借りを返してもらおうか!」
独り。
たった独り。
彼は突貫した。
十年前死に損なったばかりに、無様をさらしながらも生きてきた。
ならここで散らすのも一興か。
帝国軍の怒号が聞こえる。
一人、また一人と確実に潰す。
同時に来たとて、間合いが甘い。
十年の間に練度が甘くなっている。
これなら時間を稼ぎにはもってこい。
あとはどこまでいけるか。
やっと見えた終わり。
解放される。
……
ほんとうにそうか?
ほんとうにそんなことを思っていたのか?
ちがうのではないか?
誰かの声が聞こえる。
あぁ、イリス。
馬車の中には三人の商隊メンバーがおり、談笑していた。
「にしても岩礁地帯ってのは朝寒いな」
「砂漠よりはマシだろ」
「そうか? 同じようなもんだろ。ハイドラさんはどう思います?」
話を振られ、ハイドラはうっすらと目を開けた。
「どっちもそこまで差はない」
静かに答えてやると、隊員達はそら見たことかと、またしゃべり出していた。
その姿は普段と変わらないようにも見える。
イリスは一人、不安げな表情で隊員達の様子を見ていた。
「親父」
「ん?」
隊員達に聞こえないよう小さな声でイリスが言う。
「あいつら怖くないの?」
「怖いさ。だから、ああして考えないようにしてるんだ」
イリスも何をとは聞かなかった。
それ以上は彼女も怖かった。
「夜まで後どれくらいだ?」
「三刻ほどだろ」
「そうか、じゃ寝るわ」
隊員達は思い思いに時を過ごす。
彼らにあるのは武器の数々、使い古された弓矢、剣、槍、それらが並べられていた。
と、御者台にいた二人のうち一人がハイドラのところへ来た。
「あと一刻で野営するそうです。食事の後出発するとのことです」
「……わかった」
寝ずに強行軍で進むのが果たして吉と出るか凶と出るか、ハイドラには判断がつかなかった。
どこかに帝国軍は潜んでいる。
遅いか早いか。もしくは野営中を強襲してくる可能性もある。
だからこそ、早めのしかも短時間の野営で済ませてしまおうということだった。
・
再出発すると、辺りは暗くなり始めていた。
今夜も空が近い。
雲一つなく、寒さがやってくる。
商隊の隊列は確実に隣国である共和国へと向かう。
国境まではあと1日ほど。
狙ってくるなら今日しかない。
「前から荷馬車が来る!」
御者台からの掛け声で車内に緊張が走った。
皆弓を手に取り、外の様子を窺う。
ハイドラとイリスもすぐに出られるように身構えていた。
だが、荷馬車はそのまま商隊の横を素通りしていった。
隊員達は汗を拭い、再び席に戻っていった。
ハイドラはランプの明かりを頼りに地図を見ていた。
地形的に考えると、仕掛けてくる場所は限られてくる。
一番彼らにとって好都合なのはこの先の谷間。
「イリス、行くぞ」
「あ、ああ」
二人は馬車から馬に移り、警戒に当たろうとした。
「なんだか、嫌な場所だな」
「わかるか?」
本能的に地形への恐怖を理解しているのはさすがだとハイドラは思った。
「攻めてくるならここのはずだ」
そしてそれは商隊隊長や護衛隊長も心得ている。
商隊中が臨戦態勢で谷間を通過していく。
弓の弦を引くしなり音が時折かすかに聞こえてくる。
緊張感が高まる。
ほんの風の音ですら、気になってしまうほどに過敏になっていた。
そんな中でハイドラだけは訝しんでいた。
「気に入らんな」
彼の呟きは谷間の風に飛ばされていった。
谷間の中頃に差しかかるころ、馬車からは隊員達がチラチラと外の様子を確認していた。
イリスもまた、少し青い顔で上を気にしている。
生きた心地がしないのだろう。
しかし、谷間からは生き物の気配などを感じることは出来ない。
中間地点を抜け、そのまま谷間の出口が見えてくる。
隊員達の顔が思わず緩むのをハイドラは見逃さなかった。
「気を抜くな!」
ハイドラの叱責が飛ぶ。
しかし、一番難所であろうと思っていた場所で何もなかった。
襲撃は今日ではないのかもしれない。
そんな楽観的な考えが隊員達の頭によぎる。
先頭の馬車の中が見えた。
中では商隊隊長と防衛隊長が地図を見ながら話をしている。
音がない。まずい。
ハイドラは本能的にそう思った。
その予感は的中する。
先頭の馬車が谷間から出ようとしたときだった。
風を切り裂く音が聞こえた。それに反応し、ハイドラが声を上げようとした瞬間、馬の悲鳴が鳴り響いた。
見れば先頭の馬車を引く馬が倒れ伏していた。
「くっ! 敵襲!」
叫んだと同時に、商隊の背後と正面、同時に帝国兵が現れた。
・
混戦となった。
数は圧倒的に帝国軍が多い。
ハイドラとイリスは行動不能となった馬車を守ろうと奮戦する。
帝国兵は闇夜に乗じるように黒衣を纏っていた。わかるのは剣を振る瞬間の煌めきだ。
銀の軌跡が斜めから飛んでくる。
ハイドラはそれをガントレットでいなし、カウンターの左掌打を打ち込む。
相手がフルプレートの兵士じゃなくて助かった。
もしそうならば、ハイドラはともかくイリスでは太刀打ちできなかっただろう。
しかし、視認性の悪さはどうにもならない。
苦戦するのは必至だった。
魔術師の広範囲攻撃でもあれば話は別だが、ない物ねだりをしても仕方がない。
ハイドラは、視界を巡らせる。
商隊の隊員達もほとんどが馬車から降りて応戦していた。
なれない剣や槍で応戦していくが、いかんせんぎこちなさが取れていない。
「あぁぁ!」
隊員の剣が空を切る。
次の瞬間。
「ぎゃあぁ!」
「ラッセル!!」
悲痛な隊員達の声が聞こえてきた。
このままでは、数の前に呑まれていく。
「くっ、仕方があるまい」
ハイドラはふっと息を吹くと、体のギアを一段上げた。
まだ間合いでもないのに、その場で正拳を打ったのだ。
帝国兵はそれを見て、頭でもおかしくなったのかと思った。が、次の瞬間不可視の衝撃が体を貫く。
「がっ!?」
「ぐっ!?」
訳もわからず帝国兵は昏倒した。
「はぁぁ! せいっ!」
ハイドラ渾身の正拳突きから放たれる衝撃が複数人を貫通していった。
「なんだあれは!?」
「魔法なのか?」
帝国兵に疑心暗鬼が生まれていく。
それを見て、ハイドラはニヤッと笑った。
気功法の応用。彼の奥の手の一つだった。体内に貯められた気を正拳突きと一緒に放出する不可視の攻撃。
だが、これは体力をかなり消費する。
滅多に使わない技の一つだった。
「あと打てて四回ってとこか」
一瞬だが視界が霞む。
昔はこんなではなかったんだがな、とハイドラは自嘲的に笑った。
「親父! 無茶しないで」
「今しないでどこでするんだ」
イリスの忠告も聞かず、ハイドラは敵を威圧し続ける。
互いに援軍はない。長期戦になれば体力のない方が負ける。
「いやぁぁ!」
イリスの裂帛の気合だ。
彼女の蹴りが帝国兵に深々と刺さる。
鎖帷子ごしに肋骨を粉砕し、内臓をズタズタにする感覚が伝わってくる。
心が痛い。
人を殺すことはある。
仕事だ。
来るのならば容赦はしない。
しかし、こんなに多くの人を一度に殺すことになるとは、彼女は伝わる感覚を忘れようと大地を力いっぱい踏みしめた。
ハイドラが正面から来る敵を食い止めている間に、イリスはサイドから攻めていた。そして、馬車の中から援護の矢が飛ぶ。
なんとかなるか? そう思いたくなったが、現実はそう甘くなかった。
遠くで争う音がどんどん少なくなっていく。
包囲が厚くなるのが目に見えてわかった。
ハイドラの背を冷たい汗が伝わっていく。
そのときだ。
笛の音が響き渡る。
包囲が一瞬で下がっていく。
「なに?」
イリスはその状況について行けていない。
「まずい、生きている者は馬車から退避しろ!」
ハイドラが叫んだ瞬間だった。
闇の奥から無数のオレンジの線が空へと上がり、ハイドラ達へと降ってきた。
火矢だ。
馬車を狙った火矢が一斉に放たれたのだ。
次次と火矢は降り注いでいく。
かろうじて生き残っていた者達が炎に包まれのたうっていく。
まさに地獄絵図だった。
「アンデス! 早く降りるんだ!」
防衛隊長が、商隊隊長に手を貸しているのが見えた。
が、次の瞬間、防衛隊長の背に火矢が突き刺さる。
「がっ!」
防衛隊長は倒れ、足の悪い商隊隊長は馬車から降りるタイミングでそのまま地上へと落下した。
「くそ! ここまでなのか」
落下したタイミングで弓が折れていた。
仕方なく剣を抜くが、機動力のない剣士がいかほどの戦力となるだろうか。
「イリス! 商隊隊長を!」
ハイドラの声に、彼女は応える。
火矢が降り注ぐ中、彼女は懸命に走る。
そして、一人ハイドラは突貫を試みた。
少しでも時間を稼ぐ。
だがその前に
ハイドラは立ち止まり、一瞬背を向けた。
そして渾身の力を込めて地面を殴りつける。
その瞬間火柱が上がった。炎は地面を走り、商隊側と帝国軍とを分断させた。
「さぁやろうか?」
ハイドラはゆっくりと立ち上がりそういった。
炎の向こうからイリスの叫びが聞こえる。
火矢が止む。
かわりに再び普通の矢が雨のように商隊のほうへと降り注いでいった。
さすがにこればかりは防ぎようがない。
ハイドラは、イリスのことを案じると、目を見開いた。
「十年前の借りを返してもらおうか!」
独り。
たった独り。
彼は突貫した。
十年前死に損なったばかりに、無様をさらしながらも生きてきた。
ならここで散らすのも一興か。
帝国軍の怒号が聞こえる。
一人、また一人と確実に潰す。
同時に来たとて、間合いが甘い。
十年の間に練度が甘くなっている。
これなら時間を稼ぎにはもってこい。
あとはどこまでいけるか。
やっと見えた終わり。
解放される。
……
ほんとうにそうか?
ほんとうにそんなことを思っていたのか?
ちがうのではないか?
誰かの声が聞こえる。
あぁ、イリス。
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