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1 神様はいじわる(楓)
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※以前書いた物が出てきたので投稿します。楓が小学生から社会人まで。読んで気持ちいい話ではないので注意。
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女の子が嫌いになったのは楓が小学校高学年になった時だった。
学校からの帰り道。
同じ通学班で学校へ通っている同学年の女子に後ろから背負っていたランドセルを奪われた。女子とはいえ三人がかりで楓を囲むのだから、彼女達より背の低い楓の抵抗なんて一瞬で抑えこまれてしまった。
囃し立てながらえいやっと空へと投げられたランドセルは、歩道の脇にある植え込みに突っ込んでしまった。
学年が上がる前までは仲良くやっていたはずなのに、今の楓の何が気にいらないのか、彼女達は周囲に人がいないのを確認した上で、たちの悪いちょっかいばかりかけてくる。
涙が滲むが五分も歩けば家へついてしまう場所だ。楓の帰りを待っている母親に涙を見せたくないから、その場に留まって感情を抑えた。
楓をいじめる女子たちは以前から言葉でもからかってきていた。
その中には楓の、小学生の親にしては年かさの両親を馬鹿にするものが多い。
『楓君のお母さんっておばあちゃんみたいだよね』
時にお母さんがお父さんに変わり、おばあちゃんはおじいさんに変わる。でも言いたい事の中身は同じだ。
楓の両親も住む家も、楓自身も、すべてが古く暗く辛気臭いと言いたいのだろう。
母親は周りに合わせて外見に気を付けているが年を隠せていない。それが楓だけでなく周りの目にも同じように映っていた事。働き者で優しい母が見た目だけで馬鹿にされるのが悲しくて、それなのに何も言えない自分が情けなかった。
家は確かに古い。でもそこは彼女らに反論できた。
楓の家には木登りできるほどの大きな木が植わっている庭がある。都心で敷地にそれだけゆとりがあるのは珍しく、昔からの住人である証だと父親に聞かされてきたのだ。
だけどそれも彼女達がかぶせる大声に消えてしまってばかり。
これ以上の仕打ちをされる前に何とかしたいのだが、両親や先生へ相談するのは最後の手段だと我慢していた。
自分の子供がいじめられていると知ったら両親は悲しむに決まってる。楓は不妊治療の末にようやく授かった大事な子供なのだ。その子供が傷つけられたとなったら周りを巻き込み大きく騒ぎ立てるだろう。
楓はもっと幼い頃に病院で体の検査をした事があるからわかる。ぼんやりとした記憶しかないけれど、普段は物静かな母親が医者に対して強く出ていた。子供の事になると人が変わるのが楓の両親だった。
そこで楓があてにしたのが、学校代表で他県へ体験授業に行った経験があり、全校生徒の前で見事なスピーチを披露した女子だった。
楓は彼女に現状を伝え、僕はどうしたらいいのかな?と聞いてみた。
彼女はすぐに行動してくれた。いじめは傷害にあたり、楓の親がそれを知れば次は学校に知れ、全校に知れる。すると中学受験にも影響するだろうと、小学生らしい言葉遣いながら諭してくれたのだ。
彼女は楓が望む以上に結果を出しケアしてくれた。元々面倒見のいいタイプだったようだ。
いつも担任と楽しそうに喋り、時には生意気な口をきく彼女の横顔が、その時からは頼もしく見えた。
一方彼女は卒業するまで楓を見守ったけれど、女子の一部が楓を疎ましく思う理由が何となくわかるような気がしていた。
女子は男子より早熟だ。彼女達は小学生の時からすでに立派な女性と言ってもいい。その女子たちが他の男子にはない楓にだけ感じる嫌悪が存在していた。
楓の何が気に入らないのか? 聞いた所で皆が理解できるような言語にする事ができない。
体格は他の子と比べていくらかひ弱な印象。顔はこれといった特徴がない。運動能力も成績も中の中といった所で、どこにも目立つ所は見当たらない。でもどうしてか気に入らないし、どうしても鼻につくのだ。
子供な男子たちはまだ気づかない、だけど楓は無意識に性的な色気を漂わせ、異質な存在として女子をいらつかせ警戒させていた。
楓が同性からの好意を感じたのは中学生になってからだ。
同じ部活のとある先輩の物、例えば消しゴムなんかが楓の荷物に紛れ込むようになった。それが続いた後は、紛れたでは済まされない教科書や生徒手帳が入っていた。
帰宅してリュックから荷物を出すとそれらが普通にあるのだから驚く。
その先輩は楓のリュックを勝手に開け、荷物をチェックしたかもしれないし、気付かないだけで物を盗んでいるのかもしれない。
消しゴム程度なら返さず捨てておけばいいけれど、名前の入った物は本人に返すしかない。
『なんでそっちに入ってたのかな……不思議だな……』
しらじらしい嘘を二度まで聞いた後は、学校の落し物箱に入れておくようになって、部活を辞める事でその件は収束した。
恐い思いをした事もある。
ある時、ある同級生が体育で作った手の傷からにじむ血を、楓の頬にぐっと塗り付けたのだ。前触れがなかったせいで楓は何が起こったのかすぐに理解できなかった。
その時は血だったが、それが別の体液へとエスカレートする事を想像して本気で怖くなった。
中学生の楓が頼ったのは、クラスメイトに推薦されて学級や学年の先頭に立つような男子だった。
友達だと言えるような親しい仲ではなかったけれど、一度席が隣同士になってからは話す事が多くなっていた。
彼に対して具体的に何かをお願いする事はなかったけれど、変な奴に目を付けられたと説明して、休み時間や時間の合う放課後は一緒にいるようにしてもらった。
彼の隣にいる事で学年でも自然と主流派のグループに属する事になり、堂々と楓に自分の存在をアピールできない半端な男達を牽制できた。
残念だったのは卒業式の後の事だろう。
楓はその彼から好きだと告白されたのだ。言われている途中から悲しくなってしまい、考えるまでもなく断った。
彼が隣にいる事を許してくれたのは、友情からではなく愛情から。それでは楓に性を匂わせて接触してきていた他の男と同じとしか言いようがない。楓にとって彼の勇気ある告白も裏切りでしかなかった。
酷いと思った。だけど彼にそれを言わなかったのは、これまで良くしてもらった感謝があったからだ。
彼とは進む高校が違うし、このまま自然に切れる縁だったけれど後味の悪い結果になってしまった。
楓が目を真っ赤にして帰宅したのを母親は別の意味で受け取り、高校でもいい友達ができるといいわねと、何もかもわかっているかのような顔で頷いていた。
小学校に続いて中学校でも何かと絡まれ、楓は疲れていた。女子にも男子にも自分は格下だと見られている。いじめて泣かせておもちゃにしてもいい対象だと言われているみたいだった。
背が高くなく線が細いのがいけないかもしれない。
父親の身長は165cm。楓の身長はあと1センチでそれに達するのだが、まだ成長期の途中と考えれば170cmは越すだろう。いや、もっと上がいい……
母親の助言も聞かず、楓は高校の制服を採寸以上の大きさで作ってもらった。
『やっぱり僕を守ってくれる人は、その時々で存在するんだ』
高校に入って乾理人に出会った楓はそんな事を思っていた。
ふりかえってみれば小中学校の時もそうだった。神様は楓に意地悪ばかりするけれど、守ってくれる人は必ず近くにいて、楓が困った現状をどうにかしてくれる。
高校ではその役割を理人が担ってくれるのだ。
楓が嬉しかったのは理人と自分が近い事だった。これまでの彼や彼女らは、楓より優れた資質を持つリーダータイプで正直馬が合うわけではなかった。
ところが理人とは話をしていて楽しいし、人見知りの楓に人の輪の中に入ってくるように誘いをかけ、放課後の寄り道にも誘ってくれる。学校が楽しいかもしれないと思えるようになったのは理人の存在が大きい。
楓にとって理人は一番の友達になった。ところが理人はそうでもないように思えて仕方ない。
理人は目立つタイプではないが顔が広く、ゲームや漫画にしか興味なさそうなオタクと本を貸し借りするし、チャラくて声の大きい奴と教室移動したりする。誰の隣にいる理人の表情も穏やかで、理人の周りにいる人間に嫉妬した。
だから、と言う訳ではないけれど楓はどんな小さな事でも理人に相談した。少し大げさに表現する事もあったかもしれない。
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女の子が嫌いになったのは楓が小学校高学年になった時だった。
学校からの帰り道。
同じ通学班で学校へ通っている同学年の女子に後ろから背負っていたランドセルを奪われた。女子とはいえ三人がかりで楓を囲むのだから、彼女達より背の低い楓の抵抗なんて一瞬で抑えこまれてしまった。
囃し立てながらえいやっと空へと投げられたランドセルは、歩道の脇にある植え込みに突っ込んでしまった。
学年が上がる前までは仲良くやっていたはずなのに、今の楓の何が気にいらないのか、彼女達は周囲に人がいないのを確認した上で、たちの悪いちょっかいばかりかけてくる。
涙が滲むが五分も歩けば家へついてしまう場所だ。楓の帰りを待っている母親に涙を見せたくないから、その場に留まって感情を抑えた。
楓をいじめる女子たちは以前から言葉でもからかってきていた。
その中には楓の、小学生の親にしては年かさの両親を馬鹿にするものが多い。
『楓君のお母さんっておばあちゃんみたいだよね』
時にお母さんがお父さんに変わり、おばあちゃんはおじいさんに変わる。でも言いたい事の中身は同じだ。
楓の両親も住む家も、楓自身も、すべてが古く暗く辛気臭いと言いたいのだろう。
母親は周りに合わせて外見に気を付けているが年を隠せていない。それが楓だけでなく周りの目にも同じように映っていた事。働き者で優しい母が見た目だけで馬鹿にされるのが悲しくて、それなのに何も言えない自分が情けなかった。
家は確かに古い。でもそこは彼女らに反論できた。
楓の家には木登りできるほどの大きな木が植わっている庭がある。都心で敷地にそれだけゆとりがあるのは珍しく、昔からの住人である証だと父親に聞かされてきたのだ。
だけどそれも彼女達がかぶせる大声に消えてしまってばかり。
これ以上の仕打ちをされる前に何とかしたいのだが、両親や先生へ相談するのは最後の手段だと我慢していた。
自分の子供がいじめられていると知ったら両親は悲しむに決まってる。楓は不妊治療の末にようやく授かった大事な子供なのだ。その子供が傷つけられたとなったら周りを巻き込み大きく騒ぎ立てるだろう。
楓はもっと幼い頃に病院で体の検査をした事があるからわかる。ぼんやりとした記憶しかないけれど、普段は物静かな母親が医者に対して強く出ていた。子供の事になると人が変わるのが楓の両親だった。
そこで楓があてにしたのが、学校代表で他県へ体験授業に行った経験があり、全校生徒の前で見事なスピーチを披露した女子だった。
楓は彼女に現状を伝え、僕はどうしたらいいのかな?と聞いてみた。
彼女はすぐに行動してくれた。いじめは傷害にあたり、楓の親がそれを知れば次は学校に知れ、全校に知れる。すると中学受験にも影響するだろうと、小学生らしい言葉遣いながら諭してくれたのだ。
彼女は楓が望む以上に結果を出しケアしてくれた。元々面倒見のいいタイプだったようだ。
いつも担任と楽しそうに喋り、時には生意気な口をきく彼女の横顔が、その時からは頼もしく見えた。
一方彼女は卒業するまで楓を見守ったけれど、女子の一部が楓を疎ましく思う理由が何となくわかるような気がしていた。
女子は男子より早熟だ。彼女達は小学生の時からすでに立派な女性と言ってもいい。その女子たちが他の男子にはない楓にだけ感じる嫌悪が存在していた。
楓の何が気に入らないのか? 聞いた所で皆が理解できるような言語にする事ができない。
体格は他の子と比べていくらかひ弱な印象。顔はこれといった特徴がない。運動能力も成績も中の中といった所で、どこにも目立つ所は見当たらない。でもどうしてか気に入らないし、どうしても鼻につくのだ。
子供な男子たちはまだ気づかない、だけど楓は無意識に性的な色気を漂わせ、異質な存在として女子をいらつかせ警戒させていた。
楓が同性からの好意を感じたのは中学生になってからだ。
同じ部活のとある先輩の物、例えば消しゴムなんかが楓の荷物に紛れ込むようになった。それが続いた後は、紛れたでは済まされない教科書や生徒手帳が入っていた。
帰宅してリュックから荷物を出すとそれらが普通にあるのだから驚く。
その先輩は楓のリュックを勝手に開け、荷物をチェックしたかもしれないし、気付かないだけで物を盗んでいるのかもしれない。
消しゴム程度なら返さず捨てておけばいいけれど、名前の入った物は本人に返すしかない。
『なんでそっちに入ってたのかな……不思議だな……』
しらじらしい嘘を二度まで聞いた後は、学校の落し物箱に入れておくようになって、部活を辞める事でその件は収束した。
恐い思いをした事もある。
ある時、ある同級生が体育で作った手の傷からにじむ血を、楓の頬にぐっと塗り付けたのだ。前触れがなかったせいで楓は何が起こったのかすぐに理解できなかった。
その時は血だったが、それが別の体液へとエスカレートする事を想像して本気で怖くなった。
中学生の楓が頼ったのは、クラスメイトに推薦されて学級や学年の先頭に立つような男子だった。
友達だと言えるような親しい仲ではなかったけれど、一度席が隣同士になってからは話す事が多くなっていた。
彼に対して具体的に何かをお願いする事はなかったけれど、変な奴に目を付けられたと説明して、休み時間や時間の合う放課後は一緒にいるようにしてもらった。
彼の隣にいる事で学年でも自然と主流派のグループに属する事になり、堂々と楓に自分の存在をアピールできない半端な男達を牽制できた。
残念だったのは卒業式の後の事だろう。
楓はその彼から好きだと告白されたのだ。言われている途中から悲しくなってしまい、考えるまでもなく断った。
彼が隣にいる事を許してくれたのは、友情からではなく愛情から。それでは楓に性を匂わせて接触してきていた他の男と同じとしか言いようがない。楓にとって彼の勇気ある告白も裏切りでしかなかった。
酷いと思った。だけど彼にそれを言わなかったのは、これまで良くしてもらった感謝があったからだ。
彼とは進む高校が違うし、このまま自然に切れる縁だったけれど後味の悪い結果になってしまった。
楓が目を真っ赤にして帰宅したのを母親は別の意味で受け取り、高校でもいい友達ができるといいわねと、何もかもわかっているかのような顔で頷いていた。
小学校に続いて中学校でも何かと絡まれ、楓は疲れていた。女子にも男子にも自分は格下だと見られている。いじめて泣かせておもちゃにしてもいい対象だと言われているみたいだった。
背が高くなく線が細いのがいけないかもしれない。
父親の身長は165cm。楓の身長はあと1センチでそれに達するのだが、まだ成長期の途中と考えれば170cmは越すだろう。いや、もっと上がいい……
母親の助言も聞かず、楓は高校の制服を採寸以上の大きさで作ってもらった。
『やっぱり僕を守ってくれる人は、その時々で存在するんだ』
高校に入って乾理人に出会った楓はそんな事を思っていた。
ふりかえってみれば小中学校の時もそうだった。神様は楓に意地悪ばかりするけれど、守ってくれる人は必ず近くにいて、楓が困った現状をどうにかしてくれる。
高校ではその役割を理人が担ってくれるのだ。
楓が嬉しかったのは理人と自分が近い事だった。これまでの彼や彼女らは、楓より優れた資質を持つリーダータイプで正直馬が合うわけではなかった。
ところが理人とは話をしていて楽しいし、人見知りの楓に人の輪の中に入ってくるように誘いをかけ、放課後の寄り道にも誘ってくれる。学校が楽しいかもしれないと思えるようになったのは理人の存在が大きい。
楓にとって理人は一番の友達になった。ところが理人はそうでもないように思えて仕方ない。
理人は目立つタイプではないが顔が広く、ゲームや漫画にしか興味なさそうなオタクと本を貸し借りするし、チャラくて声の大きい奴と教室移動したりする。誰の隣にいる理人の表情も穏やかで、理人の周りにいる人間に嫉妬した。
だから、と言う訳ではないけれど楓はどんな小さな事でも理人に相談した。少し大げさに表現する事もあったかもしれない。
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